第1章 第9話 城の中の生活
「……今日こそ、絶対にまともな場所で寝てやる」
神城皇牙は、城の玄関広間に足を踏み入れるなり、固く拳を握りしめた。
異世界で迎えた二日目の午後。最初の農地を整え、城から畑へ続く道路まで完成させた皇牙たちは、ようやく城へ戻ってきたところだった。
国づくりは順調だった。昨日まで何もなかった荒野には立派な城が建ち、今日は小さな畑もできた。七人の仲間がそれぞれの仕事を始め、少しずつ生活の形が見えてきている。
しかし、皇牙には何よりも優先したい問題があった。
「石の寝台はもう嫌だ。せっかく城を建てたのに、朝起きたら腰が痛いとか、まったく優雅じゃねえだろ」
「だから寝具を作るって話になってただろ。そんなに急かすなよ」
ガルドは肩に担いだ枝の束を下ろし、呆れたように笑った。
「今日はロイが使えそうな草も見つけてくれたしな。時間をもらえりゃ、昨日よりはましな寝床にしてやる」
「マジか! 頼んだぞ、ガルド!」
「おう。ただし、まずは材料を選び分けるところからだ。皇牙、お前も自分の仕事をしてろ」
そう言ってガルドはロイとともに中庭へ向かった。集めた枝や草を広げ、使えるものと使えないものを選別するらしい。
皇牙はその背中を見送りながら、満足そうに頷いた。こうして仕事を任せられる人材がいるのは本当にありがたい。しかも、二人とも自分から必要な作業を考えて動いてくれる。
やはりガチャは最高だった。
「殿。厨房の方でも、リーナ殿がお話ししたいことがあるそうです」
巴に声をかけられ、皇牙は振り返った。
「厨房か。そういや、料理人を召喚したのに、まだまともな料理を食ってねえな」
「食材も道具も不足しておりますからね。ですが、今日は少し工夫できそうだと仰っておりました」
「おっ、それは楽しみだ!」
皇牙は早速、巴とともに厨房へ向かった。
広い厨房では、リーナが石造りの炉を確認していた。その隣には、午前中にロイが採集した黄蜜の実と、比較的太い乾いた枝がまとめられている。
「皇牙様、少しご相談してもよろしいでしょうか?」
「おう。何でも言ってくれ」
「まず、食材を洗うための設備が欲しいんです。それと、厨房の近くに水を溜めておける場所があれば、毎回水を運ばずに済みます」
皇牙は周囲を見回した。石造りの炉は昨日完成させたものの、調理場には水を使う設備がない。リーナの言うとおり、食材を洗う場所があれば便利だろう。
「なるほど。建物に固定する設備なら、国家創造EXで何とかなると思うぞ」
皇牙は建設画面を開き、厨房の壁際に石造りの流し台を追加した。使いやすい高さをリーナに確認し、汚れた水が外の排水溝へ流れるようにする。
さらに、隣の小部屋には固定式の貯水槽を設けた。貯水槽は流し台より高い位置に作り、開閉口を操作すると必要な分だけ水が流れる構造にする。
「こんな感じでどうだ?」
完成予想図を見せると、リーナは目を輝かせた。
「十分です! これなら食材を洗うのも楽になりますね」
「よし、決定!」
皇牙が建設を実行すると、黄金色の光が一瞬だけ走った。先ほどまで何もなかった壁際に流し台が現れ、隣室には立派な貯水槽が完成している。
皇牙は早速、水魔法で貯水槽を満たした。
リーナが開閉口を操作すると、透明な水が流し台へ注がれる。水を止めると流れもぴたりと収まり、リーナは嬉しそうに何度も確かめていた。
「すごいですね。これなら、しばらくは水を汲みに行かなくても済みます」
「だろ? 減ったら俺が補充するよ。いずれは湧き水から引けるようにしてもいいしな」
「ありがとうございます。とても助かります」
皇牙は得意げに頷いた。水を出すくらいなら大した手間ではないが、毎回呼ばれるとなれば話は別だ。まとめて貯めておける仕組みを作っておけば、自分の自由時間を減らさずに済む。
「それで、今日の飯はどうなりそうだ?」
「今ある黄蜜の実だけでは、七人分の夕食としては足りません。ですが、ロイさんが午後にも食料を探してくださるそうなので、戻ってきたものを見て考えたいと思います」
「了解。必要なことはロイと相談してくれ。食べられるかどうか怪しいものがあったら、俺が鑑定するからさ」
リーナは頷き、早速果実を洗い始めた。皇牙はその様子をしばらく眺めていたが、やがて次の目的を思い出した。
「……さて、次は風呂だな」
その声を聞いた巴が、少しだけ目を丸くした。
「お風呂、でございますか?」
「ああ。城に住むなら、やっぱり風呂くらい欲しいだろ。日本にいた頃は毎日入ってたんだぞ」
皇牙は嬉しそうに笑った。
異世界に来てから、まだ一度もまともに身体を洗えていない。荒野を歩き回り、土埃を浴びたままなのだから、そろそろ温かい湯に浸かりたかった。
巴とともに向かった浴場は、城の一階に用意していた広い部屋だった。床には排水溝が設けられているが、浴槽や身体を洗うための設備はまだない。
「よし。ここにでっかい浴槽を作るか!」
皇牙は早速、建設画面を開いた。
最初に表示したのは、何十人も入れそうな巨大な浴槽だった。黒い石材に金色の装飾を施し、壁には豪華な彫刻を並べ、天井まで高くした宮殿のような造りである。
「……くくく。どうだ、巴。最高だろ?」
「確かに見事でございますが……殿、こちらを満たすお湯は、どなたが用意なさるのでしょう?」
「……俺だな」
「それに、お湯を温めるのも殿のお仕事になります」
「……そうだな」
皇牙は完成予想図を見つめたまま、しばらく考え込んだ。
国家創造EXなら巨大な浴場を一瞬で造れる。しかし、水を用意して温める作業は別だ。七人しかいない今、毎日のように大量の湯を用意するのは、あまりにも面倒だった。
「……よし。もう少し小さくするか」
皇牙はあっさり方針を変えた。
最終的に選んだのは、数人がゆったり入れる程度の浴槽だった。黒い石材と金色の装飾だけは譲らず、壁際には身体を洗う場所も設ける。
さらに、巴の意見を聞いて脱衣用の小部屋と内側から掛けられる鍵を追加した。
「男女で時間を分けて使えばいいよな。今は男が五人、女が二人だし」
「はい。それでしたら、皆も安心して使えるでしょう」
「よし、決まり!」
皇牙が建設を実行すると、浴槽と脱衣室が一瞬で完成した。
早速、水魔法で浴槽を満たし、火魔法を使って湯を温めていく。最初は少し熱くなりすぎたが、水を足しながら調整すると、やがて心地よい温度になった。
浴槽から白い湯気が立ち上る。
「……おお、いいじゃねえか!」
皇牙は満足そうに頷いた。
浴槽の周囲には湯が冷めにくいよう厚みのある石壁を設け、使い終わった湯を流せる排水口も用意した。今は皇牙が湯を作る必要があるものの、将来もっと便利な仕組みを考える余地は十分にある。
「殿。こちらは皆で使わせていただいてもよろしいのでしょうか?」
「もちろん。せっかく作ったんだから、みんな使ってくれよ。ただ、湯の用意は俺がするから、使う時間はまとめた方が楽だな」
「承知いたしました。では、皆にもお伝えしてまいります」
巴は微笑み、丁寧に頭を下げた。
皇牙はそんな彼女を見送りながら、浴槽を眺めた。まだ石鹸も手拭いもないが、温かい湯に浸かれるだけでも十分だろう。
「……くくく。これぞスローライフへの第一歩ってやつだな」
その後、皇牙は寝室へ戻った。
石造りの寝台は、相変わらず部屋の中央に置かれている。昨日はその硬さに苦しめられたが、今日は事情が違う。
ガルドとロイが、乾いた草を抱えて待っていたのだ。
「おっ! 寝具、できそうか?」
「まあな。ちゃんとした布団には程遠いけど、石の上で寝るよりはましになるはずだ」
ガルドはそう言いながら、集めた草を床へ広げた。
ロイが選んだのは、荒野の低地に生える背の高い草だった。乾いていて折れにくく、強い刺激のある種類でもないことを、皇牙が鑑定で確認している。
二人はその中から傷んだものや小さな虫がついているものを取り除き、長さを揃えて束ねていった。
「本当なら布で包みたいところだけどよ、今は材料がねえ。だから、まずは草を編んで敷物にする」
ガルドは細い植物の繊維を使い、草の束を交互に重ねながら結んでいく。ロイも手伝い、厚みが偏らないよう少しずつ形を整えていた。
皇牙はその作業を眺めながら、思わず感心した。
「……すげえな。ただの草が、ちゃんと寝具っぽくなっていく」
「職人を舐めんなよ。材料さえありゃ、もっといいものを作れるんだけどな」
「いや、十分だって。昨日の石の寝台に比べたら、何だって天国だぞ」
皇牙が笑うと、ガルドも思わず口元を緩めた。
完成した敷物は、寝台の上へ敷かれた。表面は少しごわついているものの、草を何層にも重ねてあるため、石の硬さが直接伝わってこない。
「よし、試してみろ」
ガルドに促され、皇牙は早速横になった。
「……おおっ!」
思わず声が出た。
柔らかい布団とは比べものにならない。それでも、昨日の石の上とは明らかに違っていた。身体を動かしても硬い床が直接当たらず、少なくとも腰が痛くて眠れないということはなさそうだ。
「これだよ! 俺が求めてたのは、こういうやつだよ!」
「大げさだなあ。ただの草の敷物だぞ?」
「いや、昨日の地獄を経験してみろって! このありがたさが分かるから!」
皇牙の勢いに、ガルドとロイが声を上げて笑った。
そこへ巴も顔を出した。
「殿、寝具の具合はいかがでしょう?」
「最高……とまでは言わねえけど、昨日より全然いいぞ!」
「それは何よりでございます」
巴はほっとしたように微笑んだ。
皇牙は寝台から起き上がり、二人へ向き直った。
「俺の分だけじゃなく、みんなの分も頼むな。七人分となると大変だろうけど」
「おう。今日集めた草なら、全員分の簡単な敷物くらいは作れそうだ。足りなけりゃ明日また集めればいい」
「了解。必要な材料はロイに任せるよ。ガルドは無理せず、できる範囲で進めてくれ」
皇牙がそう言うと、ガルドは少し意外そうな顔をした。
「……お前さん、そういうところはちゃんとしてるんだな」
「何だよ、それ。俺だって仲間を使い潰すつもりはねえぞ」
「分かってるよ。だからこっちも頑張ろうって気になるんだ」
ガルドは笑い、再び作業へ戻った。
皇牙はそんな彼の背中を見つめながら、少しだけ嬉しくなった。
自分が楽をしたいのは本当だ。しかし、仲間たちまで無理をして働く必要はない。みんなが得意なことを担当し、余裕を持って暮らせるようになれば、それが一番だと思っている。
夕方になると、リーナから食事の準備ができたという知らせが届いた。
皇牙が厨房へ向かうと、石造りの炉から香ばしい匂いが漂っていた。ロイが午後に近場で採集した食用の根茎と、朝に残しておいた黄蜜の実を使った料理らしい。
根茎については、皇牙が万能鑑定EXで十分な加熱が必要な食材だと確認していた。リーナはそれを薄く切り、炉の焼き面でじっくり火を通している。
「鍋も包丁もありませんので、今日は簡単な焼き料理になります。根茎は手で割れる大きさにして焼き、黄蜜の実は添えるだけにしました」
「おお、ちゃんと料理になってるじゃねえか!」
皇牙は目を輝かせた。
焼き上がった根茎は、外側が香ばしく、中はほくほくとしている。黄蜜の実の甘酸っぱさがよいアクセントになり、思っていた以上に食べやすかった。
「……うまっ! 昨日の焼き芋もよかったけど、こっちはまた違うな!」
「ありがとうございます。食材が少なくても、切り方や火の通し方で味は変わるものですよ」
リーナは嬉しそうに微笑んだ。
食器はまだないため、料理は炉の横に設けた清潔な石台へ並べ、各自が手に取って食べる形だった。それでも、七人が一緒に食事をする光景は、昨日よりずっと賑やかだった。
エドガーは食事をしながら、今後必要な物資について整理した内容を皇牙へ伝えた。
「まずは調理道具と寝具に使える材料、それから保存しやすい食料を優先すべきかと。交易を始める際には、こちらから提供できる商品も必要になりますが、当面は生活基盤を整える方が重要でしょう」
「分かった。その辺はエドガーに任せるよ。外の商人と取引できるようになったら、頼りにしてるからな」
「承知いたしました」
エドガーは穏やかに頷いた。
食事を終えたあとは、順番に浴場を使うことになった。皇牙は改めて湯の温度を整え、まず男性陣が入浴することにする。女性陣が使うときには、巴とリーナだけで安心して入れるよう時間を分けた。
皇牙は脱衣室で服を脱ぎ、浴場へ足を踏み入れた。
黒い石材で造られた浴槽には、温かい湯がたっぷりと張られている。水面から白い湯気が立ち上り、壁の金色の装飾が柔らかな光を反射していた。
「……おお。これ、思ってた以上にいいな」
皇牙はゆっくりと身体を洗い、浴槽へ足を入れた。
そして、肩まで湯に浸かった瞬間、思わず声が漏れた。
「……ああああ。最高……」
温かい湯が身体を包み込み、石の寝台で凝り固まっていた肩や腰が、ゆっくりとほぐれていく。
昨日は何もない荒野で目を覚まし、必死に生活の準備を整えた。今日は人が増え、農地を作り、ようやく風呂に入れるところまで来た。
まだ食料も道具も足りないし、寝具だって草で作った簡単なものだ。
それでも、昨日より今日の方が確実に快適になっている。
「……くくく。これだよ。俺が求めてた生活は」
皇牙は満足そうに目を細めた。
豪華な城に住み、美味しいものを食べ、温かい風呂へ入り、好きなときに眠る。
そのために優秀な人材を集め、自分はできるだけ面倒な仕事をしない。
理想のスローライフは、まだ始まったばかりだった。
やがて風呂を上がった皇牙は、城の中庭へ出た。
二つの太陽はすでに地平線へ沈みかけており、黒い城壁には長い影が伸びている。
そこでは巴が城門の様子を確認していた。皇牙に気づくと、いつもの穏やかな表情で頭を下げる。
「殿。お風呂はいかがでしたか?」
「最高だったぞ! 巴もあとでゆっくり入ってくれよ」
「ありがとうございます。ただ、その前に少しだけ周囲を確かめておきたいと思います」
巴は城門の外へ視線を向けた。
日中、荒野の遠くで鳥のようなものが飛び立つ姿を見かけたという。魔物かどうかは分からないが、まだ周辺の安全が確認できたわけではない。
「……そっか。じゃあ、俺も一緒に見るよ」
「殿にまでお手間をおかけするわけには……」
「いいって。巴一人に何でも任せるつもりはねえし、それに城の外の様子も気になるからな」
皇牙はそう言って笑った。
巴は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、殿」
二人は城門の上へ続く階段を上り、夕暮れの荒野を見渡した。
乾いた大地の向こうには低い岩山が連なり、ところどころに草木が生えている。見える範囲に動くものの姿はなく、風が砂を運ぶ音だけが聞こえていた。
「……何もいねえな」
「はい。ただ、今後も注意は必要にございます」
「分かってる。何かあったら、遠慮なく俺を呼んでくれよ」
皇牙が答えると、巴は力強く頷いた。
やがて二人は城内へ戻り、城門を閉じた。
皇牙は自分の寝室へ向かい、草の敷物が敷かれた寝台へ腰を下ろした。
「……おお、やっぱり昨日とは違うな」
まだ完璧とは言えないが、今夜は少なくとも硬い石の上で直接眠る必要はない。
皇牙は満足そうに横になり、天井を見上げた。
城は完成した。
農地もできた。
仲間は七人に増え、厨房と浴場も少しずつ使えるようになっている。
何より、明日になればまた無料ガチャを三回引けるのだ。
「……くくく。やっぱり最高だな、この世界」
皇牙は小さく笑い、ゆっくりと目を閉じた。
まだ不便なことは多い。それでも、自分が望んだ生活は、確かに少しずつ形になり始めていた。
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