第3章 第85話 子爵家の強硬派と直接対決! 俺の街は誰にも渡さねえ!
異世界生活七十二日目の朝。神城皇牙は食堂の窓から城下町を眺めながら、焼きたてのパンを頬張っていた。
市場へ向かう荷車が石畳を進み、その脇では職人たちが工房の扉を開けている。少し前まで何もなかった灰の荒野に、今では二百人を超える人々が暮らしていた。
「いやあ、いい景色だな。俺が造った城も格好いいし、飯も美味いし。あとは面倒事さえなけりゃ完璧なんだけどな!」
「殿。その面倒事ですが、勘助殿たちが朝から話し合っておられます」
向かいに座る巴が、申し訳なさそうに微笑んだ。
「……知ってた。どうせ子爵家の話だろ?」
昨日、商人襲撃事件の報酬が、ヴァルデン子爵家の財務補佐官ベネディクト・クラウゼの部下から渡されたという証言が得られた。もっとも、クラウゼ本人が襲撃を命じた証拠はない。
皇牙はスープを飲み干し、椅子から立ち上がった。
「よし。難しい話の前にガチャだ! せめて朝くらい楽しいことさせてくれ!」
「ふふ。それは私も楽しみです」
二人が広間へ移ると、皇牙は早速《英霊召喚ガチャEX》を起動した。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:228人】
【SR以上排出率:5%】
「今日こそ偉人来い! 歴史好きとしては、そろそろ本物の偉人に会って興奮したいんだよ!」
一回目は白い光。現れたのはN倉庫補助のハンスだった。二回目は青い光が広がり、R薬草師のリディアが姿を見せる。
「おっ、薬草師! いいじゃん! 治療に使える薬草が増えれば、みんなも安心できるよな!」
三回目は再び白い光となり、N水路清掃補助のパウルが召喚された。
「N二人にR一人か。悪くねえな!」
皇牙は三人を歓迎すると、住居と生活用品の案内をクラリスの担当者へ任せた。リディアについても、街の医療担当者と相談してから仕事を始めてもらうことにする。
「三人とも、まずは街に慣れてくれよ。仕事を覚えるのはそのあとでいいからな!」
三人が礼を述べて退出すると、人口表示が更新された。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:231人】
【SR以上排出率:5%】
「よし、二百三十一人! 今日も順調だな!」
上機嫌のまま執務室へ向かうと、勘助、コルベール、関羽が地図と書類を囲んでいた。
「殿。子爵家から、新たな会談の申し入れが届いております」
「……またかよ。今度は誰が来るんだ?」
「財務補佐官ベネディクト・クラウゼ。交易条件について、直接お話ししたいとのことです」
皇牙は思わず目を丸くした。
「クラウゼって、昨日名前が出てきた奴じゃねえか!」
コルベールは頷いた。
「ただし、申し入れの書状は昨日の朝、領都側の連絡所から発送されたものです。我々が襲撃事件の報酬について調べる前に出されたものと考えられます」
「なるほど。じゃあ、俺たちが手掛かりをつかんだことは、まだ知らねえ可能性が高いんだな」
「左様でござる」
勘助は書状を机へ置いた。
「クラウゼ殿は、子爵家の財務を担当する重臣の一人。評議会では、アストレアを早期に子爵家の保護下へ置くべきだと主張しているそうです」
「何でそんなに急いでんだ?」
「アストレアが独自の交易拠点として成長すれば、従来の街道税や市場収入が減ることを懸念しているのでしょう」
コルベールが説明した。
子爵領の商人たちがアストレアでも商売するようになれば、従来の都市を経由しない取引も増えていく。子爵家の財務を預かる者にとって、急成長する新しい街は無視できない存在なのだ。
「……なるほどな。俺たちが商売するのが気に入らねえってことか」
「必ずしもそうではございません。自領の税収を守ろうとする考え自体は理解できます。ただし、そのために他者の交易を妨害することは別問題です」
勘助の言葉に、皇牙は頷いた。
「そりゃそうだ。話し合いで済むなら、それが一番だろ」
関羽が地図から顔を上げた。
「会談中の警備はこちらで引き受けよう。西門と城館の警備を分け、商人の通行に支障が出ぬようにする」
「頼むぜ、関羽。あと、ゲルハルトの巡察隊とは揉めないでくれよ」
「承知しておる。彼らも命令に従っているだけなら、無用な争いは避けるべきだ」
皇牙は安心して頷いた。
続いてコルベールが、服属要求への返答について報告した。
「住民代表との協議を踏まえた正式な返答書は、昨日の朝に発送済みです。領都までの往復には日数が必要ですので、先方からの回答はまだ届いておりません」
「そっか。じゃあ、今度の会談とは別に進めるんだな」
「はい。クラウゼ殿には交易条件を提案する権限がありますが、アストレアの服属を正式に決定する権限まではありません。そこは明確にしておきます」
「よし。そういう細かいところは任せた!」
皇牙は勢いよく立ち上がった。
午後、クラウゼ一行は予定どおりアストレアを訪れた。
先頭を歩くのは、高価な上着を身につけた細身の男だった。四十代ほどで、整えられた髭と鋭い目つきが印象的だ。後ろには記録係が一人、護衛が二人続いている。
城館の会談室へ案内されたクラウゼは、皇牙を見るなり丁寧に頭を下げた。
「神城皇牙殿。お会いできて光栄です」
「おう。遠いところご苦労さん。早速だけど、何の話だ?」
皇牙の遠慮のない言い方に、クラウゼはわずかに眉を動かしたものの、すぐに営業用の笑みを浮かべた。
「本日は、アストレアとヴァルデン子爵家の交易について、有益な提案をお持ちしました」
クラウゼが書類を広げると、そこには街道警備への協力や交易税の優遇案が記されていた。
「アストレアが子爵家の保護下へ入れば、商人たちは安心して交易できます。税の負担についても、一定期間の優遇を検討できるでしょう」
「……へえ。そっちの家来になれば、税金を安くしてやるってことか」
「簡単に申し上げれば、そのとおりです」
皇牙は書類を眺めた。
「でもさ、保護下に入ったあとの税率も、誰が街の規則を決めるかも、まだ書いてねえじゃん」
クラウゼの笑顔が少し固まった。
「詳細は今後の協議によって……」
「じゃあ、今ここで返事できねえだろ。住民たちとも話したけど、条件が分からないまま誰かの家来になるつもりはねえよ」
コルベールが静かに書類へ手を伸ばした。
「加えて、こちらの優遇案は子爵閣下の正式な承認を受けたものでしょうか?」
「財務補佐官として、交易条件の試案を提示する権限は与えられております」
「つまり、現段階では正式な約束ではないということですね」
クラウゼは一瞬黙ったあと、頷いた。
「……そのように理解していただいて結構です」
勘助が続けた。
「でしたら、交易と領有権の問題は分けて協議すべきでしょう。旧街道や古い開拓地の権利は、現在も双方で調査中でござる」
机には、古い開拓許可状の写しと、石井戸付近で見つかったフェルナーの名の記録が置かれていた。
「昔の開拓者が子爵家から土地の利用を認められていた可能性はあります。しかし、それだけで現在のアストレア全域の統治権が確定するわけではございません」
クラウゼは不快そうに書類を見つめた。
「……貴殿らは、子爵家の権威を軽んじているのではありませんか?」
「別に軽んじちゃいねえよ」
皇牙は肩をすくめた。
「ただ、こっちにも暮らしてる人がいるんだ。そいつらの生活を、よく分からない約束で勝手に変えるつもりはねえって話だ」
クラウゼはしばらく黙り込んだ。
その間、彼の護衛の一人が無意識に皇牙の方へ半歩踏み出した。すぐ隣に立っていた巴が、静かに位置を変える。
剣には触れない。ただ、皇牙との間へ自然に入っただけだった。
護衛は巴の鋭い視線に気づき、何も言わず元の位置へ戻った。
皇牙はそんなやり取りを横目に見ながら、机の上へもう一枚の紙を置いた。
「……ところでさ。交易の話なら、こっちも聞きたいことがあるんだよ」
クラウゼの目が紙へ向いた。
「何でしょうか?」
「昨日の商人襲撃事件、知ってるよな?」
「……噂程度には」
「捕まえた連中が、金で雇われてたって話をしてるんだ。その報酬を運んだ男が、あんたの部下の名前を出しててさ」
クラウゼの指先がわずかに動いた。
勘助が穏やかに説明を引き継いだ。
「使いを務めたオットーという男の証言では、クラウゼ殿の部下から金貨と支払控えを預かったとのこと。襲撃者たちが述べた金額と、実際に見つかった残額も一致しております」
「……私が命じたとでも?」
クラウゼの声が低くなった。
「いや、そこまでは言ってねえよ」
皇牙は即座に首を振った。
「ただ、あんたのところから出たかもしれない金が、商人を襲った奴らに渡ってる。だったら確認してほしいってことだ」
コルベールが支払控えの写しを差し出した。
「会計記録の書式が似ていることは確認できました。正式な支出かどうか、貴殿の部署で照合していただけますか?」
クラウゼは紙を見つめた。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……部下の行動をすべて把握しているわけではありません。領都へ戻り、確認しましょう」
「頼む。犯人じゃねえなら、そっちだって迷惑だろ?」
皇牙の返事に、クラウゼは何とも言えない表情を浮かべた。
会談はそれ以上大きな進展を見せず、終了した。クラウゼは交易優遇案を持ち帰り、子爵家の正式な判断を待つことになった。
使節が退出すると、勘助が静かに口を開いた。
「……殿。クラウゼ殿は、襲撃事件に関する説明を避けておりましたな」
「怪しいのは確かだけど、まだ決まりじゃねえだろ?」
「左様でござる。証拠を集め、正式な照会を続けましょう」
コルベールも頷いた。
「オスカー殿には、今日の会談記録を別途送ります。子爵家の正式な窓口を通じて確認することが重要です」
「よし。そこは二人に任せた!」
皇牙が椅子から立ち上がったとき、扉が叩かれた。
「皇牙様。関羽殿から、西の街道について報告がございます」
入ってきたディランの顔は険しかった。
「ゲルハルト隊長の巡察隊とは別に、子爵家の旗を掲げた武装部隊が旧街道付近へ集まっています。人数はまだ確認中ですが、数十名はいるようです」
「……数十人?」
皇牙は眉をひそめた。
「そいつら、こっちへ攻めてきてんのか?」
「今のところ、街へ向けて進軍はしていません。旧街道の分岐付近で待機しているとのことです」
関羽も会談室へ姿を見せた。
「皇牙殿。西門の警備はすでに強めてある。住民の通行は妨げず、兵たちの動向だけを見張らせている」
「おっ、仕事早えな!」
皇牙が感心すると、関羽は頷いた。
「加えて、ゲルハルトの巡察隊から伝言があった。新たな部隊は彼の指揮下ではなく、領都の一部の騎士が動員を進めているらしい」
勘助の目が鋭くなった。
「……それは、子爵閣下の正式な命令なのでござるか?」
「そこまでは分からぬ。ゲルハルト自身も、指揮権と目的を確認している最中とのことだ」
皇牙は腕を組んだ。
子爵家の旗を掲げているからといって、必ずしも子爵本人が攻撃を命じたとは限らない。だが、数十人もの武装した兵士が街道へ集まれば、商人たちが不安を抱くのは当然だった。
「……ったく。何で普通に話し合えねえんだよ」
皇牙は小さく息を吐いた。
「勘助、向こうの部隊に誰が命令してるのか調べてくれ。関羽は街の守りを頼む。巴は俺と一緒に来てくれ」
「御意」
「承知した」
「はい、殿!」
三人が揃って答えた。
皇牙は窓の外を見た。夕暮れの城下町では、住民たちが仕事を終え、休憩所へ集まり始めている。
この街は、自分が楽をするために造り始めた場所だ。
だが今では、ここで暮らす人々がいて、笑い声があり、守りたい日常がある。
「……なあ巴。俺、やっぱりこの街を誰かに渡す気はねえわ」
隣に立つ巴が、穏やかに微笑んだ。
「はい。殿がそうお望みでしたら、私は最後までお支えいたします」
「ありがとな。まあ、できれば戦争なんかしねえで済ませたいけどな!」
皇牙は笑った。
しかし、その目は西の街道へ向けられていた。
数十名の武装部隊が、子爵家の旗を掲げて待機している。まだ攻撃は始まっていない。だが、誰かがその兵を動かそうとしていることだけは確かだった。
皇牙は静かに拳を握った。
「……もし本当に攻めてくるなら、そのときは俺が止めてやるよ」
灰の荒野に築かれた小さな街を巡る争いは、外交の駆け引きから、武力による威圧が現実味を帯びる段階へと移り始めていた。
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