第1章 第5話 俺の城、完成
「よし。それじゃあ、建てるぞ!」
神城皇牙は目の前に浮かぶ建設画面を見つめ、思わず口元を緩めた。
眼前に広がるのは、乾いた土と岩が転がるだけの高台だ。しかし、半透明の完成予想図には、堂々たる城の姿が映し出されている。
黒い石壁に囲まれた本城には三本の尖塔がそびえ、正面には重厚な城門。その内側には小さな中庭が設けられ、将来は周囲へ城壁や建物を増やせるよう、十分な土地を残してあった。
本当はもっと巨大な城を建てるつもりだったが、ガルドに指摘されて規模を縮小したのだ。もっとも、皇牙の感覚では、これでも立派な城であることに変わりはない。
「……くくく。ついに俺にも城を持つ日が来たか」
「殿、ずいぶんと楽しそうでございますね」
隣に立つ巴が、わずかに微笑んだ。
「そりゃそうだろ! 自分の城だぞ? しかも、こんな格好いい城を建てられるんだからな!」
皇牙は完成予想図を指さしながら、興奮気味に答えた。
大学で歴史を学び、暇さえあれば歴史戦略ゲームを遊んでいた彼にとって、自分だけの城を持つことは一種の憧れだった。戦国時代の城郭も中世ヨーロッパの城も好きだが、今回はそのどちらにも縛られない。
せっかく異世界に来たのだから、趣味全開の城を建てたい。そんな願望を実現できるのが、国家創造EXという規格外の能力だった。
「なあ、皇牙。本当に材料も金もいらねえんだよな?」
ガルドが完成予想図を眺めながら尋ねた。
「ああ。建設費も資材費もゼロ。しかも一瞬で完成するらしいぞ」
「……職人としては、どうにも信じられねえ話だな」
「まあ、そうだろうな。でも、家具とか道具は頼りにしてるぞ」
「おう。その辺は任せとけ。ただし、材料は必要だからな」
ガルドは苦笑しながら肩をすくめた。
その隣では、マルクが完成予想図よりも周囲の土地を気にしていた。
「皇牙様。先ほど決めた農地への道は、そのまま残していただけるのでしょうな?」
「もちろん。城から低地へ下りる道も作る予定だぞ」
「それなら安心いたしました。今は私一人でございますが、いずれ人手が増えれば、あちらに畑を広げられましょう」
「そういうこと。城ばっかり立派でも、食い物がなきゃ困るからな」
皇牙は得意げに答えた。
もっとも、農地のことを考えたのはマルクであり、城門や警戒について助言したのは巴だ。自分一人で設計していたら、見た目だけは最高でも、生活するには不便な城になっていたかもしれない。
やはり専門家の意見は大切だった。
「さて、最後に確認だな。みんな、こっちへ来てくれ」
皇牙は三人を連れ、完成予想図に示された建設範囲の外側へ移動した。
小屋を作ったときには気にならなかったが、今回は建物の規模が違う。建設に巻き込まれることはないだろうと思いつつも、念のため安全な場所から実行することにした。
巴は周囲の警戒を続けながら、皇牙の少し前に立っている。マルクとガルドも、その隣から高台を眺めていた。
「よし。これで問題なし」
皇牙は改めて国家創造EXの画面を開いた。
【国家創造EX】
建設対象:城
建設費用:不要
必要資材:不要
建設時間:即時
【建設を実行しますか?】
画面に並ぶ文字を見た瞬間、皇牙の胸が高鳴った。
歴史上、城を築くには莫大な費用と労力が必要だった。石材や木材を集め、職人を雇い、完成まで長い年月を費やすことも珍しくない。
それが、今はボタン一つだ。
「……やっぱり、ぶっ壊れてるな。このスキル」
皇牙は小さく笑い、迷うことなく実行の文字へ指を伸ばした。
「建設開始!」
その瞬間、高台全体を黄金色の光が包み込んだ。
「うおっ!?」
眩しさに思わず目を細める。足元の大地に巨大な魔法陣が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間には光が消えていた。
時間にすれば、ほんの一瞬。
しかし、光が消えたあとの景色は、先ほどまでとはまるで違っていた。
「…………は?」
皇牙は口を開けたまま固まった。
何もなかった高台に、巨大な城がそびえ立っていたのだ。
黒い城壁が敷地を囲み、正面には重厚な城門が構えている。その奥には複数の尖塔を備えた本城がそびえ、黒い石材が二つの太陽の光を受けて鈍く輝いていた。
完成予想図で何度も確認したはずの城だった。
だが、実物は想像していた以上に迫力があった。
「……マジかよ」
皇牙の口から、ようやく声が漏れた。
「これ、本当に俺が建てたのか?」
「はい。殿がお造りになった城にございます」
巴の声にも、わずかな驚きが混じっていた。
いつも冷静な彼女ですら、目の前の光景には感心しているらしい。薙刀を携えたまま城門を見上げ、しばらく言葉を失っていた。
マルクも同様だった。農作業に適した土地を探していたときとは違い、ただ呆然と城を見つめている。
「……まことに、驚くべきお力でございますな」
一方、ガルドはすでに城壁へ近づき、石材の表面を確かめていた。
「おいおい……本当に継ぎ目まできっちりできてやがる。こんな仕事を一瞬でやられたら、職人の立つ瀬がねえぞ」
「ははっ! でも、城の中身はガルドに頼ることになるからな!」
皇牙は興奮したまま答えた。
そして、改めて城を見上げる。
自分の頭の中で思い描いていた城が、今は現実となって目の前に存在している。その事実を実感した途端、嬉しさが一気に込み上げてきた。
「……くくく。ついに完成したぞ。我が漆黒の城が!」
「……殿?」
巴が不思議そうに首を傾げた。
「いや、何でもない。ちょっと言ってみたかっただけだ」
皇牙は慌てて咳払いしたが、にやける顔はどうしても元に戻らなかった。
「よし! 早速、中を見に行こうぜ!」
皇牙は三人を連れ、城門へ向かった。
近づいてみると、門塔の高さは想像以上だった。黒い石材で造られた壁は重厚で、上部には周囲を見渡せる通路も設けられている。
巴は門の前で立ち止まると、左右の城壁を見上げた。
「見張りに使える場所もございますね。これなら周囲の動きを確かめやすそうです」
「おっ、そうなのか?」
「はい。ただし、見張る者は必要にございます。建物が立派でも、人がいなければ守りは成り立ちませぬ」
「……そりゃそうだな」
皇牙は苦笑した。
城壁も門も一瞬で作れたが、兵士が勝手に生まれるわけではない。今のところ戦える人材は巴だけなので、警備については今後考える必要がありそうだった。
もっとも、今日は城が完成したばかりだ。難しいことはひとまず後回しにしたかった。
皇牙が扉へ手をかけると、重厚な門扉は見た目に反して滑らかに開いた。
門の内側には、広い中庭が設けられている。地面には石畳が敷かれ、正面には本城へ続く階段が伸びていた。左右には将来建物を増やせる空間が残されており、今は何も置かれていない。
「いいねえ。ここには庭園でも作りたいな」
「庭園、でございますか?」
「ああ。噴水とか花壇とか。あと、でっかい俺の銅像なんかも……」
そこまで言って、皇牙は考え直した。
「……いや、さすがに自分の銅像は恥ずかしいか」
「今さらかよ」
ガルドの突っ込みに、マルクが小さく笑った。
皇牙は気にせず階段を上り、本城の玄関を開けた。
その先には、天井の高い玄関広間が広がっていた。
黒を基調とした石壁に、金色の装飾が施された柱。正面には左右へ分かれる階段が設けられ、上階へ続いている。
天井には複雑な模様が刻まれ、壁には装飾用の彫刻が並んでいた。
皇牙は思わず立ち止まった。
「……おお」
先ほどまでの興奮とは少し違う感情が胸に広がる。
ゲームの中で何度も思い描いていた理想の城。その内部に、自分が立っているのだ。
足元の石床はひんやりとしており、広間に響く自分たちの足音さえ心地よかった。
「……やっぱり、自分の城って最高だな」
皇牙は小さく呟いた。
「殿、こちらの建物は随分と広うございますね」
巴が周囲を見渡しながら言った。
「ああ。でも、最初の予定よりはかなり小さくしたんだぞ」
「これで小さくしたってのが信じられねえよ」
ガルドが呆れたように笑った。
実際、四人で暮らすには十分すぎる広さだった。しかし、将来的には多くの家臣を迎える予定なので、会議室や客室などは最初からいくつか用意してある。
皇牙としては、これでも随分と我慢したつもりだった。
「まあ、部屋が余る分には困らないだろ。どうせ後から人も増えるんだし」
「家具まで揃えるつもりなら、話は別だけどな」
「……それは、まあ、そのうち」
皇牙は曖昧に答えた。
家具や日用品が別途必要になることは、すでに理解している。ただ、今はそれよりも見ておきたい場所があった。
「よし! 次は玉座の間だ!」
皇牙は階段を上り、長い廊下を進んでいった。
途中には会議室や客室、寝室などが並んでいたが、今は中を確認するだけに留める。いずれも立派な造りだったものの、家具がないことは扉を開けなくても想像できた。
そして、ついに目的の場所へ到着した。
目の前には、大きな両開きの扉がある。
扉の表面には、城門と同じ紋章が刻まれていた。
「……ついに来たか」
皇牙は思わず口元を緩めた。
この扉の向こうには、自分が最も楽しみにしていた部屋がある。
黒と金を基調とした豪華な玉座の間。長い絨毯の先には巨大な玉座が置かれ、歴史上の偉人たちが左右に並んで自分へ報告をする。
そんな光景を想像するだけで、胸が高鳴った。
「……くくく。これぞ男のロマンってやつだ」
「おい、皇牙。何をそんなににやけてるんだ?」
「ガルドには分からねえだろうな。この瞬間をどれだけ楽しみにしてたか」
「……まあ、好きにしろよ」
呆れたような声を背中で聞きながら、皇牙はゆっくりと扉を押し開けた。
その先には、広大な玉座の間が広がっていた。
高い天井を支える太い柱が左右に並び、中央には奥へと続く長い通路が伸びている。床には黒と白の石材を組み合わせた模様が描かれ、壁には金色の装飾が施されていた。
そして、正面の奥には数段高くなった壇が設けられている。
皇牙はその光景を見て、満足そうに頷いた。
「おお……完璧じゃねえか」
広さも装飾も、頭の中で思い描いていた通りだ。城の中心にふさわしい威厳があり、これなら歴史上の偉人たちを集めて会議を開いても十分に格好がつくだろう。
しかし、皇牙は数歩進んだところで足を止めた。
「…………ん?」
何かがおかしい。
玉座の間は完成している。
柱も床も、壇の装飾も申し分ない。
だが、肝心の玉座だけが存在しなかった。
「……玉座は?」
皇牙が呆然と呟くと、ガルドが隣へやってきた。
「そりゃ、椅子だからな。建物とは別なんだろ」
「いやいやいや! 玉座の間なのに玉座がないってどういうことだよ!」
「俺に言われても困るぞ」
ガルドは肩をすくめた。
皇牙は思わず頭を抱えた。
確かに、国家創造EXは建物を作る能力だ。城門や階段、壁の装飾など、建物そのものに組み込まれた部分は自動的に完成する。
一方、椅子や机、寝具といった家具は別だった。
そんなことは分かっていたはずなのに、玉座だけは当然あるものだと思い込んでいた。
「……くそっ。まさか一番大事なところで引っかかるとは」
「そんなに欲しいなら、石でできた座る場所でも作ってみればいいじゃねえか」
ガルドの言葉に、皇牙は一瞬だけ考え込んだ。
確かに、壇と一体になった石造りの座席なら、国家創造EXで作れるかもしれない。
しかし、すぐに首を振った。
「いや、それじゃ駄目だ」
「何でだよ?」
「玉座はな、ただ座れりゃいいってもんじゃねえんだよ。黒と金を基調にして、背もたれは高く、肘掛けには彫刻を入れる。座り心地も大事だし、何より威厳が必要なんだ!」
皇牙は真剣な表情で語り始めた。
ガルドはしばらく呆然としていたが、やがて大きくため息をついた。
「……分かったよ。そこまで言うなら、材料が揃ったら俺が作ってやる」
「マジで!?」
「ああ。ただし、簡単には完成しねえぞ。材料選びから始めなきゃならねえし、お前の注文も多そうだからな」
「もちろん! 時間をかけて最高の玉座を作ろうぜ!」
「……本当に楽しそうだな、お前」
ガルドが苦笑すると、マルクも思わず笑みを浮かべた。
巴はそんな二人のやり取りを静かに見守っていたが、やがて皇牙へ声をかけた。
「殿。玉座が完成するまでは、こちらの間を使われぬのでしょうか?」
「ん? いや、必要なら使うけど……今は四人しかいないしな」
「それでしたら、まずは暮らしを整える方がよろしいかと存じます」
穏やかな口調だったが、言っていることは至極もっともだった。
皇牙は玉座のない壇を見つめ、少し考えてから頷いた。
「……確かにな。玉座も欲しいけど、先に飯と寝床を何とかしないとな」
「はい」
巴が微笑むと、皇牙も小さく笑った。
玉座の間を出た四人は、その後、厨房と寝室を簡単に確認した。
厨房には調理台や炉を設置できる場所があり、寝室にも十分な広さがある。ただし、鍋や食器、ベッドといった生活用品は一つも置かれていなかった。
皇牙は分かっていたこととはいえ、実際に空っぽの部屋を見て苦笑した。
「……城だけ立派でも、生活はできねえんだな」
「まあ、そういうことだ。道具を作るにしても、まず材料を探さねえとな」
ガルドが頷いた。
マルクも、空間収納EXにしまってある荒野芋のことを思い出したらしく、皇牙へ声をかけた。
「食料は少しございますが、あれだけで何日も暮らせるわけではありません。早めに農業を始める準備も必要でございますな」
「ああ。その辺は任せるよ。必要な農地なら俺が作るからさ」
皇牙はそう答え、窓の外へ視線を向けた。
眼下には、乾いた荒野がどこまでも広がっている。少し離れた場所には、最初に作った石造りの小屋も小さく見えた。
あの小屋一つから始まった異世界生活が、わずかな時間でここまで変わったのだ。
もちろん、今はまだ四人しかいない。農民が一人、職人が一人、武将が一人。そして、できるだけ働きたくない大学生が一人。
それでも、城という拠点ができたことで、ようやく国づくりの第一歩を踏み出した気がした。
「……よし。まずは生活に必要なものを揃えるか」
皇牙は三人へ振り返った。
「マルクは食料関係、ガルドは家具や道具。巴は引き続き周囲の警戒を頼む。もちろん、何か必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「承知いたしました、皇牙様」
「おう、任せとけ」
「はい、殿」
三人の返事を聞き、皇牙は満足そうに頷いた。
こうして得意な仕事を任せられる人材がいるのは、本当にありがたい。今後、さらに人が増えれば、もっと多くの仕事を分担できるようになるだろう。
そのためにも、毎日の無料ガチャは欠かせない。
「……早く明日にならねえかな」
「何だ? もう次のガチャが気になるのか?」
ガルドが呆れたように尋ねる。
「当たり前だろ。今度は料理人とか、内政に強い奴とか欲しいしな」
「その前に、今日の飯をどうするか考えろよ」
「……あ」
皇牙はそこで、重大なことを思い出した。
荒野芋は十分に加熱すれば食べられる。火魔法を使えば熱を加えること自体はできるだろう。
しかし、調理道具はまだない。
「……なあ、ガルド。鍋も焼き台もないけど、火魔法で直接焼けば何とかなると思うか?」
「できなくはねえかもしれねえが、焦がさず中まで火を通せるのか?」
「……自信はない」
「だったら、先に道具を何とかした方がよさそうだな」
ガルドが呆れたように笑った。
皇牙はしばらく考え込んだあと、天井を見上げて大きくため息をついた。
「……くそっ。城を建てるのは一瞬なのに、晩飯一つ作るのは面倒なんだな」
その言葉に、マルクが小さく笑い、巴も口元を緩めた。
皇牙はそんな三人を見て、思わず苦笑する。
豪華な城は完成した。
だが、快適な生活はまだ始まっていない。
それでも、窓の向こうにそびえる黒い城壁を見ると、自然と気分がよくなった。
「……まあ、いいか。まずは城が完成したんだしな」
皇牙はそう呟き、満足そうに笑った。
何もなかった荒野に、自分だけの城ができた。
あとは、この城を少しずつ快適な場所に変えていけばいい。
もっとも、今日の夕食をどうするかという問題だけは、今すぐ考えなければならなかった。
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