第3章 第84話 襲撃事件の黒幕を追え! 子爵家の金庫番に繋がる手掛かり
異世界生活七十一日目の朝。神城皇牙は食堂の窓から西の街道を眺めながら、焼きたてのパンをかじっていた。
昨日は商人を襲った武装集団を捕らえ、その連中が金で雇われていたことまで分かった。しかも目的は金品の強奪より、アストレアへ向かう商人を怖がらせることだったという。どこの誰かは知らないが、ずいぶん陰湿な嫌がらせを考えたものだ。
「……なあ巴。俺の街って、そんなに目障りなのかね?」
「殿。急に大きなお城が現れ、人も増えましたから。警戒する方がいても不思議ではありません」
「まあ、それは分かる。でも、普通に商売してる人まで襲うのは違うだろ」
皇牙が顔をしかめると、巴も真剣な表情で頷いた。
「はい。商人の方々には何の罪もございません。殿が昨日助けられて、本当によかったと思います」
「だよな。……よし! 嫌な話は朝飯のあとだ。まずはガチャで運気を上げようぜ!」
皇牙が立ち上がると、巴は苦笑しながら後に続いた。
広間で《英霊召喚ガチャEX》を起動すると、見慣れた表示が浮かび上がる。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:225人】
【SR以上排出率:5%】
「昨日はR二人だったんだよな。今日も頼むぜ、俺のガチャ運!」
一回目に現れたのは、N農業補助のルッツ。二回目はN裁縫補助のエルザだった。皇牙は二人を歓迎し、三回目の召喚へ指を伸ばす。
「最後くらい青く光ってくれよ!」
願いが通じたのか、召喚陣から青い光が広がった。
【R ダニエル】
【適性:馬具製作・修理】
「よっしゃ、Rだ! しかも馬具職人! 荷車が増えてきた今なら大歓迎だぜ!」
召喚された男は、革細工を得意とする職人だった。ガルドの工房とも協力できそうだが、皇牙は例によって仕事の話を急がなかった。
「三人とも、ようこそアストレアへ! まずは住む場所を案内してもらってくれ。仕事は落ち着いてからでいいぞ!」
案内役へ三人を引き継ぎ、皇牙は満足そうに画面を閉じた。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:228人】
【SR以上排出率:5%】
「二百二十八人か。いいねえ! こうやって街が賑やかになるのを見るのは、結構好きなんだよな」
そのまま執務室へ向かうと、勘助、コルベール、関羽の三人が机を囲んでいた。広げられた地図には、西門から旧街道へ続く道と、林の外れにある古い荷車置き場が描かれている。
「殿。昨日捕らえた襲撃者たちの話が、いくつか一致いたしました」
「おっ、進展あったのか!」
皇牙が椅子へ座ると、勘助は聞き取りの記録を差し出した。
「十二名のうち、四名が報酬について話しております。全員が、残りの金を旧街道沿いの荷車置き場で受け取る約束だったと申しております」
「じゃあ、そこへ行けば雇い主が来るかもしれねえってことか?」
「少なくとも、金を運ぶ者が来る可能性はございます。約束の目印は、石の水槽の縁に白い布を結ぶこと。受け渡しは本日の昼過ぎとのことです」
コルベールが別の記録を見せた。報酬は二度に分けて支払われ、襲撃後に残額を受け取る手筈だったらしい。金額と待ち合わせ場所については複数の証言が一致している。
「……へえ。ずいぶん用意周到じゃん」
「ただし、雇い主本人が現れるとは限りませぬ」
勘助は地図の上に指を滑らせた。
「荷車置き場へ通じる道は二つ。林から抜ける細道と、旧街道の本筋でござる。関羽殿には本筋を、ディラン殿たちには林側を見ていただきます」
関羽が頷いた。
「相手が逃げても、商人の通る道へ追い込まぬようにする。馬を驚かせることも避けねばならぬな」
「左様です。無理な捕縛より、相手の身元と用件を確かめることを優先しましょう」
皇牙は思わず笑みを浮かべた。
「何か、時代劇の密偵みたいになってきたな! 俺も見に行っていいか?」
「殿には後方で待機していただきます。何かあった場合の備えでござる」
「了解! 作戦は任せたぜ!」
話がまとまったところで、コルベールが一通の書状を取り上げた。
「なお、子爵家からの服属要求への返答は、今朝の使者便で発送いたしました。回答期限までは、あと三日ございます」
「昨日みんなで決めた内容だよな?」
「はい。服属には応じませんが、土地と街道の権利については引き続き協議する、という内容です」
皇牙は頷いた。子爵家がどんな返事を寄越すかは分からないが、こちらの考えを正式に伝えることはできた。
昼過ぎ、一行は旧街道の荷車置き場へ向かった。
使われなくなったその場所には、古びた木柵と石の水槽が残っていた。昔は商人たちの休憩所だったらしいが、今は草が伸び、風が吹くたびに枯れ葉が転がっている。
皇牙は水槽の縁を眺め、少しだけ興味をそそられた。灰の荒野には、思っていた以上に昔の人々の暮らしが残っている。
「なあ勘助。この水槽も、例の開拓地と関係あんのかな?」
「年代が分からぬ以上、何とも申せませぬ。ただ、旧街道が長く使われていた証の一つではありましょう」
「ふーん。あとでマリオンにも見てもらおうかな」
「殿。今は張り込みの最中でございますよ」
巴が小声で注意する。
「分かってるって!」
皇牙は慌てて口を閉じた。
勘助はディランたちの配置を確認し、関羽へ短く合図した。白い布は、襲撃者の証言どおり水槽の縁に結んである。皇牙と巴は少し離れた林の陰に残り、様子を見守ることになった。
しばらくすると、旧街道の向こうから馬の蹄の音が聞こえてきた。
灰色の外套をまとった男が一人、荷車置き場へ近づいてくる。男は白い布を見つけると馬を止め、何度も周囲を確かめた。
やがて懐から小さな革袋を取り出し、水槽の裏へ置こうとした。
その瞬間、関羽が静かに姿を現した。
「失礼。少々、お話を伺いたい」
男は飛び上がるほど驚き、慌てて馬の手綱を引いた。しかし、馬が動き出すより早く、旧街道の先にディランたちの姿が見えた。
「な、何だ! 私はただの使いだ!」
関羽は武器へ手を伸ばさず、落ち着いた声で答えた。
「それならば、用件を聞かせていただきたい。ここで誰かと会う約束でも?」
「……知らん! 私は何も知らん!」
男は馬を反転させ、林の細道へ向かおうとした。
ところが、その先にも警備担当者が待機している。逃げ道が塞がれていることに気づいた男は、苦々しい顔で手綱を緩めた。
皇牙が立ち上がろうとすると、巴がそっと腕を伸ばした。
「殿、まだお待ちください。相手が何を隠しているか分かりません」
皇牙は頷き、再び身を低くした。巴は男の手元を注意深く見つめ、武器を取り出す気配がないことを確かめている。
勘助が関羽の隣へ歩み出た。
「昨日、この近くで商人を襲った者たちを捕らえました。彼らは、ここで報酬の残りを受け取る約束だったと申しております」
男の顔色が変わった。
「……あいつら、捕まったのか」
「ご存じなのですな」
勘助が静かに問い返すと、男は口を閉ざした。
関羽は馬が落ち着くのを待ってから、少し距離を取った。
「急いで答える必要はない。ただし、武器を持たぬ者を脅かした事件だ。関わりがあるなら、確かめねばならぬ」
男はしばらく黙っていたが、やがて観念したように肩を落とした。
「……私はオットーという。領都で使いの仕事をしているだけだ。昨日の連中とは、金を渡すときに少し話したことがある」
勘助は頷き、まず本人の名前と仕事を確認した。
その後、革袋を開けてもらうと、中には金貨と一枚の紙が入っていた。紙には短い符丁と数字が書かれている。
「これは何の数字でござるか?」
「……報酬の残額だ。最初に渡した金と合わせれば、約束の額になる」
勘助は昨日の聞き取り記録へ目を落とした。
襲撃者四人がそれぞれ述べた残額と、革袋の中身が一致している。待ち合わせ場所も白い布の目印も同じだった。
「少なくとも、貴殿が報酬の受け渡しを頼まれたことは、証言と合っておりますな」
オットーは力なく頷いた。
「だが、商人を襲うとは聞いていなかった。ただ、仕事を終えた連中に金を渡せと言われただけなんだ」
「誰から頼まれた?」
今度は関羽が尋ねた。
オットーはしばらく迷ったあと、低い声で答えた。
「……領都の財務補佐官、ベネディクト・クラウゼ様の部下だ。私はその部下から金と紙を受け取った」
皇牙は目を細めた。
子爵家の財務補佐官という肩書きは、初めて聞く名前だった。
勘助もすぐには結論を出さなかった。
「クラウゼ殿ご本人から命じられたわけではないのですな?」
「会ったこともない! 部下の男に、いつもどおり使いを頼まれただけだ!」
オットーは必死に答えた。
それを聞いた勘助は、紙の裏側にある小さな印へ目を向けた。公的な紋章ではないが、帳簿の整理に使うような番号が書き添えられている。
「……ふむ。これは支払いを管理するための記号かもしれませぬ。コルベール殿に確認していただきましょう」
皇牙も近づき、紙を覗き込んだ。
「つまり、誰かが金を出したことは分かるけど、襲撃を命じた本人までは分かんねえってことか」
「そのとおりでござる。ただし、資金の流れを調べる手掛かりにはなります」
皇牙は腕を組み、納得したように頷いた。
「よし。じゃあ、まずはオットーの話をちゃんと聞こうぜ。無理に犯人扱いする必要はねえだろ」
勘助は同意した。
オットーには、アストレアで改めて事情を説明してもらえないかと頼むことになった。本人は最初こそ渋ったものの、商人襲撃の共犯と疑われたまま領都へ戻るのも困ると考え、同行を了承した。
関羽は男を脅さぬよう兵士たちへ指示し、革袋と紙は双方で内容を確認してから預かった。
城館へ戻る頃には、空が赤く染まり始めていた。
コルベールは早速、革袋に入っていた紙を確認した。数字の並びや書式は、商業取引の支払控えに似ているという。
「皇牙様。この紙に記された数字は、金貨の残額と一致しています。ただし、誰が支払いを承認したかまでは分かりません」
「じゃあ、クラウゼって奴が犯人とはまだ言えねえんだな」
「はい。ですが、少なくとも彼の部下から使いを頼まれたという証言があります。正式な窓口を通じて確認する価値はあるでしょう」
勘助が続けた。
「加えて、襲撃者たちは皆、商人を怖がらせることが主な目的だったと話しております。偶然の盗賊事件とは考えにくくなりましたな」
「……面倒なこと考える奴がいるもんだ」
皇牙はため息をついた。
コルベールはオスカー宛ての報告書を整え、今回確認できた事実と、まだ分からない点を分けて記した。クラウゼの名も、関係者として確認を求める形にとどめる。
「この報告は明朝、領都へ送ります。昨日の服属要求への返答とは別件として扱います」
「おう。頼んだ!」
皇牙が頷いたところで、セシリアが一通の書状を持って入ってきた。
「皇牙様。子爵家から、昨日の夕刻に発送された書状が届いております」
「……今度は何だよ」
コルベールが封を確かめ、中身を読み進めた。
そこには、子爵家の評議会でアストレアへの対応を巡る意見が割れていること、強硬な措置を求める声が増していることが記されていた。
「オスカー殿からです。こちらの返答や今日の調査結果を受けたものではありません。子爵家内部の状況を、先に知らせてくださったようです」
「なるほど。じゃあ、向こうでも揉めてるわけか」
皇牙は小さく息を吐いた。
ゲルハルトのように、アストレアを警戒する騎士もいる。オスカーやエーベルハルトのように、交渉を続けようとする者もいる。そして今度は、財務を扱う補佐官の名前まで出てきた。
「……なあ勘助。子爵本人は、どっちの考えなんだろうな」
「それを見極めることが、今後の交渉では重要になりましょう」
勘助は静かに答えた。
「襲撃事件に子爵家の関係者が関わっている可能性は高まりました。しかし、それが子爵閣下のご意思なのか、誰かの独断なのかは、まだ分かりませぬ」
「だったら、そこを調べるしかねえな」
皇牙は椅子から立ち上がった。
窓の外には、夕暮れのアストレアが広がっている。仕事を終えた住民たちが休憩所へ集まり、子供たちは黒竜の屋根飾りを指さして笑っていた。
皇牙はその景色を眺め、ふっと表情を和らげた。
「……なあ巴。俺、この街を造ってよかったと思ってるんだよ」
「はい。私もでございます」
「だからさ、誰かに勝手に商売の邪魔されたり、住民を怖がらせたりするのは嫌なんだ」
巴は静かに頷いた。
「殿のお気持ちは、皆にも伝わっておりますよ」
「そっか。ならよかった」
皇牙は少し照れくさそうに笑った。
「……ま、明日こそ昼寝したいけどな!」
巴が思わず笑う。
その夜、勘助は襲撃者から押収した金属板と、オットーが持っていた支払控えを並べていた。
金属板には傭兵団らしき印。支払控えには報酬の残額。そして、子爵家の財務補佐官ベネディクト・クラウゼの部下から金を渡されたという証言。
まだ、決定的な証拠ではない。
だが、点と点だった手掛かりが、ようやく一本の線で結ばれ始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
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