第2章 第55話 待望の海外SR降臨! フランスの財務総監に内政を丸投げしたい!
神城皇牙は、目の前に積まれた書類の山を見て、心の底から思った。
――何で俺の国なのに、俺がこんな目に遭ってんだ?
異世界生活四十三日目。アストレアの城館では、朝からクラリスとセドリックが帳簿を広げ、物流担当のカイルと何やら相談していた。窓の向こうには青空が広がっているというのに、室内には紙をめくる音ばかりが響いている。
「皇牙様。こちらの内容だけ、ご確認いただけますか?」
クラリスが差し出したのは、今後の運送と商品販売に関する記録だった。
「……なあ。確認って何分くらいで終わる?」
「順調に進めば、すぐに終わりますよ」
「その『順調に進めば』が信用できねえんだよなあ」
皇牙は渋々椅子へ腰を下ろした。
グレンが西の定期市で木箱二個を売り、銀貨八枚を持ち帰ったのは昨日のことだ。運賃の銀貨二枚を支払ったあと、残る金額を帳簿へ記録した。取引そのものは無事に終わっている。
ところが、商売が始まったことで新しい仕事も増えていた。
「商品を作った工房では材料と在庫を記録しています。荷受け場では預かった数量と運送先を記録し、こちらでは売上と支払いを管理しています」
セドリックが説明する。
「いいじゃねえか。ちゃんと管理できてるんだろ?」
「はい。ただ、同じ取引について別々の帳簿を確認する場面が増えてきまして」
カイルが少し困った顔で口を開いた。
「先ほども、木箱の販売記録を探すのに時間がかかりました。工房の記録と荷受け場の記録で、書き方が違っていたんです」
「……なるほど?」
皇牙は分かったような顔をしたが、実際には半分くらいしか理解していなかった。
最初は四人しかいなかったアストレアも、今では人口百三十七人。住宅地が広がり、農地や工房が動き、外の市場へ商品を運ぶようにまでなった。
それは素晴らしい。
ただし、街が発展するたびに書類まで増えるのは、まったく素晴らしくなかった。
「……ああもう! 誰かこういうのが得意な偉人、来てくれねえかな!」
皇牙が頭を抱えると、背後で巴が笑った。
「殿。皆様、十分よく働いておられますよ」
「分かってるって! だからこそ、これ以上忙しくさせたくねえんだよ。クラリスだって最近ずっと書類とにらめっこしてるだろ?」
そう言われたクラリスは、少し驚いた表情になった。
皇牙は普段から仕事を嫌がっているが、担当者たちが忙しいことには気づいていた。任せる相手を増やしたいのも、自分が楽をするためだけではない。
「……ありがとうございます。でも、まずは今ある仕事を整理すれば、もう少し余裕ができるかもしれません」
「そういう整理が得意な奴を召喚したいんだよ!」
皇牙は勢いよく立ち上がった。
「そうだ! まだ今日のガチャを引いてねえ! よし、今から行ってくる!」
「皇牙様。確認のお返事は……」
「後で! 今度こそすげえ奴を連れてくるから!」
返事を待たずに部屋を飛び出す皇牙を見送り、セドリックは苦笑した。
巴はクラリスへ軽く頭を下げると、主君のあとを追った。
中庭では、ロニーが植え込みを整え、道を行き交う住民たちが挨拶を交わしていた。皇牙は噴水のそばへ立ち、慣れた手つきで《英霊召喚ガチャEX》を開く。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:137人】
【SR以上排出率:5%】
「頼むぞ……。内政か財務の大物! もう日本でも海外でも何でもいい! 優秀な奴なら大歓迎だ!」
「殿。今まで海外の偉人もお望みでしたものね」
「当たり前だろ! 歴史ってのは世界中に面白え奴がいるんだぜ!」
皇牙は期待を込めて一回目を引いた。
現れたのはN運搬補助のエミール。荷受け場ではちょうど運搬の人手が必要になっていたため、皇牙は快く歓迎し、案内役へ引き継いだ。
「よし、次だ! ここで大当たりを頼む!」
二回目のボタンに触れた瞬間、画面の色が変わった。
いつもの白い光が金色へ染まり、召喚陣の縁に複雑な文様が浮かび上がる。淡い光の粒が舞い、噴水の水面までも黄金色に輝いた。
【SR確定演出】
「……おっ!」
皇牙は息を呑んだ。
普段なら真っ先に叫ぶところだが、今回は言葉が出てこなかった。光の中心に人影が現れ、だんだん輪郭を結んでいく。その服装は、巴や尊徳たちとも、アストレアの住民たちとも違っていた。
上質な上着に白い襟飾り。整えられた髪と、物事を見極めるような鋭い目つき。いかにも宮廷で働いていそうな、威厳のある中年の男だった。
光が収まると、男は周囲を静かに見渡し、皇牙へ向き直った。
「ジャン=バティスト・コルベールと申します。あなたが、私をこの地へ招いた方でしょうか」
その名前を聞いた瞬間、皇牙の思考が止まった。
「…………コルベール?」
聞き間違いではないかと、思わず聞き返す。
「フランスの……あのコルベールか?」
「フランスという国をご存じなのですか?」
「知ってるどころじゃねえよ! ルイ十四世の時代の財務総監だろ!?」
皇牙の声が中庭へ響いた。
歴史系学部に通っていた皇牙にとって、コルベールは決して知らない名前ではない。フランス王国の財政を立て直そうとし、製造業や貿易、海軍の育成にも力を入れた人物だ。
もちろん、その政策には賛否がある。すべてを手放しで褒められる人物ではないし、皇牙もそれくらいは知っている。
それでも、今のアストレアに必要な才能という意味では、これ以上ないほど魅力的な召喚だった。
「……おいおい、マジかよ。財務総監が来たぞ。しかも本人!」
皇牙は震える手で《万能鑑定EX》を発動した。
【ジャン=バティスト・コルベール】
【レアリティ:SR】
【適性:財務・内政・商業・産業振興】
【特徴:財政管理、行政組織の整備、製造業と交易の育成】
「……大当たりじゃねえか!」
皇牙はとうとう両手を突き上げた。
「やったあああ! 俺が欲しかった財務の専門家だ!」
突然の歓声に、庭を手入れしていたロニーが驚いて振り返った。
コルベールは皇牙の反応に戸惑いながらも、落ち着いて口を開いた。
「お喜びいただけたのは光栄です。しかし、私がお役に立てるかどうかは、この国の事情を伺ってから判断すべきでしょう」
「おおっ! 早速それっぽい!」
「……それっぽい、とは?」
「いや、何でもねえ!」
皇牙は慌てて笑った。
巴は隣で、肩を震わせている。
まだ残る無料ガチャは一回。皇牙は興奮を抑えきれないまま、最後のボタンを押した。
三回目に現れたのはR文書整理補助のイリスだった。
「おおっ! こっちも今欲しかった人材じゃねえか!」
皇牙は思わず笑った。
文書整理なら、クラリスたちの負担も減らせるだろう。コルベールもイリスの職種を聞くと、小さく頷いた。
「記録を扱える方がいるのは心強いですね。後ほど、現在の帳簿や書類を見せていただきたい」
「はい! 私にできることなら、何でもお手伝いします!」
イリスは明るく答えた。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:140人】
【SR以上排出率:5%】
「百四十人! しかもSR! 今日は最高の日だぜ!」
皇牙は満足そうに画面を閉じた。
そして、コルベールとイリスを連れ、意気揚々と執務室へ戻った。
「クラリス! セドリック! 見てくれ! とんでもねえ人材が来たぞ!」
扉を開けるなり皇牙が叫ぶと、三人が一斉に振り返った。
「皇牙様……ずいぶん早かったですね」
「紹介する! SRのジャン=バティスト・コルベールだ! フランス王国の財務総監を務めた大物だぜ!」
この世界の住民にとって、フランスという国にはなじみがない。
しかし、皇牙がこれほど興奮している以上、優秀な人物なのだろうと三人は察したようだった。
コルベールは丁寧に挨拶し、まず現在の行政と財務の担当者を尋ねた。
「財務を担当しております、セドリックです」
「住民登録や契約書類の管理は、私が担当しています。クラリスと申します」
「荷受け場で運送と商品の出入りを確認しております。カイルです」
三人の説明を聞き、コルベールは一人ずつ頷いた。
「なるほど。まずは、皆様がどのような仕事をしておられるか、順に教えていただけますか?」
皇牙は、てっきり召喚されたばかりのコルベールが帳簿を一目見ただけで問題を解決してしまうものと思っていた。
だが、実際は違った。
コルベールは何度も質問し、帳簿の記載方法や商品の受け渡しについて詳しく聞いていった。
「この木箱二個の取引では、売上はどちらに記されていますか?」
「こちらの帳簿です」
「荷物を預けた記録は?」
「私の記録帳にあります」
「では、同じ取引であることは、何を見て確認できますか?」
カイルは少し考え、記録帳の一か所を指さした。
「今は日付と商品の種類で確かめています」
「……なるほど」
コルベールは静かに頷いた。
そして、しばらく考えたあとで口を開いた。
「皆様の記録は丁寧です。これだけの人数で、よく管理なさっていますね」
セドリックとクラリスは少し驚いたようだった。
新しい担当者が来れば、今までのやり方を否定されるかもしれない。そんな不安もあったのだろう。
しかし、コルベールは彼らの仕事をまず評価した。
「ただし、今後取引が増えるなら、同じ商品について複数の記録を探すのは手間になりそうです」
「……確かに、その通りです」
クラリスが頷いた。
「でしたら、試しに一つの方法を使ってみませんか」
コルベールは白紙を取り、簡単な記録の見本を作った。
まず、取引ごとに番号を付ける。その番号を工房の出荷記録、荷受け場の運送記録、財務の売上記録へ共通して書き込む。必要になったら、その番号から同じ取引の情報を探せる仕組みだ。
「例えば、今回の木箱二個の取引を『一番』とします。そうすれば、どの帳簿でも一番を探せばよい」
「……おお!」
皇牙は思わず身を乗り出した。
「それ、めちゃくちゃ分かりやすいじゃねえか!」
カイルも興味深そうに記録を見つめた。
「これなら、商品名や日付を一つずつ照らし合わせる必要が減りますね」
「はい。ただし、すべてを急に変える必要はありません。まずは次の取引から試してみましょう」
コルベールはそう答えた。
セドリックも納得した様子で頷いた。
「今の帳簿をそのまま使えるなら、無理なく始められそうです」
「では、次に新しい取引が発生した際、この方法で記録してみてください。問題があれば、その都度直せばよいでしょう」
コルベールの説明は落ち着いていて、押しつけがましさがなかった。
しかし、その内容は明確だった。
今ある仕事を否定せず、必要な部分だけを整理する。
それは、皇牙が望んでいた内政改革そのものだった。
「……すげえな」
皇牙は感心したように呟いた。
コルベールが振り返る。
「何かございましたか?」
「いや、正直な。もっと派手なことをするのかと思ってた」
「派手なこと、ですか?」
「おう! 税をどうするとか、商売を一気に大きくするとか!」
コルベールは少しだけ笑った。
「それには、まずこの国の実情を知らねばなりません。財政も産業も、今ある仕組みを理解せずに変えては、かえって混乱を招きます」
「……なるほどな」
皇牙はゆっくり頷いた。
目の前の男は、確かに歴史上の大物だった。
しかし、だからといって何でも一瞬で解決するわけではない。優秀だからこそ、最初に必要な情報を集め、小さな改善から始めているのだ。
皇牙はそれが妙に頼もしく感じられた。
「よし! コルベール、これからも頼むぜ!」
「承知しました。ただし、一つお願いがございます」
「……ん?」
「最終的な方針については、殿にもご判断いただきたいのです」
皇牙の笑顔が固まった。
「……えっ? 俺、全部任せたいんだけど」
「日々の帳簿や記録の整理はお任せください。しかし、何を優先し、どのような国を目指すかは、殿ご自身がお決めになるべきでしょう」
「……うわあ。やっぱりそういう仕事は残るのかよ」
皇牙は頭を抱えた。
すると、コルベールは真面目な顔で続けた。
「ご安心ください。必要な情報をまとめ、なるべく短い時間で判断できるようにいたします」
「……マジで?」
「はい。ただし、判断が必要なときに逃げられては困ります」
「……そこは何とかならねえ?」
「なりません」
即答だった。
クラリスが口元を押さえ、カイルも笑いをこらえている。
皇牙はしばらくコルベールを見つめ、それから大きく笑い出した。
「はははっ! いいねえ! やっぱり本物の偉人って面白えな!」
コルベールも少しだけ表情を和らげた。
その日の午後、イリスはクラリスのもとで新しい記録方法を教わり、セドリックとカイルも次の取引に備えて準備を始めた。
たった一つ、取引番号を付けるという小さな変更。
それでも、三人はこれまでより記録を探しやすくなるだろうと期待していた。
皇牙はその様子を眺め、満足そうに頷いた。
自分の望むスローライフは、こういう積み重ねの先にあるのかもしれない。
夕方、皇牙は城館の庭にある長椅子へ寝転がり、ようやく念願の休憩を楽しんでいた。
「……いやあ、今日は最高だったな」
巴が隣の椅子へ腰を下ろす。
「はい。コルベール殿は、頼もしい方ですね」
「だろ? しかも、フランスの財務総監だぜ! 俺、歴史の授業で名前を聞いたときは、まさか本人に会うなんて思ってもみなかったぞ」
皇牙は嬉しそうに笑った。
最初は四人だけだったアストレア。
そこへ二宮尊徳が加わり、山本勘助が加わり、今度は遠いフランスの歴史に名を残したコルベールまでやって来た。
時代も国も違う偉人たちが、同じ街のために働いている。
それは歴史好きな皇牙にとって、考えただけでも胸が躍る光景だった。
「……へへっ。これ、いつか世界中の偉人が集まったら、すげえ国になるんじゃねえか?」
「殿のお望みは、悠々自適な暮らしではありませんでしたか?」
「そうだけどさ! 優秀な奴が増えりゃ増えるほど、俺が楽できるだろ!」
皇牙が笑うと、巴もつられて微笑んだ。
城館の窓には明かりがともり始めていた。
新しい帳簿の書き方を相談しているクラリスたちの姿が、遠くから見える。
皇牙はそれを眺め、満足そうに目を細めた。
「よし! あいつらがもっと仕事しやすいように、俺も必要な建物くらいは造ってやるか!」
そう呟いてから、皇牙は長椅子へ深く身体を沈めた。
アストレアの人口は百四十人。
小さな開拓集落に、新たなSR偉人が加わった。
国を動かす仕組みはまだ整い始めたばかりだ。それでも、頼れる仲間が増えたことで、皇牙の理想の生活はまた一歩近づいたのだった。
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