第3章 第75話 古文書から意外な発見!? 貴族の領有権主張に待ったをかけろ!
アストレアの西門に朝の鐘が響いたとき、神城皇牙は自分が造った黒竜の門を見上げながら、何やら真剣な顔で考え込んでいた。
昨日完成した二体の石竜は、朝日を浴びて黒い鱗を鈍く輝かせている。門を通る商人たちが足を止めるたび、皇牙は内心でにやけていたのだが、今はそれどころではない。
「……なあ、巴。二百人になったら、やっぱ何か祝いをした方がいいよな?」
「よろしいのではありませんか。皆さんも喜ばれると思いますよ」
「だよな! でも宴会の準備って面倒くせえし、会場だけ俺が造って、料理はリーナたちに頼むか」
巴は笑みを浮かべた。最初から自分で何もかもやるつもりがないところは、いかにも皇牙らしい。それでも住民たちのために何かしたいと考えるようになったのは、開拓を始めた頃からの変化だった。
異世界生活六十二日目。前日の無料ガチャを終えた時点で、アストレアの人口は百九十八人となっている。今日も三人を召喚すれば、ついに二百人の大台を超えるはずだった。
「よし、まずはガチャだ! 今日は記念すべき日になるぜ!」
皇牙は巴を連れて城館へ戻り、《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:198人】
【SR以上排出率:5%】
「ここで偉人が来たら、二百人突破と合わせて二重にめでたいんだけどな!」
「殿。結果よりも、どなたが来られるかを楽しみにしておられるのでしょう?」
「もちろん! ただ、金色とか虹色に光ったらもっと最高ってだけだ!」
期待を込めて行った三回の召喚で現れたのは、N倉庫清掃補助のテオ、N畑作業補助のマルタ、R測量記録補助のフローリアンだった。
「おっ、測量が得意なのか! ちょうど古い街道を調べてるし、いい引きじゃねえか!」
皇牙は三人を歓迎し、まずは住居や生活用品の案内を受けてもらうことにした。フローリアンについては、アストレア周辺の地形を覚えてから、道路や土地の測量に加わってもらえばよいだろう。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:201人】
【SR以上排出率:5%】
「二百一人! よっしゃあ、二百人突破だ!」
皇牙の歓声が広間に響き、巴も嬉しそうに拍手した。
この喜びを真っ先に伝えたい相手がいた。皇牙は巴と一緒に城館を飛び出し、農地へ向かう道を歩き始めた。
畑ではマルクが作業員たちと収穫予定を確認していた。最初の無料ガチャで召喚された農民であり、まだ農具すら満足に揃わなかった頃から、食料生産を支えてきた男である。
「マルク! 聞いて驚け! 人口が二百人を超えたぞ!」
皇牙が声をかけると、マルクは驚いた顔で振り返った。
「二百人ですか! それはめでたいですね、皇牙様!」
「だろ? 最初は俺たち四人だけだったのにな!」
マルクは笑いながら畑へ目を向けた。今では何人もの農民が作物を育て、収穫した食料は倉庫へ運ばれている。もちろん、住民が増えた分だけ必要な食料も増えたが、二宮尊徳を中心に栽培計画が整えられ、作業を分担できるようになっていた。
「ここまで来られたのは、皆さんのおかげです。最初の頃は、本当に何もありませんでしたからね」
「そうそう! 城はあっても飯がねえし、道具も足りねえし……あれは大変だったよな!」
皇牙が笑うと、マルクも懐かしそうに頷いた。
続いて向かった工房では、ガルドがエドガーと道具の修理をしていた。人口二百人突破を知らせると、ガルドは手を止めて大きく笑った。
「そいつはめでてえ! 皇牙様、何かお祝いでもするんですか?」
「そのつもり! でも準備はみんなで分担な。俺だけ働くのは嫌だから!」
「はははっ! じゃあ、俺たちは会場の机や椅子を用意しますよ!」
皇牙は満足そうに頷いた。机や椅子は《国家創造EX》で建物と一緒に生み出せるものではない。せっかくなら職人たちが普段使っているものを借り、足りない分だけ無理のない範囲で揃えてもらえばいい。
「宴会ってほど大げさじゃなくていいんだ。みんなで飯食って、ちょっと騒げれば十分だろ!」
「なら、リーナさんたちにも相談しないといけませんね」
巴の言葉に、皇牙は笑顔で頷いた。
こうして二百人突破の祝いは、数日後の夕食に合わせて開くことになった。準備を担当する者たちの都合を聞き、コルベールにも食材の予算を確認してもらう。皇牙としては思いきり盛大にしたかったが、そこで無理をして住民たちの負担を増やしては意味がない。
昼前、城館へ戻ると、ちょうどクラリスが古い書類を抱えて廊下を歩いていた。
「皇牙様。勘助様たちが、街道の記録についてお話し合いをされています」
「……そういや、昨日の橋の資料か。何か分かったのか?」
「詳しいことは、私からは何とも。ただ、マリオンさんが資料の整理を手伝ってくださっています」
皇牙は少し考えた。古文書の解読は苦手だが、昨日見つけた石標と橋の印が何を意味していたのかは気になる。歴史好きの血が騒ぐというやつだった。
「よし、ちょっと覗いてみるか!」
執務室では勘助、コルベール、バットゥータが机を囲み、古い地図と帳簿を見比べていた。脇の机では、昨日召喚されたばかりのマリオンが、セシリアの説明を受けながら紙束を年代ごとに分類している。
「おっ、マリオン。もう仕事始めてんのか?」
「はい。まずは資料の整理からです。古い地域名までは分かりませんので、そこは皆様に教えていただいております」
「無理すんなよ。分かんねえことは勘助たちに聞けばいいから!」
皇牙が笑うと、マリオンも安心したように頷いた。
勘助は机の上から一枚の写しを取り上げた。
「殿。昨日発見した『北谷街道・第二渡河所』の記録ですが、同じ商人組合の帳簿に、別の時期の修繕費用が残っておりました」
「へえ。じゃあ、あの橋って結構長い間使われてたんだな」
「左様でござる。そして、そこに少々興味深い記載がございます」
勘助が示した欄には、古い街道の維持費を負担した者たちの名前が並んでいた。商人組合のほか、複数の村や宿場が費用を出しており、その中にヴァルデン家の名もあった。
「……あれ? 子爵家の名前、あるじゃん!」
皇牙は思わず身を乗り出した。
「ってことは、やっぱあの辺は子爵家の土地だったのか?」
「いえ。費用を負担していたことと、土地を所有していたことは別でござる。ですが、ヴァルデン家が古い街道に関わっていたことは確かでしょう」
勘助は説明を続けた。帳簿によれば、ヴァルデン家は街道の一部区間について、橋の維持費を負担する代わりに、指定された宿場で通行料を受け取る権利を持っていたらしい。
しかも、その取り決めには期限が記されていた。
「……なるほど。つまり、昔は金を取ってよかったけど、それがずっと続くわけじゃなかったってことか?」
「記録が正しければ、そのように読めます。ただし、この文書は商人組合側の控えです。正式な契約書そのものではありませぬ」
皇牙は納得したように頷いた。商人組合の記録だけで結論を出すことはできない。しかし、ヴァルデン家が街道に関わっていた理由について、一つの説明が見えてきた。
コルベールは別の紙を広げた。
「さらに重要なのは、通行料の徴収場所が明記されている点です。記録では北谷街道の旧第二宿場となっており、アストレアへ向かう現在の西の街道全体ではありません」
皇牙は地図を覗き込んだ。旧第二宿場は、昨日調べた橋のさらに北側に位置していた。現在、石標が立っている場所とは離れている。
「……おいおい。じゃあ、あの四人組が金取ってた場所とは違うじゃねえか!」
「そのとおりでござる。ただし、先日の四人組はすでに不正な通行妨害に関わった者として調べております。今回の古い徴収権と、彼らの行為を同一視することはできませぬ」
勘助は慎重に答えた。
皇牙は椅子にもたれ、少し考え込んだ。ヴァルデン家に街道へ関わる古い権利があったのは事実かもしれない。しかし、それを根拠にアストレアの土地まで自分たちのものだと主張できるかは、また別の問題だ。
「……要するに、子爵家に見せてもらう書類が増えたってことか」
「はい。領有権の根拠に加え、過去の通行料徴収権がどう扱われたのかも確認できます」
皇牙は苦笑した。
「うわあ、面倒くせえ。でも、ここまで分かったんなら、ちゃんと確かめた方がいいよな」
勘助は深く頷いた。
その日の午後、ヴァルデン子爵家の使者がアストレアへ到着した。正式な境界協議は数日後に予定されていたが、今回は会場と持参する資料を確認するため、先行して連絡役が派遣されたのだという。
訪れたのはオスカー・ベルナーの部下である若い文官だった。城館の応接室へ案内された彼は、丁寧に一礼してから、子爵家が協議に用いる予定の地図の写しを差し出した。
「正式な原本は当日お持ちしますが、まずはこちらで協議する範囲をご確認いただきたいとのことです」
コルベールが地図を受け取り、勘助とともに机へ広げた。
そこには、リューデン谷から灰の荒野へ続く一帯が描かれていた。問題の石標も記されている。しかし、地図の境界線は石標そのものを通っているのではなく、北へ続く古い街道に沿って引かれていた。
「……ん? 待てよ」
皇牙が地図を覗き込む。
「子爵家が言ってた境界って、石標のところじゃなかったのか?」
若い文官は戸惑ったように顔を上げた。
「古い記録では、北谷街道の一部が境界の目印になっていると聞いております。ただ、詳しい解釈については、当日の担当者から説明がございます」
勘助は地図の線を指でたどり、バットゥータが調べた旧街道の位置と比較した。
「……なるほど。こちらの地図に描かれた道と、現在使われている街道は一致しておりませぬな」
バットゥータも頷いた。
「はい。古い橋が失われたことで、商人たちは南側の道を使うようになったと考えられます。地図に描かれた旧街道は、昨日確認した石畳の跡とよく重なっています」
皇牙は目を丸くした。
「……ってことは、昔の道と今の道をごっちゃにしてる可能性があるのか?」
「その可能性がございます。ただし、子爵家の主張がどの時点の境界に基づくものかを確認しなければ、まだ判断はできませぬ」
勘助は落ち着いて答えた。
重要なのは、子爵家が何を根拠に現在の領有権を主張しているかという点だった。古い街道が境界だったとしても、その後に領地が移った可能性もある。逆に、古い道の位置を現在の道と取り違えているだけなら、双方の認識は大きく変わる。
コルベールは地図を慎重に畳み、使者へ向き直った。
「協議の場では、古い街道の位置と、現在の街道の位置をそれぞれ確認させていただきたいと思います。また、境界を定めた当時の記録も拝見できれば幸いです」
「承知しました。その旨、オスカー様へお伝えいたします」
文官は一礼した。
皇牙はしばらく地図を眺めていたが、やがて口を開いた。
「なあ。話し合いは、あの古い橋の近くでやらねえか?」
勘助たちが一斉に顔を上げた。
「あそこなら昔の道も見られるし、石標との位置関係も分かるだろ。地図だけ眺めて言い争うより、実物を見た方が早くねえか?」
勘助は少し考えたあと、笑みを浮かべた。
「……それはよい案かと存じます。現地で確認できれば、双方の認識の違いも整理しやすいでしょう」
コルベールも頷いた。ただし、商人の往来を妨げないこと、参加者の人数を事前に決めること、護衛の扱いを双方で確認することが必要だという。
「そこは任せる! 俺は場所を用意するから、細かい調整は頼んだぜ!」
皇牙が胸を張ると、巴が微笑んだ。
「殿。こういうときは、ずいぶんと頼もしいですね」
「そりゃそうだろ。面倒な会議を短くするためなら、俺だって頭使うっての!」
その言葉に、応接室の空気が少し和らいだ。
使者が帰ったあと、皇牙は西門の黒竜を眺めながら、今日一日を振り返っていた。人口は二百人を超え、街には新しい仲間が増えた。そして、何話も続いていた領有権の話も、ようやく具体的な協議へ進もうとしている。
もちろん、子爵家がすんなり納得するとは限らない。それでも、相手の主張を確かめるための資料は揃い始めていた。
「……なあ、巴。俺、別に国王になりたいわけじゃねえんだけどさ」
「はい」
「ここで暮らしてる奴らのことを、勝手にほかの貴族のものだって言われるのは、やっぱ気に食わねえんだよな」
巴はしばらく皇牙を見つめ、それから静かに頷いた。
「殿が皆さんを大切に思っておられるからでしょう」
「……まあ、そういうことなのかね」
皇牙は少し照れくさくなり、黒竜の門へ視線を戻した。
「でも、できれば戦争なんかしたくねえぞ。せっかく作った街が壊れたら、また造り直さなきゃなんねえし!」
「ふふ。殿らしいお考えです」
巴の笑い声に、皇牙もつられて笑った。
その夜、城館の執務室では勘助とコルベールが、子爵家との協議に向けた資料を整えていた。
古い街道の維持費、期限つきの通行料徴収権、そして子爵家が示した境界線。三つの記録を並べれば、確かに関連する部分がある。しかし、それだけで灰の荒野の所有権が決まるわけではなかった。
勘助は地図を指でなぞり、静かに呟いた。
「……さて。あとは先方が、どのような根拠を示すかでござるな」
窓の外では、アストレアの街に穏やかな夜が訪れていた。
皇牙が守りたいと願うその日常は、数日後の協議によって、新たな局面を迎えようとしていた。
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