第2章 第50話 荷運び屋が戻ってきた! 初めての運送契約!?
アストレアの西門に、一台の荷車が止まっていた。
馬の手綱を握っているのは、日に焼けた顔と無精ひげが特徴の男だった。使い込まれた外套を肩に掛け、荷車の車輪を確かめてから、門番のディランへ声をかける。
「よう。前にも来たグレンって荷運び屋だ。ここの偉い人に、また仕事の相談をしたいんだが」
ディランは訪問記録を確かめ、男を西門の迎賓広場へ案内した。
異世界生活三十八日目の朝。神城皇牙は城館の食堂で、焼きたてのパンを片手に、今日こそ昼寝を満喫するつもりでいた。
「いやあ、平和って最高だな。昨日は荷受け場も整えたし、今日は何もしなくていいだろ」
「殿。何もしないのは、いつものことではありませんか?」
向かいに座る巴が、涼しい顔で茶を飲む。
「失礼な! 昨日だって立派な物流施設を造っただろ!」
「はい。皆様のおかげで、使いやすい場所になりましたね」
「……そこは俺をもうちょっと褒めてくれてもよくね?」
巴が小さく笑ったところで、食堂の扉が叩かれた。
入ってきたクラリスからグレンの再訪を知らされると、皇牙はすぐに顔を上げた。
「おっ、あいつか! 前に仕事を探してた荷運び屋だろ?」
「はい。以前お話しした件で、もう一度ご相談したいそうです」
「ちょうど荷受け場もできたしな。よし、会いに行こうぜ!」
昼寝の予定はあっさり消えた。とはいえ、皇牙にとって建物を造るのと同じくらい、自分の街が便利になっていくのを見るのも楽しいことだった。
迎賓広場へ着くと、グレンが大きく手を振った。
「よう、皇牙様! また来ちまったぜ!」
「おう、久しぶり! で、今日は何の用だ?」
「前に仕事があれば声をかけてくれって言っただろ。そろそろ何か運べる物があるんじゃねえかと思ってな」
グレンは荷車を軽く叩いた。
「西の街道には定期市がある。そこまで品物を運ぶ仕事なら、俺にもできるぜ」
「おおっ! いいじゃねえか!」
皇牙は勢いよく頷いたものの、そこで一つ思い出した。
「でも、うちにはベルンって商人も来てるんだよな。あいつに直接売るのとは何が違うんだ?」
「ベルン殿が買い取るなら、そこで商売は済みます。ですが、運び手がいれば、こちらから別の市場へ品物を出すこともできます」
答えたのは、皇牙とともに広場へ来ていたカイルだった。
昨日の無料ガチャで召喚されたR物流管理補助で、すでに倉庫担当者たちと荷物の流れを確認している。
「もちろん、運ぶだけで売れるとは限りません。品物の持ち主が誰なのか、運賃をどうするかも決める必要があります」
「……うわ、もう面倒な話が始まった」
皇牙は露骨に顔をしかめた。
「カイル、そこはお前に任せていい?」
「私だけでは決められませんが、クラリスさんや商業担当の方と相談して条件をまとめることはできます」
「それだ! そういうのが聞きたかった!」
皇牙が満足そうに頷くと、グレンは腹を抱えて笑った。
「ははは! あんた、本当に変わった領主様だな!」
「俺は楽するために街を造ってんだよ。働きすぎたら本末転倒だろ!」
グレンはますます面白そうに笑った。
話し合いは来客用休憩所で行うことになった。
クラリスが交易記録を持ち込み、カイルはグレンから普段の運搬経路を聞き取った。定期市までは荷車で片道一日弱。街道はおおむね通れるが、雨のあとはぬかるむ場所もあるという。
「そこ、俺が道路にしちまえばいいんじゃね?」
皇牙が口を挟むと、巴が穏やかに答えた。
「殿。まずは運ぶ品物を決めてからでも遅くありませんよ」
「……そりゃそうか」
カイルはグレンへ、荷車の積載量や荷物を濡らさない工夫について尋ねた。
グレンは気さくに答えていたが、荷物の破損について話が及ぶと、急に表情を引き締めた。
「預かった荷は、俺の稼ぎの元だ。雑に扱って信用をなくしたら、次の仕事が来なくなる。荷物が壊れそうなら、出発前にちゃんと言うぜ」
その言葉に、カイルは感心したように頷いた。
「では、荷を積む前に双方で状態を確認しましょう。受け取った数も記録しておけば、あとで食い違いが起きにくくなります」
「いいねえ。そういう相手なら俺も仕事がしやすい」
皇牙は二人の会話を聞きながら、早くも椅子の背にもたれていた。
話の内容は大切なのだろう。しかし、運賃だの記録だのと聞くだけで、眠気が襲ってくる。
「……なあ。俺、そろそろ抜けていい?」
「まだ何を運ぶかも決まっておりませんよ、殿」
「そこが決まったら呼んでくれ!」
そう言い残し、皇牙は巴を連れて工房へ向かった。
ガルドに話を聞くと、以前ベルンへ木箱を販売したあと、注文に備えて追加製作を進めていたという。
「今朝の時点で完成してるのは五つだ。うち一つは工房で使う予定だから、外へ出せるのは四つだな」
「おっ、ちょうどいいじゃねえか!」
皇牙は完成品を見せてもらった。
どれも蓋付きの小さな木箱で、表面は丁寧に仕上げられている。以前ベルンが銀貨四枚で購入したものと同じ種類だった。
「これを定期市へ運べばいいんじゃね?」
「運ぶのは構わねえが、売れ残るかもしれねえぞ」
「そこはグレンに聞いてみようぜ!」
皇牙が呼びに戻ろうとしたところで、カイルとクラリスが工房へやって来た。
運送条件を考えるため、まず実際の品物を確認したいという。
ガルドが木箱を並べると、カイルは数と状態を一つずつ確かめた。四つとも完成品であることを確認し、そのうち二つを試験運送に使う案を出した。
「最初から全部出すより、二つだけ運んで売れ行きを見てはいかがでしょうか。残る二つは、ベルン殿が再び買い付けに来られた場合にも対応できます」
「なるほど! それなら両方試せるな!」
皇牙は嬉しそうに頷いた。
クラリスも賛成し、工房で使う予定の一つには手をつけず、販売可能な四つのうち二つだけをグレンへ預けることにした。
ただし、まだ契約を結んだわけではない。実際の荷車を確かめ、グレン本人にも引き受けられるか聞く必要があった。
一行が荷受け場へ向かうと、グレンは荷車の脇にしゃがみ込んでいた。
「……おいおい、どうした?」
皇牙が尋ねると、グレンは片方の車輪を叩いた。
「いや、ちょっと軸の辺りから音がするんだ。ここへ来る途中から気になっててな」
その声を聞きつけたエドガーが、工房の入口から顔を出した。
午前中は父親とともにマルクの畑を手伝い、午後からガルドの仕事を見学する約束だったらしい。
「荷車がどうかしたんですか?」
「おっ、エドガー。ちょうどいいところに来たな!」
皇牙は少年を手招きした。
エドガーは車輪を眺め、ゆっくりと手で回してみた。確かに小さな音がする。
「……金具が緩んでるのかもしれません。でも、俺じゃはっきり分かりません」
「それで十分だ。ガルドに見てもらおうぜ」
皇牙が呼ぶと、ガルドは道具を持って現れた。
車輪の状態を確かめた結果、固定用の金具が少し緩み、軸にも汚れがたまっていることが分かった。幸い、大きな破損はなく、工房にある道具で手入れできる状態だった。
「これなら今日中に直せるぞ。金具を締め直して、軸をきれいにしてやりゃいい」
「助かった! 出発してから壊れたら洒落にならねえからな」
グレンはほっと息を吐いた。
修理の費用を確認し、グレンが支払うことで話がまとまると、ガルドは作業に取りかかった。
皇牙はその様子を眺めながら、エドガーへ声をかけた。
「お前、荷車のこと結構分かるんだな」
「故郷でよく使ってましたから。でも、直せるわけじゃありませんよ」
「だったら覚えりゃいいじゃねえか。ガルドもいるんだし」
エドガーは少し考え、それから嬉しそうに頷いた。
「……はい。もっと勉強してみたいです」
その顔を見て、皇牙は満足そうに笑った。
荷車の手入れが終わる頃には、午後もかなり過ぎていた。
ガルドが修理箇所をもう一度確認し、グレンが荷車を短い距離だけ動かしてみる。異音が消え、車輪が問題なく回ることを確かめてから、ようやく運送の話が再開された。
そこでカイルが提案したのは、蓋付き木箱二つを定期市へ運び、グレンが普段取引している商人に紹介してもらうという試験運送だった。
「販売価格は一つ銀貨四枚を目安とし、それより安く売る場合は一度持ち帰って相談していただきます。売れなければ、次にこちらへ来るときに返していただく形でどうでしょう」
「構わねえ。ただ、俺の運賃はどうする?」
グレンが尋ねると、カイルはクラリスと確認しておいた条件を説明した。
今回は試験運送として、木箱二つの往復運搬を含めて銀貨二枚。売れた場合の代金は、次にアストレアへ戻った際に渡してもらう。木箱の数と状態、預けた日付は双方で記録する。
グレンは少し考えたあと、頷いた。
「悪くねえ。最初の仕事としては十分だな」
「じゃあ、決まりか?」
皇牙が身を乗り出す。
「はい。ガルドさんも、この条件でよろしいですね?」
「おう。最初は二つで様子を見よう」
カイルが確認すると、クラリスは運送の内容を記録した。グレンにも条件を読み上げ、互いに納得したところで、正式に仕事が決まった。
「よっしゃあ! 初めての運送契約、成立!」
皇牙は両手を上げた。
「いやあ、長かった! 俺は途中で何回昼寝したくなったことか!」
「殿。まだお仕事中ですよ」
巴が笑いながら言った。
「分かってるって! でも、こういう面倒な話を任せられる人材がいるって最高だな!」
皇牙は心から嬉しそうだった。
契約が決まると、荷受け場では積み込みの準備が始まった。
カイルが木箱の数を確認し、ガルドが蓋の閉まり具合を確かめる。グレンは荷台の上に布を敷き、箱が揺れないよう固定する場所を考えた。
「これなら大丈夫だ。荷台の端へ寄せすぎると揺れるから、真ん中に置こう」
グレンが指示すると、エドガーは箱を丁寧に運び込んだ。
テレサも倉庫担当者のもとで記録を確かめ、積み忘れがないか確認している。
巴は荷車の周囲に人が集まりすぎないよう声をかけ、荷台の荷物が通行人へぶつからないことも見届けた。
すべてが終わると、グレンは荷車を一周し、固定した木箱を軽く揺すって確かめた。
「よし。これなら運べるぜ」
その言葉に、皇牙は満足そうに頷いた。
「頼んだぞ、グレン! アストレアの木箱を定期市で広めてきてくれ!」
「おう! 売れるかどうかは向こう次第だが、ちゃんと届けてくるぜ!」
グレンは豪快に笑った。
もっとも、出発するのは翌朝の予定だった。日が傾いてから街道へ出ても、途中で夜を迎えてしまう。
荷車は迎賓広場の決められた場所へ移され、グレンはその夜、来客用休憩所で休むことになった。
皇牙は積み込みを終えた荷車を眺め、少しだけ感慨深くなった。
最初は城とわずかな仲間しかいなかった場所に、今では工房があり、商品があり、それを外へ運んでくれる人間まで現れた。
「……へへっ。何だか、本当に街らしくなってきたな」
皇牙は小さく呟いた。
その日の夕方、城館へ戻った皇牙は、いつもの無料ガチャを開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:122人】
【SR以上排出率:5%】
「さてと! 今日は商売が始まったし、そろそろ経済系の偉人でも来てくれねえかな!」
期待を込めて一回目を引く。
現れたのはN衣類補修補助のセシル。二回目はR伝令管理補助のロイド、三回目はN井戸管理補助のミルダだった。
「……うおっ! 全然商売関係ねえ!」
皇牙は思わず頭を抱えた。
しかし、ロイドの職種を見て、少し考え直した。
「……いや、待てよ。伝令ってことは、外との連絡にも使えるんじゃね?」
クラリスへ確認すると、まさにそのとおりだという。今後、グレンのような荷運び人や商人との取引が増えれば、連絡をまとめる仕事も必要になる。
「おおっ! だったら当たりじゃねえか!」
皇牙はあっさり機嫌を直した。
三人を歓迎し、具体的な仕事の配置は担当者たちへ任せることにする。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:125人】
【SR以上排出率:5%】
「百二十五人か。順調、順調!」
皇牙は満足そうに画面を閉じた。
夜になると、荷受け場は静かになった。昼間の騒がしさが嘘のように、広場には冷たい風が吹き抜けている。
グレンの荷車には、明日の出発を待つ木箱が二つ載っていた。
まだ商品が売れたわけではない。運んだ先で買い手が見つかるかどうかも分からない。
それでも、アストレアの品物を外の市場へ運ぶ仕事が、今日初めて正式に決まった。
皇牙が新しい建物を造らなくても、ガルドが商品を作り、カイルが条件を整え、クラリスが記録をまとめ、グレンが運ぶ。
それぞれが得意な仕事をすることで、街は少しずつ動き始めている。
「……うん。やっぱり、こういうのが理想だよな」
城館の窓から広場を眺め、皇牙は満足そうに笑った。
「俺が全部やらなくても、勝手に街が発展してくれる。最高じゃねえか!」
隣にいた巴が、少し呆れたように微笑んだ。
「殿。皆様が一生懸命働いておられるからこそ、でございますよ」
「分かってるって。だから、ちゃんと感謝してるだろ?」
皇牙はそう答えると、明日は何をして遊ぼうかと考え始めた。
アストレアから外の市場へ向かう、小さな運送の仕事。
その第一歩は、二つの木箱から始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
そして本日はここまで明日も10話投稿します。
よろしくお願いいたします。




