第3章 第60話 木箱一つで商売が変わる!? 見習い職人の発明が思った以上にすごい!
異世界生活四十八日目の朝、神城皇牙は城館の食堂で、見慣れない木箱を前に首を傾げていた。
「……なあ、ガルド。何で朝飯の横に木箱が置いてあるんだ?」
焼きたてのパンからは香ばしい匂いが漂い、リーナが用意した野菜のスープもまだ温かい。ところが、その隣には浅い木箱が鎮座していた。パンを載せるには大きすぎるし、宝物をしまうには飾り気がなさすぎる。
「先日から作っている試作品です。今日は皇牙様にも見ていただこうと思いまして」
ガルドの隣には、工房で修業中のエドガーが立っていた。十七歳の少年は、箱の角を気にしながら、どこか落ち着かない様子をしている。
以前、西の定期市へ運んだ蓋付き木箱二個は、どちらも銀貨四枚で売れた。運送を請け負った商人グレンからは、もっと浅くて積み重ねやすい箱にも関心を示した客がいたと聞いている。
もちろん、正式な注文が入ったわけではない。ガルドたちは、その反応を参考に新しい形を試しているところだった。
「へえ、ついに完成したのか?」
「いえ、まだです。重ねたときにずれないよう、縁の形を工夫しているのですが……」
ガルドは箱を裏返し、底の四隅を見せた。底には小さな突起があり、下に置いた箱の縁へ収まるようになっている。
「おおっ、なるほど! 積み木みたいに重なるわけか!」
「そういうことです。ただ、実際に荷物を入れて運んだことはありません」
皇牙は面白そうに箱を持ち上げた。魔法で城や道路を造ることはできても、こうした道具の工夫を見るのは新鮮だった。
「だったら試そうぜ! 壊れないか確かめりゃいいんだろ?」
「そのつもりです。工房には同じ大きさの箱を、ほかに二個用意してあります」
「よっしゃ! 朝飯食ったら行くぞ!」
皇牙が勢いよく言うと、向かいで食事をしていた巴が口元を押さえた。
「殿。今日は随分とお仕事に積極的ですね」
「仕事じゃねえよ! 面白そうな実験を見に行くだけだ!」
「では、作業の邪魔をなさらないようにしてくださいね」
「信用ねえなあ!」
皇牙は笑いながらパンを頬張った。
食後、中庭へ出た皇牙は、工房へ向かう前に日課のガチャを開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:156人】
【SR以上排出率:5%】
「さあ来い! 昨日は繊維加工に詳しいリディアが来たし、今日はどんな人材だ?」
一回目に現れたのは、N荷役補助のハンスだった。荷物の積み下ろしを得意とする、肩幅の広い青年である。
「おっ、ちょうどいい! 今日は荷車を使う予定なんだよ!」
二回目はN農具手入れ補助のペーター。農具の洗浄や簡単な整備を得意としており、マルクたちの農作業を手伝ってもらうことになった。
三回目には青い光が広がり、R木材加工管理のロザリンが姿を現した。木材の状態を見極め、加工する順番や材料の管理を考えることに長けた女性だという。
「……おおっ! 今日は木材の専門家か!」
皇牙は思わず声を上げた。
「これから木箱の実験をするんだよ! よかったら見てくれねえか?」
「承知しました。まずは、どのような材料を使っているのか確認させてください」
落ち着いた返答に、皇牙は満足そうに頷いた。ペーターは農地の担当者へ案内してもらい、ハンスとロザリンには工房まで同行してもらう。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:159人】
【SR以上排出率:5%】
「百五十九人か! また増えたな!」
画面を閉じた皇牙は、巴たちとともに工房へ向かった。
工房の中には、削った木材の匂いと工具を打つ乾いた音が満ちていた。窓際の作業台には、同じ外寸の浅型木箱が三個並んでいる。積み重ねられるかを試すため、底の突起と上縁がかみ合う寸法に揃えてあった。
ただし、角の補強方法は少しずつ違う。どの形が加工しやすく、壊れにくいかを比べるためだった。
「この三個を使って試すんです」
ガルドが説明すると、エドガーは一番手前の箱を持ち上げた。
「下の箱の縁に引っかかれば、横にずれにくいと思ったんです。荷車へ積むときも便利かなって」
「いいじゃねえか! じゃあ、早速重ねてみようぜ!」
皇牙は一個目の上へ二個目を載せ、さらに三個目を重ねた。上から見ると綺麗に収まっている。ところが、横から軽く押してみると、一番上の箱がわずかに傾いた。
「……ん?」
もう少し動かしたところで、積んだ箱がぐらついた。
「うおっ!」
皇牙が慌てて支えるより早く、巴が横から手を添えた。空箱なので大事には至らなかったが、荷物が入っていれば落ちていたかもしれない。
「殿。中身を入れる前に確かめて正解でしたね」
「……だな。見た目はぴったりなのに、何で傾くんだ?」
エドガーは唇を噛み、箱を見下ろした。
「寸法は揃えたつもりだったんですけど……」
そこへ、ロザリンが一歩近づいた。
「少し、よろしいでしょうか」
彼女は三個目の箱を外し、底板と側面を順番に確かめた。それから作業台の平らな部分へ置き、四隅の収まりを見比べる。
「この板がわずかに反っていますね。角の形だけでなく、材料の状態も影響しているようです」
「……反り?」
皇牙は身を乗り出した。
「木材は乾き方によって形が変わることがあります。薄い板では、わずかな違いでも重ねたときに目立ちます」
ロザリンの説明を聞き、ガルドも箱を確かめ直した。
「確かに、こちら側だけ少し浮いていますね。加工したときは気づきませんでした」
「今後は、材料を切る前に状態を分けておくとよいでしょう。使い道によって、向いている板も違いますから」
ロザリンは工房に保管されていた木材を見せてもらい、乾燥の状態と反りを確認し始めた。難しい機械を使うわけではない。一本ずつ状態を見て、同じ用途に使う部材のばらつきを減らすのだ。
「……なるほどなあ。箱の形だけ考えても駄目なのか」
皇牙は感心した。
何より面白かったのは、召喚されたばかりのロザリンが、ガルドたちの見落としていた問題に気づいたことだった。
「こういうの、専門家が増えると強えな!」
ガルドも素直に頷いた。
「ええ。今までより、材料の選び方を考え直す必要がありそうです」
午前中のうちに、工房では別の試験も行うことになった。
今度は木箱へ砂袋を入れ、実際の運搬に近い状態を確かえる。箱は同じ大きさでも浅いため、小さな品物を種類ごとに分けて入れられる。深い箱の底へ埋もれた物を探す必要もなく、荷台の上へ何段か重ねれば場所を使いやすい。
「おお、これ便利じゃねえか! 小さい荷物なら、箱ごとに分けて積めるんだな!」
「そうですね。ただし、重いものを上に載せすぎるわけにはいきません」
ハンスが砂袋を持ち上げながら答えた。
「軽いものを上にして、荷車が揺れても動かないようにする必要があります」
「よし! じゃあ、実際に動かしてみようぜ!」
工房の裏手にある荷物運搬用の道へ移動し、空いていた荷車を借りた。箱にはそれぞれ重さを調整した砂袋を入れ、ハンスが荷台へ積んでいく。
巴は人の往来がないことを確認し、試験中は近くへ立ち入らないよう周囲へ声をかけた。
「では、ゆっくり動かしてください」
ガルドの指示で、ハンスが荷車を引き始めた。
最初は問題なかった。しかし、小さな段差を越えた瞬間、積み重ねた箱が横へわずかに動く。
「……今、ずれたな」
皇牙が指さす。
ハンスはすぐに荷車を止めた。砂袋は落ちなかったが、上の箱は最初の位置からずれている。
「やっぱり、重ねるだけじゃ駄目か」
ガルドは腕を組んだ。
エドガーも箱を見つめ、何か考えているようだった。
「……あの、ガルドさん」
「どうした?」
「荷車へ大きな荷物を積むときって、紐で縛りますよね」
「ああ。動かないように固定するためだな」
「だったら、この箱にも紐を通す場所を作ったらどうでしょう。上の箱だけじゃなく、重ねた箱をまとめて縛れるようにするんです」
ガルドは一瞬考え、それから目を見開いた。
「……なるほど。確かに、それなら荷車へ積むときも使える」
皇牙も思わず身を乗り出した。
「おおっ! いいじゃねえか! 箱を重ねる仕組みと、固定する仕組みを両方付けるわけだな!」
エドガーは少し照れくさそうに笑った。
「前に荷車の荷物を運ぶのを見たとき、いつも紐で縛っていたので……。それを箱にも使えないかなって」
「すげえよ! ちゃんと見て考えてたんだな!」
皇牙に褒められ、エドガーは嬉しそうに頷いた。
午後、ガルドたちは三個の試作品を改良した。
まず、反りの大きかった板を外し、ロザリンが選んだ状態のよい部材へ交換する。次に、重ねたときに収まる四隅の形を揃え、さらに三個すべての側面へ固定用の紐を通せる部分を設けた。
ただし、紐で縛るだけでは意味がない。
箱そのものは、普段なら重ねて置ける構造にする。荷車で運ぶときには、その状態を紐で補助的に固定する。ガルドはその二つを分けて考え、エドガーと相談しながら加工を進めた。
「……へえ。これなら、倉庫では重ねて置けるし、運ぶときだけ縛ればいいわけか」
皇牙は興味深そうに箱を覗き込んだ。
「ええ。箱の形だけでずれにくくして、運搬時にはさらに固定します」
「いいねえ! なんかちゃんと商品っぽくなってきたな!」
皇牙が嬉しそうに言うと、ガルドは笑った。
夕方、改良した三個をもう一度荷車へ積み、同じ道で試験を行った。
ハンスがゆっくり荷車を引き、午前中と同じ段差を越える。箱は小さく揺れたが、重ねた位置は大きく崩れなかった。
「……おおっ! 今度は大丈夫じゃねえか!」
皇牙は思わず声を上げた。
エドガーも嬉しそうに箱へ駆け寄り、固定部分を確かめた。ガルドは紐を外し、角の木材に傷みがないかを見ている。
「少なくとも、朝よりは安定していますね」
ロザリンも頷いた。
「ただ、これで完成とは言えません。何度も使った場合や、湿気の多い場所に置いた場合も確かめる必要があります」
「そりゃそうだな。売り物なんだから、すぐ壊れたら困るし」
皇牙は納得した。
午後の終わりには、クラリスとコルベールにも試験結果を伝えた。
コルベールは実物を確認すると、以前売れた蓋付き木箱とは用途が異なる点に注目した。
「小物を分けて保管し、運搬するには便利そうです。ただ、購入する商人がどのような大きさを求めているかは、まだ分かりません」
「じゃあ、グレンが次に来たときに見せればいいか!」
皇牙が提案すると、コルベールは頷いた。
「ええ。まずは見本を見てもらい、率直な意見を聞くのがよいでしょう。注文がないうちから大量に作る必要はありません」
「よっしゃ! それでいこうぜ!」
皇牙は満足そうに笑った。
そこへ、布製品の仕事を手伝っているエレナが、試作品を見にやって来た。箱の内側を確かめると、少し興味深そうな顔をする。
「この深さなら、小さな布製品の見本を分けて運ぶのにも使えそうですね」
「おっ、ヘレナの布か!」
「はい。ただ、まだ試験用の布は届いていませんから、実際に使えるかはそのときに確かめたいです」
「なるほどな! 木箱と布がつながったら面白そうじゃねえか!」
皇牙は嬉しそうに腕を組んだ。
夕方の工房では、ガルドが試作品を片づけ、エドガーは今日の改良内容を紙へ書き留めていた。ロザリンは木材の状態を記録し、次に使う材料の選び方をガルドへ説明している。
その光景を見て、皇牙は何となく満足した。
自分なら巨大な工房を一瞬で建てられる。だが、その中で何を作り、どう工夫するかは、職人たちにしかできない仕事だ。
「……へへっ。やっぱ、こういうの面白えな」
皇牙が呟くと、隣の巴が微笑んだ。
「殿。今日は随分とお楽しそうでしたね」
「おう! しかも、俺はほとんど見てただけだからな!」
「……そこを誇られるのですか?」
「当然だろ! 優秀な奴らに任せて、俺は面白いところだけ見る! それこそ理想の生活じゃねえか!」
皇牙は胸を張った。
巴は呆れたように笑ったが、その目はどこか優しかった。
アストレアの人口は百五十九人。
職人たちの工夫によって、浅型木箱の試作品は確かな前進を見せた。
まだ商売として成功したわけではない。それでも、失敗から学び、新しい考えを取り入れることで、小さな工房の技術は少しずつ育っている。
皇牙はそんな変化を眺めながら、いつかアストレアの商品が遠くの街にも並ぶ日を、少しだけ楽しみにしていた。
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そして本日はここまで明日も10話投稿します。
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