第3章 第77話 関羽の武勇が炸裂!? 境界協議の前日に思わぬ事件!
「……おい、関羽。朝飯ってそんなに食うもんなのか?」
異世界生活六十四日目の朝、神城皇牙は食堂の入口で足を止めた。
長い髭を胸元まで垂らした偉丈夫が、山盛りの料理を前に堂々と座っている。焼いた肉にパン、野菜の煮込みまで並び、どう見ても一人分とは思えない量だった。
昨日召喚したばかりのSSR関羽である。
「腹が減っては力が出ぬ。食事を粗末にするつもりはないが、必要な分はいただこうと思ってな」
「いや、別に構わねえけど……すげえ食欲だな」
「殿、関羽殿は先ほど厨房の方々に、追加をいただいてもよいか確認しておられましたよ」
隣にいた巴が、少し楽しそうに教えてくれた。
なるほど、勝手に料理を持ってきたわけではないらしい。皇牙としても、働いてくれる家臣に腹いっぱい食べてもらうことに異論はなかった。
「ならいいや。リーナたちが困らねえ範囲で好きに食ってくれ」
「かたじけない」
関羽が礼を述べたところへ、今度はアン・ボニーが現れた。赤みを帯びた髪を後ろで束ねた女海賊は、寝起きとは思えないほど元気な様子で皇牙へ近づいてくる。
「ねえ、皇牙。今日はどこか面白い場所へ連れていってくれないかい?」
「面白い場所?」
「昨日は市場を見て回ったけど、まだ街の外はろくに見てないからね。できれば海がいいんだけど」
「だから海はねえって言ってんだろ!」
皇牙が即座に返すと、アンは腹を抱えて笑った。
「あっはは! 分かってるよ。ちょっと言ってみただけさ!」
海賊を召喚しておきながら海も船もない。昨日から何度も繰り返しているやり取りだったが、アン本人は案外楽しんでいるらしい。
皇牙が食卓に着くと、アンも向かい側へ腰を下ろした。
「川くらいはあるんだろ? それなら今日は川を見せておくれよ」
「川か……。そういや、明日の境界協議で使う古い橋の近くにもあったな」
ヴァルデン子爵家との領有権問題については、勘助たちが会談場所の調整を進めている。今日は最後の現地確認を行う予定だった。
「ちょうどいいや。アンも一緒に行くか?」
「もちろん!」
「ただし、期待するような大きな川じゃねえぞ?」
「それでも水が流れてるなら、陸の真ん中にいるよりましさ!」
アンは上機嫌でパンを頬張った。
皇牙は苦笑しながら食事を終え、まずは毎朝の日課を済ませることにした。
広間へ戻ると、《英霊召喚ガチャEX》を開く。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:204人】
【SR以上排出率:5%】
「昨日はSRアンとSSR関羽だったからな! 今日も大当たりが続くかもしれねえぞ!」
「殿。昨日の結果と今日の結果は関係ないのではありませんか?」
「分かってるって! でも期待するだけならタダだろ!」
巴の指摘を笑って受け流し、皇牙は三回の無料召喚を行った。
現れたのは、N荷物仕分け補助のオリバー、N農具手入れ補助のクラウス、R道路整備補助のセルジュだった。
「おっ、道路整備ができる奴が来たのか! 今の街にはありがてえな!」
皇牙は三人を歓迎し、生活用品と住居の案内を担当者へ頼んだ。セルジュには街道整備を手伝ってもらう予定だが、まずはアストレアの道路や作業手順を覚えてもらわなければならない。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:207人】
【SR以上排出率:5%】
「よし、二百七人! 着実に増えてんな!」
皇牙は満足そうに画面を閉じた。昨日のような派手な召喚ではなかったが、街を支える人材が増えるのは嬉しいことだ。
その後、皇牙は巴と関羽、アンを連れ、勘助と合流した。
境界協議が行われる古い橋の跡は、アストレアの西側にある。皇牙が以前訪れたことのある場所なので、《空間転移EX》を使えば移動そのものは一瞬だった。
転移先から少し歩くと、草に埋もれた石畳と、半ば崩れた橋脚が見えてきた。浅い川が古い石の間を流れ、乾いた風が岸辺の草を揺らしている。
「……なんだい、これ」
アンが川を見て、あからさまに肩を落とした。
「だから言っただろ。大きくねえって」
「これじゃ船どころか、小舟だってまともに進めないよ!」
「そりゃ残念だったな!」
「残念すぎるね。せっかく海の女を召喚したっていうのに!」
アンは大げさに両手を広げた。
皇牙は笑ったが、少しだけ申し訳ない気持ちにもなった。アンの固有スキル《荒波の反逆児》は船上や乗り込み戦闘で真価を発揮する。今のアストレアには、そもそもその舞台が存在しないのだ。
「まあ、いつか海へ行けるようにはするからさ」
「言ったね? その約束、忘れるんじゃないよ」
「忘れねえって!」
そんな二人を横目に、勘助は地図を広げていた。
「殿。明日の会談はこちらの平地で行う予定でござる。子爵家側の護衛三十名については、会談場所へ近づく人数を双方四名以内とする案を送っております」
皇牙は地図と周辺の地形を見比べた。
古い橋の東側には平らな場所があり、そこから少し離れたところには現在の街道が走っている。商人たちの通行を妨げずに会談を行うなら、この場所が適していそうだった。
「護衛の人数って、もう決まったのか?」
「まだ正式な返答は届いておりませぬ。ただし、三十名を会談場所へ入れることは認めず、残る兵は離れた広場で待機していただく方針です」
「それでいいと思うぜ。話し合いのために、兵士をずらっと並べられても困るしな」
関羽は川沿いを眺めながら、ゆっくりと頷いた。
「兵の数を誇示すれば、相手も身構える。互いに武器へ手を伸ばさぬようにすることが肝要だろう」
「関羽殿には、会談地点の外側から周囲を見ていただきたいと考えております」
「承知した。主君のそばには巴殿がおられる。ならば我は、近づく者たちの動きを見よう」
関羽は巴へ視線を向けた。
「そなたは、主の護衛に専念されよ」
「はい。殿のおそばは、私が守ります」
巴の返事には迷いがなかった。
皇牙は頼もしい二人を見比べ、満足そうに頷いた。これなら面倒な戦いを避けながら、安全に話し合いを進められそうだ。
そのときだった。
「――助けてくれえっ!」
突然、街道の方から悲鳴が響いた。
全員が振り返る。
古い橋へ続く道の向こうで、一台の荷馬車が大きく傾いていた。前輪が道端の柔らかい地面へ沈み、馬が暴れている。車体には大きな木箱が積まれ、荷台の上では若い男が必死に手綱を握っていた。
「何だ、あれ!?」
皇牙が叫ぶより早く、関羽が駆け出した。
馬車は斜面へ向かって傾き、荷台の木箱が滑り始めている。近くには、落ちた荷物を拾おうとしていた少年までいた。
「下がれ!」
関羽の怒声が響いた。
次の瞬間、彼は少年の腕をつかみ、荷車から引き離した。そのまま迫ってきた木箱を片腕で受け止め、地面へ押し戻す。
「うおっ!? 何だ今の!」
皇牙は思わず目を見開いた。
重い木箱を受け止めた関羽は、さらに車体の横へ回り込み、暴れる馬を落ち着かせようとしていた。
「巴! 周りに人がいないか見てくれ!」
「承知しました!」
巴はすぐに街道へ走り、近づいてきた商人たちを安全な場所へ誘導した。皇牙も《全属性魔法EX》で土の壁を低く盛り上げ、荷車がそれ以上斜面へ滑らないようにする。
「これで止まるはずだ!」
車輪の前に土の支えが現れ、荷車の傾きが止まった。
だが、まだ安心はできない。車体を支えていた古い木材が、ぎしりと嫌な音を立てたのだ。
「おい! このままじゃ荷台が割れるぞ!」
アンが声を上げた。
彼女は荷車へ駆け寄ると、積み荷を固定していた縄を素早く解き、近くの頑丈な木へ結び直した。
「皇牙! この縄を引っ張っておくれ! 荷台が倒れないようにするんだ!」
「お、おう!」
皇牙が縄を握ると、アンは結び目の位置を調整した。船の上で何度も荷を固定してきたのだろう。手際のよさは見事なものだった。
関羽が馬を落ち着かせ、巴が周囲の人々を避難させる。皇牙は土魔法で地面を固め、アンは荷台の荷物が崩れないよう縄を締め直した。
しばらくして、ようやく馬車は完全に安定した。
「……ふう。何とか助かったな!」
皇牙が息を吐くと、荷台の若い男が地面へ降りてきた。
「ありがとうございます! 本当に助かりました!」
男は何度も頭を下げた。どうやら荷馬車は、ヴァルデン子爵家から派遣された先遣隊のものらしい。
皇牙は思わず眉を上げた。
「……子爵家の?」
「はい。明日の境界協議に備えて、会談場所の確認と書類の運搬を任されております」
若い男は胸元から身分を示す札を取り出した。
勘助がそれを確認すると、男は改めて頭を下げた。
「私は子爵家の記録係、ルーカスと申します。古い境界図の原本を運んでおりました」
「げっ! あの大事な書類かよ!」
皇牙は荷台へ目を向けた。
木箱の一つが傾き、中から布で包まれた細長い筒が覗いている。幸い、箱そのものは壊れておらず、書類も無事のようだった。
ルーカスは胸を撫で下ろした。
「本当に助かりました。もし原本を失っていたら、明日の協議どころではありませんでした」
勘助は静かに頷いた。
「書類が無事で何よりでござる。しかし、なぜこの道を通られたのです?」
「先に会談場所の確認をしようと思い、古い街道へ入りました。ですが、地図にある道と実際の道の位置が違っていて……」
ルーカスは申し訳なさそうに視線を落とした。
皇牙と勘助は顔を見合わせた。
古い街道と現在の街道の位置が一致しないことは、まさに今回の境界問題の重要な点だった。
「……それって、地図に描かれた道をそのまま進んできたってことか?」
「はい。子爵家で保管されている古い地図には、こちらが主要な道として描かれておりますので」
勘助は少し考え、ルーカスへ尋ねた。
「その地図に記された街道は、現在の道ではなく、以前の北谷街道である可能性がございます。明日の協議では、その点を詳しく確認したいと考えております」
ルーカスは驚いたように顔を上げた。
「……古い道と、今の道が違う?」
「左様でござる。橋が失われたことで、商人たちが利用する道も変わっております」
ルーカスはしばらく黙り込んだ。
彼も子爵家の記録係とはいえ、古い地図の内容をすべて理解しているわけではないらしい。
「……分かりました。その件は、オスカー様へお伝えいたします。ただし、私には領地の境界について判断する権限がありません」
「それで結構でござる。我らも、この場で結論を出すつもりはありませぬ」
勘助は穏やかに答えた。
皇牙は腕を組み、少し考えたあとで口を開いた。
「なあ、明日ちゃんと話し合うなら、今日はお互い余計なことすんのやめようぜ。地図の原本も、あの橋の石標も、今のまま残しておいた方がいいだろ?」
ルーカスは頷いた。
「はい。私もその方がよいと思います。原本は明日、正式な協議の場でお見せいたします」
勘助は皇牙の提案を受け、双方が確認できる範囲で現場を保存することにした。石標や橋脚には触れず、事故の起きた場所だけ安全のために立入を制限する。荷馬車の移動も、車輪の周囲の地面を十分に固めてから行う。
それ以上の判断は、明日の正式な協議へ持ち越すことになった。
その後、ルーカスは子爵家の一行とともに安全な道へ戻り、オスカーへ報告するために出発した。
彼らを見送った皇牙は、ようやく肩の力を抜いた。
「……いやあ、びっくりした。まさか子爵家の書類を運んでる奴を助けることになるとはな!」
関羽は静かに頷いた。
「敵か味方かを考える前に、助けるべき者がいた。それだけのことだ」
「おおっ! 関羽、今の格好いいな!」
「当然のことを申したまでだ」
そう言いながらも、関羽の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
巴も安心したように息を吐いた。
「殿がすぐに魔法を使ってくださったおかげで、荷車も止まりました」
「いや、関羽が先に飛び出さなかったら、あの子が危なかっただろ。アンの縄もすげえ役に立ったし!」
皇牙がアンへ顔を向けると、女海賊は得意げに笑った。
「船がなくたって、荷物を固定するくらいはできるさ。ま、海の上ならもっと腕を見せられるんだけどね!」
「そこはまた今度な!」
「あっはは! 忘れないからね!」
一行は事故現場をもう一度確認し、会談場所へ向かった。幸い、協議に使う平地には問題がなかった。
勘助は地図を広げ、護衛の立ち位置を改めて整理した。巴は皇牙のそば、関羽は会談地点から離れた位置で周囲を警戒する。会談の護衛人数に関羽を含める必要はなく、彼には街道側の安全確認を任せる方針だった。
皇牙はその説明を聞きながら、ふと気づいたことを口にした。
「……なあ。今日の事故って、子爵家の地図を信じて古い道を通ったせいなんだよな?」
「その可能性が高いでござる。ただし、事故の原因は道の状態や荷馬車の荷重など、複数の要素が重なったものと考えられます」
「そっか。でも、昔の道と今の道が違うってのは、向こうにも分かってもらえそうだな」
「はい。少なくとも、地図と現地の位置関係を確かめる必要性は伝わったはずです」
勘助は静かに頷いた。
その日の夕方、城館へ戻った皇牙たちを、コルベールが待っていた。
「皇牙様。ヴァルデン子爵家から返書が届いております」
「おっ、護衛の件か?」
「はい。会談場所へ入る護衛を双方四名以内とし、残る兵は離れた場所で待機する条件に、正式に同意するとのことです」
皇牙は大きく頷いた。
「よっしゃ! これで安心して話せるな!」
「ただし、護衛三十名そのものは同行する予定です。北の街道で発生した通行妨害事件を警戒しているとの説明もございます」
コルベールの言葉に、皇牙は少し考えた。
先日の偽通行許可証事件はすでに調査が進み、関係者の一部も拘束されている。しかし、子爵家が事件の全容を把握しているとは限らない。
「なるほど。じゃあ、三十人連れてくること自体はいいけど、会議の場所には四人までってことだな」
「そのとおりです」
勘助も頷いた。
これで明日の協議へ向けた条件は整った。残るのは、子爵家が持参する古い境界図の原本を確認し、アストレア側の記録と照らし合わせることだけだ。
皇牙は窓の外へ目を向けた。
西門の黒竜が夕日を浴び、黒い鱗を鈍く輝かせている。その向こうには、小さな街で暮らす人々の姿が見えた。
「……ま、明日で全部決まるとは思ってねえけどさ」
皇牙はぽつりと呟いた。
「少なくとも、俺たちの街のことを勝手に決められるのは嫌だな」
「殿のお考え、承知しております」
巴が静かに答えた。
皇牙は小さく笑い、椅子から立ち上がった。
「よし! 明日はちゃんと話そうぜ。面倒な交渉は勘助たちに任せるけど、譲れねえところは俺が言うから!」
勘助は深く頭を下げた。
「それで十分でござる、殿」
夜、城館の食堂では、関羽が再び山盛りの料理を平らげていた。アンは厨房から出てきた料理に興味津々で、リーナへ海の魚料理について熱心に話している。
皇牙はそんな二人を眺め、思わず笑みを浮かべた。
昨日まではいなかった偉人たちが、当たり前のように自分の街で暮らしている。その光景は、ガチャ好きの皇牙にとって何より嬉しいものだった。
しかし、今日の出来事は単なる幸運だけではなかった。
関羽の武勇、巴の護衛、アンの機転、勘助の判断。そして皇牙の魔法。
それぞれの力が合わさったからこそ、あの事故を無事に収めることができたのだ。
「……やっぱ、偉人ってすげえな」
皇牙が小さく呟くと、巴が微笑んだ。
「はい。ですが、殿も立派に皆さんを助けておられましたよ」
「へへっ。まあ、俺の魔法もなかなかだろ?」
「もちろんでございます」
巴の笑顔に、皇牙も満足そうに頷いた。
翌日、いよいよヴァルデン子爵家との正式な境界協議が行われる。
古い街道の記録、橋の石標、そして子爵家が持参する境界図の原本。双方が何を根拠に土地の権利を主張しているのか、ようやく確かめられることになる。
皇牙は食卓に並ぶ料理を一口食べ、心の中で決意した。
面倒な話し合いはできるだけ早く終わらせたい。だが、ここで暮らす人々のためなら、多少の面倒くらいは引き受けてやろう。
そう考えながらも、明日の会議が短く終わることだけは、ひそかに祈っていた。
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