第3章 第71話 偽の許可証で金儲け!? 俺の街の商人を舐めるなよ!
西門の休憩所で、年配の商人が一枚の紙を差し出してきたとき、神城皇牙は思わず顔をしかめた。
見覚えのある三つの山と一本の線。昨日、怪しい荷車から見つかった通行許可証と、まったく同じ印が押されている。しかも、紙の下には銀貨一枚を受け取ったことを示す受領書まで添えられていた。
「……マジかよ。これ、本当に買わされたのか?」
「はい。北の宿場で、アストレアへ向かうなら必要だと言われまして……」
商人はヨーゼフと名乗った。灰色の髪に日に焼けた顔をした、長年街道を行き来してきた行商人だという。それでも、武装した者たちが通行料を要求しているという噂には不安を覚えたらしい。
異世界生活五十八日目の朝。皇牙は日課の無料ガチャを引こうとしていたところ、西門に相談者が来ていると聞かされた。いつもなら仕事を任せてしまうところだが、昨日の許可証を実際に買った人間が現れたとなれば、少し話が違う。
「で、誰から買ったんだ?」
「宿場の広場に机を出していた男です。ヴァルデン子爵家の代理人だと名乗っていました。許可証がなければ石標の先で荷車を止められると……」
ヨーゼフは悔しそうに紙を見つめた。銀貨一枚は、決して払えない金額ではない。しかし、荷を売って得られる利益から考えれば、気軽に失ってよい金でもなかった。
「以前、あの石標で商人が足止めされたと聞いておりました。だから、これで安心して通れるならと思ったのですが……」
「そりゃそうだよな。実際に止められてる奴がいたんだから、信じちまうのも無理ねえよ」
皇牙は紙を机へ戻した。ヨーゼフが気にしているのは、失った銀貨だけではない。自分が買ったものが本当に必要なのか、それとも騙されたのか。それが分からないまま、ここまで荷車を運んできたのだ。
「先に言っとくけど、アストレアじゃそんな許可証を発行してねえ。俺の街へ来るのに、誰かへ銀貨を払う必要なんかないぞ」
皇牙がはっきり告げると、ヨーゼフは驚いた顔で目を見開いた。
「では、あの男は……」
「少なくとも、俺の許可をもらって売ってるわけじゃねえな。子爵家が本当に関わってるかは、まだ調べてるところだけど」
隣にいたコルベールが頷いた。
「購入した方々を責めるつもりはございません。もし差し支えなければ、この受領書の内容を記録させていただけますか」
ヨーゼフはすぐに了承した。クラリスが紙の内容を書き写す間、コルベールは販売場所や日時、ほかに購入していた商人の人数を確かめていく。皇牙には面倒に思える細かな質問ばかりだったが、ヨーゼフが答えるたびに、コルベールの表情は真剣さを増していった。
どうやら、ただの偽物を見つけたという話では済まなくなりそうだった。
その頃には西門の外にも荷車が並び始めていた。皇牙はヨーゼフを見送ってから、しばらく荷扱い場を眺めた。セルジュたちが荷物を仕分け、商人が数量を確かめ、門番のディランが次の荷車を案内している。
かつて荒野に城しかなかった頃には、想像もしなかった賑わいだ。
その街へ来ようとする人間から、誰かが勝手に金を取っている。考えれば考えるほど、腹が立った。
「……なあ、コルベール。こういうの、ほかにも買った奴がいるんだろ?」
「可能性は高いでしょう。しかも、街道で通行を妨げる者たちがいたことが、販売を後押ししたと考えられます」
コルベールは受領書の写しを見つめながら続けた。
「通行できないという不安を与え、その解決策として許可証を売る。もし意図的に行われていたなら、悪質な商売ですな」
「自分たちで困らせといて、金払えば助けてやるって? 最悪じゃねえか!」
皇牙が声を荒らげると、巴が静かに隣へ立った。
「殿。だからこそ、事実を確かめたうえで止める必要があるのでしょう」
「……分かってる。いきなり子爵家に乗り込んだりしねえよ」
皇牙は深く息を吐いた。相手が本当にヴァルデン子爵家の人間なのか、それとも勝手に名前を使っているのか。そこを勘違いしたまま喧嘩を始めるほど、面倒なことはなかった。
事情を聞き終えた皇牙は、調査をコルベールへ任せることにした。銀貨の流れを調べるのも、被害に遭った商人の記録をまとめるのも、専門家の仕事だ。
「じゃあ、あとは頼む! 俺は今日のガチャを引いてくるから!」
「承知いたしました。調査が進みましたら、ご報告いたします」
皇牙は巴とともに城館へ戻り、広間で《英霊召喚ガチャEX》を開いた。朝から厄介な話を聞かされたのだから、せめてガチャくらいは思いきり楽しみたい。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:186人】
【SR以上排出率:5%】
「頼むぜ! 今日こそ歴史に名を残した大商人でも来てくれ!」
期待を込めて回した一回目は、N荷車整備補助のオットー。二回目はN厨房仕込み補助のミラ。そして最後には、R商業帳簿補助のエルザが現れた。
目当ての偉人ではなかったが、エルザが帳簿の整理や収支の確認を得意としていると聞いた皇牙は、すぐに笑顔になった。
「おっ、いいじゃん! 今のコルベールにちょうど必要そうな人材だな!」
新たな三人を歓迎した皇牙は、受け入れ担当へ引き継いだ。エルザにはまず街の商業記録の扱いを学んでもらい、慣れてからコルベールの仕事を手伝ってもらうつもりだった。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:189人】
【SR以上排出率:5%】
「よし、百八十九人! あと十一人で二百人だな!」
皇牙が嬉しそうに画面を閉じると、巴も頷いた。
「最初は殿と私たち三人だけでしたのに、随分と賑やかになりましたね」
「だよな。こんだけ人が増えたんだから、そろそろ俺が仕事しなくても回る国に……」
「殿。すでにかなりの仕事を皆さんへお任せになっていますよ」
「まだだ! 俺の理想は、一日中好きなことだけして暮らすことだからな!」
巴の笑い声が広間に響いた。
その後、皇牙は工房へ向かった。レオナルドが黒竜の門飾りについて新しい試作品を造ったと聞いていたのだ。作業台の上には、木で作られた小さな翼の模型が置かれ、ガルドとエドガーが補強の位置を話し合っていた。
模型を手に取ったレオナルドは、翼の付け根を皇牙へ示した。
「ここを見てくれ。以前の形では力が一点に集中していたけれど、支えを二か所へ分けると安定することが分かったんだ」
「おおっ! じゃあ、あの馬鹿でかい翼も問題なく造れそうか?」
「まだ実物の大きさで確かめる必要はあるね。けれど、前よりずっとよくなったと思うよ」
皇牙は嬉しそうに模型を眺めた。自分なら建物を一瞬で造れる。それでも、職人たちが試行錯誤しながら格好いいものを完成させていく時間には、別の楽しさがあった。
「よし! 見た目はこのまま、丈夫で手入れしやすい形を目指そうぜ!」
ガルドが笑顔で頷いた。皇牙は満足して模型を戻すと、椅子に腰を下ろした。ようやく落ち着いた時間を楽しめると思った、そのときだった。
工房の入口に山本勘助が姿を現した。
「殿。少々よろしいでしょうか」
「……勘助。まさか、また事件か?」
「ご安心くだされ。今すぐ殿に出向いていただく話ではございません。ただ、一つご報告がありまして」
皇牙は立ち上がりかけた身体を椅子へ戻した。
「だったらここで聞く! 会議室まで行くのは面倒だ!」
勘助は苦笑しながら、持参した記録を広げた。
グレゴールが製材小屋に残していた帳簿と、ヨーゼフの受領書を照合したところ、番号の一部が一致したという。しかも、昨日押収した許可証の束にも同じ番号の並びがあった。
「つまり、街道で商人を止めた者たちと、宿場で許可証を売った者たちは、同じ仕組みの中で動いていたと考えられます」
「おおっ! やっとつながったじゃねえか!」
「はい。さらにバットゥータ殿が、北の宿場にいる知り合いの商人へ連絡を取っております。販売した男の人相や、金の受け渡し先を確かめるためです」
皇牙は感心したように頷いた。
昨日捕まえたグレゴールは、実際に紙を売っていたわけではない。四人組を使って街道の通行を妨げ、許可証を買う必要があると思わせる役目だったらしい。金を受け取る場所と、紙を販売する場所を分けていたため、これまで調べても全体像が見えなかったのだ。
「なるほどな。じゃあ、宿場の売り手を捕まえれば、誰に金を渡してたのか分かるかもしれねえってことか」
「そのとおりでござる。ただし、相手はアストレアの外におります。宿場の責任者へ事情を説明し、協力を求めるのがよろしいでしょう」
「いいじゃん。それで頼むわ。俺が飛んでって捕まえるより、ずっと穏やかに済みそうだしな」
皇牙は笑った。いつでも力ずくで解決できるからこそ、全部を自分で片づける必要はない。勘助たちが安全な方法を考えてくれるなら、それに任せる方がずっと楽だった。
その日の午後、西門にはコルベールの名で短い告知が掲げられた。アストレアへの通行に特別な許可証は不要であり、購入を求められた者は門番へ知らせてほしいという内容だ。
商人たちは足を止め、告知を読み上げるディランの声に耳を傾けた。すでに許可証を買ってしまったという者も何人か現れ、クラリスたちが購入場所と金額を記録していく。
コルベールは受領書を持参した商人たちへ、原本を大切に保管しておくよう説明した。後から販売者の責任を確かめる際、証拠になるかもしれないからだ。金を取り戻せると約束することはできなかったが、少なくともアストレア側が偽の許可証を認めていないことは伝わった。
皇牙がその様子を見に行くと、先ほどのヨーゼフが声をかけてきた。
「神城様。ありがとうございます。これで、ほかの商人たちも安心できるでしょう」
「まだ全部解決したわけじゃねえけどな。でも、うちへ来るのに変な紙はいらねえってことだけは、はっきりさせとかねえと」
ヨーゼフは何度も頷いた。
夕方になる頃、バットゥータから連絡が届いた。北の宿場で許可証を売っていた男は、宿場の広場に机を出し、旅人へ声をかけていたという。連絡を受けた宿場の主人が、許可証の発行元を尋ねると、男は慌てて店を畳もうとしたらしい。
ただし、男は宿場の護衛役に引き止められ、現在は責任者の立ち会いのもとで事情を聞かれているという。荷物の中からは、まだ売られていない許可証と売上の控えが見つかった。
勘助はその報告を読み、静かに頷いた。
「これで、販売を担当していた者からも話を聞けそうでござるな」
「よっしゃ! じゃあ、事件解決まであと少しじゃね?」
皇牙が喜ぶと、勘助は少しだけ表情を引き締めた。
「いえ。誰が販売を指示したのか、まだ分かっておりませぬ。それに、売上の控えに気になる記載がございました」
勘助が差し出した紙には、宿場の責任者から伝えられた名前が書き留められていた。
『ヴァルデン家 会計係補佐 ベルク』
皇牙はその文字を見つめた。グレゴールから押収した印は、子爵家の紋章に似ていた。そして今度は、子爵家の家名と役職を名乗る人物が、金の受け取り先として記録されている。
「……そいつ、本当に子爵家の人間なのか?」
「まだ確認できておりませぬ。名前を勝手に使われている可能性もございます」
「だったら、オスカーに聞けばいいだろ。あいつ、子爵家の家令補佐なんだよな?」
勘助は頷いた。子爵家へは領有権の根拠を尋ねる返書をすでに届けてある。そこで今回の件も、正式な回答が得られるよう追加で問い合わせる準備を進めることになった。
皇牙は窓の外へ目を向けた。夕暮れの西門では、今日も商人たちが荷物を積み下ろしている。あの賑わいが少しずつ大きくなっていくのを見るのは、何より楽しかった。
「……よし。ベルクって奴が本当にいるのか、調べてくれ。もし子爵家が関わってるなら、ちゃんと説明してもらわねえとな」
「承知いたしました」
「ただし、まだ決めつけるなよ。別人の名前を使われてるだけかもしれねえし」
勘助が感心したように目を細めた。
「殿も、随分と慎重になられましたな」
「そりゃそうだろ。変な勘違いで戦争になったら、俺の昼寝どころじゃなくなるからな!」
皇牙の返事に、勘助も巴も笑った。本人はどこまでも楽をするつもりだったが、その言葉には、自分の街で暮らす人々を守りたいという思いが確かに滲んでいた。
その夜、皇牙はようやく工房で見せてもらった黒竜の模型を思い出し、明日こそ続きを眺めようと決意した。
一方、勘助の机には新しい記録が加わっていた。北の宿場で押収された売上の控え。その末尾には、ベルクの名とともに、まだ送金されていない銀貨の枚数が記されている。
ただの街道荒らしなら、ここまで細かな金の管理は必要ない。
勘助は灯火の下で数字を追い、やがて小さく呟いた。
「……さて。この金は、本当はどこへ流れるはずだったのでござろうな」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




