第1章 第7話 今日の無料ガチャ
「……痛ってえ」
神城皇牙が異世界で迎えた二度目の朝は、腰に走る鈍い痛みから始まった。
目を開けると、黒い石壁と装飾の施された高い天井が視界に入る。大きな窓からは朝日が差し込み、床には美しい光の模様が描かれていた。
部屋だけを見れば、どこかの王侯貴族になった気分である。
ただし、寝心地だけは最悪だった。
「城を建てた翌日に、石の上で寝たせいで身体が痛いって……何の罰ゲームだよ」
皇牙は顔をしかめながら、寝台から身体を起こした。昨夜は城門の見回りも交代で行ったため、余計に眠りが浅かったらしい。
幸い、警報の鐘が鳴ることはなく、城の周囲にも異変はなかった。それでも、今夜までには何とかして柔らかい寝具を用意したいところだ。
それに、食料も足りない。
昨夜は荒野で見つけた芋を焼いて食べたが、残りの多くは栽培用として確保している。四人でさえ満足に食べられないのだから、新しく仲間を増やすなら、なおさら食料の調達を急がなければならない。
「……まあ、そのための人材を引けるかもしれねえしな」
皇牙はそう呟くと、途端に口元を緩めた。
昨日からずっと楽しみにしていたものがある。
英霊召喚ガチャEXだ。
「よし、今日の無料ガチャを確認するか!」
眠気も腰の痛みも忘れ、皇牙は勢いよく画面を開いた。
【英霊召喚ガチャEX】
無料召喚:3/3回
国家人口:4人
SR以上排出率:5%
「おおっ! 復活してる!」
皇牙は思わず拳を握った。
昨日は農民のマルク、職人のガルド、そして歴史上の女武者である巴御前を召喚した。あのときの興奮は、今でも鮮明に覚えている。
しかし、今日は初回限定のSR以上確定がない。人口も四人なので、排出率の上昇はまだ発生していなかった。
つまり、完全に運任せの三回である。
「……五パーセントか。低いようで、ワンチャンありそうなのが怖いんだよな」
皇牙はしばらく画面を眺めていたが、すぐに首を振った。
せっかく新しい仲間を迎えるのなら、みんなの前で引きたい。それに、城内のどこへ召喚者が現れるのか分からない以上、広い中庭の方が都合もよいだろう。
「よし。まずは三人を呼ぶか」
皇牙は寝室を出て、階段を下り始めた。
廊下には誰の姿もなく、足音だけが静かに響いている。城は完成したものの、今は四人しかいないため、どこへ行っても妙に広く感じられた。
やがて中庭へ出ると、城門の近くに巴の姿を見つけた。
「おはようございます、殿」
「おう、おはよう。もう見回りしてたのか?」
「はい。門の周囲を確かめてまいりました。今朝も異変はございません」
巴はいつもの赤い鎧を身につけ、薙刀を携えていた。その立ち姿には隙がなく、皇牙は改めて頼もしく感じた。
「ありがとな。でも、昨日から働きっぱなしなんだから、ちゃんと休んでくれよ」
「殿こそ、お身体が少々おつらそうですが」
「……石の寝台が硬すぎてさ。今日は絶対に何とかする」
皇牙が苦笑すると、巴も口元を緩めた。
「それは何よりでございます。私も、殿が石の上で眠り続けるのはお勧めいたしません」
「だろ? でも、その前に一つ楽しみがあるんだよ」
皇牙は得意げに笑い、目の前にガチャ画面を表示した。
「無料ガチャが復活した!」
「昨日、私たちをお呼びになった術でございますね」
「ああ。今日はまた三人増やせるんだ。できれば料理人とか、食料を探せる奴が欲しいな」
巴は少し考えるように視線を落とした。
「人が増えるのは喜ばしいことです。ただ、その方々の食事や寝床も必要になりますね」
「……そこなんだよな」
皇牙は苦笑した。
今の城には空き部屋がいくらでもある。しかし、食料や寝具は人数分どころか、最初の四人分すら満足に揃っていない。
それでも、働き手を増やさなければ生活は改善しない。人材が先か、物資が先か。まるでゲーム序盤の資源管理である。
「まあ、食料は俺も探すし、必要な建物はすぐ作れる。何とかしていこうぜ」
「承知いたしました。新たな方々をお迎えするのであれば、私もお手伝いいたします」
二人が話していると、城内からガルドとマルクも姿を現した。
ガルドは寝台の硬さに文句を言いながら肩を回し、マルクは昨日確保した荒野芋の栽培について考えていたらしい。
「お前さん、朝から随分と元気だな」
ガルドが皇牙を見るなり言った。
「そりゃそうだろ。ガチャが引けるんだぞ!」
「ああ、昨日のやつか。また人が増えるのか?」
「三回引けるからな。三人増えるぞ」
「それはありがたいことでございますな」
マルクが嬉しそうに頷いた。
皇牙は三人を中庭の端へ案内すると、改めてガチャ画面を開いた。昨夜まで使用済みと表示されていた無料召喚のボタンが、今は明るく輝いている。
「よし、いくぞ! 初回保証はもうねえけど、ここで偉人を引けたら最高だな!」
「今度はどなたが現れるのでしょう」
巴が興味深そうに画面を覗き込んだ。
「それが分からないのが面白いんだよ!」
皇牙は満面の笑みで答え、最初の無料召喚を実行した。
中庭に白い光が広がり、細かな光の粒が渦を巻く。その中心に人影が浮かび上がり、やがて一人の女性が姿を現した。
茶色い髪を後ろでまとめ、動きやすい服装の上から前掛けをつけている。年齢は二十代半ばほどだろうか。落ち着いた表情をしていたが、周囲を見渡す目には好奇心が宿っていた。
【召喚結果】
N:料理人
「……料理人! マジか!」
皇牙は思わず声を上げた。
女性はそんな皇牙に少し驚いたようだったが、すぐに姿勢を正して頭を下げた。
「リーナと申します。料理を作ることを得意としております。どうぞよろしくお願いいたします」
「おう! 俺は神城皇牙だ。よろしくな!」
皇牙は嬉しそうに答えた。
歴史上の偉人ではなかったものの、今の城にとって料理人は十分に当たりだった。
「リーナは、どんな料理が得意なんだ?」
「焼き料理や煮込み料理ですね。保存食を作ることもできます。ただ、食材や道具が揃っていなければ、できることは限られますけれど」
リーナはそう答えたあと、城の方へ目を向けた。
「ところで、厨房はどちらにございますか? まず使える設備を確かめたいのですが」
「厨房なら城の中だ。ただ、鍋も包丁も食器もなくてな」
「……なるほど」
リーナは少しだけ目を丸くしたが、すぐに考え込むような表情になった。
「それでしたら、先に必要な道具を書き出しましょう。最低限のものから揃えれば、調理できる料理も増えるはずです」
「おお、頼もしいな!」
皇牙は満足そうに頷いた。
ただ困るだけでなく、すぐに次の行動を考えてくれるのはありがたい。しかも、ガルドと相談すれば必要な道具を少しずつ作っていけそうだ。
「よし、幸先いいぞ。次も頼むぜ!」
皇牙は勢いよく二回目の無料召喚を実行した。
再び白い光が中庭を包み込む。
現れたのは、落ち着いた灰色の服を身につけた男性だった。年齢は三十代ほど。短く整えた黒髪に穏やかな表情をしているが、その視線はすでに城門や周囲の建物へ向けられていた。
【召喚結果】
R:商人
「……おおっ、Rじゃねえか!」
皇牙が興奮している間にも、男性は城と中庭を一通り見渡していた。
それから静かに頭を下げる。
「エドガーと申します。商取引や交渉を得意としております。お役に立てれば幸いです」
「おう! よろしくな、エドガー!」
皇牙は笑顔で答えた。
Rは優秀な一般人材だ。しかも職業は商人。金貨を一枚も持っていない現状を考えれば、これも相当ありがたい結果だった。
「早速なんだけどさ。どうやったら金を稼げると思う?」
皇牙が尋ねると、エドガーはすぐには答えなかった。
代わりに中庭の石畳へ視線を落とし、続いて城門の外に広がる荒野を眺める。
「失礼ながら、こちらはまだ開拓を始めたばかりの土地でしょうか?」
「ああ。昨日、俺が城を建てたばっかりだ」
「なるほど。では、まず確認したいことが三つございます。取引できる相手がいるか、継続して用意できる商品があるか、そして必要な物資を何と交換できるか、でございます」
「……おお、何か商人っぽい」
皇牙が感心すると、エドガーは小さく微笑んだ。
「市場の相場も、周辺の通貨制度も分からぬままでは、利益を計算することはできません。ただ、今の段階で優先すべきものは考えられます」
「ほう?」
「まずは食料と生活用品の確保でしょう。商品を大量に作ることより、こちらで暮らす方々が安定して生活できる状態を整える方が先決かと」
皇牙は思わず頷いた。
確かに、売るものを作る以前に、自分たちが暮らすための物資が足りていない。商売の準備も必要だが、まずは生活基盤を整える方が重要なのだろう。
「分かった。エドガーには今後の商売について考えてもらう。必要な情報や物資があったら教えてくれ」
「承知いたしました。まずは皆様の得意分野と、現在の備蓄を確認させていただきます」
皇牙は満足そうに笑った。
これは思った以上に頼もしい人材かもしれない。
「さて、残り一回か……」
皇牙は改めて画面を見つめた。
ここまでの結果はN料理人とR商人。どちらも今の城には必要な人材だったが、歴史上の偉人はまだ現れていない。
無料召喚の残りは一回だけ。
「……頼むぞ。ここでSR以上を引けたら、完全勝利だ!」
「お前さん、もう十分いい結果だろ」
ガルドが呆れたように笑った。
「分かってねえな。ガチャってのは最後まで夢を見るもんなんだよ!」
皇牙は真剣に答え、最後の召喚を実行した。
白い光が広がる。
今度こそ歴史上の偉人が現れるかもしれない。そんな期待を胸に、皇牙は光の中心を見つめた。
やがて姿を現したのは、日に焼けた若い男性だった。
短い茶髪に丈夫そうな革の上着。腰には小さな道具袋を下げており、周囲をきょろきょろと見渡している。
【召喚結果】
N:採集人
「……Nかあ!」
皇牙は思わず天を仰いだ。
最後までSR以上は出なかったらしい。
ただ、初回保証がなくなった以上、毎日偉人を引けるとは限らない。そもそも、昨日の巴が相当な幸運だったのだ。
皇牙が少し残念そうにしていると、現れた男性が元気よく声を上げた。
「ロイです! 山や森で食べられる植物や使える材料を探すのが得意です。よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな!」
皇牙は笑顔で答えた。
採集人という職業も、今の状況には悪くない。
むしろ、食料や木材、燃料が不足している現状を考えれば、かなりありがたい人材だった。
「ロイ、早速なんだけどさ。この辺りで食べられるものとか、使える材料を探せそうか?」
「はい! ただ、初めての土地なので、まずは近場を調べたいですね。植物の種類や水のある場所が分かれば、もっと効率よく探せると思います」
「おお、いいねえ!」
皇牙が嬉しそうに頷くと、巴がすぐに口を開いた。
「ただし、単独行動は認められませぬ」
ロイは驚いたように巴へ顔を向けた。
「えっ?」
「この荒野には魔物が生息しております。安全が確認できるまでは、私の目の届く範囲で行動していただきます」
巴の口調は穏やかだったが、言葉には有無を言わせぬ強さがあった。
「わ、分かりました!」
ロイは慌てて頷いた。
その様子を見た皇牙は、思わず笑みを浮かべた。
巴は普段こそ丁寧で優しいが、危険に関わることとなると一切妥協しない。頼れる武将らしい一面だった。
「まあ、そういうことだ。何かあってからじゃ遅いしな。ロイも無理はしないでくれよ」
「はい! 任せてください!」
こうして、今日の無料召喚三回は終了した。
結果は、N料理人のリーナ、R商人のエドガー、N採集人のロイ。
歴史上の偉人こそ現れなかったものの、全員が今の生活を支えてくれそうな人材だった。
皇牙は国家管理EXを開き、人口を確認する。
【国家管理EX】
国家人口:7人
「……七人か」
昨日までは四人しかいなかった。それが一晩で七人になったのだ。
まだ小さな集団だが、少しずつ国らしくなってきた気がする。
もっとも、人が増えたからといって、食料や道具が勝手に増えるわけではない。
「……さて、ここからが問題だな」
皇牙は新しく召喚された三人へ視線を向けた。
「みんな、今の城には食料も道具も足りてねえ。だから、まずは生活を整えるところから始めたい」
リーナはすぐに頷き、厨房の確認を申し出た。ガルドが案内役を引き受け、二人で必要な調理道具を整理することになった。
エドガーはマルクから農業の予定を聞き、ガルドが作れる道具についても確認したいと言っている。将来の取引に備え、まずは何を継続して生産できるのか把握するつもりらしい。
ロイは城の近くで食料や燃料を探すことになったが、周辺の警戒が必要なため、巴と相談して行動することになった。
「……よし。みんな、結構やる気あるじゃねえか」
皇牙は満足そうに頷いた。
昨日までは農民と職人が一人ずつしかいなかった。だが、今は料理、商業、採集を担当できる人材まで揃っている。
もちろん、すぐに豊かな生活が始まるわけではない。それでも、足りないものをどう補っていくか考えられる人間が増えたことは、大きな前進だった。
そこでマルクが皇牙へ声をかけた。
「皇牙様。よろしければ、本日は最初の農地を整えていただけませんでしょうか」
「おっ、畑か?」
「はい。昨日確保した荒野芋を試しに育ててみたいのです。ただ、その前に土地の状態を確かめ、必要な広さを決めたいと考えております」
「いいねえ。じゃあ、まずはマルクと一緒に畑の場所を見に行くか」
皇牙は嬉しそうに答えた。
農地を作ること自体は国家創造EXで一瞬だ。しかし、どこにどれだけ作るかは、農業の専門家であるマルクの判断が必要になる。
その相談なら、喜んで付き合うつもりだった。
「……しかし、農地まで一瞬で作れるって、やっぱりすげえよな」
皇牙は思わず笑みを浮かべた。
城を建てたときの感動が、今でも忘れられない。今度は自分の能力で畑を作り、そこから作物が育っていくのだと思うと、何だかゲームの続きのようで楽しくなってくる。
すると、ガルドが横から口を挟んだ。
「その前に朝飯はどうするんだ? 昨日の芋は、ほとんど残ってねえぞ」
「……分かってるって」
皇牙は苦笑した。
食料が足りないことは、朝から気になっていた。だが、ガチャで人材を増やせば解決の糸口が見つかるかもしれないと思い、つい召喚を優先してしまったのだ。
「とりあえず、近くで食えるものを探すか。ロイが来てくれたし、昨日よりは見つけやすいだろ」
「はい! 頑張ります!」
ロイが元気よく答え、巴も静かに頷いた。
皇牙はそんな二人を見ながら、満足そうに笑った。
新しい仲間が三人増えたことで、城の中は昨日よりもずっと賑やかになっている。
まだ食料も家具も足りず、立派な城に住んでいるとは思えないほど不便な生活だ。
それでも、少しずつできることは増えていた。
「よし! じゃあ、今日も国づくりを進めるか!」
皇牙は勢いよく宣言した。
まずは食料を探し、それから農地を整える。生活に必要な道具も、ガルドとリーナに相談しながら揃えていけばいい。
そして明日になれば、また無料ガチャを三回引ける。
「……くくく。やっぱり、この世界は最高だな」
皇牙は楽しそうに笑い、仲間たちとともに歩き出した。
荒野に建ったばかりの城には、まだ何もかもが足りない。
だが、七人になった小さな集団は、確かに昨日よりも前へ進み始めていた。
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