第3章 第69話 黒幕を捕まえた!? 面倒な尋問は軍師に任せます!
神城皇牙が目を覚ましたとき、窓の外ではすでに城下町の朝が始まっていた。荷車の車輪が石畳を鳴らし、遠くの工房からは木槌の音が聞こえてくる。昨日は武装した四人組を捕らえるために西の街道まで出かけたのだ。今日こそ城でゆっくりする権利があるはずだった。
「よし。朝飯、ガチャ、昼寝。完璧な予定だな」
「殿。その予定には、勘助殿から届いたご報告が入っておりません」
巴が差し出した紙を見て、皇牙は布団へ倒れ込んだ。
「……昨日のうちに全部任せたじゃねえか!」
「はい。ですから、殿にお仕事をお願いするのではなく、分かったことをお知らせしたいそうです」
「それなら最初からそう言ってくれよ!」
皇牙は勢いよく起き上がった。異世界生活五十六日目。面倒な書類は嫌いでも、仲間の働きで問題が片づいていくのを見るのは大好きだった。
朝食を済ませると、人のいない広間で《英霊召喚ガチャEX》を開く。昨日の三回は使い切っているが、日付が変わったので無料召喚が復活していた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:180人】
【SR以上排出率:5%】
「今日は大物が欲しいな。あのヴァルデン子爵家とかいう連中と、面倒な話を全部やってくれる外交の天才!」
「殿。またお仕事を増やされるおつもりですか?」
「逆だろ! 人が増えれば、一人ずつの仕事が減るんだよ」
胸を張って三回引いた結果は、N荷役補助のペーター、N厩舎清掃補助のアンナ、R街道測量補助のロランだった。皇牙は少し肩を落としたが、最後の肩書を見て笑みを戻す。
「測量か! フェリクスも忙しいし、これは当たりだな」
三人を歓迎し、受け入れ担当へ仕事と住まいの説明を頼む。ロランもまずはフェリクスのもとで土地の測り方や街の仕事を覚えてもらうことにした。召喚したからといって、いきなり知らない土地の地図を任せるわけにはいかない。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:183人】
【SR以上排出率:5%】
「百八十三人! よし、今日も国が強くなったな!」
「人数だけで強さが決まるわけではありませんが、皆さん心強い仲間ですね」
「そういうこと! さて、俺は報告を聞いたら昼寝に戻るぞ」
会議室では山本勘助とイブン・バットゥータが、街道の地図を挟んで待っていた。勘助の前には、昨日の四人組から取り上げた短い指示書と、別々に記録した証言が並んでいる。
「殿。四人の話を照らし合わせたところ、一つ妙な点が分かりました」
「何だ? 実は全員、雇い主の名前を知ってたとか?」
「いえ。四人のうち三人は、報酬を受け取った場所を北の古い製材小屋と申しております。しかし残る一人だけは、小屋で直接金を受け取ったことがないそうで」
勘助は二枚の記録を皇牙の前へ滑らせた。最後に雇われた若い男は、髭面の男に同行するだけで、黒い外套の雇い主とは一度も会っていなかった。その男からは、命令が変わった時期について別の話が出たという。
「銀貨一枚を取る仕事だったのが、十日ほど前から荷車の行き先を調べる仕事に変わったそうです。ただし、アストレアへ向かう荷車だけは、通行を止めるよう言われていた」
「……金を取るより、うちへ来る客を邪魔する方が大事だったってわけか」
「そのようにも見えますな。さらに、四人は本来、今夜製材小屋へ集めた銀貨と記録を届ける約束だったとのこと」
皇牙は思わず身を乗り出した。
「今日!? じゃあ、その黒い奴が来るかもしれねえじゃん!」
バットゥータが頷いた。
「私は早朝、付近を通った木炭売りにも話を聞きました。製材小屋には昨日まで人の出入りがあり、北側の林を通る細い道から一頭立ての馬車が来ていたそうです」
「おお、すげえ! もう場所まで分かってんのか!」
「ただ、男たちが戻らなければ警戒されます。小屋に来るとも限りません」
勘助は地図の二か所を指した。表の街道から小屋へ入る道とは別に、林を抜ける裏道がある。逃走するなら馬車を置ける裏側が便利だという。
「こちらの目的は、雇い主の身柄と記録の確保です。相手が来なければ、無理に小屋へ踏み込まず痕跡だけ調べる。それがよろしいかと」
「なるほど。じゃあ俺と巴が行くか。バットゥータも一緒に来てくれ。何かあったら俺が守る」
「承知いたしました。現場では私が痕跡を調べます」
「俺は敵が出たら捕まえる係な! 尋問は勘助に丸投げだ!」
勘助は苦笑したが、皇牙に任せきりにはしなかった。相手が子爵家の正式な部下だと決めつけないこと、通行料を奪い返そうとして暴力を振るわないこと、押収品はそれぞれ区別して持ち帰ることを、短く念押しした。
「了解。つまり、殴る前に捕まえりゃいいんだろ?」
「殿。できれば殴らずに捕らえてくだされ」
「注文多いなあ!」
午後、皇牙と巴、バットゥータは街の外へ出た。皇牙が風魔法で三人を持ち上げると、バットゥータは眼下に延びる道を興味深そうに眺めた。
「地上で歩くと曲がりくねった道ですが、上からなら古い水路との位置関係がよく分かりますな」
「そうだろ? 俺、いっそ観光用の空飛ぶ船でも造りたいんだよ!」
「殿。まずは目的地をお願いします」
「分かってるって、巴!」
三人は小屋から少し離れた林へ降りた。バットゥータが地面を確かめると、まだ湿った轍が草の上を横切っている。古い製材小屋の入口には埃が積もっているのに、建物の裏手だけは地面が踏み固められていた。
「表口を使うように見せて、実際には裏側で荷を運んでいたのでしょう。轍がここで止まっています」
彼が指した先には、木々の間に馬をつなぐための古い杭があった。杭の周囲だけ草が短く、地面には小さな蹄の跡が残っている。
「今も使ってるってことか。で、どうする?」
「小屋の中を確かめます。ただし、誰か戻ってくるかもしれません。巴殿、外を見ていただけますか」
「承知しました。殿のお側から離れぬ範囲で、裏道を見張ります」
小屋の中には朽ちた作業台と古い板が積まれていたが、奥の床だけ妙に埃が薄い。そこへ膝をついたバットゥータは、板の隙間から折り畳まれた紙片を見つけた。
「……これをご覧ください。慌てて抜き取った際に引っかかったのでしょう」
紙片には荷車の行き先が並び、その一つにアストレアの名があった。別の欄には『通過』『留置』と書かれている。印は三つの山と一本の線。昨日押収した指示書によく似ているが、同じ人物が記したものかは分からない。
「うわ、本当に俺の街へ行く荷車を選んでやがる。何が目的なんだよ」
皇牙が紙を覗き込んだとき、外から巴の低い声が届いた。
「殿。裏道から一人、こちらへ近づいております」
皇牙はバットゥータを小屋の内側へ下がらせ、巴とともに入口の陰へ移った。枝を踏む音が近づき、黒い外套をまとった男が現れる。男は開いた扉を見て立ち止まり、腰へ手を伸ばした。
「……誰だ。そこにいるのは」
「通りすがりの建築好きだよ。ここの壁、修理した方がよさそうだぜ?」
皇牙が顔を出すと、男は目を見開いた。
「神城皇牙……!」
「おっ、知ってんのか。じゃあ話が早い。あんたが街道の四人組に命令してたのか?」
男は答えず、懐から小さな球を取り出した。巴の目が鋭くなる。
「殿、煙幕です!」
球が地面へ落ちるより早く、皇牙が指を鳴らした。風の渦が男の手元を包み、球を空へ持ち上げる。乾いた破裂音とともに白煙が広がったが、それは頭上の風に運ばれ、林へは降りてこなかった。
「煙幕で逃げるつもりか? 俺、風魔法も使えるんだけど」
男が踵を返した瞬間、足元の土が盛り上がった。土属性魔法の輪が両足を包み、続けて両手を身体の前で固定する。転ばないよう支えられた男は、驚愕した顔で皇牙を睨みつけた。
「……化け物め!」
「失礼な奴だな! こっちは商人の邪魔をやめてほしいだけだっての!」
巴が男の腰から短剣を抜き取り、ほかに武器がないか確かめる。バットゥータは少し離れた位置で男の靴底を見つめ、静かに言った。
「皇牙殿。この靴についている白い石灰の粉は、裏道の轍の脇に残っていたものと同じように見えます。ここへ来たばかりなのでしょう」
皇牙は目を丸くした。
「そんなとこまで見てたのか! さすが旅の達人だな」
「道を見るのは昔から好きなもので」
男は顔を背けたが、皇牙は構わず問いかけた。
「名前と、何でアストレア行きの荷車を止めたのか。それだけ教えてくれよ」
「答える必要はない。俺は正式な領主の兵ではない」
「……ん? じゃあ誰の指示だよ」
男は唇を噛み、しばらく黙った。やがて皇牙が小屋の紙片を示すと、諦めたように吐き捨てる。
「俺の名はグレゴール。街道の取引を取りまとめていただけだ。雇い主の名は知らん。金を受け取る代わりに、あの街へ向かう荷を数えろと言われた」
「街道の取引? 通行料を勝手に取っておいて、よく言うぜ」
「……子爵家の紋章を使えば商人は従う。そう教えられたんだ」
皇牙は顔をしかめた。その話が本当なら、紋章を使うよう仕向けた別の人物がいることになる。しかしグレゴールが嘘をついている可能性もある。
「その雇い主が誰かは、勘助たちに聞いてもらう。あんたにはアストレアへ来てもらうぞ」
グレゴールは抵抗しようとしたが、土の拘束が緩むことはなかった。皇牙は巴へ頷き、バットゥータには小屋で見つかった紙片と周囲の跡を記録してもらう。これ以上誰かが来る前に、必要なものをまとめて戻ることにした。
夕方、アストレアへ帰った皇牙たちは、グレゴールを門番の詰所へ預けた。昨日の四人とは別の部屋に置き、武器も分けて保管する。勘助とコルベールが駆けつけると、皇牙は得意げに胸を張った。
「ほら、黒い奴を捕まえてきたぞ! あとの面倒なことは頼んだ!」
「お見事にござる。これで、誰が金を集め、誰が荷車を調べさせたのか、話を突き合わせられますな」
勘助はグレゴールの名を記録し、バットゥータから押収した紙を受け取った。コルベールは子爵家への返書がまだ到着確認前であることを確かめ、勝手な断定を避けるよう念を押す。
「分かってるよ。怪しい奴が一人増えたからって、子爵家の仕業って決めつけたりしねえ」
皇牙は肩をすくめた。
「それより、もう商人を止められないようにしてくれ。俺は明日こそ昼寝したいんだから!」
巴が楽しそうに笑う。そんな主君の背中を見送りながら、勘助は小屋で見つかった記録をもう一度開いた。
アストレア行きの荷車には『留置』。別の町へ向かう荷車には『通過』。だが、その末尾に一つだけ、意味の分からない記号があった。
「……この印がついた荷車だけ、数え方が違う」
バットゥータが顔を寄せる。
「次に来る荷を示しているのでしょうか」
「あるいは、もう通した荷か。グレゴールに確かめねばなりませぬ」
そのころ皇牙は、巴とともに城の浴場へ向かっていた。ようやく自由時間が戻ってきたと思った彼の耳には、まだ新しい厄介事が近づいている気配など、届いていなかった。
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