第3章 第56話 まさかのSR二連続!? 世界を旅した偉人が街道を変える!
異世界生活四十四日目の朝、神城皇牙は城館の執務室で、思わず感嘆の声を漏らしていた。
「……すげえ。昨日まであった書類の山が消えてる」
窓際の机には帳簿が整然と並び、それぞれに小さな札が付けられていた。クラリスが住民記録を確認し、セドリックは売上の帳簿へ数字を書き込んでいる。カイルの運送記録も、必要なものだけが机の上に置かれていた。
昨日召喚したSRのジャン=バティスト・コルベールは、部屋の隅でイリスと書類の分類を確かめている。
「おはようございます、殿。昨日決めた取引番号の仕組みを、試しに使っております」
「もう始めてんのかよ! 仕事早えな!」
皇牙が喜ぶと、コルベールは落ち着いた様子で首を振った。
「まだ試行段階です。実際に新しい取引が発生してからでなければ、問題がないとは言えません」
「でも、みんなの仕事が楽になるんだろ?」
「そうなるよう努めます。ただ、一つ気になることがございまして」
コルベールは西門の出入りを記した帳面を差し出した。
最近では商人や荷運び人がアストレアへ立ち寄る機会が増えている。門番は人数や用件を確認しているが、何を運んできたのか、どこへ向かう途中なのかまでは必ずしも記録していないらしい。
「今すぐ大がかりな仕組みを作る必要はありません。ただ、外の方々がどこから来て、何を求めているかを知ることは、今後の商業にも役立つでしょう」
「なるほどな。確かに、うちの街の外って知らねえことだらけだもんな」
皇牙は素直に頷いた。
リューデン谷の七つの村や、西の定期市については少しずつ分かってきた。しかし、その先にどんな街があり、どんな商売が行われているのかは、まだほとんど知らない。
「だったら、旅人に聞けばいいじゃねえか。今日はちょっと西門を見てくる!」
「それはよいお考えです。門番の仕事を妨げぬよう、私からも伝えておきましょう」
コルベールが答えると、皇牙は笑顔で手を振った。
「頼んだ! じゃあ俺は現地調査だ!」
書類を読むより何倍も楽しそうな顔で出ていく主君を、クラリスは苦笑しながら見送った。
西門へ向かう途中、巴が皇牙の隣を歩いていた。
「殿。今日は随分と積極的でございますね」
「外の世界の話なら面白そうだからな。書類と違って、聞いてるだけで冒険してる気分になるだろ?」
「では、旅へ出たいのですか?」
「いつかはな! でも今すぐは嫌だ。まずは美味い飯が食える宿を見つけてからだな!」
巴は楽しそうに笑った。
西門の外には、整備された街道が朝日に照らされていた。まだ交通量は多くないが、荷車が通った跡が石畳の端に残り、道沿いには徒歩の旅人が二人ほど見える。
門番のディランは、荷物を積んだ荷車の男と話をしていた。
「西の定期市へ向かうなら、この街道で合っている。ただ、初めて通るなら途中の分かれ道に気をつけてくれ」
「助かるよ。新しい石橋ができたって聞いたもんで、道が変わったのかと思ったんだ」
男は礼を言い、手綱を握り直した。
皇牙はその言葉を聞いて、首を傾げた。
「なあ、ディラン。もしかして、道を聞いてくる奴って多いのか?」
「最近は少し増えましたね。リューデン谷の新しい橋の噂も広がっているようです」
「へえ! 俺が造った橋、もう有名になってんのか!」
皇牙は嬉しそうに胸を張った。
ただ、考えてみれば当然だった。初めて訪れる旅人には、どの道がどこへ続くのか分からない。皇牙自身も、転生してからこの辺りの地理を少しずつ覚えてきたばかりだ。
「よし! だったら道しるべを造ってやるぜ!」
皇牙は早速《国家創造EX》を使おうとした。
しかし、巴がそっと袖を引いた。
「殿。行き先が確かな場所からにいたしましょう」
「……あっ、そっか」
皇牙は手を止めた。
建物は一瞬で造れても、知らない道の行き先まで分かるわけではない。
「じゃあ、勘助とフェリクスにも確認してもらうか。まずは間違いのない案内を作ろうぜ!」
そう言って踵を返したところで、皇牙はふと思い出した。
「……あ、そういや今日の無料ガチャ、まだだった!」
巴が小さく笑う。
「殿。先ほどのご相談も、ガチャで解決なさるおつもりですか?」
「いやいや、そこまでは期待してねえって。昨日コルベールが来たんだぞ? 二日続けてSRなんて、さすがに引ける気がしねえよ」
皇牙は肩をすくめながら、慣れた手つきで画面を開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:140人】
【SR以上排出率:5%】
「ま、夢は大きくいこうぜ! 旅とか交易とか、外の世界に詳しい奴が来たら最高だな!」
一回目の光から現れたのは、N街道整備補助のヨハンだった。
「おおっ! これは早速ありがたい!」
皇牙は笑顔で彼を迎えた。
街道は造って終わりではない。道端の排水溝が詰まったり、車輪の通る場所に泥が溜まったりすれば、日々の手入れが必要になる。ヨハンなら、そうした作業を手伝えるという。
「よし、ヨハン。あとで街道の担当者に紹介するからな!」
皇牙が二回目を引いたのは、ほとんど何も考えずに指を動かしたときだった。
直後、画面から金色の光が溢れた。
「……は?」
皇牙は固まった。
召喚陣の縁に複雑な文様が走り、まばゆい光が西門の石壁を照らす。昨日見たばかりの演出が、また目の前で始まっていた。
【SR確定演出】
「……嘘だろ?」
皇牙は口元を押さえた。
「いや待て! 昨日もSRだったんだぞ!? 今日も来るのかよ!」
その声を聞きつけたディランが門の方から振り返り、巴も驚いたように目を見開いた。
金色の光が収まると、そこには旅装束をまとった一人の男が立っていた。
整えられた髭に、落ち着いた眼差し。男は初めて見る城壁や街道を静かに見回すと、皇牙へ向き直った。
「平安がありますように。私はイブン・バットゥータと申します」
「…………えっ?」
皇牙の頭の中で、その名前が何度も繰り返された。
「……イブン・バットゥータ? あの、モロッコから旅に出た旅行家の?」
「私をご存じなのですか」
「知ってるどころじゃねえよ! 歴史の授業で習ったぞ! あの大旅行家本人かよ!」
皇牙は興奮のあまり、その場で頭を抱えた。
十四世紀にモロッコを旅立ち、広大な地域を巡った旅行家。各地の暮らしや文化、人々との交流を記録に残した人物である。
目の前に現れた男は、皇牙が知る歴史上の偉人その人だった。
「昨日はコルベールで、今日はイブン・バットゥータ……。俺のガチャ、完全に覚醒してんじゃねえか!」
皇牙は勢いよく《万能鑑定EX》を発動した。
【イブン・バットゥータ】
【レアリティ:SR】
【適性:旅行・地理情報収集・異文化交流・交易路調査】
【特徴:旅人との交流、各地の商習慣や風俗の観察、旅行記録の整理】
「……最高だ!」
皇牙は嬉しそうに拳を握った。
「ちょうど外の世界のことを知りたかったんだよ! すげえ偶然だな!」
バットゥータは微笑みながら、街道の先へ目を向けた。
「私の知らぬ土地のようですが、旅人が行き交う道には必ず話があるものです。まずは、この地を歩いた方々にお会いしたいですね」
「おう! 今まさに旅人に話を聞こうとしてたんだ!」
皇牙は満面の笑みで頷いた。
三回目の召喚では、R地図作成補助のミリアムが現れた。
「……おいおい! 地図作成まで来たぞ!」
皇牙は画面を見つめ、とうとう笑い出した。
「今日は当たり日すぎるだろ! もう一回引きたいくらいだ!」
「殿。無料分はこれで終わりでございます」
「分かってるって! 財布の中身もそんなに余裕ねえしな!」
三人を歓迎すると、皇牙は召喚結果をクラリスへ知らせるよう手配した。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:143人】
【SR以上排出率:5%】
その後、バットゥータが最初にしたのは、地図を描くことではなかった。
西門の休憩所へ戻ると、ちょうど水を飲んでいた荷運び人たちに声をかけ、どこから来たのか、途中で何を見たのかを尋ね始めたのだ。
質問は驚くほど具体的だった。
「荷車で通りやすい道は、どちらでしょう。途中で水を補給できる場所はありますか? 雨のあと、通りにくくなる場所は?」
相手が答えると、バットゥータはさらに問いを重ねた。
「では、夜を明かせる宿は? その宿場では、どのような品物がよく売れているのでしょうか」
旅人たちは最初こそ戸惑っていたが、話し始めると次々に情報を教えてくれた。
西の定期市へ向かう街道には、途中で小さな宿場があり、水を汲める井戸もあること。宿場では乾物や馬の飼料が売られていること。さらに定期市の先には、より大きな街へ続く道があるらしいこと。
皇牙は目を輝かせた。
「へえ! 定期市の先にも街があるのか!」
「ええ。ただ、そこまで行ったことがある方のお話を、もう少し集める必要がありますね」
バットゥータは慎重に答えた。
聞いた話をそのまま正しいと決めつけず、複数の人から確かめていく。その姿勢に、皇牙は感心した。
午後になると、勘助とフェリクス、ミリアム、コルベールも西門へ集まった。
机には既存の周辺図と、旅人から聞き取った情報が並んでいる。
「まず、確かな道から整理しましょう」
バットゥータが話を切り出した。
フェリクスは、これまで実際に調べた街道やリューデン谷の道筋を図面へ示した。勘助は地形と見通しを確かめ、荷車が安全に通れる場所について意見を述べる。
ミリアムはその情報をもとに、地図の線と記号を整理していった。
「旅人から聞いた宿場の位置は、ひとまず印を変えておきます。まだ確認できていない場所なので」
「それがよいでしょう」
バットゥータは頷いた。
コルベールは、宿場で売られている品物の話に興味を示していた。
「馬の飼料や乾物が売られているなら、荷運び人が立ち寄る場所として利用されているのでしょう。どのような商人が往来しているかも、いずれ知りたいですね」
「では、私の方で次に通る旅人へ尋ねてみましょう」
バットゥータが答える。
皇牙は二人の会話を聞きながら、楽しそうに笑った。
片方は商業の発展を考え、もう片方は旅人の暮らしや道中の情報を集めている。同じ道を見ても、注目するものが違うのだ。
「……すげえな。偉人同士が相談してるだけで、何か国が発展してる気がするぞ!」
その言葉に、コルベールが微笑んだ。
「殿。まだ話し合っている段階ですよ」
「分かってるって! でも、こういうのが見たかったんだよ!」
皇牙は上機嫌で頷いた。
そこでフェリクスが、既に確認済みの場所を指さした。
「西門の外なら、定期市方面とリューデン谷方面の道筋は分かっています。少なくとも、ここからの行き先は案内できますね」
「……おっ!」
皇牙の目が輝いた。
「だったら、早速造ろうぜ!」
皇牙は一行を西門の外へ連れ出した。
門前の広場には、荷車の通行を妨げないよう、道端に少し広い場所が確保されている。勘助とフェリクスが位置を確かめ、巴は周囲の旅人へ声をかけて安全な場所へ下がってもらった。
「殿。こちらなら道を塞がずに済みます」
勘助が頷いた。
「よっしゃ! 任せとけ!」
皇牙は《国家創造EX》を発動した。
地面に光の線が走り、石畳と一体になった案内柱がゆっくりと姿を現す。淡い灰色の石柱には、二つの方向を示す彫刻が刻まれていた。
片方は西の定期市方面、もう片方はリューデン谷方面。
柱の上部には、小さな星を模したアストレアの意匠が入っている。
「……ふっふっふ。どうだ! 格好いいだろ!」
皇牙は満足そうに胸を張った。
ただし、最初に考えていた巨大な石像は造らなかった。道案内が目的なのだから、旅人にとって見やすい方が大切だ。
巴が石柱を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「立派ですね、殿。これなら初めて訪れる方にも分かりやすいでしょう」
「だろ!」
ちょうど通りかかった旅人が足を止め、案内柱を見つめた。
「おお、これは助かるな。定期市はこっちか!」
旅人は礼を言い、迷うことなく街道を進んでいった。
皇牙はその背中を見送り、小さく笑った。
「……へへっ。こういうの、いいよな」
自分が造ったものが、すぐに誰かの役に立つ。
その喜びは、どれほど豪華な城を造ったときとも少し違っていた。
夕方、城館へ戻る頃には、バットゥータとミリアムが旅人から得た情報を整理し、勘助とフェリクスが今後の調査候補をまとめ始めていた。
まだ知らない道は多い。
宿場の先にある街の名前も、商人たちがどんな商品を求めているのかも、これから確かめていかなければならない。
だが、皇牙はそれが楽しみで仕方なかった。
「なあ、巴。いつか俺も、あの道の先へ行ってみてえな」
城館の庭で空を眺めながら呟くと、巴は優しく頷いた。
「そのときは、私もお供いたします」
「おう! 頼むぜ!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
「知らねえ街で美味い飯を食って、でっけえ城を見て、温泉でもあったら最高だな!」
「殿らしい旅の目的ですね」
「だろ? 国を造ったんだから、旅行くらい楽しませてもらわねえとな!」
巴は声を立てて笑った。
アストレアの人口は百四十三人。
新たなSR偉人の力によって、街道の調査が始まり、最初の案内柱も完成した。
小さな開拓集落の外には、まだ見ぬ街や国が広がっている。
皇牙の理想のスローライフは、どうやら城の中だけでは収まりそうになかった。
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