第3章 第63話 怪しい通行料の裏に貴族の影!? だったら俺は商人街を造る!
西の定期市から北西へ伸びる街道には、古い石碑が一つ立っているという。
イブン・バットゥータがその場所に注目したのは、通行料を支払った商人から改めて話を聞いたときだった。石碑のある分かれ道で武装した四人組に荷車を止められ、銀貨一枚を要求された。ここまでは以前の証言と変わらない。しかし、バットゥータが周囲の地形や男たちの立ち位置を詳しく尋ねると、商人は思い出したように一つの出来事を語り始めた。
「そういえば、連中の一人が妙なことを言っていました。荒野にできた新しい街へ向かう商人が増えているから、これからは勝手に通さない、と」
「荒野にできた新しい街、ですか」
「ええ。そのときは気にも留めなかったんですが、こちらの街へ来てから、もしかしてと思いまして……」
バットゥータは返事を急がなかった。アストレアは確かに灰の荒野に造られた新しい街だが、商人が聞いた言葉だけで相手の意図を決めつけることはできない。そこで彼は発言した男の特徴を尋ねた。
商人の記憶によれば、男たちの服装は揃っていなかったが、話を主導していた一人だけは、革鎧の上に赤茶色の布を掛けていたという。その布の留め具には、渡された紙片の印とよく似た模様が刻まれていたらしい。
その証言を聞き、バットゥータは手元の写しへ目を落とした。赤い印には、山のような三つの突起と、その下を横切る一本の線が描かれている。ただの飾りにも見えるが、何らかの家紋や組織の印である可能性もあった。
「お話をありがとうございます。もう一度確認しますが、男たちはアストレアという名前を口にしたわけではないのですね?」
「はい。私が聞いたのは、荒野にできた新しい街という言葉だけです」
バットゥータは頷き、記録へそのまま書き留めた。事実と推測を混ぜないこと。それが、見知らぬ土地を旅するうえで彼が大切にしてきた習慣だった。
聞き取りを終えたあと、バットゥータは山本勘助に相談し、以前から集めていた街道情報を広げた。そこには、実際に測量された道と、旅人から聞いた道筋が区別して記されている。
勘助が目を留めたのは、石碑そのものより、分かれ道の位置だった。
「なるほど。北西へ向かう荷車は、ここで道を選ぶことになるのですな」
「はい。商人の話では、分かれ道の一方は村へ、もう一方は林を抜けて別の街道へ続いているそうです」
「であれば、荷車を止めるには都合のよい場所でしょう。道を狭めずとも、行き先を尋ねて足止めできますからな」
勘助は指先で道筋をなぞった。現地を確認したわけではないため、周囲の見通しや逃げ道までは分からない。それでも、徴収者が偶然そこに立っていたのではなく、商人を捕まえやすい場所を選んでいる可能性は考えられた。
「ただ、四人で街道全体を押さえられるわけではありません。ほかにも仲間がいるのか、特定の道だけで徴収しているのか、そこを見極める必要がありますな」
バットゥータは頷いた。
赤い印の正体はまだ分からない。だが、徴収地点と男たちの行動には、少しずつ輪郭が生まれ始めていた。
一方その頃、城館の中庭では、神城皇牙が一日のうちで最も重要だと信じている儀式を始めようとしていた。
異世界生活五十一日目。目の前に浮かぶ《英霊召喚ガチャEX》の画面には、いつもどおり三回分の無料召喚が表示されている。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:165人】
【SR以上排出率:5%】
「……頼むぞ、ガチャ神様! 昨日は有料ガチャを我慢したんだから、そろそろすげえ偉人を出してくれてもいいんじゃねえか?」
皇牙は両手を合わせ、これまで以上に真剣な表情で召喚陣を見つめた。金貨を使う有料ガチャは、コルベールから生活物資や交易資金を優先するよう言われ、ひとまず見送っている。だからこそ、無料の三回で大当たりを引きたいという気持ちは強かった。
しかし、一回目に現れたのはN製材補助のルーベン。二回目はN清掃補助のマルタ、三回目はR保存食加工補助のイレーネだった。
「……くぅーっ! また金色じゃねえ!」
皇牙は悔しそうに天を仰いだものの、すぐに気を取り直して三人を歓迎した。製材も清掃も保存食作りも、街の暮らしには欠かせない仕事である。名前と得意分野を確認したあとは、担当者に職場を案内してもらうことにした。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:168人】
【SR以上排出率:5%】
召喚画面を閉じた皇牙は、少し離れた場所で待っていた巴へ振り返った。
「なあ、巴。いつか有料十連を引けるようになったら、召喚専用の部屋でも造ろうかな」
「召喚のためだけのお部屋でございますか?」
「おう! 黒い大理石の床に金色の魔法陣、天井には星空みたいな装飾を入れてさ。大当たりが出たら、上から光が降り注ぐ仕掛けなんてどうだ?」
皇牙が身振りを交えて説明すると、巴は少し困ったように笑った。
「それは随分と豪華ですね。ですが、召喚結果が変わるわけではないのでしょう?」
「分かってねえなあ! ガチャってのは雰囲気も大事なんだよ!」
実際には、どれだけ立派な部屋を造っても排出率は変わらない。それでも格好いい空間でガチャを引くという想像だけで、皇牙は十分に楽しそうだった。
そんな二人のところへ、クラリスがやってきた。
「皇牙様。街道の件で新しい情報が入りました。バットゥータ様たちが、確認していただきたいことがあるそうです」
「……おっ、何か分かったのか?」
皇牙は意外にも嫌な顔をしなかった。調査が進めば、面倒な問題を早く片づけられるかもしれない。それに、昨日から気になっていた赤い印の正体についても、何か手掛かりが見つかったのだろうか。
執務室へ向かう途中、皇牙はふと思いついたように巴へ話しかけた。
「そういや、商人がもっと集まる街にしたいんだよな。せっかくだし、そっちも格好いい建物を造ってやろうかな!」
「殿。先ほどは召喚のお部屋を造るとおっしゃっていたような……」
「両方造ればいいだろ! 建物なら俺の得意分野だし!」
巴は呆れたように笑ったが、皇牙の足取りは軽かった。書類仕事は嫌いでも、建築の話となれば別である。
執務室へ入ると、バットゥータと勘助が街道の記録を広げて待っていた。皇牙は椅子へ腰を下ろすなり、赤い印の写しへ目を向けた。
「で、あの紙の持ち主は分かったのか?」
「いえ、まだでございます。ただ、徴収者の一人が、荒野にできた新しい街について話していたそうです」
バットゥータは聞き取った言葉を、できるだけ正確に伝えた。皇牙は最初こそ気楽に聞いていたが、「荒野にできた新しい街」という部分で表情を変えた。
「……それ、もしかしてアストレアのことか?」
「その可能性はございます。しかし、街の名前までは出ておりません」
「だよな。いきなり決めつけるのは早えか」
皇牙は腕を組み、机の上の記録へ目を落とした。少し前まで灰の荒野だった場所に、立派な城と街が現れたのだ。周辺の貴族や商人の間で話題になっていても不思議ではない。
ただ、もし本当にアストレアへ向かう商人を妨害しようとしているなら、放っておくわけにはいかない。
「勘助。どう思う?」
「徴収者がわざわざ分かれ道を選んでいる点は気になりますな。商人の行き先を確かめるには都合がよい場所です。ただし、相手の目的を断定できる材料はまだ足りませぬ」
勘助は街道の位置を説明しながら、確認済みの道筋と未確認の情報を区別した。アストレアが整備した道やリューデン谷の新しい石橋では、同様の徴収は確認されていない。今のところ、問題が起きているのは西の定期市よりさらに先のようだった。
「なら、こっちから喧嘩を売る必要はねえな。けど、商人の邪魔をするつもりなら、ちゃんと調べといてくれ」
「承知いたしました。門の警戒は普段どおり続け、街道を利用した者から情報を集めます」
皇牙は頷いた。相手が本物の領主の部下なのか、勝手に名前を使っている連中なのかも分からない。力ずくで解決できるからといって、今すぐ飛び出していく必要はなかった。
その後、コルベールが別の書類を持って部屋へ入ってきた。皇牙が商人向けの施設を整えたいと考えていると聞き、現在の休憩所の利用状況について簡単にまとめてきたのだという。
「皇牙様。商人が安心して立ち寄れる場所を増やすというお考えは、よい方向だと思います。ただ、施設を建てる前に、何が必要とされているかを確認するべきでしょう」
「例えば?」
「荷車を安全に止められる場所、雨を避けて荷物を扱える場所、休憩や補給のできる場所などです。ただし、すべてを一度に整える必要はありません」
コルベールは、まず荷車の停車場所と荷物を扱うための屋根付きの場所を優先し、必要に応じて設備を増やすことを提案した。建物そのものは皇牙の魔法で造れるが、備品や運営する人員まで自動的に生まれるわけではない。そのため、実際の利用者の意見を聞きながら整備する方がよいという。
「なるほどな。じゃあ、商人に必要なものを聞いて、そこから造っていけばいいんだな!」
「はい。施設を整えれば必ず商人が増えるとは限りませんが、利用しやすい環境を作ることには意味がございます」
皇牙はしばらく考えたあと、急に目を輝かせた。
「……よし! だったら、まず荷車を止める広場を造ろうぜ! 入口にはでっかい門を作ってさ、石柱を並べて、夜には魔法の光が灯るようにして……」
「殿。まずは使いやすさが大切かと」
巴の冷静な指摘に、皇牙は思わず口を尖らせた。
「分かってるって! でも、ちょっとくらい格好よくしてもいいだろ!」
コルベールは苦笑しながら、まず必要な広さと動線を確認するよう提案した。荷車が通りにくくなるほど立派な門を造ってしまっては、本末転倒である。
結局、皇牙は商人の利用状況を踏まえ、荷車が出入りしやすい広場と、荷物を雨から守れる簡単な屋根付きの施設を優先することにした。装飾については、そのあとで考えることになったが、皇牙はすでに頭の中で立派な門を思い描いているようだった。
「……へへっ。こういうの考えてると、やっぱ建築って楽しいよな!」
「殿は、本当にお好きなのですね」
「おう! 書類仕事とは大違いだぜ!」
巴が笑うと、皇牙も嬉しそうに笑った。
話し合いを終えたあと、皇牙はさっそく西門の近くへ向かった。既存の道路や休憩施設との位置関係を確かめ、荷車の邪魔にならない場所を探すためである。
西門の外側には、街道を利用する商人たちが荷車を止めて休む場所があった。今のところ大きな混雑はないものの、荷車が増えれば手狭になる可能性はある。皇牙は巴とともに歩きながら、どの辺りに広場を造れば便利か考え始めた。
「この辺ならいいんじゃねえか? 道も広いし、荷車も入りやすそうだろ」
「はい。ただ、門へ向かう人々の通行を妨げないようにする必要がありますね」
「だな。じゃあ、こっち側を広げるか……」
皇牙は周囲の地形を見渡し、建物を造る位置を考えた。必要な広さや利用する人員については、コルベールたちの確認を待つつもりだったが、実際に土地を見ると想像が膨らんでくる。
大きな石畳の広場に、荷車を並べられる区画。雨の日でも商品を扱える屋根付きの場所。そして入口には、アストレアらしい立派な門。
「……よし。これは絶対に格好よくなるぞ!」
皇牙が満足そうに笑ったところで、西門の方から一台の荷車がゆっくりと近づいてきた。
荷車を引く商人は、門の前で立ち止まると、周囲を見渡してほっとしたような表情を浮かべた。どうやら長旅の途中らしく、馬も荷車も土埃にまみれている。
皇牙はその様子を眺めながら、何となく思った。
こうして遠くから商人が訪れるようになったこと自体、アストレアが少しずつ成長している証拠なのだろう。以前は誰も通らなかった荒野に、今では荷車が行き交い、人々が立ち寄るようになっている。
自分が望んでいたのは、ただ楽をして暮らせる国だった。しかし、そのために始めた街づくりが、ほかの人々にとっても便利な場所を生み出しているのなら、それはそれで悪くない。
「……なあ、巴。俺、やっぱりこの国造って正解だったと思うわ」
「はい。私も、殿にお仕えできて嬉しく思っております」
思いがけず真っ直ぐな言葉を返され、皇牙は少しだけ照れくさくなった。
「……お、おう。まあ、これからもっといい国にしてやるから、楽しみにしてろよ!」
「ふふっ。楽しみにしております」
皇牙は誤魔化すように前を向き、再び広場の予定地を眺めた。
アストレアの人口は百六十八人。
西の街道で通行料を要求する者たちの正体は、まだ分かっていない。しかし、徴収者が荒野にできた新しい街について言及していたこと、そして分かれ道で商人の行き先を確認していたことから、アストレアとの関係を疑う理由は少しずつ増えていた。
一方、皇牙は商人が安心して立ち寄れる場所を造るため、新しい施設の構想を進め始めていた。
その目的は、もちろん商売を盛んにすること。そして、いつか有料十連ガチャを思い切り回すための資金を作ることだった。
「よーし! 商人が増えて、商品が売れて、金貨が貯まったら……絶対に有料十連を引いてやる!」
「殿。その前に、コルベール殿へご相談くださいね」
「……分かってるって! そこだけは絶対に忘れねえから!」
夕暮れの西門に、皇牙の少し悔しそうな声と、巴の楽しげな笑い声が響いていた。
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