第3章 第64話 無料ガチャからまさかのEX!? 万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ降臨!
神城皇牙は、西門近くの空き地に立ち、まだ存在しない巨大な門を見上げていた。
もちろん、本当に門があるわけではない。皇牙の頭の中では、黒い石造りの門塔が左右にそびえ、その頂には翼を広げた竜の彫像が鎮座している。門をくぐった先には広々とした石畳の広場があり、行き交う商人たちがアストレアの威容に圧倒される。そんな光景を想像しているだけで、自然と口元が緩んでしまった。
異世界生活五十二日目の朝。商人向けの荷車置き場を整備する計画は、まだ必要な設備を調べている段階だった。にもかかわらず、皇牙は朝食を済ませるなり巴を連れて現地へやってきたのである。
「……くぅーっ! やっぱ黒竜の彫像は外せねえよな! 夜になったら目が赤く光るようにしてさ!」
「殿。それでは、商人の方々が怖がってしまうのではありませんか?」
「何言ってんだよ! こんな格好いい門があったら、むしろ入りたくなるだろ!」
巴は空き地を眺め、荷車が通る道幅を確かめた。彼女には建築の専門知識こそないが、戦場で人や馬が動くための空間が重要であることは知っている。
「立派な門はよいと思います。ただ、荷車がすれ違えなくなっては困りますね」
「……あー、確かにな。入口で詰まったら格好悪いし」
皇牙が素直に頷いたところへ、コルベールが数枚の記録を持ってやってきた。旅人や商人への聞き取りでは、荷車を安全に停められる場所と、雨の日でも荷物を扱える屋根付きの施設を望む声があったという。
「まずは必要な広さと配置を決めるべきでしょう。建物そのものは皇牙様のお力で造れますが、備品の準備や管理する者の配置には別の手配が必要です」
「分かってるって。じゃあ、広場と荷扱い場を優先だな。竜の彫像は、そのあと考える!」
どうしても竜は諦めきれないらしい。
コルベールが苦笑するのを見て、皇牙は満足そうに頷いた。使う人間のことを考えたうえで、自分好みの建物を造る。それなら文句はないはずだ。
そこで、ふと重大なことを思い出した。
「……やっべ! 今日のガチャ、まだ引いてねえ!」
皇牙は慌てて《英霊召喚ガチャEX》を起動した。建築のことに夢中になりすぎて、一日の最大の楽しみを後回しにしてしまったらしい。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:168人】
【SR以上排出率:5%】
「昨日は有料ガチャを我慢したんだ。今日こそ頼むぜ! できれば建築も研究も得意な、とんでもねえ偉人!」
「殿。随分と都合のよいお願いですね」
「欲張ってこそのガチャだろ!」
皇牙は期待を込めて最初の召喚を行った。
一回目はN荷車積載補助のルイス。二回目はR木工図面補助のアデルだった。どちらも現在のアストレアで役立ちそうな人材であり、皇牙は二人を歓迎すると、得意分野を確認してから担当者へ紹介してもらうようクラリスに頼んだ。
残る無料召喚は一回。皇牙は画面を見つめながら、指を鳴らした。
「さあ、ラスト! ここで金色が来たら最高なんだけどな!」
三回目の召喚を選んだ瞬間、足元の魔法陣が激しく輝いた。
最初は淡い金色。しかし、その光はすぐに白銀へ変わり、幾重もの虹色の輪となって広がっていく。空中には複雑な幾何学模様が浮かび上がり、それぞれが異なる方向へ回転し始めた。
「……は?」
皇牙は目を見開いた。
光の粒が空へ舞い上がり、石畳に虹色の影を落とす。近くで荷車を整理していた住民たちが思わず手を止め、門番たちも驚いたようにこちらを見た。
巴は反射的に皇牙の前へ出た。主君自身が世界最強クラスの力を持つと知っていても、見慣れない現象を前にして身体が動くのは、彼女にとって当然のことだった。
「殿。いつもの召喚とは様子が違います!」
「お、おう……。俺も初めて見るんだけど……」
そのとき、皇牙の視界に一つの文字が浮かび上がった。
【レアリティ:EX】
時間が止まったような気がした。
「……EX?」
何度瞬きをしても、文字は消えない。
排出率〇・〇一パーセント。実に一万分の一という、最高レアリティだった。
「……うおおおおおっ! EXだぁぁぁっ!」
皇牙の絶叫が西門に響き渡った。
「マジかよ! 本当に出るのかよ! やっべえ! 一万分の一だぞ、一万分の一!」
「殿! 召喚はまだ終わっておりません!」
「分かってる! でも、こんなの落ち着いてられるわけねえだろ!」
皇牙が興奮している間にも、虹色の輪はゆっくりと収束していった。
光の中心に姿を現したのは、長い髪と豊かな髭を持つ男性だった。年齢は五十代ほどだろうか。落ち着いた服装と穏やかな表情が印象的だが、その瞳には少年のような好奇心が宿っている。
男性は眩しそうに目を細め、自分の手を確かめたあと、足元の魔法陣へ視線を落とした。
「……これは驚いた。私は確か、作業の続きを考えていたはずなのだが」
続いて、彼は周囲の城壁や街道、見慣れない荷車へ目を向けた。
「どうやら私の知る土地ではないらしい。それに、今の光は一体……」
皇牙の視界へ、召喚結果が表示された。
【召喚成功】
【レアリティ:EX】
【氏名:レオナルド・ダ・ヴィンチ】
【得意分野:工芸・研究・設計・芸術】
【固有スキル:《万能の探究者》】
「…………レオナルド?」
皇牙は画面を見つめたまま固まった。
レオナルド・ダ・ヴィンチ。絵画、彫刻、建築、機械、解剖学など、数多くの分野で才能を発揮したルネサンスの万能の天才。歴史好きの皇牙にとって、知らないはずがない人物だった。
「……本物のレオナルド・ダ・ヴィンチ!?」
男性は皇牙へ向き直り、穏やかに頷いた。
「そう呼ばれているよ。君が私をここへ招いたのかな?」
「お、おう! 俺は神城皇牙! あんたのこと、めちゃくちゃ知ってる! 『モナ・リザ』とか『最後の晩餐』とか!」
「私の絵を知っているのかい? それは嬉しいね。ただ、君の服装も周囲の建物も、私には少し馴染みがない」
レオナルドは落ち着いているように見えたが、視線は絶えず動いていた。突然知らない場所へ現れたことに驚きながらも、その原因を知りたいという気持ちの方が勝っているらしい。
皇牙はできるだけ興奮を抑えながら、ここが剣と魔法の異世界であること、自分も別の世界からやってきたこと、そして歴史上の偉人を召喚できる能力で彼を呼び出したことを説明した。
「魔法……。つまり、私がこれまで知らなかった現象が、この世界では当たり前に存在するということか」
「そういうこと! しかも俺、建物なら一瞬で造れるんだぜ!」
「建物を一瞬で?」
レオナルドの目が輝いた。
「それはぜひ見てみたい。何をもって完成とするのか、材料はどこから来るのか、実に興味深いね」
「だろ!? 俺も建築が大好きなんだよ!」
皇牙は思わず両手を握りしめた。まさか本物のレオナルド・ダ・ヴィンチと、建築の話で盛り上がれる日が来るとは思ってもいなかった。
そこで巴が一歩進み出た。
「私は巴と申します。殿の護衛を務めております。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。君も皇牙殿に招かれた一人なのかな?」
「はい。私も召喚によって、この世界へ参りました」
レオナルドは巴の武装や刀の形状に目を留めたが、無遠慮に触れようとはしなかった。代わりに、その構造や扱い方について尋ね、巴も分かる範囲で答えた。
皇牙はそんな二人の様子を眺めながら、ようやく落ち着きを取り戻した。
「そうだ! レオナルド、ステータスを確認してもいいか?」
本人の了承を得て《万能鑑定EX》を使うと、皇牙の前に能力一覧が現れた。
【氏名:レオナルド・ダ・ヴィンチ】
【レアリティ:EX】
【総合:SS】
【統率:B+】
【武勇:E+】
【知略:SS】
【財務:B】
【内政:A-】
【外交:B+】
【忠義:B+】
【農業:B+】
【工芸:SS+】
【商業:A-】
【固有スキル:《万能の探究者》】
「……うっわ。工芸SS+って何だよ! 初めて見たぞ!」
皇牙は感心して画面を見つめた。
知略もSSという高評価だが、武勇はそれほど高くない。財務や商業にも得意な人材がいる以上、レオナルド一人で何もかも解決できるわけではなさそうだった。
しかし、工芸SS+という数字には、専門分野で最高レアリティの力を持つという説得力があった。
さらに固有スキルの詳細を確認すると、次の内容が表示された。
【《万能の探究者》】
【観察した対象の構造や性質を理解するための思考を強化する】
【異なる分野の知識を結びつけ、新しい設計や研究方法を発想しやすくする】
【観察・実験・検証の精度を高める】
【未知の知識の自動取得、材料・道具・完成品の生成はできない】
「なるほどな。何でも勝手に造れるわけじゃねえけど、調べたり考えたりするのがとんでもなく得意になるってことか」
「それはありがたい力だね。ただ、実際に試してみなければ分からないことも多いだろう」
レオナルドは穏やかに微笑んだ。
皇牙は頷くと、突然何かを思いついたように顔を上げた。
「……よし! だったら、俺の能力を見せてやるよ!」
そう言って皇牙は、西門から少し離れた未使用の土地へレオナルドを案内した。周囲に人や荷車がいないことを確認し、簡単な石造りの東屋を思い描く。
「《国家創造EX》!」
次の瞬間、地面に淡い光が走り、何もなかった場所へ小さな石造りの東屋が現れた。
屋根は緩やかな傾斜を描き、四本の柱がそれを支えている。内側には風が通り抜けるだけの空間があり、余計な装飾はない。建物そのものは完成しているが、家具や道具は置かれていなかった。
「……どうだ! これが俺の力だ!」
皇牙が得意げに胸を張ると、レオナルドはしばらく言葉を失っていた。
やがて東屋へ近づき、柱の表面や屋根の角度をじっくりと眺め始める。石の継ぎ目へ顔を近づけ、床と柱がどのようにつながっているのかを確かめようとしていた。
「……驚いた。確かに、今ここへ建物が現れたね」
「だろ! しかも建築費も資材もいらねえんだぜ!」
「それは素晴らしい。しかし、形を決めているのは君自身なのかな?」
「おう。大体は俺の思いどおりになるけど、難しい設備は設計がないと造れねえんだ」
レオナルドは興味深そうに頷いた。
「なるほど。ならば、建物の形を考えること自体には、まだ大きな意味があるわけだ」
彼は東屋の柱を見上げ、楽しそうに微笑んだ。
「君の力があれば、設計したものをすぐ形にできる。だが、どの形が最も使いやすく、美しいのかを考える楽しみは残っている。実に魅力的だね」
「……それだよ! 俺が求めてたのは、まさにそれ!」
皇牙は思わずレオナルドの手を握った。
建物を一瞬で造れるからこそ、設計や使い勝手を考える専門家がいる意味は大きい。これなら商人向けの広場も、今まで以上に面白いものが造れそうだった。
その後、皇牙はレオナルドを連れて工房へ向かった。
工房ではガルドとエドガーが、浅型木箱の試作品を確認しているところだった。以前の試験で板の反りや荷車でのずれが問題になり、角の形や縄を通す部分を改良している。今は繰り返し使った場合の耐久性を調べている段階だった。
「ガルド! ちょっと紹介したい人がいる!」
皇牙の声に、ガルドが顔を上げた。
「皇牙様。どうされました?」
「今日のガチャで、とんでもねえ偉人が来たんだよ! レオナルド・ダ・ヴィンチ! しかもEXだぞ!」
ガルドは驚いた様子でレオナルドを見つめた。彼にとってその名は聞き慣れないものだったが、皇牙の興奮ぶりから、並外れた人物なのだろうということは伝わったらしい。
レオナルドは丁寧に挨拶すると、作業台の上の木箱へ興味を示した。
「これは荷物を運ぶための箱かな?」
「はい。重ねて積みやすい形を考えているんですが、まだ試しているところでして」
ガルドが説明すると、レオナルドは木箱の角や縄を通す部分をじっくり眺めた。すぐに改良案を出すのではなく、どんな荷物を入れるのか、どのように積むのか、何が問題だったのかを順番に尋ねていく。
ガルドは最初の試験で板が反ったことや、荷車の揺れで箱がずれたことを説明した。エドガーも、自分が考えた縄の通し方について話した。
レオナルドは二人の話を最後まで聞き、感心したように頷いた。
「なるほど。実際に使って問題を見つけ、そのたびに形を変えてきたのだね。よい仕事だと思うよ」
ガルドとエドガーは少し照れくさそうに顔を見合わせた。
「もう少し詳しく知りたいな。重ねたとき、どこに力がかかるのか。縄で固定すると、板のどこに負担が生まれるのか。そこを確かめれば、次に試す形も考えやすいだろう」
レオナルドは紙と筆を借り、木箱の簡単な図を描き始めた。それは完成した設計図ではなく、荷重のかかる場所を考えるための覚え書きだった。しかし、ガルドたちは興味深そうに覗き込み、すぐに質問を始めた。
皇牙はその様子を見て、満足そうに頷いた。
歴史上の天才が、アストレアで働く職人たちと同じ作業台を囲んでいる。自分がガチャを引いたからこそ生まれた光景なのだと思うと、胸が熱くなった。
「……いいなあ、こういうの。俺、めちゃくちゃ好きだわ」
「殿が楽しそうで、何よりでございます」
巴が微笑むと、皇牙は大きく頷いた。
「そりゃ楽しいだろ! これから何ができるか、想像するだけでワクワクするじゃねえか!」
夕方、城館へ戻った皇牙は、コルベールへ今日の召喚結果を報告した。
EXという最高レアリティと、その能力の高さを知ったコルベールは驚いたものの、すぐに実務的な話へ切り替えた。レオナルドには工房の研究や商人向け施設の設計に協力してもらう。ただし、実際の建設は、商人の要望や必要な人員を確認してから決めることになった。
「いやあ、それにしてもEXかあ……。俺、今日は一生分の運を使ったかもしれねえな!」
「殿。明日も無料召喚は三回ございますよ」
巴がそう言うと、皇牙は目を輝かせた。
「そうなんだよ! だからガチャって最高なんだ! 何が出るか分かんねえから楽しいんだよな!」
コルベールは苦笑しながら、手元の書類を整えた。
「皇牙様。念のため申し上げておきますが、今回EXが出たからといって、有料召喚の予算が増えるわけではございません」
「分かってるって! 今日は無料で大当たりしたんだから、それだけで十分だよ!」
珍しく素直な返事に、コルベールは少し驚いたようだった。
その夜、皇牙は城館の廊下を歩いている途中、工房の方角に灯りが残っていることに気づいた。気になって様子を見に行くと、レオナルドが机に向かい、何枚もの紙へ図や文字を書き込んでいた。
「……おいおい。まだ起きてたのか?」
レオナルドは顔を上げ、楽しそうに微笑んだ。
「少し考えていただけなのだが、気づけばこんな時間になってしまったようだね」
机の上には、木箱の形や荷車の動き、石造りの東屋の構造を描いた簡単な図が並んでいた。どれもまだ完成した設計ではなく、思いついたことを忘れないための覚え書きらしい。
「……すげえな。来たばっかりなのに、もうそんなに考えてんのかよ」
「知らないものが多すぎてね。知りたいことが次々に増えてしまうんだ」
レオナルドは笑いながら筆を置いた。
皇牙はその姿を見て、思わず苦笑した。
「……あんた、絶対俺より働くの好きだろ」
「働く、というより、知りたいのだよ。君は違うのかな?」
「俺? 俺はできるだけ働きたくねえけど……好きなことなら、いつまでもやってられるな」
「ならば、私たちは似ているのかもしれないね」
予想外の言葉に、皇牙は目を丸くした。
確かに、ガチャや建築のことなら時間を忘れて夢中になる。レオナルドにとっては、それが研究や観察なのだろう。
「……なるほどな。そう考えると、ちょっと分かる気がするわ」
皇牙は笑い、机の上の図へ視線を落とした。
まだ何も完成していない。それなのに、これからどんなものが生まれるのかと考えるだけで楽しかった。
「よし! 明日は商人向けの広場を一緒に考えようぜ! 黒竜の門も、絶対どっかに入れたいんだよ!」
「黒竜の門?」
「おう! めちゃくちゃ格好いいんだぞ!」
皇牙が身振りを交えて説明すると、レオナルドはしばらく考え、紙の端にさらさらと線を引いた。
「……例えば、門の上に置くのではなく、入口の両側に翼を広げた姿を彫るのはどうだろう。荷車の通行を妨げず、遠くからでも目印になるかもしれない」
皇牙は描かれた図を覗き込み、思わず声を上げた。
「……それだぁ! 天才かよ!」
レオナルドは楽しそうに笑った。
「まだ思いつきだよ。実際に造るなら、もっと考えなければならないね」
「いいんだよ! 考えるところから楽しいんだから!」
夜の工房に、二人の笑い声が響いた。
アストレアの人口は百七十一人。
最高レアリティの偉人が加わったことで、この小さな街には新しい可能性が生まれた。だが、明日どんな発明が完成するのか、どんな建物が造られるのかは、まだ誰にも分からない。
そして皇牙は、そんな未来を今すぐ知りたいとは思わなかった。
何が起こるか分からないからこそ面白い。それはガチャでも、国造りでも、きっと同じなのだから。
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