第3章 第82話 子爵家からの最後通告!? 俺の街に手を出すな!
異世界生活六十九日目の朝。神城皇牙は食堂の窓から広がる青空を眺めながら、焼きたてのパンを頬張っていた。
昨日は古い開拓地の共同調査で、かつてこの荒野に暮らしていたらしいフェルナーという人物の名が刻まれた石を発見した。歴史好きとしては胸が躍る出来事だったが、さすがに今日はのんびりしたい。せっかく造った休憩所も、まだ昼寝には使えていないのだ。
「よし。今日は昼飯まで寝て、昼飯食ったらまた寝る!」
「殿。それでは、朝から寝ることになってしまいますよ」
向かいに座る巴が、呆れたように笑った。
「いいんだよ! 昼寝ってのは時間じゃなくて気持ちの問題だからな!」
「ふふ。では、まずは朝の召喚を済ませましょう」
「おう! それだけは絶対に忘れねえ!」
皇牙は勢いよく立ち上がった。政治も交渉も面倒だが、ガチャだけは別だ。何が出るか分からない瞬間の興奮こそ、毎日の楽しみなのである。
広間で《英霊召喚ガチャEX》を開くと、見慣れた画面が現れた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:219人】
【SR以上排出率:5%】
「昨日はR三人だったんだよな。さすがに二日連続とはいかねえだろうけど……頼むぜ!」
一回目の光から現れたのは、N荷運び補助のニコ。二回目はN菜園管理補助のフリーダ。そして三回目も白い光が広がり、N食器管理補助のマルタが姿を現した。
「おお、今日はN三人か! まあ、これが普通だよな!」
皇牙は笑いながら三人を歓迎した。どれも目立つ仕事ではないが、人が増えれば荷物も食器も増える。暮らしを支える人材は何人いてもありがたかった。
「三人とも、まずは街に慣れてくれ。住む場所も案内してもらえるから、心配すんなよ!」
三人が礼を述べ、案内役とともに広間を出ていく。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:222人】
【SR以上排出率:5%】
「二百二十二人! ゾロ目じゃん! こりゃ今日はいいことありそうだな!」
上機嫌で画面を閉じた皇牙だったが、広間を出たところで待っていた勘助の表情を見て、その期待は早くも怪しくなった。
「殿。西の交易路で問題が起きております」
「……何だよ、その嫌な始まり方」
「ヴァルデン子爵家の巡察隊が、アストレアへ向かう商人の荷車を止めているとのことです」
皇牙は足を止めた。
子爵家とは、領有権の調査が終わるまで新たな徴税や立ち退き要求を行わず、商人の通行も妨げないことで合意している。しかも昨日は、子爵家の領地管理官エーベルハルトたちと一緒に古い石組みを調べたばかりだった。
「……昨日まで普通に話し合ってたじゃねえか。何で急に兵が出てくんだよ」
「巡察そのものは以前から行われていたようでござる。しかし、アストレア行きの荷車だけを止めているとなれば、確認が必要でしょう」
「分かった。まずは商人の話を聞こうぜ」
皇牙は面倒そうに頭をかいたが、その足取りに迷いはなかった。
西門の近くでは、二台の荷車が道端に停まっていた。積み荷は塩漬け肉や布地、陶器など、街で使う品々ばかりだ。中年の商人がディランへ事情を説明しており、皇牙に気づくと困り顔で駆け寄ってきた。
「皇牙様! 巡察隊に荷物を改められまして、ずいぶん待たされたんです」
「何か怪しい物でもあったのか?」
「いいえ。ほかの街へ向かう荷車は通しているのに、アストレア行きだと分かった途端、細かく聞かれまして……。何か隠しているんじゃないかとまで言われました」
商人の後ろでは、若い御者が不安そうに馬の首を撫でていた。荷を奪われたわけではないが、武装した兵士たちに囲まれれば、商人が怖がるのも無理はない。
「分かった。こっちで話をしてくる。荷物はそのまま街へ運んでいいからな」
皇牙がそう告げると、商人は安堵したように頭を下げた。
そこへ関羽が、街道側から戻ってきた。
「皇牙殿。巡察隊は十六名。以前の使節に同行した護衛三十名とは別の部隊だ。西方街道の巡回を担当しておるらしい」
「相手は何か仕掛けてきそうか?」
「今のところ、その気配はない。ただし、こちらの様子を注意深く観察しておる」
関羽は落ち着いて答えた。皇牙は勘助、コルベール、巴、関羽を伴い、巡察隊が待機する広場へ向かった。
街道脇にはヴァルデン家の旗が立ち、その下で鎧姿の兵士たちが整列していた。中央にいる赤い肩掛けの騎士は、皇牙たちを見るなり鋭い視線を向ける。
「貴様が、灰の荒野に城を築いたという神城皇牙か」
「そうだけど。そっちは?」
「ヴァルデン子爵家、西方巡察隊長ゲルハルト・ヴァイスだ」
「よろしくな。で、何でうちに来る商人だけ止めてんだ?」
皇牙が尋ねると、ゲルハルトは腕を組んだ。
「子爵領の安全を守るためだ。何もなかった荒野に突然城が現れ、わずかな間に二百人を超える者が集まった。しかも、正体の知れぬ武人まで抱えている。警戒するなという方が無理だろう」
「……まあ、そりゃそうか」
皇牙があっさり頷いたため、ゲルハルトは拍子抜けしたように眉を動かした。
「だが、だからといって好き勝手な真似を許すつもりはない」
「それは分かる。でも、何もしてねえ商人を長々と止めるのは違うだろ?」
「武器や軍需品を運び込んでいる可能性もある。私は領主家の安全に責任を負っているのだ」
男の声には、単なる嫌がらせとは違う真剣さがあった。長年守ってきた街道の先に、突然得体の知れない勢力が生まれたのだ。騎士として不安を抱くのは理解できる。
しかし、勘助は相手の言い分を受け止めたうえで、静かに問い返した。
「巡察の必要性は理解いたしました。ですが、双方は調査中の通行を妨げぬことで合意しております。今回、アストレア行きの荷車を選んで留め置いたのは、子爵閣下のご命令でござるか?」
「……巡察命令は正式なものだ。だが、荷車の確認方法まで細かく指示されているわけではない」
「つまり、商人を長く待たせたのは現場での判断、ということですな」
ゲルハルトは答えず、唇を引き結んだ。
「我らは巡察の中止を求めておりませぬ。不審な積み荷があれば、当然調べる必要もあるでしょう。ただし、行き先だけを理由に通行を妨げるのは、取り決めに反します」
勘助の言葉に、ゲルハルトの目が細くなった。
「貴様らに我々の任務を指図される筋合いはない」
「指図じゃねえよ。約束を守ってくれって言ってるだけだ」
皇牙は肩をすくめた。
「俺たちが怪しく見えるのは分かる。でも、商人は普通に仕事してるだけだろ。あいつらまで巻き込むなよ」
ゲルハルトが何か言い返そうとした、そのときだった。
列の端にいた若い兵士が、苛立ったように一歩前へ出た。腰の剣へ手をかけようとした瞬間、巴が静かに皇牙の斜め前へ移動する。
剣は抜かない。ただ、相手と皇牙の間に立ち、いつでも守れる位置を取った。
それだけで、若い兵士の動きが止まった。
「……やめろ」
ゲルハルトが低い声で命じた。兵士は慌てて姿勢を正す。
巴も相手を追い詰めるようなことはせず、静かに元の位置へ戻った。皇牙はその横顔を見て、ほんの少しだけ笑った。何も言わなくても、巴はいつだって自分を守ってくれる。
今度は関羽が一歩前へ出た。
堂々たる体格に、無駄のない立ち姿。武器に手を触れることさえしていないのに、その場の兵士たちの視線が自然と集まった。
「互いに武器を抜く理由はあるまい。主君に仕える者なら、まずはその名を傷つけぬよう振る舞うべきではないか」
静かな声だった。
ゲルハルトはしばらく関羽を見つめ、やがて大きく息を吐いた。
「……なるほど。貴様らが、ただの開拓民ではないことは分かった」
「そうか? 俺としては普通に暮らしたいだけなんだけどな」
皇牙の返事に、ゲルハルトは苦々しい顔をした。
「私は貴様らを信用したわけではない。ただ、商人を無用に困らせるつもりもない」
そう言うと、ゲルハルトは部下へ向き直った。
「明確な不審点がない限り、荷車を留め置くな。巡察は続けるが、通常の通行を妨げるな」
兵士たちが揃って返事をした。
「おっ、話が分かるじゃねえか!」
「勘違いするな。警戒を解いたわけではないぞ」
「分かってるって。俺だって、そっちを信用しきってるわけじゃねえしな!」
皇牙が笑うと、ゲルハルトは呆れたように首を振った。
ただし、帰り際に男が口にした言葉だけは、妙に引っかかった。
「……我々は領地を守る立場だ。子爵家の評議会でも、この新しい集落を放置すべきではないという声が強まっている。近いうちに、正式な方針が示されるだろう」
勘助の表情がわずかに引き締まる。
「評議会、でござるか」
「詳しい話は、正式な窓口に聞くがいい」
ゲルハルトはそれ以上答えず、巡察隊を率いて街道へ戻っていった。
西門へ引き返すと、先ほどの商人たちが荷物を運び込んでいた。若い御者が皇牙を見つけ、嬉しそうに手を振る。
「皇牙様! ありがとうございました!」
「おう。今度から困ったらすぐ言ってくれよ!」
荷車が街へ入るのを見届け、皇牙はようやく肩の力を抜いた。
「……ったく。こんなことまで起きるなら、俺の昼寝はいつになったら実現すんだよ」
「殿。ですが、皆さんが安心して商売を続けられるようになりましたね」
巴の言葉に、皇牙は頷いた。
「まあな。それはよかった」
城館へ戻ると、コルベールがオスカーからの返答を待っていた。巡察隊の行動についてはすでに使いを出しており、確認が取れ次第、正式な回答を受ける手筈になっている。
ところが、それより先に別の書状が届いた。
ヴァルデン子爵家の封蝋が押された、厚い封筒だった。
「……また書類かよ」
皇牙が嫌そうな顔をすると、コルベールは苦笑しながら封を確かめた。
「子爵閣下からの正式な通達です。今朝、領都から発送されたもののようです」
つまり、街道での一件を受けて書かれたものではない。巡察隊が動く以前から、子爵家では何らかの判断が進んでいたことになる。
コルベールが文面を読み進めると、表情が次第に厳しくなった。
「……皇牙様。子爵家は、アストレアに対して政治的な服属を求めています」
「……は?」
皇牙は思わず聞き返した。
「昨日まで一緒に古い開拓地を調べてたじゃねえか。土地の権利はまだ決まってねえって話だったろ?」
「はい。今回の書状でも、領有権が確定したとは述べておりません。ただし、子爵家の保護下へ入り、統治権を認めるよう求めています」
勘助が書状を受け取り、内容を確認する。
「……ふむ。子爵家の評議会では、アストレアの急速な発展を危険視する意見が強まっているようですな」
書状には、突然現れた城と住民の増加、独自の警備組織、交易の拡大について言及されていた。子爵家から見れば、自領かもしれない土地に、命令を受けない勢力が育っていることになる。
「なるほどな。俺たちがでかくなる前に、家来にしときたいってことか」
「その考えもあるでしょう。領主としての権威を守りたい者もいるはずです」
コルベールが答えた。
ただし、今回の通達には回答期限が設けられていたものの、それまでは現在の通行や生活に介入しないことも記されていた。領有権の調査に関する取り決めも、今のところ破棄されていない。
「つまり、すぐ戦争ってわけじゃねえんだな?」
「はい。しかし、期限までに従わなければ、次の対応を検討するとあります」
皇牙は腕を組み、しばらく考え込んだ。
子爵家の保護下に入れば、街を守ってもらえるかもしれない。だが、その代わりに税や規則を押しつけられ、住民たちの暮らしが変わる可能性もある。
そして何より、今のアストレアには、皇牙を信じて移り住んできた人々がいる。
「……なあ、コルベール。俺がここで勝手に『家来になります』って返事したら、住民たちはどうなる?」
「条件次第ではございますが、子爵家の統治に従うことになります。税や土地の扱いも、今とは変わるかもしれません」
「だよな。じゃあ、俺だけで決めちゃ駄目だろ」
皇牙ははっきりと言った。
「マルクやガルドだけじゃねえ。ここに住んでる連中は、自分の意思で来てくれたんだ。俺が楽したいからって、勝手に誰かの家来にするわけにはいかねえよ」
勘助は静かに頷いた。
「では、殿のお考えは?」
「服属は受け入れない。そのうえで、住民の代表にも話を聞こう。俺たちがどういう街でいたいのか、ちゃんと確かめたい」
コルベールの表情が少し和らいだ。
「承知いたしました。子爵家へは、現時点で服属に応じる意思がないこと、ただし調査と交渉は継続することを伝えましょう」
「おう。あと、オスカーとエーベルハルトにも確認してくれ。あいつらとは、これまでちゃんと話ができてたんだからさ」
「はい。正式な交渉窓口として、引き続き連絡を取ります」
皇牙は椅子の背にもたれ、長いため息をついた。
窓の向こうでは、仕事を終えた住民たちが休憩所に集まっていた。子供たちの笑い声が聞こえ、厨房からは夕食の香りが漂ってくる。
自分が楽をするために造ったはずの街だ。
それなのに、気づけば守りたいものがずいぶん増えていた。
「……ったく。俺は昼寝して、美味いもん食って、ガチャ引いて暮らしたいだけなんだけどな」
皇牙がぼやくと、巴が隣で微笑んだ。
「殿。その暮らしを守るためでしたら、私はいつでもお力になります」
「ありがとな、巴」
皇牙は笑い返した。
そのとき、執務室の扉が再び叩かれた。
「皇牙様。ディランから報告です」
クラリスが入ってきた。
「西の交易路で巡察隊の動きを確認していた者が、別の武装した集団を見かけたそうです。子爵家の旗は掲げておらず、所属は分かっておりません」
勘助の目が鋭くなった。
「……数は?」
「まだ確認中ですが、十名ほどとのことです」
皇牙は窓の外へ視線を向けた。
ゲルハルトの巡察隊とは別の武装集団。それが単なる旅の護衛なのか、それとも何か別の目的を持っているのか、今は分からない。
「……勘助。念のため、街の警備を少し厚くしといてくれ。関羽にも相談していいぞ」
「御意。相手の正体が分かるまでは、慎重に対応いたします」
「頼んだ。もし商人や住民に手を出すようなら、すぐ俺に知らせてくれ」
皇牙は静かに告げた。
面倒な政治も、貴族の面子も、正直どうでもいい。
だが、ここで暮らす人々の笑顔まで奪われるつもりはなかった。
灰の荒野に築かれた小さな街を巡る争いは、古い土地の権利を調べる段階から、アストレアそのものの未来を問う問題へと変わり始めていた。
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