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建国スキルがぶっ壊れている件。歴史の偉人をガチャ召喚して、俺は悠々自適に暮らしたい  作者: 阿鼻恭介
第三章

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第3章 第78話 ついに始まる領有権交渉! 子爵家が隠していたもう一枚の地図!?



 異世界生活六十五日目の朝、神城皇牙は寝台の上で、天井を見つめたまま動こうとしなかった。


 窓の外は見事な晴天だ。こんな日は庭で昼寝でもして、午後から美味いものを食べるに限る。ところが、今日はヴァルデン子爵家との境界協議が予定されていた。


「……あー、行きたくねえ。領地とか権利とか、聞いてるだけで眠くなるんだよな」


「殿。朝食の用意ができておりますよ」


 扉の向こうから巴の声がした。皇牙は渋々起き上がり、顔を洗って食堂へ向かう。いつもより少し整った上着を用意されているのを見て、さらに気分が重くなった。


「なあ巴。これ、いつもの服じゃ駄目なのか?」


「先方も正式な使節としていらっしゃいますから。あまり窮屈でないものを選んでいただいたそうです」


「……そういう気遣いはありがたいけど、俺は普段着で十分なんだよ」


 文句を言いながらも袖を通す。住民の暮らしがかかっていると分かっている以上、初めから相手を馬鹿にするような真似はしたくなかった。


 食堂では関羽が山盛りの朝食を平らげていた。隣の席ではアン・ボニーが、関羽の食欲を面白そうに眺めている。


「おはよう、皇牙。今日は例の貴族と話をするんだって?」


「おう。できれば昼飯までに終わらせてえ」


「あっはは! 相手も同じこと考えてりゃいいけどね」


 アンは楽しそうに笑った。海のない土地へ召喚された女海賊に、今日の交渉で出番はない。本人もそれを承知しており、バットゥータから海へ続く交易路の話を聞くつもりらしい。


 皇牙は朝食を済ませると、出発前にガチャを開いた。


【無料召喚:3/3回】

【国家人口:207人】

【SR以上排出率:5%】


「せめて今日くらい、交渉が得意な偉人が出てくれねえかな!」


「殿。勘助殿とコルベール殿が、すでに十分な準備をしてくださっています」


「分かってるよ。でもガチャ好きとしては期待しちまうんだって!」


 皇牙は三回続けて召喚を行った。現れたのはN清掃補助のミラ、N倉庫整理補助のフェリクス、N洗濯補助のエマだった。


「おお、今日は全員Nか。まあ、こういう日もあるよな!」


 少し肩を落としたものの、皇牙は三人を笑顔で迎えた。清掃も倉庫整理も洗濯も、人口が増えたアストレアには欠かせない仕事だ。受け入れ担当者へ案内を任せ、今日の無料召喚を終える。


【無料召喚:0/3回】

【国家人口:210人】

【SR以上排出率:5%】


「二百十人か。よし、今日も三人増えた!」


 そう呟いて画面を閉じたところで、勘助とコルベールが迎えに来た。


 書類を抱えた二人の顔を見ただけで、皇牙は早くも帰りたくなった。


 会談場所は、北谷街道の古い橋から少し離れた平地である。昨日、子爵家の記録係ルーカスが荷馬車の事故に遭った場所にも近い。あの一件で彼らの運んでいた境界図の原本を救えたことが、今日の協議につながっていた。


 皇牙は巴、勘助、コルベールを伴い、《空間転移EX》で以前から確認していた安全な地点へ移動した。


 川沿いの朝風は冷たく、草に埋もれた古い石畳が陽光を受けている。会談用の机と椅子は、双方が事前に了解した場所へ運び込まれていた。


 少し離れた広場には、子爵家の護衛兵が整列している。三十名という人数に変わりはないが、会談地点へ入る護衛は双方四名以内という取り決めが守られていた。


 関羽は別行動で街道側の安全確認に当たり、巴は皇牙のすぐ後ろに控える。勘助とコルベールは交渉担当者であり、護衛人数には含まれない。


「皇牙殿。昨日は部下たちを助けていただき、ありがとうございました」


 先に声をかけてきたのは、子爵家の家令補佐オスカー・ベルナーだった。いつもと変わらぬ穏やかな態度だが、その表情には少し緊張が見える。


「気にすんなって。目の前で馬車がひっくり返りそうになってたら、誰だって助けるだろ」


「そうおっしゃっていただけるとありがたい。おかげで大切な記録も失わずに済みました」


 オスカーの隣には、濃紺の上着を着た中年の男が立っていた。灰色の髪をきっちり撫でつけ、革の書類鞄を抱えている。


「領地管理官のエーベルハルト・クラインと申します。本日は子爵閣下の命により、当家の資料説明と事実確認を担当いたします」


「神城皇牙だ。よろしくな」


「なお、領地の譲渡や放棄を決定する権限までは与えられておりません。その点は、あらかじめご承知おきください」


「おう。俺たちも今日一日で全部決められるとは思ってねえよ」


 皇牙が椅子に腰を下ろすと、エーベルハルトは意外そうに眉を動かした。もっと強引な相手を想像していたのかもしれない。


 双方の挨拶が済むと、エーベルハルトは鞄から細長い筒を取り出した。


「こちらが、当家に保管されている旧境界図です」


 広げられた羊皮紙には山と川、そして曲がりくねった街道が描かれていた。片隅にはヴァルデン家の紋章が残り、北谷街道と旧第二宿場を示す文字が読み取れる。


 勘助は持参した現地の測量図を並べ、指先で道筋をたどった。


「この橋の位置は、我らが調べた古い橋脚と一致しております。しかし現在の交易路は、ここより南へ移っておりますな」


「承知しております」


 エーベルハルトの返答は早かった。


 皇牙は思わず顔を上げた。


「……えっ、知ってんの?」


「もちろんです。旧橋の崩落によって道が付け替えられたことは、当家の記録にも残っております」


 男はもう一枚、折り畳まれた紙を取り出した。


「問題はこちらです。橋が失われた後、当家の先代が新たな通行路の巡回と宿場の管理を命じた記録の写しです」


 皇牙は思わず勘助を見た。古い道と今の道を取り違えているだけなら話は簡単だったが、どうやらそうではないらしい。


 エーベルハルトは続けた。


「当家は新しい街道に警備を出し、沿道の宿場から納付金を受けてきました。旧道だけを管理していたわけではありません」


 勘助は紙を受け取り、しばらく黙って目を通した。


「……なるほど。街道の付け替え後も、管理が続けられていた証拠ではありますな」


「そのとおりです。我々は何も、古い地図一枚を振りかざしているわけではありません」


 エーベルハルトは毅然と答えた。


 そこでコルベールが、商人組合から得た古い帳簿の写しを広げた。


「その点は理解いたしました。ただし、我々が確認した修繕記録には、ヴァルデン家が街道の維持費を負担する代わりに、旧第二宿場で一定期間通行料を徴収する権利を得たと記されております」


「存じております」


「でしたら、伺いたいことがあります。その権利の対象と期限は、後の街道付け替えによって変更されたのでしょうか」


 エーベルハルトはすぐに返事をしなかった。


 コルベールは相手を急かさず、帳簿の該当箇所を指し示した。


「こちらは商人組合側の要約記録です。契約原本ではございませんので、これだけで権利の失効を主張するつもりはありません。ただ、街道の管理と、周辺の荒野を領有することは、分けて確認する必要があります」


「……それは承知しています」


 男はようやく口を開いた。


「しかし、我々には宿場からの納付金の記録もございます。実際に管理を行ってきたことまで否定されては困ります」


「否定しておりません。確認したいのは、その管理がどの土地まで及んでいたかという点です」


 コルベールの声は穏やかだったが、一歩も引かなかった。


 皇牙は二人のやり取りを聞きながら、心の中で唸った。どちらの言い分も、まったくの出鱈目ではなさそうだ。だからこそ面倒なのである。


 勘助が別の地図を差し出した。


「こちらは我らが現地で測量した図でござる。旧第二宿場と新しい街道の位置は確認できました。しかし、納付金のあった宿場から現在のアストレアまでの間には、長く人の住まなかった荒野が広がっております」


「それが、何か?」


「その荒野まで子爵家が管理していたと示す記録はございますか」


 エーベルハルトは唇を引き結んだ。


「当家の領地台帳に記載がある可能性はあります。本日は持参しておりませんが」


「であれば、次にその台帳を確認させていただきたい」


 勘助が静かに言った。


 しばらく沈黙が流れた。川の音と、遠くを通る荷車の軋む音だけが聞こえる。


 やがてエーベルハルトが口を開いた。


「……一点、誤解のないよう申し上げます。街道を管理していた証拠だけで、荒野のすべてが当家の領地だと証明できるとは、私も申しておりません」


「ほう?」


「ですが、管理の実績がある土地について、当家には確認を求める理由がある。そこまで軽んじていただいては困るのです」


 皇牙は思わず頷いた。


「なるほどな。そっちにも守りたいものがあるってことか」


 エーベルハルトは意外そうに目を見開いた。


「もちろんです。領主家が長年維持してきた道や宿場を、突然現れた集落が自由に扱うとなれば、領内の者たちにも示しがつきません」


 オスカーも口を開いた。


「我々としても、不要な争いは避けたいのです。しかし、子爵家の管理下にあると考えてきた土地について、何の確認もせずに認めるわけにはまいりません」


 その説明で、皇牙にもようやく相手の立場が見えてきた。


 ヴァルデン家は単に土地を欲しがっているだけではない。長く管理してきたと考える街道や宿場の権利が、知らないうちに失われることを警戒しているのだろう。


「……だったら、ますますはっきりさせた方がいいじゃねえか」


 皇牙は机へ身を乗り出した。


「そっちが昔から管理してた場所は、ちゃんと調べりゃいい。でも、俺たちが暮らしてる場所まで勝手に子爵家のものだって決められたら困るんだよ」


「それは理解します。しかし、土地の権利は気持ちだけで決まるものではありません」


「分かってるって。だから書類を持ってきてもらってんだろ?」


 皇牙は肩をすくめた。


「俺だって、別に子爵家と喧嘩したいわけじゃねえよ。ここで昼寝して、美味いもん食って、毎日ガチャ引いて暮らせりゃ十分なんだから」


 あまりにも正直な言葉に、エーベルハルトは返事を忘れたようだった。


 背後で巴が小さく笑い、コルベールは額に手を当てた。


「……皇牙殿は、変わったお方ですね」


 オスカーが苦笑する。


「よく言われるよ!」


 皇牙が笑うと、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


 その後も、双方は古い境界図と新しい街道の管理記録を照らし合わせた。地図に書かれた線がどの地形を基準にしているのか、街道の付け替え後に管理区域が変わったのか。結論が出ない部分は残ったものの、議論すべき点は次第にはっきりしていった。


 やがてコルベールが、一つの提案を口にした。


「領地台帳の確認が済むまで、双方とも係争区域で新たな徴税や立ち退き要求を行わない、という取り決めを結んではいかがでしょう」


 エーベルハルトの表情が険しくなった。


「それは、当家が権利を放棄するという意味ですか?」


「いいえ。調査が終わるまで、新たな主張を実力で押しつけないというだけです。既存の宿場で行われている通常の管理まで止めていただくつもりはありません」


 勘助が続けた。


「また、街道や石標についても、双方が一方的に位置を変えぬようにする。証拠を残すためでござる」


 皇牙はすぐに頷いた。


「それいいじゃん。調べてる間に勝手に土地を取ったり、道を塞いだりしなきゃいいんだろ?」


「そのとおりです」


 コルベールが答えた。


 エーベルハルトはしばらく考え、オスカーと小声で相談した。


「……私の権限で領有権を判断することはできません。しかし、資料を保全し、調査中の衝突を避けるための一時的な取り決めなら、合意できます」


 その言葉に、皇牙は顔を輝かせた。


「おっ! じゃあ決まりだな!」


「ただし、現在の領有権について、どちらの主張も認めたことにはしません」


「おう。それでいい!」


 エーベルハルトは頷き、コルベールが用意した文面を慎重に読み始めた。


 取り決めには、係争区域で新たな徴税や立ち退き要求を行わないこと、街道や境界の目印を無断で動かさないこと、現状の住民の暮らしと商人の通行を妨げないことが盛り込まれた。


 なお、既存の宿場における通常の管理は現状どおりとし、双方とも領有権の主張を撤回したことにはならない。


 文面を確認したエーベルハルトは、静かに頷いた。


「……異存ありません。子爵閣下へも、この内容を報告いたします」


 オスカーも署名の準備を進め、双方の代表者がその場で取り決めを確認した。


 皇牙は胸を撫で下ろした。少なくとも、調査が終わる前に住民が突然立ち退きを迫られる心配は、ひとまず減ったわけだ。


「いやあ、よかった。これで今日は帰れるな!」


「殿。まだ確認することがございますぞ」


 勘助の一言に、皇牙はがっくりと肩を落とした。


「……まだあんの?」


 その反応に、オスカーが思わず笑った。


 会談の最後に、エーベルハルトは領地台帳について一つの事実を明かした。


「実は、台帳には旧第二宿場の南側にある荒野について、古い記載が残っています。ただし、地名が現在とは異なり、位置を確定できておりません」


 勘助の表情が引き締まった。


「どのような記載でござるか?」


「『灰原の開拓地』という名です。正確な範囲は分かりませんが、かつて入植を認めた土地として記録されております」


 皇牙は思わず顔を上げた。


「……灰原の開拓地?」


 灰の荒野と呼ばれるこの土地に、以前も誰かが暮らしていたのだろうか。


 エーベルハルトは続けた。


「ただし、現在のアストレアと同じ場所かどうかは不明です。だからこそ、台帳と現地を照らし合わせる必要があります」


 勘助はゆっくりと頷いた。


「なるほど。ならば、その記録も含めて確認いたしましょう」


 その後、双方は領地台帳の写しを用意し、次回の協議で改めて検討することを決めた。


 会談を終えた皇牙たちは、川沿いの道を戻りながら、ようやく肩の力を抜いた。


「……疲れたあ! もうしばらく書類なんか見たくねえ!」


「殿。ですが、今日は大きな前進がございましたね」


 巴が微笑む。


「おう。少なくとも、いきなり住民を追い出される心配は減ったしな」


 皇牙は少しだけ真面目な顔になった。


「まだ終わってねえのは分かってる。でも、あいつらも最初から喧嘩したいわけじゃねえんだろ?」


「そのようでござる。ただし、子爵家には子爵家の事情がございます。今後も慎重に進める必要がありますな」


 勘助の言葉に、皇牙は頷いた。


 遠くでは、関羽が街道の警備を終えてこちらへ歩いてくる。長い髭を揺らしながら堂々と進む姿は、相変わらず目立っていた。


「おお、関羽! 今日の警備はどうだった?」


「異常なし。商人の通行も滞りなく進んでおった」


「そりゃよかった! じゃあ帰ろうぜ。今日はもう昼寝してえ!」


 皇牙が大きく伸びをすると、巴が楽しそうに笑った。


「ふふ。まずはリーナ殿のお料理をいただきましょう」


「おっ、それいいな!」


 皇牙は一気に元気を取り戻した。


 古い地図と領地台帳を巡る争いは、まだ解決していない。だが、今日は双方が資料を持ち寄り、話し合い、争いを広げないための約束を交わした。


 そして、新たに浮かび上がった『灰原の開拓地』という名前。


 それが何を意味するのか、今はまだ誰にも分からない。


 皇牙は城へ戻る道すがら、ぼんやりと考えた。もし昔、この荒野に別の開拓者たちがいたのなら、彼らはどんな暮らしをしていたのだろう。


 もっとも、その答えを調べるのは勘助やコルベールたちの仕事だ。


「……俺は今日は、もう絶対働かねえからな!」


「殿。明日には、人口二百人突破のお祝いの準備もございますよ」


「……あっ、そっちもあった!」


 巴の言葉に皇牙が頭を抱えると、周囲に笑い声が広がった。


 アストレアの小さな街は、今日も少しずつ前へ進んでいた。

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