第3章 第79話 消えた開拓地の痕跡!? 灰の荒野で見つけた古い石組み
「……なあ、勘助。昨日の話、ちょっと気になってるんだけどさ」
異世界生活六十六日目の朝。神城皇牙は食堂の窓から広がる畑を眺めながら、向かいに座る軍師へ声をかけた。
昨夜はヴァルデン子爵家との境界協議を終え、久しぶりにぐっすり眠れた。面倒な交渉が一段落したのは嬉しいが、どうしても頭から離れない言葉がある。
灰原の開拓地。
子爵家の古い領地台帳に記されているという、今では場所さえ分からなくなった集落の名前だ。
「昔、この荒野にも人が住んでたかもしれねえんだろ? それって結構すごい発見じゃね?」
「左様でござる。ただし、開拓地があったことと、現在のアストレアが子爵家の領地であることは別の話ですな」
「分かってるって。土地の権利がどうとかじゃなくて、純粋に気になるんだよ」
皇牙は身を乗り出した。前世では歴史を学んでいたこともあり、失われた街や古い遺跡の話には弱い。ましてや、自分が暮らしている場所にそんなものが眠っているかもしれないのだ。
「昔の人たちも、ここで畑を作ったり家を建てたりしてたのかな。何か、ちょっとロマンがあるよな!」
「ふふ。殿はこういうお話がお好きですね」
隣の巴が嬉しそうに微笑んだ。
「おう! こういうのは大好きだぜ。書類整理さえなければな!」
勘助が苦笑する。昨日の協議では、領有権が確定するまで双方が新たな徴税や立ち退き要求を行わず、古い境界標識などを保全する取り決めが成立した。だからこそ、今は不用意に土地へ手を加えるわけにはいかない。
「調べるなら、まずは昔の記録からでござるな」
「よし、そっちは頼んだ! 何か面白そうなものが見つかったら呼んでくれ!」
皇牙が即答すると、巴はまた笑った。興味のあることには首を突っ込むくせに、地道な作業は迷わず人任せ。それが皇牙という男である。
朝食を終えると、皇牙は城館の広間へ向かった。面倒な書類仕事は後回しにできても、毎朝の無料ガチャだけは絶対に忘れない。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:210人】
【SR以上排出率:5%】
「昨日はN三人だったからな。今日はちょっといいのを頼むぜ!」
期待を込めて一回目を引くと、青い光の中から作業着姿の男が現れた。
【R ベルトラン】
【適性:石工・石材加工】
「おっ、Rじゃん! しかも石工か!」
二回目はN厨房清掃補助のロッテ。続く三回目では再び青い光が広がり、R古道調査補助のエリアスが召喚された。
「おおっ! Rが二人! 今日は結構いい引きじゃねえか!」
皇牙は上機嫌で三人を歓迎した。ベルトランは石材の加工や補修に詳しく、エリアスは古い道筋や路面の特徴を調べる仕事が得意らしい。
ちょうど昔の街道を調査している最中だが、召喚されたばかりのエリアスは周辺の地理を知らない。皇牙は彼にも、まずは住居と街の案内を受けてもらうことにした。
「仕事は慣れてからでいいぞ。今日は美味い飯でも食って、ゆっくりしてくれ!」
三人が案内役とともに広間を出ると、皇牙は満足そうに画面を確認した。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:213人】
【SR以上排出率:5%】
「二百十三人か。最初は四人しかいなかったのに、増えたもんだなあ」
しみじみと呟いてから、皇牙は広間を後にした。
午前中、執務室ではクラリスとセシリア、古文書整理を担当するマリオンが古い資料を広げていた。
皇牙が顔を出すと、マリオンは少し興奮した様子で立ち上がった。
「皇牙様。昨日の『灰原の開拓地』について、気になる記録を見つけました」
「マジか! 何が分かったんだ?」
「まず、こちらをご覧ください」
差し出されたのは、商人組合が保管していた古い往来記録の写しだった。薄れた文字の中には、北谷街道や旧第二宿場の名前が並んでいる。
「最初は『灰原の畑地』と読んでいたのですが、別の記録と比べると、少し違うようなんです」
マリオンは二枚の紙を並べ、同じ形の文字を指さした。
「こちらは『灰原』という地名ですが、隣の文字は『畑地』ではなく『石井戸』を表す古い言葉かもしれません。昔の文字は形が似ているので、最初の整理では区別できませんでした」
「石井戸?」
「はい。もう一つの記録にも、北の湧水から南へ向かった場所に『輪のように石を積んだ井戸』があると記されています」
皇牙の目が輝いた。
「おおっ! 何か一気に遺跡っぽくなってきた!」
ただし、マリオンは嬉しそうにしながらも、慎重な姿勢を崩さなかった。
「同じ場所を指しているかは、まだ分かりません。記録の年代も異なりますし、位置を確かめる必要があります」
勘助は二人の話を聞き、地図を広げた。
「北の湧水から南となれば、候補はいくつかございます。農地の外れにも古い地形が残っておりますが、そこが係争区域に含まれるかは、まだ確定しておりませぬ」
「じゃあ、勝手に掘ったりするのは駄目だな」
「左様でござる。ですが、普段利用している道から地表を観察し、位置を記録するだけなら問題は少ないでしょう」
皇牙はすぐに頷いた。
「よし! それなら見に行こうぜ。何も壊さず、見るだけならいいんだろ?」
勘助はクラリスたちと相談し、調査地点の記録を残したうえで、子爵家にも情報を共有することにした。
昼食後、皇牙は巴、勘助、マルクとともに農地の外れへ向かった。途中、中庭の長椅子でくつろいでいたアン・ボニーにも声をかける。
「アン、暇なら一緒に来るか? 昔の開拓地を探しに行くんだよ」
「開拓地? 宝でも埋まってるのかい?」
「さあな。今のところ古い井戸があるかもってだけだ」
「井戸かあ。海でも船でもないんだねえ」
アンは大げさに溜息をついたものの、結局は面白そうだと同行することになった。
畑の向こうには、手つかずの灰色の荒野が広がっていた。青々と育つ作物との境目は驚くほどはっきりしている。皇牙が農地を造るまでは、この辺りも同じように荒れた土地だったのだ。
「マルク。昔、変わった石を見たことねえか?」
「石ですか……。そういえば、畑を広げる前に、妙に平らな石が並んでいる場所を見つけましたよ」
「えっ、本当か!?」
「ええ。ただ、作業の邪魔になる場所じゃなかったので、そのままにしてあります」
マルクは農地の端に残る細い道を進み、背の低い草が生えた一角で立ち止まった。
「ここです」
最初、皇牙には何の変哲もない荒れ地にしか見えなかった。しかし、目を凝らすと、草の間に平たい石がいくつも並んでいる。自然に散らばったにしては、向きが妙に揃っていた。
さらに少し離れた場所には、円を描くように組まれた石が土の中から顔を出していた。
「……おおっ! これ、結構すごくねえか!?」
皇牙は思わず声を上げた。
円形の石組みは直径一メートル半ほど。中央には土と枯れ葉が詰まり、底は見えない。近くには長方形の輪郭を思わせる石列もあり、どこか人工的な印象を受ける。
勘助は石に手を触れず、周囲をゆっくり歩いた。
「ふむ……。円形のものは井戸の上部かもしれませぬが、水を貯める施設だった可能性もありますな。こちらの石列は、建物の基礎とも考えられます」
「やっぱり昔の集落か!?」
「まだ断定はできませぬ。ですが、偶然できた形にしては整っております」
皇牙は胸が高鳴るのを感じた。
自分が何もない荒野だと思っていた場所に、かつて人が暮らした痕跡が残っているかもしれない。そう考えただけで、前世の大学で歴史資料を読んでいた頃の興奮が蘇ってくる。
巴も石列を眺めながら、静かに口を開いた。
「殿。もし本当に昔の住居があったのなら、この場所で暮らしていた方々も、今の私たちと同じように畑を耕していたのでしょうか」
「かもしれねえな。そう考えると、不思議な気分だよ」
二人が話している横で、アンは退屈そうに石を眺めていた。
「宝箱くらい出てくると思ったんだけどねえ。石ばっかりじゃないか」
「遺跡ってそういうもんだろ!」
「海賊にとっちゃ、宝のない宝探しは少し寂しいよ」
アンは肩をすくめた。その反応に、皇牙は思わず笑ってしまう。
勘助は地形を確認し、マルクから以前の土地の様子を詳しく聞いた。皇牙も《万能鑑定EX》を使ってみたが、分かったのは石材の種類と、人為的に組まれた構造物である可能性が高いということだけだった。
「……これだけかよ。何年前の誰が造ったのかくらい教えてくれりゃいいのに」
「殿。そこは記録や現地の調査で確かめる必要がございますな」
「ちぇっ。便利なスキルにも、できねえことはあるんだな」
皇牙は苦笑したが、すぐに表情を改めた。
「なら、ここはこのまま残そうぜ。うっかり掘り返して壊したら、もったいねえし」
勘助も賛成した。石組みのすぐ近くに柵を建てれば、地下に残るものを傷つける可能性がある。そこで皇牙たちは遺構そのものには手を加えず、離れた既存の畦道に立入を控えるための仮の目印を置くことにした。
その目印も、ガルドたちが使っている杭と縄を運んできてもらうだけで足りる。
「こういうのまで魔法で造らなくてもいいんだな」
皇牙が呟くと、マルクが笑った。
「皇牙様が何でも造れるのはありがたいですけど、普通の道具で済むこともありますからね」
「確かに。俺が全部やってたら、せっかく職人を召喚した意味もねえしな!」
皇牙は納得し、遺構の位置を地図へ書き込む作業を勘助へ任せた。
帰り道、アンが皇牙の横へ並んだ。
「結局、金貨も宝石も出なかったねえ」
「俺にとっちゃ、あれだけでも十分お宝だぞ」
「へえ。変わってるねえ、あんた」
「歴史好きだからな!」
アンはしばらく皇牙を見つめたあと、楽しそうに笑った。
「まあ、何が出てくるか分からないってのは嫌いじゃないよ。海へ出られる日が来るまでは、こういう冒険に付き合うのも悪くないね」
「おう! ただし、毎回宝箱が見つかるとは思うなよ!」
「あっはは! 分かってるって!」
夕方、城館へ戻ると、勘助は発見した石組みの位置と形状をまとめ、子爵家のオスカーへ報告する書状を作成した。
係争区域の可能性が残る以上、アストレア側だけで勝手に発掘を進めるつもりはない。双方の記録を持ち寄り、立ち会いのもとで確認する方が、あとで余計な争いを生まずに済む。
ところが、書状を確認していたマリオンが、ふと顔を上げた。
「……少し待ってください。この石組みの形、別の記録にも載っていたかもしれません」
「えっ!?」
皇牙が身を乗り出すと、マリオンは書棚から薄い帳面を取り出した。
以前、商人たちが街道沿いの目印を記録したものだ。彼女は慎重に頁をめくり、途中に描かれた小さな図へ指を置いた。
「こちらです。円形の石組みの横に、長方形の建物が描かれています。説明には『北の湧水より南、古い灰原の石井戸』とあります」
皇牙は帳面を覗き込んだ。
「おおっ! 今日見つけたのと似てねえか!?」
「はい。ただし、図が簡略化されているので、同じ場所とはまだ断定できません」
勘助は資料を受け取り、何度も見比べた。
「……それでも、位置と形が一致する可能性は高くなりましたな。これは子爵家側にも確認してもらう価値がございます」
皇牙は興奮を隠せなかった。
古い帳面に描かれた石井戸らしきものが、今もアストレアの農地の外れに残っているかもしれないのだ。たとえ領有権とは別問題でも、失われた開拓地の手掛かりとしては十分に面白い。
「よし! その図も一緒に送ろうぜ。向こうの台帳に何か書いてあるかもしれねえし!」
「承知いたしました」
勘助は書状に図の写しを添え、場所を特定するための共同確認を提案した。
その仕事が終わる頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。
皇牙が中庭へ出ると、ガルドたちが新しい休憩所の準備を進めている。人口二百人突破を祝う食事会は明日の予定で、屋根付きの休憩所はすでに設計がまとまっていた。
「おっ、ガルド! 準備はどうだ?」
「長椅子はあと少しですね。建物の方は、いつでも造れるように図面を仕上げてあります」
「よし! じゃあ、そっちは俺の出番だな!」
皇牙が《国家創造EX》を発動すると、中庭の一角に淡い光が広がった。次の瞬間、石柱に支えられた屋根付きの休憩所が現れる。
屋根の四隅には、ガルドと相談して大きさを調整した竜の彫刻。以前の案より翼を小さくしたおかげで、雨水が座席へ落ちにくい形になっている。
「……くぅぅ! やっぱ竜って最高だな!」
「皇牙様。建物が完成したのは嬉しいですけど、長椅子を運ぶのはこれからですからね」
「分かってるって! そこはみんなに任せる!」
ガルドが笑い、近くにいた職人たちも楽しそうに声を上げた。
厨房ではリーナが料理の仕込みを進め、クラリスたちは食事会に参加する住民の予定を確認している。警備の当番も交代で食事を取れるようにしてあり、誰かだけが祝いから取り残されることのないよう準備されていた。
皇牙は完成した休憩所を見上げ、満足そうに頷いた。
その隣へ巴がやってくる。
「殿。明日は皆さん、きっと喜ばれますね」
「おう! せっかく二百人を超えたんだ。美味いもん食って、思いっきり楽しんでもらわねえとな!」
皇牙は笑った。
ふと、昼間見つけた古い石組みのことが頭をよぎる。
昔の開拓者たちも、何かのお祝いに集まって笑ったことがあったのだろうか。そんなことを考えると、今この街で暮らす人々の賑やかな声が、少し違って聞こえた。
「……なあ、巴。俺たちの街も、いつか誰かが歴史として調べたりすんのかな」
「そうかもしれませんね。殿が造られたお城は、とても立派ですから」
「だろ!? だったら、もっとすげえ建物も造っておかねえとな!」
「ふふ。殿らしいですね」
巴が笑うと、皇牙も嬉しそうに笑った。
その頃、執務室では勘助が子爵家へ送る書状を封じていた。
そこには、古い石組みの位置と形状、商人組合の記録に描かれた石井戸の図、そして共同で現地を確認したいという提案が記されている。
灰原の開拓地が本当に存在したのか。見つかった石組みは、その一部なのか。
まだ答えは出ていない。
だが、紙の上にしかなかった古い地名が、初めて目に見える形を持ち始めていた。
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