第3章 第67話 貴族への返事は家臣にお任せ! 俺の街の通行許可って何だよ!?
神城皇牙が朝食の席で睨んでいたのは、焼きたてのパンでも、皿に盛られた肉料理でもなかった。食器の横に置かれた、薄っぺらい一枚の紙である。
「……巴。何で俺の朝飯に、会議の予定表がついてくるんだ?」
「コルベール殿からお預かりしました。昨日の使者への返答を、今日中に整えたいそうです」
異世界生活五十五日目。ヴァルデン子爵家を名乗る使者、オスカー・ベルナーが領有権を主張してから一夜が明けた。窓の外では住民たちがいつもどおり働き始めているというのに、皇牙だけが厄介な書類から逃げられないでいる。
「俺はな、今日はガチャ引いて、レオナルドと建築の話して、昼寝する予定なんだよ。完璧だろ?」
「はい。ですが、その予定表には朝食を召し上がる時間しか書かれておりません」
「自分の自由時間まで他人に決められてたまるか!」
巴がくすりと笑う。皇牙もつられて笑い、肉を一切れ口に運んだ。城を建てたばかりの頃、食材の調達すら難しかったことを思えば、こんな朝食を当たり前に楽しめるようになっただけでも大した進歩だ。
だからこそ、見知らぬ貴族に街を差し出せと言われるのは気に食わない。面倒な交渉は家臣に任せたいが、その一点だけは譲れなかった。
食事を終えた皇牙は、会議室へ向かう前にガチャを開いた。仕事の話で一日を始めるなんて、せっかくの異世界生活がもったいない。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:177人】
【SR以上排出率:5%】
「頼むぜ! 今日こそ面倒な書類を全部片づけてくれるSSRでも来い!」
「それでは、すでに働いておられる方々が困ってしまいませんか?」
「だから増員して楽させたいんだって! 俺だけじゃなく、みんなにも昼寝する余裕が必要だろ」
巴の返事を待たず、皇牙は三回の無料召喚を続けて行った。結果はN厨房洗浄補助のエミル、N道路補修補助のカロル、そしてR文書整理補助のセシリア。虹色の光こそ出なかったが、最後の肩書を見た瞬間、皇牙は拳を握った。
「文書整理! やった、今日の俺は運がいい!」
新たな三人には事情を説明し、受け入れ担当者の案内で休んでもらうことにした。セシリアについてはクラリスへ紹介し、現在の記録の整理から手伝ってもらう。召喚されたばかりの人間へ、いきなり重要書類の判断を任せるわけではない。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:180人】
【SR以上排出率:5%】
「百八十人か。最初の四人から考えると、とんでもねえな」
「マルク殿もガルド殿も、きっと喜んでおられます」
巴の言葉に頷き、皇牙はようやく会議室へ向かった。
部屋では山本勘助が地図を広げ、コルベールが返書の草案を整えていた。イブン・バットゥータは商人から聞いた街道の情報を照らし合わせている。皇牙が座ると、コルベールは一枚の紙を差し出した。
「皇牙様。お読みいただきたいのはこちらだけです」
「……一枚? 素晴らしい! 会議って全部そのくらいで済まねえかな」
「資料はほかにもございますが、判断いただく点をまとめました」
書状には、子爵家との協議には応じる意思があること、ただし灰の荒野の領有権は認めていないこと、境界と権利の根拠を示す資料を求めることが簡潔に記されていた。街道での通行料徴収についても、子爵家が把握している事実の確認を求めている。
「いいじゃん。俺の言いたいこと全部入ってる。これで送ってくれ」
「承知いたしました。では、届ける経路もご説明いたします」
コルベールが目配せすると、バットゥータが地図の北西を指した。複数の行商人から話を聞き、子爵家の城館がある町へ続く道と、途中の宿場を確かめたという。町そのものを訪ねたわけではないが、案内役として同行できる商人も見つかっていた。
「使者は昨日、三日以内に返事が欲しいと言っていた。こちらからは、明後日、五十七日目の夕刻までに届くよう手配します」
「おう。で、例の通行料を取る連中は?」
「古い石標を通らずに北側へ回る道があります。少し遠くなりますが、先ほどの案内役が通ったことのある道です」
勘助は地図を押さえたまま口を開いた。
「案内役と返書を運ぶ者に、警護の二人を同行させます。道中で危険を感じたら引き返すよう申し含めますゆえ、期限だけを優先することはありませぬ」
「それならいい。手紙一通のために誰かが怪我するなんて、馬鹿らしいからな」
皇牙は顎に手を当てた。《空間転移EX》を使えば、自分で届けるという手もある。しかし子爵家の城館の正確な位置はまだ知らず、現地で誰に渡すべきかも確かめていない。知らない場所へ飛べるかどうか以前に、行き先の指定が曖昧すぎた。
「俺の転移は今回はなしだな。場所がはっきりしたら旅行がてら行ってみたいけど」
「旅行の目的地としては、少々物騒にござるな」
「だったら帰りに温泉でも見つければいいだろ!」
勘助が笑い、張り詰めかけていた室内の空気が和らいだ。だが次にバットゥータが差し出した記録を見て、皇牙は笑顔を引っ込めた。
「昨日、西の定期市へ向かった商人から聞いた話です。例の四人組は、すべての荷車を止めているわけではないようです」
「……通行料なのに、取る相手を選んでんのか?」
「はい。行き先と積荷を尋ね、アストレアへ向かうと答えた御者には、許可を示す紙があるか聞いたそうです。ただ、その商人自身が直接尋ねられたわけではありません」
コルベールは眉を寄せた。これまで確認された徴収額は荷車一台につき銀貨一枚。ところが今度は、金額だけではなく行き先の確認まで始まっているらしい。
「誰の許可なのかも分からない紙を求められては、商人も困りますな」
「ったく、俺はそんな許可証を発行してねえぞ。もし子爵家の名前を使ってるなら、昨日の使者の返事も気になるな」
「その点は決めつけられませぬ。ですが、こちらへの道を使いにくくする意図があるかどうか、確かめる価値はござる」
勘助の提案で、バットゥータは呼び止められた商人と、素通りできた商人の双方から話を集めることになった。現地へ近づいて四人組を刺激するより、いま街に出入りしている人々の証言を比べる方が確実だ。
「それと、西門の備えを見直したいと存じます」
静かに口を開いた巴が、地図上の荷扱い場を指した。最近は商人が集まる時間帯があり、もし武装した者が門まで来れば、荷車の陰にいる人々が状況を把握しにくいという。
「ディラン殿たちと相談し、異変を知らせる合図と、住民を下がらせる場所を決めておきたいのです。荷車を塞いでしまえば、逃げ道もなくなります」
「そうだな。必要なら壁や避難用の通路を俺が造る。人の動きを見て、レオナルドとフェリクスにも相談してくれ」
皇牙が言うと、巴は嬉しそうに頷いた。護衛として皇牙のそばを離れずに済むよう、門の現場指示はディランが担当し、勘助が全体を確認することになった。
さらに勘助は、子爵家から実際に境界図が届いた場合に備え、城館で保管している周辺調査の記録を集めるよう依頼した。荒野に街を築くまでに見つけた水場や古い街道の位置は、マルクたちが働き始めた頃から少しずつ書き留められている。皇牙自身はほとんど覚えていなかったが、そうした地道な記録も交渉に役立つらしい。
「へえ。最初は畑をどこに造るか決めるためのメモだったのに、そんなところで使えるのか」
「一つの土地に、誰がいつから住んで何をしてきたのか。それを示すものは、手元にあった方がよろしいでしょう」
「なるほどな。じゃあ、まとめるのは頼む。俺がやると絶対どっかで昼寝するぞ」
皇牙の冗談に皆が笑ったが、コルベールはすぐにセシリアの名前を挙げた。クラリスの指導を受けながら古い記録の分類を手伝ってもらえば、新人にも無理なく仕事を覚えてもらえるという。皇牙はそれを聞いて満足げに頷いた。ガチャで呼んだ人材が、すぐ誰かの負担を減らせる。それは高レアリティを引き当てたときとはまた違う喜びだった。
会議を終える頃には、返書の清書と封印も済んでいた。皇牙は完成した文面へ目を通し、最後に自分の名を記した。細かい仕事は任せても、自分の意思を伝えるところまで他人任せにするつもりはない。
「よっしゃ、発送だ! これで今日の面倒事は終了!」
西門では、返書を預かった使者と案内役、二人の護衛が出発の準備をしていた。皇牙が見送りに行くと、使者は少し驚いた顔をした。
「皇牙様。わざわざお越しいただけるとは」
「別に大したことじゃねえよ。危ないと思ったら戻ってこい。期限がどうとかより、お前らが無事な方が大事だからな」
使者は一瞬言葉に詰まり、深々と頭を下げた。やがて四人が街道を進み始めると、皇牙は手を振り、馬影が遠ざかるまで見送った。
「……はあ、やっと終わった。よし、レオナルドのところへ行ってから昼寝するぞ!」
「両方なさるおつもりなのですね」
「当然! 今日は仕事したんだから、ご褒美が必要だろ!」
巴が笑う横で、皇牙はすっかり機嫌を直していた。工房ではガルドとエドガーが木箱を改良しているはずだし、レオナルドが描く黒竜の彫像も気になる。貴族なんかのために、楽しみにしていた一日を丸ごと潰すつもりはなかった。
ところが午後、皇牙が工房で図面を眺めていると、西門から連絡の者が飛び込んできた。顔色が悪く、息を整えるのも待ちきれない様子だった。
「皇牙様! 西の街道から来た商人が、至急お伝えしたいことがあると!」
皇牙は図面を机へ置いた。巴はすでに扉のそばへ移動し、連絡係の話を聞く姿勢になっている。
「……何があった?」
「例の通行料を取る男たちです。商人が行き先をアストレアだと答えたところ、『領主様の通行許可がなければ通せない』と言われ、道の脇へ寄せられたそうです。商人本人は、その荷車のすぐ後ろを走っていたと」
今朝の報告は、別の商人から聞いた間接的な証言に過ぎなかった。だが今度は、その場に居合わせた者がアストレアまで来ている。しかも銀貨を要求するだけでなく、通行そのものを妨げていたという。
「……で、止められた御者はどうなった?」
「それが、分からないそうです。報告に来た商人は別の町へ行くと答えたため、先に通されたと……」
皇牙は立ち上がった。いつもの調子で怒鳴りつけたくなったが、まずは情報が必要だ。目撃者がここにいるなら、直接話を聞けばいい。
「巴、行くぞ。ディランにも伝えてくれ。商人を安全な場所で休ませて、勘助とバットゥータを呼んでくれって」
「承知いたしました、殿」
窓の外では、荷車がいつもどおり西門へ向かっている。何も知らない商人たちは、今日も新しくできた街を目指しているのだ。
「……俺の街に来るのに、どこの領主の許可がいるってんだよ」
皇牙は低く呟き、巴とともに工房を飛び出した。
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