第3章 第66話 貴族の使者が来た!? 俺の街を差し出せって、ふざけんな!
神城皇牙が西門へ向かう途中、街道から一台の荷車が入ってきた。朝方に降った雨のせいで車輪には泥がついていたが、荷台の木箱は濡れずに済んだらしい。御者の男は新しく造られた屋根付きの荷扱い場へ荷車を寄せると、ほっとした様子で肩を回した。
「おおっ、ちゃんと使ってくれてるじゃねえか!」
異世界生活五十四日目。アストレアでは、前日に試験を終えた荷扱い場を、コルベールが選んだ商人に利用してもらっていた。荷車を停める位置や人の通り道にはまだ改善の余地があるものの、雨を避けながら荷物を扱えることは好評だという。
皇牙が嬉しそうに眺めていると、隣を歩いていた巴が小さく笑った。
「殿。ご自分でお造りになった建物が役立つのは、やはり嬉しいものですね」
「当たり前だろ! こういうのを見ると、もっと造りたくなるんだよな。次は広場を広げて、例の黒竜の門を……」
「まずは今ある施設を使いやすくするのが先かと」
「分かってるって。順番くらい守るよ!」
皇牙は口を尖らせたが、巴の指摘には頷いた。実際、荷扱い場の入口近くでは、荷車を寄せすぎた商人が荷役の男に場所を譲るよう声をかけられている。昨日レオナルドが提案した、停車位置を分かりやすく示す案は役に立ちそうだった。
少し離れたところでは、当のレオナルドがフェリクスと地面を見比べている。皇牙が近づくと、彼は楽しそうに振り返った。
「皇牙殿。荷車を停める位置に、石畳の模様で目印をつけられないかな。言葉が分からない旅人でも、どこへ進めばよいか見て分かるようにしたいんだ」
「いいな、それ! 位置が決まったら俺が造るぜ!」
コルベールもその案に賛成した。ただし、今は商人が作業中なので、実際の施工は荷車がいなくなってからにするという。
「じゃあ、そこは任せた! 俺は先に今日のガチャを引いてくる!」
皇牙が胸を張ると、コルベールは珍しく安心した顔になった。建築の話を長々と続けるより、さっさと用事を済ませてもらった方が作業は進むらしい。
皇牙は人のいない場所へ移動し、《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:174人】
【SR以上排出率:5%】
最高レアリティのレオナルドを引き当ててから二日。あの虹色の演出を思い出すだけで、今でも頬が緩んでしまう。
「さあ来い! 昨日は普通だったし、今日はまた大当たりでもいいんだぞ!」
「殿。毎日大当たりでは、ありがたみがなくなってしまいませんか?」
「ありがたみは何回あっても困らねえよ!」
巴のもっともな指摘を笑い飛ばし、皇牙は三回続けて召喚した。
結果はN厩舎管理補助のハンス、N倉庫整理補助のリッカ、R街道案内補助のフェリシア。虹色はもちろん、金色の演出もなかった。
「……よし! 今日は堅実に戦力増強だな!」
少しだけ残念だったが、皇牙は三人を歓迎した。特にフェリシアは道を覚えるのが得意らしく、商人や旅人の案内にも向いていそうだった。受け入れをクラリスへ頼み、皇牙は召喚画面を閉じる。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:177人】
【SR以上排出率:5%】
「百七十七人か。少しずつ賑やかになってきたな」
つい最近まで誰も住んでいなかった荒野に、今では人々の声が響いている。皇牙はそんな街の様子を眺め、満足そうに笑った。
そのときだった。
西門の外から、馬の蹄が石畳を叩く音が近づいてきた。振り返ると、街道を三人の騎馬が進んでくる。先頭の男は濃紺の外套をまとい、胸元には銀色の留め具をつけていた。
留め具に刻まれた模様を見た皇牙は、眉をひそめた。
山のような三つの突起と、その下を横切る一本の線。バットゥータが調べていた、あの赤い印に似ている。
騎馬たちは門の前で馬を止め、先頭の男だけが静かに降りた。
「この街を治める方へお目通り願いたい。ヴァルデン子爵家より、正式な書状を預かって参りました」
男の声は落ち着いていたが、門番へ向ける視線には、相手が応じて当然だという響きがあった。
「……ヴァルデン?」
皇牙は思わず呟いた。
昨日、バットゥータがようやく見つけた名前である。まさか相手の方から訪ねてくるとは思わなかった。
巴が皇牙の半歩前へ出た。
「殿。いかがなさいますか?」
「とりあえず話は聞く。ただ、勘助とコルベールも呼んでくれ。こういうのは俺一人じゃ面倒だ」
皇牙は門番へ指示を出し、使者の男へ向き直った。
「俺が神城皇牙だ。この街を造ったのは俺だけど、まず名前を教えてくれ」
男は皇牙の服装を一瞥した。豪華な玉座でも礼装でもなく、ごく普通の格好をした若者が現れたことが意外だったのだろう。
「失礼いたしました。私はオスカー・ベルナー。ヴァルデン子爵家にて家令補佐を務めております」
オスカーは丁寧に頭を下げたが、その目は皇牙を探るように細められていた。
「子爵閣下は、この荒野に突如として城と街が築かれたことをお聞きになり、驚いておられます」
「そりゃそうだろうな。俺だって、いきなり城が生えてきたらびっくりするわ」
「……左様でございますか」
冗談のつもりだったが、オスカーは笑わなかった。
皇牙は肩をすくめ、城館で話を聞くことにした。同行の二人には武器を預けたうえで休憩施設に待機してもらい、オスカー本人は巴と門番の付き添いで応接室へ案内する。
やがて勘助とコルベールも到着し、四人が席に着いたところで、オスカーは封蝋の施された書状を取り出した。
「こちらが、子爵閣下からの正式なご通達でございます」
書状を受け取ったコルベールは、印の形を確かめてから中身を開いた。
文面には、灰の荒野の一部がヴァルデン子爵家の権利下にあると記されていた。そのうえで、アストレアの開拓を続けるのであれば、子爵家の領有権を認め、今後の統治と交易について協議に応じるよう求めている。
「要するに、俺の街をお前らの領地ってことにしろって話か?」
皇牙が尋ねると、オスカーはわずかに眉を動かした。
「言葉を選んで申し上げれば、本来の権利関係を明らかにしていただきたい、ということでございます」
「いや、そこは言葉を選ばなくていいって。俺が聞いてんのは、アストレアが子爵家の下に入ることを求めてんのかって話だよ」
皇牙は椅子の背へ身体を預けたまま、真っ直ぐ相手を見た。
オスカーは一拍置いて頷いた。
「はい。少なくとも、子爵閣下がこの土地に対して有する権利を、貴殿に認めていただく必要がございます」
応接室の空気が静かに張り詰めた。
巴は壁際で姿勢を正したまま、オスカーの手元から視線を離さない。皇牙が声を荒らげる気配を見せても、今はまだ口を挟むつもりはなかった。
「……へえ。で、その権利ってのは、何を根拠にしてんだ?」
皇牙の問いを受け、勘助が机上の地図を広げた。
「失礼ながら、私からも確認させていただきたい。この書状には灰の荒野の一部とありますが、具体的にはどこからどこまでを指すのでござるかな?」
「古くから子爵家が管理してきた地域でございます」
「では、その境界を記した資料は?」
勘助は穏やかな声のまま問いを重ねた。
「こちらの街は、リューデン谷から続く土地に築かれております。子爵家が主張される範囲に、現在の城や住宅地が含まれるのか。そこを確認せねば、話を進めようがありませぬ」
オスカーは地図へ目を落としたが、具体的な位置を示すことはできなかった。
「詳細な境界図は、私の手元にはございません。必要であれば子爵閣下へ確認いたしましょう」
「それがよろしいでしょうな。権利の話である以上、互いに何を指しているか分からぬまま承諾することはできませぬ」
勘助が頷くと、オスカーは小さく息を吐いた。
皇牙は内心で感心していた。自分なら「証拠を持ってこい」で終わらせてしまうところだが、勘助は相手が何を説明できるのか、順番に確かめている。
こういう面倒なやり取りを任せられるのだから、偉人を召喚できるガチャは本当に素晴らしい。
そのとき、今度はコルベールが別の紙を机へ置いた。
「オスカー殿。交易についても、一つ確認しておきたいことがございます」
それは、バットゥータが写し取っていた通行料の紙片だった。
「西の定期市より先の街道で、武装した四人組が商人から銀貨を徴収しております。その際に渡された紙に、こちらの印が押されていたそうです」
オスカーの視線が紙へ落ちた。
彼の胸元にある留め具と、似た模様が描かれている。
「……確かに、子爵家の紋章に似ておりますな」
「子爵家の正式な徴収なのでしょうか?」
コルベールが問いかけると、オスカーはすぐには答えなかった。
「私の承知する限り、そのような徴収の指示は受けておりません」
「では、子爵家とは無関係だと?」
「そこまでは申し上げられません。私は家令補佐であり、すべての街道業務を把握しているわけではございませんので」
慎重な答えだった。
皇牙は思わず眉をひそめた。
「……おいおい。自分の家の紋章に似た印で商人から金を取ってる連中がいるのに、知らねえで済ませるのかよ?」
「皇牙殿。私は確認していない事柄について、断定を避けているだけでございます」
「だったら確認してくれ。こっちに土地の権利を認めろって言う前に、商人が勝手に金取られてる問題も放っとけねえだろ」
皇牙の声には、先ほどまでの軽さがなかった。
オスカーはしばらく皇牙を見つめたあと、静かに頷いた。
「……その件は、子爵閣下へ報告いたしましょう」
コルベールは紙片を引き取り、続けて口を開いた。
「ありがとうございます。なお、当方としては子爵家の関与が確認されていない以上、現時点で責任を断定するつもりはございません。ただし、商人の安全に関わる問題ですので、回答をお願いしたく存じます」
「承知いたしました」
オスカーの口調は変わらなかったが、最初に部屋へ入ったときの余裕は少し薄れていた。
勘助が再び書状へ目を向ける。
「もう一点。子爵家は、こちらが領有権を認める前に、協議そのものへ応じるよう求めておられるのか。それとも、先に承認することが協議の条件なのでござるかな?」
「……閣下のお考えでは、権利を認めていただいたうえで、具体的な統治の条件を決めるのが望ましいということです」
「なるほど。つまり、まず従うと約束してから、何を求められるか聞けってことか」
皇牙が呆れたように言うと、オスカーはわずかに表情を硬くした。
「そのような表現は、少々乱暴かと存じます」
「じゃあ、もっと分かりやすく説明してくれよ。領有権を認めたあとで、税を払えとか、交易を好きにさせろとか言われても困るんだよ」
皇牙は机に肘をつき、相手を見据えた。
「俺は面倒な政治なんかしたくねえ。できれば毎日ガチャ引いて、うまい飯食って、好きな建物を造って暮らしたいんだ。でもさ、この街にはもう百七十七人が住んでんだよ」
昨日まで名前も知らなかった者もいる。それでも今は、アストレアで暮らす仲間だった。
「みんな仕事して、家を持って、ここで生活してんだ。誰が持ち主かも分からなかった荒野を開拓してきたのに、いきなり来て『うちの領地だから従え』って……ふざけんなって話だろ」
皇牙の言葉に、巴がわずかに目を見開いた。
いつもの主君なら、面倒事を避けるためにすぐ人任せにしたがる。しかし今は、勘助やコルベールへ交渉を任せながらも、譲ってはいけない部分だけは自分の言葉で伝えていた。
オスカーは口を開きかけたが、皇牙が先に続けた。
「勘違いすんなよ。話し合いを拒否してるわけじゃねえ。ちゃんとした資料を持ってきて、何を求めてるのか説明するなら聞く。でも、理由も分からねえまま俺の街を差し出すつもりはねえからな」
応接室が静まり返った。
オスカーは皇牙をじっと見つめ、やがて小さく頷いた。
「……貴殿のお考えは、理解いたしました」
その声からは、最初のような見下した響きが消えていた。
「子爵閣下は、三日以内に協議へ応じる意思があるか、返答を求めておられます。領有権そのものについては、資料を用意するよう申し伝えましょう」
「分かった。協議するかどうかは返事する。けど、領有権を認めたことにはならねえからな」
「承知しております」
コルベールが回答の方法を確認し、勘助も必要な資料について改めて伝えた。
オスカーは最後に丁寧な一礼をすると、席を立った。
「皇牙殿。子爵閣下へは、こちらで伺った内容を正確にお伝えいたします」
「頼むぜ。変なふうに話を盛られたら面倒だからな」
「……そのようなことはいたしません」
わずかに苦笑したオスカーは、巴と門番に案内されて部屋を出ていった。
使者たちが西門を離れたことを確認してから、皇牙はようやく椅子の背へ身体を預けた。
「……あーっ! 疲れた! やっぱ貴族との話なんて面倒くせえ!」
勘助が小さく笑う。
「殿にしては、随分とはっきりお話しになりましたな」
「そりゃ言うだろ! あんなの認めたら、あとから何を要求されるか分かんねえし」
「おっしゃるとおりです。まずは子爵家の主張と、街道の徴収者との関係を調べましょう」
コルベールも頷いた。
「三日以内の返答については、協議には応じる用意があるものの、領有権の承認は行わないという方向で整理いたします」
「それで頼む。細かい文章は任せた!」
皇牙が即答すると、勘助とコルベールは顔を見合わせて笑った。
巴はそんな三人を眺めながら、静かに微笑んだ。
もっとも、皇牙の頭の中では、すでに別のことが気になっていた。
西門の荷扱い場では、今日も商人たちが荷物を運んでいる。工房ではガルドとエドガーが木箱の改良を続け、レオナルドは新しい設計図を描いているはずだ。
あの使者が何を言おうと、アストレアの暮らしは今日も続いている。
「……なあ、巴」
「はい、殿」
「俺さ、別に王様になりたくて城を造ったわけじゃねえんだよな」
皇牙は窓の外を眺めた。
「ただ、自由に暮らしたかっただけなんだけど……今は、ここにいる連中にも自由に暮らしてほしいんだよ」
巴は少し驚いたように皇牙を見つめたあと、穏やかに頷いた。
「はい。殿なら、きっとその願いを叶えられます」
「おう。だから、面倒なことになったら頼むぜ!」
「もちろんでございます」
皇牙は満足そうに笑い、立ち上がった。
アストレアの人口は百七十七人。
ヴァルデン子爵家は、ついにこの街への領有権を主張してきた。だが、その根拠はまだ示されておらず、街道で通行料を徴収する者たちとの関係も明らかになっていない。
皇牙は窓の向こうに広がる街を見つめ、小さく息を吐いた。
「……ったく。俺のスローライフを邪魔する気なら、相手が貴族だろうと容赦しねえぞ」
その声は、いつもの軽口よりも少しだけ低かった。
巴は何も言わず、ただ静かに主君の隣へ立った。
窓の外では、雨上がりの空に陽が差し、アストレアの石畳を明るく照らしていた。
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