第3章 第58話 新しい家族がやってきた! 俺の街で始まる新生活
異世界生活四十六日目の朝、神城皇牙は城館の食堂で、焼きたてのパンにたっぷりの蜂蜜を塗っていた。
窓の外では荷車が石畳を走り、工房へ向かう職人たちが挨拶を交わしている。いつの間にか、アストレアの朝はずいぶん賑やかになった。そんな光景を眺めながら、皇牙が二枚目のパンに手を伸ばしたとき、クラリスが食堂へ入ってきた。
「皇牙様。リューデン谷から連絡が届きました。ルドルフさん一家が荷物をまとめ終え、今日の午後には到着するそうです」
「……おっ! ついに引っ越してくるのか!」
皇牙は思わず椅子から立ち上がった。
数日前、谷の七つの村から三世帯がアストレアを見学に訪れた。その中で移住を決めたのが、農民のルドルフと妻のアンナ、二人の息子たちだった。見学を終えて村へ戻った彼らは、畑や家のことを整理し、生活道具を荷車に積んでくる予定になっていた。
「それで、家の場所は決まってるのか?」
「はい。尊徳様とマルクさんにも相談し、農地へ通いやすい住宅区画を候補にしております」
「おお、仕事が早えな! じゃあ、俺は家を造ればいいわけだ!」
「その前に、必要な間取りを確認していただけると助かります」
「……細かい打ち合わせは任せたいんだけどなあ」
皇牙が露骨に嫌そうな顔をすると、クラリスは苦笑した。
「四人で暮らす家ですから、そこだけはお願いします」
「分かったよ。家造りなら好きだしな!」
結局、皇牙は残っていたパンを口に押し込み、巴を連れて住宅地へ向かうことにした。
農地へ続く道には、石造りの家々が並んでいた。軒先では洗濯物が風に揺れ、庭を掃く住民が皇牙に手を振ってくる。建国したばかりの頃は城の周りに何もなかったのに、今では道の向こうから子どもの笑い声まで聞こえる。
住宅区画の近くでは、二宮尊徳とマルクが畑の様子を確かめていた。
「おはよう、尊徳! ルドルフ一家の家を造りに来たぜ!」
「お待ちしておりました、皇牙殿。こちらなら畑へも近く、暮らしやすいでしょう」
尊徳が指し示した区画は、農地と住宅地の境目にあった。生活用の井戸や共同施設へ行きやすく、畑へ向かう道もすぐそばを通っている。
「ルドルフさんは谷で小麦と豆を育てていたそうです。こちらでも、まずは今ある畑を手伝っていただこうと思います」
マルクが説明すると、尊徳も頷いた。
「農地をいきなり任せるより、土の状態や水の使い方を知っていただく方がよいでしょう。反対に、谷で培った経験から学べることもあるはずです」
「いいじゃねえか。せっかく農業をしてきた人なんだし、お互い得意なことを教え合えばいいよな!」
皇牙は二人の意見に賛成した。
家については、寝室を二つ、家族で過ごせる居間と台所、それに生活道具をしまう場所を設けることにした。庭には農具用の物置も付ける。ただし、四人が使う家具や食器まで魔法で生み出せるわけではない。
「寝台はどうすんだ? 家だけあっても床で寝るわけにいかねえだろ」
「ガルドさんに確認したところ、工房で作って保管している寝台を二台回せます。ご一家も寝具と食器は持参されるそうです」
クラリスの答えに、皇牙は安心した。
「じゃあ、足りない家具はあとから相談だな。よし、造るぞ!」
皇牙が《国家創造EX》を発動すると、空き地に淡い光が広がった。
光の中から現れたのは、赤茶色の屋根を持つ二階建ての住宅だった。玄関には小さな庇が付き、南向きの窓からは明るい日差しが差し込む。庭には荷物の出し入れがしやすい物置を設け、家の中には二つの寝室と台所、居間を配置した。
「……ふっふっふ。なかなかの出来だろ!」
皇牙は満足そうに腕を組んだ。
「殿。今日は屋根に塔を付けなかったのですね」
巴が感心したように言うと、皇牙は少しだけ悔しそうな顔をした。
「付けたかったけどな! でも、子どもが二人いる家だろ? あんまり変な造りにしても使いづらいじゃねえか」
「よいお考えだと思います」
「だろ? 俺だって、いつも趣味だけで建物を造ってるわけじゃねえんだよ!」
得意げな皇牙を見て、マルクが小さく笑った。
午前中、クラリスはガルドへ寝台の運搬を頼み、ヘルダとともに貸し出す生活用品を確認した。皇牙も少し手伝おうかと思ったが、すでに担当者同士で話が進んでいる。
「……最高だな。俺が何もしなくても準備が進んでる」
「殿は、家を造られたではありませんか」
「そうだった! じゃあ、今日の仕事は十分だな!」
巴に笑われながら城館へ戻った皇牙は、昼食前に無料ガチャを引くことにした。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:146人】
【SR以上排出率:5%】
「さあ来い! 今日は引っ越し祝いだ! すげえ奴が来ても大歓迎だぜ!」
一回目はN木工補助のベン、二回目はR穀物保存管理補助のミレイ、三回目はN街路清掃補助のノアだった。
「おっ、穀物の保存管理か! 農業が盛んになってきたし、ありがたいな!」
皇牙は三人を歓迎すると、担当者への紹介をクラリスに頼んだ。ベンはガルドの工房、ノアは街路の維持管理を手伝うことになり、ミレイは尊徳やマルクと相談しながら穀物の保管方法を確かめていく予定だ。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:149人】
【SR以上排出率:5%】
「百四十九人か。あと一人で百五十人だな!」
皇牙は画面を閉じ、にやりと笑った。
午後にはルドルフ一家が到着する。今日の人口は、まだ増えるはずだった。
昼を少し過ぎた頃、西門から荷車が一台入ってきた。
御者台にはルドルフ、その隣には妻のアンナが座っている。荷台には木箱や布袋が積まれ、その隙間から二人の男の子が顔を覗かせていた。
「おーい! ルドルフ!」
皇牙が手を振ると、ルドルフはすぐに気づいて荷車を止めた。
「皇牙様! お世話になります!」
「おう! よく来たな!」
荷車が止まるより早く、荷台の少年が身を乗り出した。
「父さん! あのお城、前に見たときより近くで見るともっと大きい!」
「フィン、落ち着け。まだ荷車から降りるな」
ルドルフが慌てて注意すると、隣にいた弟が声を上げた。
「兄ちゃんだけずるい! ルカも見たい!」
どうやら、兄がフィン、弟がルカという名前らしい。二人とも城が気になって仕方がない様子だった。
巴は荷台へ近づき、子どもたちが安全に降りられるよう手を差し伸べた。
「慌てなくても、お城は逃げませんよ」
「……本当?」
「もちろんです。あとでゆっくり眺められますからね」
ルカが小さな手を握ると、巴は優しく地面へ降ろしてやった。フィンもその後に続き、二人は並んで城の塔を見上げた。
アンナはそんな息子たちを見ながら、ほっとしたように息をついた。
「すみません。出発してからずっと、お城の話ばかりしていたんです」
「いいじゃねえか! 俺もあの城は気に入ってるからな!」
皇牙は笑った。
ただ、アンナの手が荷車の縁を強く握っていることに気づき、少しだけ声を落とした。
「……やっぱり、新しい土地は緊張するか?」
「少しだけ。村を離れるのは初めてですし、子どもたちが新しい暮らしに慣れるかも心配で……」
「そっか。まあ、困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。俺じゃ分からねえことも、クラリスたちなら何とかしてくれるから!」
「ふふっ。ありがとうございます」
アンナの表情が、ようやく柔らかくなった。
そのまま一家を新居へ案内すると、最初に声を上げたのはフィンだった。
「……これ、誰の家?」
「今日からお前らの家だぞ!」
皇牙が答えた瞬間、四人の足が止まった。
ルドルフは二階建ての家を見上げ、信じられないという顔をした。
「……本当に、ここへ住んでいいんですか?」
「もちろん! そのために造ったんだからな!」
皇牙は胸を張った。
玄関を開けると、フィンとルカが目を輝かせた。二人は階段を見つけるなり駆け寄ったが、アンナに呼び止められ、今度はおとなしく上っていく。
「兄ちゃん! こっちの部屋、窓から畑が見える!」
「本当だ! 父さん、明日からあそこで働くの?」
「そうだな。まずはマルクさんたちに教わりながら始めるつもりだ」
ルドルフが答えると、フィンは窓に顔を近づけた。
「じゃあ、僕も手伝える?」
「畑のことを覚えたいなら、まずは草の名前からだな」
父親が笑うと、フィンは真剣な顔で頷いた。
その頃、アンナは台所を確かめていた。水の使い勝手や食材を置く場所を見てから、少し安心したように皇牙へ振り返る。
「とても暮らしやすそうな家ですね。ところで、普段の食材はどちらで買えるのでしょう?」
「それなら私がご案内します」
クラリスが答えた。
街には小さな商店や共同の施設があり、必要なものによって買える場所が違うという。近所の住民にも紹介してもらえると聞き、アンナは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。知らないことばかりなので、教えていただけると助かります」
「もちろんです。最初から何もかも覚える必要はありませんよ」
話している間にも、オスカーがガルドたちと寝台を運び込んできた。持参した寝具はその上へ敷き、子どもたちが使うもう一つの寝台にも毛布を広げていく。食器や衣類は一家が持ってきたものを使い、足りない家具は暮らしながら相談することになった。
皇牙は荷車の後ろに積まれた小さな木箱へ目を留めた。
「それは何だ?」
「村で使っていた種と、農具の一部です」
ルドルフは箱の蓋を開け、中に入れた袋を見せた。
「新しい土地でそのまま育つかは分かりませんが、尊徳様にも相談してみようと思いまして」
「おお、いいじゃねえか! ちょうど穀物の保存に詳しい奴も来たところなんだよ!」
皇牙は嬉しそうに答えた。
夕方、ルドルフは尊徳とマルクに挨拶し、今日召喚されたミレイとも顔を合わせた。種の袋を見たミレイは、湿気や虫を避けて保管する必要があると説明し、まずは保存状態を確かめることになった。
「谷では、収穫した小麦をどのように保管していましたか?」
尊徳が尋ねると、ルドルフは少し考えてから答えた。
「床から離した台の上に袋を置いていました。雨の多い時期は特に湿気に気をつけていたんですが、虫には何度か困らされまして……」
「なるほど。こちらの倉庫でも参考になる話ですね」
マルクが興味深そうに頷いた。
ルドルフは最初こそ緊張していたものの、農業の話になると次第に口数が増えていった。尊徳も一方的に教えるのではなく、谷での経験を丁寧に聞いている。
皇牙は少し離れた場所から、その様子を満足そうに眺めていた。
「……いいねえ。俺があれこれ指示しなくても、勝手に仕事の話が進んでる」
「殿。『勝手に』ではなく、皆様が協力しておられるのですよ」
巴が笑いながら訂正する。
「細けえことはいいんだよ! みんなが楽しそうなら、それで十分だろ!」
その後、クラリスの案内で一家四人の住民登録が行われた。名前と家族構成、住居、今後の仕事について確認し、アストレアで暮らすことを正式に記録する。
手続きが終わると、皇牙の《国家管理EX》にも変化が現れた。
【国家人口:153人】
【SR以上排出率:5%】
「……おおっ! 百五十三人!」
皇牙は思わず声を上げた。
「ついに百五十人突破じゃねえか!」
「今日の召喚が三人、ルドルフさん一家が四人ですからね」
クラリスが微笑んだ。
四人から始まったアストレアが、百五十三人の暮らす場所になった。しかも、その中には自分の意思で村を離れ、ここで新しい生活を始めようとする家族がいる。
皇牙はその事実を、数字以上に嬉しく感じていた。
夕暮れが近づく頃、新居の台所から温かな匂いが漂い始めた。
アンナが持参した食材を使い、家族のために簡単な夕食を作っているのだ。四人はまだ片づけの途中だったが、居間には持ってきた食器が並べられ、窓の向こうには暮れかけた畑が見えていた。
「父さん、明日からここに住むんだよね?」
ルカが尋ねると、ルドルフは息子の頭を撫でた。
「ああ。ここが、俺たちの新しい家だ」
「じゃあ、あのお城も毎日見られる?」
「見られるぞ。畑の仕事をちゃんと手伝えるようになったら、また近くまで行ってみような」
フィンもルカも嬉しそうに笑った。
その光景を玄関の外から見守っていた皇牙は、そっと扉を閉めた。せっかく家族で過ごす最初の夕食なのだから、邪魔をする必要はない。
「……へへっ。よかったな」
皇牙が呟くと、巴が隣で頷いた。
「皆様、本当にお喜びでしたね」
「俺にとっちゃ一瞬で造れる家なんだけどさ。あの家族にとっては、これから毎日帰ってくる場所なんだよな」
皇牙はもう一度、明かりのともった窓を見上げた。
あの家にはまだ足りない家具もあるだろう。ルドルフはこれから畑の仕事を覚え、アンナも新しい街の暮らしに慣れていかなければならない。それでも、今夜は家族四人が同じ食卓を囲み、安心して眠れる。
「……よし! あいつらが困らねえように、足りない建物くらいはいくらでも造ってやるか!」
「殿。建物以外のことで相談を受けることもございますよ」
「それはクラリスや尊徳たちに任せる!」
即答した皇牙に、巴は声を立てて笑った。
皇牙もつられて笑いながら、城館へ続く道を歩き始めた。
アストレアの人口は百五十三人。
建物を一瞬で生み出す規格外の力があっても、そこに暮らす人々の喜びや日々の営みまで、魔法で造れるわけではない。
小さな開拓集落に、また一つ新しい家族の暮らしが始まった。
お読みいただきありがとうございます。
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