第3章 第80話 人口二百人突破の大宴会! 俺の国が賑やかすぎる件
「……なあガルド。俺が造ったのって、休憩所だよな?」
異世界生活六十七日目。神城皇牙は城館の中庭に立ち、目の前の光景を眺めていた。
黒竜の彫刻が四隅を飾る屋根付きの休憩所。その周囲には長椅子と食卓が幾列にも並び、広場の端では職人たちが日よけの布を張っている。いつもなら静かな場所が、今日は朝から人の声でいっぱいだった。
「休憩所は休憩所ですよ。屋根の下に座れるのは四十人ほどです。今日はその外まで使うんです」
「なるほど。宴会場に変身したってわけか!」
ガルドは笑いながら、運び込まれた長椅子の脚を確かめた。建物自体は昨日、皇牙が《国家創造EX》で完成させている。しかし、椅子も食器も飾り布も、職人たちが作り、住民が運ばなければ揃わない。
「それにしたって、ずいぶん気合い入ってんな」
「皇牙様が二百人を超えたら祝おうって言ったんでしょう? みんな楽しみにしてたんですよ」
思いがけない返事に、皇牙は頭をかいた。何気なく口にした約束を、住民たちはちゃんと覚えていてくれたらしい。
「……そっか。じゃあ、今日は絶対に成功させねえとな!」
「殿。まずは朝の召喚でございますね」
振り向くと、巴がいつもの穏やかな笑顔で立っていた。皇牙は大きく頷き、二人で城館の広間へ向かった。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:213人】
【SR以上排出率:5%】
「お祝いの日だぜ? ここでSSRなんか来たら最高なんだけどな!」
「ふふ。新しく来られる方にも、今日は楽しんでいただきましょう」
皇牙が順に三回引くと、現れたのはN調理補助のヨハンナ、N荷車整備補助のペーター、N洗濯補助のヘルガだった。派手な光こそ出なかったものの、三人とも街の暮らしを支えられる人材である。
「三人ともNか! まあ、昨日はRが二人だったし、こういう日もあるよな。ようこそアストレアへ!」
皇牙は一人ずつ名前を聞き、住居と生活用品の案内をクラリスの担当者へ頼んだ。今日は祝いの日だ。調理が得意だからといって、来たばかりのヨハンナに厨房へ立たせるつもりはない。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:216人】
【SR以上排出率:5%】
「二百十六人! 最初は四人だったのになあ」
「殿と、マルク殿、ガルド殿、それに私ですね」
巴の声が少し柔らかくなる。皇牙は城館の大きな窓へ目を向けた。あの頃は立派な城だけ造っても、食事も家具も足りなかった。今では中庭の向こうから、料理を仕込む匂いまで漂ってくる。
厨房へ顔を出すと、大鍋の前でリーナが料理人たちに指示を出していた。煮込みの香り、焼きたてのパンの匂い、肉の脂がはぜる音。皇牙の腹が朝食を食べたばかりなのに反応する。
「うおっ、すげえ! これ全部今日の料理か?」
「はい。マルクさんたちの野菜をたっぷり使いました。料理は時間を分けて出すので、冷めたものばかりにならないようにしますね」
リーナは手元の献立を見せた。昼に来る住民、警備や畑の世話を終えて午後から来る住民、厨房の片づけを済ませてから食べる者まで、参加する時間が分けられている。
「いいじゃん。料理作った奴が食えねえ宴会じゃ、俺だって嫌だしな」
「ありがとうございます。それと、皇牙様に一つお願いがあるんです」
リーナがにっこり笑った瞬間、皇牙は嫌な予感がした。
「……まさか、挨拶しろとか言わねえよな?」
「そのまさかです」
「うげっ! 料理の味見なら喜んでやるのに!」
後ろで巴が笑いをこらえている。逃げようとした皇牙の袖を、リーナがそっとつまんだ。
「長いお話はいりません。皆さん、皇牙様の声で始めたいんですよ」
そこまで言われて断れるほど、皇牙も薄情ではなかった。
正午前、広場には百人を超える住民が集まった。全員ではない。門の警備も畑の世話も止められないため、仕事を交代しながら参加することになっている。遅れて来る者には、料理も挨拶の内容もきちんと伝える手筈だった。
休憩所を囲む長椅子には、農民、職人、商人、親子連れが肩を並べている。見慣れた顔も、つい数日前に加わった顔もあった。皇牙はその数に圧倒されながら、中央の小さな壇へ上がった。
「えーっと……みんな、今日は来てくれてありがとな!」
緊張しているのが自分でも分かった。王様の演説なら格好いい言葉が必要なのだろうが、まだ国王でもないし、そもそも演説なんて大嫌いだ。
「俺がこの荒野に来たときは、マルクとガルドと巴、それに俺の四人だけだった。城を造って大喜びしたけど、家具はねえし食い物も足りねえし、正直、何でこんなに不便なんだって思ったよ」
「そりゃ皇牙様が、最初からでっかい城を造るからですよ!」
ガルドの野次に笑いが起きた。皇牙も吹き出し、肩の力が抜けた。
「そうなんだよ! でも、あのときガルドが椅子を作ってくれて、マルクが畑を始めて、巴が周りを守ってくれた。そこへみんなが来てくれたから、今の街があるんだ」
皇牙は集まった人々を見渡した。新しく移住してきた子供が母親の手を握り、年配の職人が照れくさそうに頭をかいている。
「俺は難しい政治も、面倒な仕事も、できればやりたくねえ。でも、みんなが安心して暮らせる場所にはしたい。だからこれからも、得意なことを持ち寄って、楽しくやろうぜ!」
拍手が湧き起こった。皇牙は照れ隠しに両手を振り、最後だけ勢いよく叫んだ。
「よっしゃ! 堅苦しいのは終わり! 今日は思いっきり食ってくれ!」
途端に広場が賑やかになった。料理台には焼いた肉と香草入りの野菜煮込み、丸いパン、色鮮やかな果物が並ぶ。子供たちは甘い焼き菓子に目を輝かせ、大人たちは仕事場ではなかなかできない話に花を咲かせていた。
皇牙は巴を誘い、最初の三人が座る卓へ向かった。
「おう、マルク、ガルド! たまには四人で食おうぜ!」
マルクは自分たちの育てた野菜が使われた皿を嬉しそうに差し出した。ガルドは椅子の座り心地を確かめようとして、皇牙に呆れられている。
「仕事は今じゃなくていいだろ! せっかくの宴会だぞ!」
「いやあ、自分で作った椅子に大勢座ってると、気になっちまうんですよ」
「分かる気もするけどな。俺も自分の造った城は何度でも眺めたいし!」
皇牙が笑うと、巴も珍しく声を立てて笑った。その顔を見たマルクが、穏やかに目を細める。
「巴さんも、最初は休む暇がありませんでしたからね。今日はゆっくりできてよかった」
「はい。あの頃は殿のおそばを離れるのが心配でしたが、今は頼れる方が増えましたから」
巴は料理を一口食べ、嬉しそうに頷いた。皇牙はその姿を見て、少し胸が温かくなった。いつも剣を持って自分を守ってくれる巴が、こうして楽しそうに食事をしている。それが何より嬉しい。
やがて卓の向こうで歓声が上がった。見れば、関羽が数人の住民に囲まれている。昨日の馬車事故で少年を救った話が広まったらしく、子供たちが目を輝かせて質問していた。
「本当に大きな箱を片手で止めたの?」
「危険が迫っておったゆえ、身体が先に動いただけだ」
「すごい! 僕も強くなりたい!」
関羽は少年の頭へ大きな手を置き、穏やかに言った。
「力をつけるのはよい。だが、弱い者を脅すために使ってはならぬぞ」
その言葉に少年が真剣な顔で頷く。皇牙は思わず感心した。武勇S+の豪傑は、ただ強いだけではないらしい。
そこへアン・ボニーが割って入った。
「へえ、随分と立派な先生じゃないか。じゃあ、あたしは船の上で転ばない方法でも教えてやろうかね!」
「船って何人くらい乗れるの?」
「船にもよるさ。大勢で乗る船もあれば、小さな船もある。波が高い日は、真っすぐ歩くだけでも一苦労なんだよ」
アンは両手を広げ、揺れる甲板の上を歩く真似をしてみせた。子供たちが真似をしてよろめくと、周囲から笑い声が上がる。
「ただし、ここで転んで怪我するんじゃないよ!」
叱る声まで楽しそうだ。海のない街でも、アンは自分なりに宴会を満喫しているらしい。
皇牙がその様子を眺めていると、今度はダ・ヴィンチがガルドを連れてやってきた。
「皇牙君。この屋根の竜、実にいいね! 首を動かす仕掛けを考えたら、さらに愉快になると思わないかい?」
「動く竜!? それ最高じゃん!」
「待ってくださいよ、お二人とも! やっと完成したばかりなんですから!」
ガルドが慌てて止めに入る。皇牙は反射的に図面を描きたくなったが、先ほど自分で仕事はやめろと言ったばかりなのを思い出した。
「……よし、今日はやめとこう。図面は明日以降だ!」
「珍しいですね、皇牙様が我慢するなんて」
「俺だって、宴会の途中で休憩所を壊したら怒られるって分かるよ!」
三人が笑い合うのを見て、巴も嬉しそうに目を細めた。
午後になると、警備や家畜の世話を終えた者たちが入れ替わりで広場を訪れた。リーナは温かい料理を順に出し、厨房の者たちにも休憩が回るようにしている。皇牙は食事を運ぶエリーを見つけ、まだ休憩を取っていないと知ると、彼女にも席を空けさせた。
「配膳してくれるのはありがてえけど、お前も食えよ。今日は仕事の日じゃなくて、お祝いの日なんだからさ」
「ありがとうございます、皇牙様。では、次の方と交代したらいただきますね」
その返事を聞き、皇牙は満足そうに頷いた。百人以上が集まる祝いとなれば段取りは必要だが、働く者だけが損をする宴会にはしたくなかった。
夕方、最後の組の食事が終わる頃には、空が茜色に染まり始めていた。長椅子に残っていた巴は、皇牙と同じ果物の菓子を手にしている。
「殿。今日のお祝い、とても楽しかったです」
「おう。巴がそんな顔してるなら、やってよかったな」
「そんな顔、ですか?」
「いつもより楽しそうな顔。最初の頃は俺の護衛ばっかりしてたからさ」
巴は少し驚いたあと、頬を赤くして微笑んだ。
「……殿が皆さんと笑っておられるのが、嬉しいのです」
皇牙は照れくさくなり、残っていた菓子を口へ放り込んだ。甘酸っぱい果物の味が広がり、妙に幸せな気分になる。
その頃、城館の執務室では勘助とコルベールが、ヴァルデン子爵家から届いた返書を確認していた。
先日報告した古い石組みについて、子爵家側の台帳にも「石積みの水場と南の畑地」という記述があるという。さらに領地台帳の別冊を照合したところ、先代の家令が保管庫へ移した開拓許可状の控えも見つかったらしい。
「……開拓許可状、でござるか」
「はい。ただし、場所も権利の範囲も、まだ確かではありません。先方は共同で現地を確認したいとのことです」
コルベールは書状を閉じた。
「皇牙様には明日の朝、必要な部分だけ報告しましょう。今日はお祝いを楽しんでいただく日ですから」
勘助も頷いた。調査中の現状維持は合意済みであり、今夜急いで結論を出す必要はない。
一方、中庭では片づけを終えた住民たちが、休憩所を名残惜しそうに見上げていた。明日からは誰でも使える憩いの場所になる。今日はその始まりだった。
「……なあ巴。俺、最初は自分が楽したくて城を造っただけなんだよな」
「はい。よく覚えております」
「なのに、気づいたらこんな大勢で宴会してる。何でこうなったんだろうな」
皇牙が笑うと、巴はゆっくりと首を振った。
「きっと、殿がお一人で楽しむより、皆さんと楽しむ方を選ばれたからですよ」
「……そうかもな」
黒竜の彫刻が夕日を受け、屋根の上に長い影を落としていた。皇牙はその光景を眺めながら、明日は思い切り昼寝をしようと心に決めた。
少なくとも今夜だけは、誰にも邪魔されず、この賑やかで幸せな余韻に浸っていたかった。
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