第1章 第8話 最初の農地
「……で、マルク。畑って、どれくらいの広さがあればいいんだ?」
神城皇牙が尋ねると、隣を歩いていたマルクは足元の土を見ながら、少し考え込んだ。
「今ある種芋の数を考えれば、まずは小さな区画で十分かと存じます。作物の育ち方を確かめてから、少しずつ広げていくのがよろしいでしょう」
「小さな畑かあ。せっかく国家創造EXがあるんだから、でっかい農場を作ってみたいんだけどな」
「お気持ちはありがたいのですが、今は植えるものも、世話をする人手も足りませんので」
「……だよなあ」
皇牙は肩をすくめた。建物や農地を一瞬で作れる能力を持っているのに、肝心の作物は勝手に増えてくれない。ゲームなら畑を設置した途端に生産が始まりそうなものだが、どうやらそこまで都合よくはいかないらしい。
もっとも、農業の面倒な部分をマルクに任せられるのだから、十分すぎるほど恵まれているのだが。
七人になった一行は、城から緩やかな斜面を下り、昨日見つけた低地へ向かっていた。目的は最初の農地を作ること。そして、その前に今日の食料を確保することだった。
昨夜の夕食で荒野芋の食用分はほとんどなくなっている。残した数個は栽培に使う予定なので、できれば手をつけたくない。
料理人のリーナが召喚されたところで、材料がなければ腕の振るいようもなかった。
「しかし、七人分の飯を確保するって、思ったより大変だな」
「人が増えるというのは、そういうことでございます」
後ろからエドガーが落ち着いた声で答えた。
「食料を生産できるようになるまでは、採集だけに頼るのは不安定でしょう。必要な物資を調達する方法も、今後考えなければなりませんね」
「そのためにも商売か。早く金を稼げるようになりてえなあ」
「まずは何を売れるか確かめる必要がございます。順番に進めてまいりましょう」
エドガーの返事は実に冷静だった。何もないところから金貨を生み出せないのは残念だが、こうして先を考えてくれる人材がいるのは心強い。
城門から続く斜面には、まだ舗装された道がなかった。歩くことはできるものの、ところどころに石が転がっており、荷物を運ぶには不便そうだった。
「……そういや、道路を作るって話もしてたな」
皇牙が呟くと、ガルドが足元の石を避けながら頷いた。
「ああ。今は手ぶらだからいいけど、作物や材料を運ぶようになったら面倒だぞ」
「じゃあ、畑の場所が決まったら道も作るか。どうせ一瞬だしな」
「その言い方、職人としては複雑なんだけどよ……便利なのは間違いねえな」
ガルドが苦笑したところで、先頭の巴が足を止めた。薙刀を持ち直し、低地に点在する岩の陰へ鋭い視線を向ける。
「殿、少々お待ちください。ロイ殿が、あちらに植物を見つけられたようです」
巴の視線の先では、ロイが背の低い木を指さしていた。枝には小さな黄色い実がいくつもついており、周囲の地面にも数個が落ちている。
「皇牙さん、あれを調べてもいいですか? 実のつき方を見ると、採集できるかもしれません」
「おっ、食い物か?」
「まだ分かりません。近くで確かめてみたいんです」
皇牙が頷くと、巴が先に岩場へ近づいた。周囲に動くものがいないことを確かめてから、ロイへ手で合図を送る。
「この辺りから離れぬように。何か見つけても、まず私にお知らせください」
「分かりました!」
ロイは元気よく返事をし、木の枝から黄色い実を一つ摘み取った。果皮や香りを確かめてから、皇牙へ差し出してくる。
「鑑定をお願いできますか?」
「任せろ」
皇牙は万能鑑定EXを発動した。
【鑑定結果:黄蜜の実】
乾燥した土地にも育つ低木の果実。
熟した果肉は食用可能。
未熟な実は強い渋みを持つ。
「おおっ! 食えるぞ!」
「やっぱり! 熟している実なら採れそうですね!」
ロイの表情が明るくなった。
皇牙は鑑定で食用を確認した実を一つ割り、果肉を少し口へ運んだ。爽やかな酸味のあとに甘さが広がり、思わず頬が緩む。
「……うまっ。これ、結構いけるじゃねえか!」
「では、色の濃い実から集めましょう。まだ青いものは残しておきます」
ロイは手際よく枝を選び、熟した実だけを摘み始めた。マルクも手伝っていたが、二人が注目する場所は少し違っている。ロイは果実の状態と周囲の植生を調べ、マルクは木が根を張る地面の湿り気を確かめていた。
「この辺りは、昨日調べた台地の上よりも土が湿っておりますな」
「農業にも使えそうか?」
「それをこれから確かめたいところです。まずは果実を集めましょう」
皇牙は二人の仕事ぶりに感心しながら、摘み取った実を空間収納へしまっていった。近くの木だけで七人が腹いっぱいになるほどは採れなかったが、朝の空腹を紛らわせる程度には十分だった。
リーナは集めた実の中から熟したものを選び、全員へ分けた。皇牙の鑑定結果も確認したうえで、一つずつ丁寧に皮を剥いている。
「甘みがあるので、煮詰めても美味しそうですね。鍋があれば、いろいろ試せるのですが」
「鍋かあ。ガルド、作れそうか?」
「金属がありゃな。とりあえず、材料探しが先だろ」
「……やっぱそこに戻るよな」
皇牙が苦笑すると、リーナも小さく笑った。
七人は木陰で簡単な朝食を済ませ、そのまま低地の奥へ進んだ。城へ戻るほどの距離ではないし、今日の目的は農地づくりだ。必要な道具も荷物も、ほとんど持っていない。
やがて、昨日見つけた湧き水の近くに到着した。
荒野の中では珍しく、ここには比較的平らな土地が広がっている。背の低い草がまばらに生え、少し掘れば湿り気のある土が現れた。
「……さて、マルク。ここなら畑を作れそうか?」
「まずは土を確かめましょう」
マルクはしゃがみ込み、指先で土を崩し始めた。表面は乾いているものの、少し下の方には色の濃い土がある。石の多さや水の染み込み方を確かめたあと、別の場所でも同じように調べていた。
皇牙はしばらくその作業を眺めていたが、やがて我慢できずに声をかけた。
「なあ、国家創造EXで農地を作っちまえば、土もいい感じになるんじゃねえの?」
「それならありがたいのですが、実際に育ててみなければ分からぬこともございます」
「……まあ、そうか」
皇牙は国家創造EXの農地設定を開いてみた。
指定した範囲の石を取り除き、土地を平らに整え、作物を植えやすい畝を作ることはできるらしい。水路や排水溝を設けることも可能だ。しかし、作物や肥料などの物資を自動で生み出す機能はなかった。
「なるほどな。農地は作れても、肥料が勝手に出てくるわけじゃねえのか」
「はい。土の状態は、育てながら見極めていきたいところでございます」
マルクの返事に、皇牙は納得した。自分のスキルで農作業の準備は大幅に楽にできる。それでも作物を育てる知識が必要なのだから、マルクを召喚しておいて正解だった。
「よし。じゃあ、どれくらい作ればいい?」
皇牙が広い範囲を指さすと、マルクは首を振った。
「最初は、この辺りだけで結構です。種芋も少のうございますし、私一人で世話をするのですから」
「……小さく始めるってやつか」
「はい。うまく育つことが分かってから広げても、遅くはございません」
それなら異論はなかった。
皇牙はマルクが指定した範囲に農地を設定した。畝の幅や間隔についても意見を聞き、水が溜まりすぎないよう浅い排水溝を設ける。
さらに、近くの湧き水から畑のそばまで細い水路を延ばすことにした。ただし、湧き水そのものは小さいため、元の流れを妨げすぎないよう、取り入れる水量を調整する。
「……よし、これでどうだ?」
完成予想図を見せると、マルクは満足そうに頷いた。
「結構でございます。これなら、最初の試験栽培には十分でしょう」
「じゃあ、いくぞ!」
皇牙は迷わず建設を実行した。
黄金色の光が地面を覆い、瞬く間に消える。
その直後、荒れた土地の一角には整然と畝が並ぶ農地が完成していた。
「おおおっ! やっぱすげえな、このスキル!」
皇牙は思わず両手を広げた。
昨日までただの荒野だった場所が、一瞬で畑に変わったのだ。規模こそ小さいものの、真っ直ぐに並んだ畝と、その脇を流れる水路を見るだけで、何とも言えない達成感があった。
「……これ、もっと広げたくなるな」
「皇牙様、まずはここを使いこなしてからでございます」
「分かってるって。ちょっと言ってみただけだよ」
マルクの穏やかな指摘に、皇牙は笑って答えた。
次に、城から農地までの道路を整備することにした。昨日のうちに考えていた道筋に沿って、緩やかな斜面を下る幅のある道を設定する。城門から農地までをつなぎ、将来は周辺の集落へ延ばせるよう、途中には分岐用の余地も残した。
こちらも建設を実行すると、一瞬で平らな道が完成した。
「おっ、いいじゃねえか。これなら荷物も運びやすくなるだろ」
ガルドが足元を確かめ、満足そうに頷いた。
「馬車なんかが手に入ったときにも使えそうだな」
「だろ? どうせ作るなら、そのくらいは考えておかねえとな」
皇牙は得意げに胸を張った。
もっとも、馬車どころか荷車すら持っていないのだが、そこは今後のお楽しみだ。
「さて、次は種芋だな」
皇牙が空間収納EXから荒野芋を取り出すと、マルクは一つずつ状態を確認した。
昨日と同じく、傷の少ないものを選んで残してある。皇牙は試しに万能鑑定EXを使い、栽培に関する情報がないか調べてみた。
【鑑定結果:荒野芋】
乾燥した土地でも育つ多年草。
地下に食用の塊茎を形成する。
塊茎からの繁殖が可能。
過湿による生育不良に注意。
「おっ、これなら植えて増やせるみたいだぞ」
「それはありがたいことでございますな。水を与えすぎぬよう、注意する必要がありそうです」
マルクは鑑定結果を聞いたあと、畝の間隔と土の湿り気をもう一度確かめた。植物の基本的な性質が分かっても、どの程度の水が必要なのか、いつ芽が出るのかといった細かなことまでは分からない。
実際に育てながら調べていくしかなかった。
「ガルド、すまんが、土に穴を開ける道具を作ってもらえぬか?」
「おう。ちょっと待ってろ」
ガルドは近くに落ちていた枝を数本拾い、その中から太さと硬さのよさそうなものを選び出した。表面の傷み具合を確かめ、石の角で余分な部分を削りながら、先端を使いやすい形に整えていく。
やがて、握りやすい長さの簡単な植え付け棒が完成した。
「本当ならちゃんとした刃物で仕上げたいところだけどな。今はこれで我慢してくれ」
「十分でございます。助かりました」
マルクは礼を言い、早速畑へ向かった。
皇牙が造った農地の土は、石も取り除かれていて作業がしやすい。マルクは植え付け棒を使いながら、一つずつ丁寧に穴を開け、種芋を植えていった。
その様子を見て、皇牙は感心したように頷いた。
「……やっぱり、マルクって農業のことになると手際いいな」
「長く続けてきた仕事でございますから」
マルクは照れたように笑い、また作業へ戻った。
派手な魔法や特別な能力を使っているわけではない。それでも、土の状態を確かめながら種芋を植える姿には、長年の経験を感じさせるものがあった。
皇牙は自分で同じことをやっても、きっとここまで丁寧にはできないだろうと思った。
「……俺だったら、適当に埋めて終わりそうだな」
「殿は建物を造ることがお得意ですから。それぞれの役目を果たせばよろしいのではありませんか」
隣に立つ巴が穏やかに言った。
「それもそうだな。全部自分でやる必要なんてねえもんな」
皇牙は笑って頷いた。
どうせなら得意なことを得意な人間に任せ、自分は好きな仕事だけをしていたい。その考えは異世界に来てからますます強くなっている。
とはいえ、必要な設備を作ることまで面倒だとは思わない。むしろ、こうして農地や道路が増えていくのは、ゲームの街づくりにも似た楽しさがあった。
マルクが最後の種芋を植え終える頃には、畑の形もすっかり整っていた。
「……ひとまず、これでよろしいでしょう」
「おおっ! ついに植え終わったのか!」
「はい。ただ、収穫できるかどうかは、これからの世話次第でございます」
マルクは満足そうに畑を見渡した。
皇牙も隣に並び、まだ何も生えていない畝を眺める。さっきまで手元にあった荒野芋が、今は土の下に眠っている。
ここから芽が出て、葉が伸び、やがて新しい芋が育つのだろう。
その光景を想像すると、何だか少し楽しみになった。
「……これ、収穫できるまでどれくらいかかるんだ?」
「まだ分かりませぬ。まずは芽が出るまで様子を見る必要がございますな」
「そっか。じゃあ、気長に待つしかねえか」
「はい。ですが、育て方が分かれば、次からはもっと効率よく増やせるでしょう」
皇牙は満足そうに頷いた。
最初の畑は完成した。
まだ収穫できるものは何もないが、自分たちで食料を育てる準備が整ったことは、大きな前進だった。
そこへ、周囲の植物を調べていたロイが戻ってきた。
「皇牙さん! この辺りにも使えそうなものがありましたよ!」
「おっ、何だ?」
「乾いた枝です! あまり太くありませんけど、燃料には使えそうです!」
ロイは腕に抱えた枝を見せた。
ガルドが一本手に取り、乾き具合を確認する。
「おう、これなら火を起こすのに使えそうだな。量は少ねえけど、最初の燃料としては悪くねえ」
「マジか! それなら厨房で使えるじゃねえか!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
昨夜は自分の火魔法で荒野芋を焼いたが、毎回付きっきりで火を出し続けるのは面倒だ。燃料が手に入れば、リーナが自分で調理できるようになる。
「よし、使えるものは持って帰ろうぜ!」
皇牙がそう言うと、ロイは元気よく頷いた。
一方、エドガーは農地と道路を見比べながら、静かに口を開いた。
「皇牙様。農地へ続く道ができたのは、大きな利点でございます。今後、作物を運ぶときにも役立ちましょう」
「だろ? やっぱり道路は大事だよな」
「はい。ですが、まずは食料を安定して生産できるようにすることが先決です。販売できるほどの余裕が生まれるまでは、こちらで暮らす皆様の分を確保すべきでしょう」
「分かってるって。さすがに腹を空かせてまで商売するつもりはねえよ」
皇牙は笑いながら答えた。
商売もガチャも大事だが、まずは七人が安心して暮らせるようにすること。それが今の目標だった。
もっとも、ガチャを引きたい気持ちがなくなったわけではない。むしろ、人材が増えれば増えるほど、早く金貨を稼いで十連ガチャを回したくなってくる。
「……くくく。夢が広がるな」
「殿、また何かお考えですか?」
巴が不思議そうに尋ねた。
「いや、早くもっと人を増やしたいなって。農民が増えれば畑も広げられるし、職人が増えれば道具も作れる。商売だって本格的に始められるだろ?」
「確かに、そのとおりでございますね」
「だろ? だから、これからもガチャを頑張るぞ!」
皇牙が胸を張ると、ガルドが呆れたように笑った。
「結局、そこに戻るのかよ」
「当たり前だろ! 俺の国づくりはガチャが基本なんだからな!」
皇牙は得意げに答えた。
荒野に立派な城が建ち、そこへ続く道ができ、最初の畑には種芋が植えられた。
まだ七人しかいない小さな拠点だが、昨日まで何もなかった土地に、少しずつ人の暮らしが生まれ始めている。
皇牙はそんな光景を眺めながら、満足そうに笑った。
「……よし。次はちゃんとした寝具だな」
そう呟き、軽く腰をさする。
国づくりも大切だが、今夜こそ柔らかい場所で眠りたい。その願いだけは、どれほど立派な城を建てても変わりそうになかった。
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