第3章 第68話 俺の街へ行くのに許可が必要!? ふざけた通行料をぶっ壊せ!
神城皇牙が西門の休憩所へ飛び込むと、一人の商人が水の入った杯を両手で握りしめていた。顔色は悪く、額には汗が浮かんでいる。隣では門番のディランが、男を落ち着かせようと静かに話しかけていた。
「待たせたな! あんたが街道で通行料を取る連中を見たって人か?」
「は、はい。ダリオと申します。あなたが神城皇牙様で……?」
「そうだけど、挨拶はいい。それより、止められた商人はどうなった?」
異世界生活五十五日目の午後。皇牙はレオナルドと建築の話を楽しんでいたところを、急な知らせで呼び出されていた。
本来なら少しくらい文句を言いたいところだが、今回は違う。アストレアへ荷物を運ぼうとした商人が、武装した男たちに足止めされているというのだ。
ダリオは水を一口飲むと、震える声で説明を始めた。
「西の定期市から戻る途中、古い石標のところで四人組に呼び止められました。俺の前を走っていた荷車も止められて、行き先を聞かれたんです」
荷車には酒樽が積まれ、御者と若い助手の二人が乗っていたという。御者がアストレアへ向かうと答えた途端、男たちは領主の許可証を見せろと要求した。
「そんな紙は持っていないと答えたら、道の脇へ荷車を寄せろと命令されて……。俺は別の町へ向かうと言ったので通してもらえましたが、あの二人はまだ囲まれていました」
「……なるほどな。で、あんたが逃げてきたのは、どれくらい前だ?」
「一時間ほど前です。途中で道を変えて、急いでここまで来ました」
皇牙は腕を組んだ。今から向かえば、まだ現場にいるかもしれない。たとえ四人組が立ち去っていても、足止めされた商人の無事だけは確かめておきたかった。
「分かった。教えてくれてありがとうな。あとは俺たちに任せてくれ」
皇牙が立ち上がると、そばにいた巴もすぐに姿勢を正した。
「殿。私も参ります」
「もちろん。巴が一緒なら心強いしな」
そこへ、知らせを受けた山本勘助とイブン・バットゥータが到着した。ダリオから話を聞いた勘助は、街道の地図を広げて古い石標の位置を確認する。
「相手は四人でござるな。殿のお力ならば問題はありますまいが、先に商人の安全を確保することをお勧めいたします」
「おう。俺もそのつもりだ」
「それと、可能なら男たちの身柄も押さえていただきたい。通行料の件は長く調べておりますが、いまだ指示した者が分かっておりませぬ」
皇牙はにやりと笑った。
「任せとけ。面倒な聞き取りは帰ってから勘助に丸投げするけどな!」
「ははっ。それこそ拙者の仕事でござる」
バットゥータは石標周辺の道の様子を補足した。近くには低い丘と林があり、少し離れた場所からなら荷車の位置を確認しやすいという。
皇牙は礼を言い、巴を連れて人通りの少ない場所へ移動した。
「よし、行くか!」
風魔法が二人の身体を包み、ふわりと地面から浮かび上がる。
「殿。急ぐのは結構ですが、商人の荷車もございます。上空から確かめる際は、驚かせぬようにいたしましょう」
「分かってるって! それにしても、空から見ると街道って結構曲がってんだな」
「……殿。今は景色を楽しまれる場合ではありませんよ」
「はいはい。ちゃんと前見てるって!」
巴にたしなめられながらも、皇牙は速度を上げた。無限の魔力を持つ彼にとって、二人分の身体を風で運ぶ程度は何でもない。
やがて西の定期市が遠くに見え、その先に古い石標が姿を現した。
「……あれか?」
皇牙が高度を落とすと、巴が街道の脇を指さした。
「荷車が一台。その周囲に武装した男が四人おります。御者らしい方も見えますね」
「よし。まだ間に合ったな」
二人は近くの林へ降り立ち、街道へ出た。
石標の前では、髭面の男が御者へ詰め寄っていた。ほかの三人は荷車を囲むように立ち、若い助手は手綱を握ったまま青ざめている。
「だから、そんな許可証なんて聞いたこともありません! 荷物の届け先が待っているんです!」
「だったら領主様から許可をもらってこい! それまでは通せねえんだよ!」
皇牙は大きく息を吐き、そのまま四人組へ歩み寄った。
「おーい。ちょっといいか?」
髭面の男が振り返る。
「ああ? 何だ、お前ら」
「その荷車、何で止めてんの? さっきから話が聞こえてたんだけどさ」
「領主様の命令だ。この先の荒野にできた街へ行くなら、許可が必要なんだよ」
「へえ。で、その領主様って誰?」
皇牙が尋ねると、男は露骨に顔をしかめた。
「お前に説明する必要はねえ。通りたいなら銀貨を払って、とっとと行け!」
「いや、めちゃくちゃ関係あるんだけど」
皇牙は笑みを消した。
「俺、アストレアを造った神城皇牙なんだよ。その街へ来るのに、俺の知らねえ許可証が必要だって言われても困るんだわ」
四人組の表情が変わった。
「……神城皇牙?」
「おい、あの城を造ったっていう……」
後ろの一人が何かを言いかけたが、髭面の男が睨むと慌てて口を閉じた。
皇牙はその反応を見て、眉を上げた。
「俺の名前は知ってるみたいだな。だったら話は早え。あの二人を通してやってくれ。誰の命令でこんなことしてんのかは、あとでゆっくり聞くからさ」
「ふざけるな! こっちは仕事でやってんだ!」
「仕事なら何してもいいわけじゃねえだろ。商人を脅して、勝手に金取って、荷車まで止めてんじゃねえか」
男の顔が怒りで赤くなった。
「黙れ! 小僧が!」
髭面の男が剣へ手を伸ばす。
その瞬間、巴が皇牙の前へ滑り込んだ。
男の剣が鞘から抜かれた直後、澄んだ金属音が響く。巴の刀が相手の刃を跳ね上げ、次の瞬間にはその切っ先が男の喉元へ向けられていた。
「殿に刃を向けるとは、随分と無礼な方ですね」
「……な、何だ、この女!?」
髭面の男が息を呑んだ。
皇牙の近くで戦う巴には、《忠義の武者》による身体能力の強化が働いている。もともと優れた武勇を持つ彼女にとって、相手の剣を弾くことなど難しくなかった。
「巴、ありがとな。もう十分だ」
「はい。ですが、ほかの者にもお気をつけください」
「おう。そっちは俺がやる」
残る三人が武器へ手を伸ばしかけた瞬間、皇牙は片手を上げた。
「《全属性魔法EX》――土属性!」
地面が低く唸り、四人組の足元から土の壁がせり上がる。男たちは驚いて飛び退こうとしたが、壁は逃げ道を塞ぎ、すぐに腰ほどの高さで止まった。
続けて皇牙が指を動かすと、柔らかく形を変えた土が四人の足首を包み込み、その場へ固定する。
「うわっ!? 何だこれ!」
「動けねえ!」
「魔法だよ。しかも、これでも手加減してんだぜ?」
皇牙は得意げに笑った。
「大人しくしてりゃ怪我はしねえ。暴れるんなら、もうちょっと頑丈にするけど?」
男たちは互いに顔を見合わせたが、誰も逆らおうとはしなかった。
巴はすぐに四人の武器を取り上げ、荷車のそばへ移動した。
「お怪我はございませんか?」
「だ、大丈夫です! ありがとうございます!」
御者の男は何度も頭を下げた。助手も怪我はなく、積荷の酒樽にも目立った損傷はない。ただ、長時間足止めされたせいで馬が疲れ切っていた。
皇牙は二人へ水を飲ませるよう巴に頼み、自分は捕らえた男たちへ向き直った。
「さて。誰の命令でここにいたのか、教えてもらおうか」
髭面の男は黙り込んだままだった。
しかし、後ろにいた若い男が、震える声を漏らした。
「……俺たちは、荷車の行き先を調べろって言われただけだ」
「誰に?」
「名前は知らねえ……。いつも黒い外套を着てて、顔もよく見せねえ男だ」
皇牙は目を細めた。
「そいつ、どこにいるんだ?」
若い男は髭面の男へ怯えた視線を向けたが、皇牙が黙って待っていると、やがて口を開いた。
「北の古い製材小屋だ。何日かに一度、そこへ集めた金を持ってこいって……」
「……なるほど。通行料を集めるだけじゃなく、報告もしてたわけか」
皇牙が呟くと、若い男は慌てて首を振った。
「俺たちは詳しいことなんか知らねえ! ただ、アストレアへ向かう荷車があったら、行き先と積荷を確かめろって言われただけだ!」
髭面の男が怒鳴りかけたが、巴が鋭く睨むとすぐに黙った。
皇牙は腕を組んだ。
黒い外套の男。北の古い製材小屋。集められた銀貨。そして、アストレアへ向かう商人の情報。
これだけ分かれば、勘助たちも調べやすくなるだろう。
「よし。じゃあ、お前らにはアストレアまで来てもらう」
「なっ!? 何でだよ!」
「何でって、商人を脅して剣まで抜いたんだぞ? このまま帰したら、また同じことするかもしれねえだろ」
皇牙は呆れた顔をした。
「安心しろ。いきなり殺したりしねえよ。何があったのか、ちゃんと話を聞かせてもらうだけだ。面倒な聞き取りは、俺より詳しい奴がやるしな」
男たちは青ざめたまま黙り込んだ。
皇牙は土魔法で足元の拘束を緩めると、代わりに四人の両手を土の輪で固定した。歩くことはできるが、武器を振るったり、誰かへ掴みかかったりはできない。
「巴。悪いけど、こいつらを見ててくれ。俺は商人の荷車を手伝う」
「承知いたしました。逃げようとすれば、すぐに止めます」
皇牙は御者へ事情を説明し、荷車の状態を確かめた。馬が落ち着くまで少し休み、積荷が崩れていないことも確認する。
そのあと、巴が四人組を監視しながら歩かせ、皇牙は荷車のそばについてアストレアへ向かった。必要なときには風魔法で荷車の進みを助けたが、馬や積荷へ無理な力をかけないよう注意している。
御者の男は何度も礼を言っていた。
「本当にありがとうございます。アストレアの商人から頼まれた酒樽を運んでいたんですが、どうなることかと思いました」
「酒樽!? おいおい、それは重要な荷物じゃねえか!」
皇牙が目を輝かせると、巴が苦笑した。
「殿。ご自分でお飲みになるわけではございませんよ」
「分かってるって! でも、うまい酒が街に増えるのはいいことだろ!」
御者と助手は思わず笑った。
その笑顔を見て、皇牙もようやく肩の力を抜いた。少なくとも、二人を無事に助けられたことだけは間違いない。
夕方、一行が西門へ到着すると、門番のディランが驚いた顔で駆け寄ってきた。
「皇牙様! その四人は……?」
「例の通行料を取ってた連中だ。勘助とバットゥータを呼んでくれ。それと、商人の二人には休める場所を用意してやってほしい」
「承知しました!」
ディランが部下へ指示を出し、四人組は見張りのいる部屋へ案内された。武器は別に保管し、逃げ出さないよう門番たちが交代で監視することになった。
皇牙はそれを見届けてから、城館へ戻った。
しばらくして集まった勘助とバットゥータに、現場で聞き出した情報を伝える。
「黒い外套の男、ですか」
バットゥータが考え込む。
「しかも、北の古い製材小屋で銀貨を受け取っていたと……。それなら、周辺を通る商人たちが何か見ているかもしれません」
勘助も頷いた。
「拙者は四人から改めて話を聞きましょう。個別に確かめれば、証言の食い違いも分かるはずです」
「おう、頼む。俺、ああいう面倒な聞き取りは苦手なんだよ」
皇牙は椅子へ深く腰を下ろした。
「それにしても、何でそこまでアストレアへ来る商人を気にするんだろうな」
「そこが重要でしょうな。単に銀貨が欲しいだけなら、荷車の行き先まで詳しく確かめる必要はありませぬ」
勘助は静かに答えた。
皇牙は頷いた。相手の目的が分からない以上、今すぐ子爵家へ怒鳴り込むわけにはいかない。ただ、商人たちがこれ以上困ることだけは避けたかった。
「……よし。俺はもう仕事終わりでいいよな?」
皇牙が期待を込めて尋ねると、勘助は笑った。
「ひとまずは。こちらで調べ、必要があればご報告いたします」
「やった! じゃあ風呂入って飯食って寝る!」
「殿。今日は随分とお働きになりましたからね」
巴が微笑むと、皇牙は得意げに胸を張った。
「だろ? だから明日は絶対休む! 誰が何と言おうと昼寝するからな!」
その言葉に、巴も勘助も思わず笑った。
しかし、皇牙が部屋を出たあと、勘助は捕らえた四人組から預かった所持品の中に、一枚の小さな紙片があることに気づいた。
そこには、見覚えのある三つの山と一本の線が描かれている。
ただし、以前の通行料の受領書とは違い、その裏側には短い文字が記されていた。
『次の報告は北の小屋。荷車の行き先を必ず確認せよ』
勘助は紙片を見つめ、静かに目を細めた。
「……これは、思った以上に組織立っているやもしれませぬな」
窓の外では、救出された荷車が荷扱い場へ入り、商人たちが酒樽を降ろしていた。
アストレアの夕暮れは、いつもどおり穏やかだった。だが、西の街道で何者かがこの街を探っていることだけは、もはや疑いようがなかった。
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