第2章 第47話 七つの村の水路を直せ!
リューデン谷から届いた返書を読み終えた神城皇牙は、思わず椅子から立ち上がった。
「よっしゃ! ようやく俺の出番じゃねえか!」
異世界へ来て三十五日目の朝。城館の執務室には、皇牙のほかに巴、二宮尊徳、山本勘助、クラリスが集まっていた。
二日前、七つの村から使者としてやって来たハロルドとエリサは、皇牙たちの提案を持ち帰った。以来、谷の各村で話し合いが行われていたらしい。
もっとも、七つの村すべてから返事が届いたわけではない。今回の書状を送ってきたのは、谷の下流にあるミルデ村の村長だった。
傷んだ水路の調査と、村が管理している区間の修復について、正式に協力を求める内容である。ハロルドも村へ戻り、調査の案内を引き受けてくれるという。
「向こうから直してくれって頼まれたんだろ? なら話は早い! 今日行って、パパッと直してやろうぜ!」
皇牙が拳を握ると、尊徳は穏やかに頷いた。
「ありがたきことにございます。ただし、直してよいのは、ミルデ村が管理する区間に限られます。ほかの村へ水を分ける場所については、まだ合意がございませぬ」
「分かってるって。勝手に川の流れを変えたりしねえよ」
「殿。今回はフェリクスも同行させていただきます」
勘助が口を開いた。
「水路の高さや幅を確かめる必要がございます。測量を補助できる者がいれば、殿のお力を使う場所も決めやすくなりましょう」
「おっ、いいじゃねえか! あいつ、建築測量の担当だったよな」
皇牙は嬉しそうに頷いた。
クラリスは机に広げた記録を確認し、道中の食事と帰着予定について説明した。谷までは荷車を使えば片道数時間。調査する場所を絞れば、日が暮れる前に戻れる見込みだった。
皇牙はすぐに《空間転移EX》で飛んでいこうかと考えたが、谷の内部にはまだ訪れたことがない。見慣れない場所へ無理に転移するより、道の状態も確かめながら進む方が都合がよかった。
「じゃあ、今日は遠足だな!」
「殿。遊びに行くわけではございませんよ」
巴の言葉に、皇牙はにやりと笑った。
「分かってるって。でも、せっかく外に出るなら楽しんだ方が得だろ!」
こうして皇牙たちは、ミルデ村へ向かうことになった。
同行するのは皇牙、巴、尊徳、勘助、フェリクスの五人。アストレアの警備は、勘助が出発前に担当者へ指示を残している。
なお、前の二日間も皇牙は無料ガチャを忘れていない。三十三日目にはN薪運搬補助のヨハン、N畑作業補助のミラ、R木材加工補助のエリックを召喚し、人口は百六人となった。三十四日目にはN倉庫運搬補助のルーカス、R畑地管理補助のサラ、N厨房清掃補助のニーナが加わり、百九人になっている。
そして今朝の時点でも、人口ボーナスの条件である一万人には程遠い。
「……早く確率二倍になんねえかなあ」
「殿。何か仰いましたか?」
「いや、何でもねえ!」
皇牙は巴から視線を逸らし、荷車へ乗り込んだ。
街道を南西へ進むにつれ、灰色の荒野は少しずつ草地へ変わっていった。遠くには低い丘が連なり、その間を細い川が流れている。
しばらくして見えてきたのは、谷の入口に架かる古い木橋だった。
「……うわ。これ、結構傷んでねえか?」
皇牙は荷車から降り、橋の手前へ歩いた。
橋板は何度も補修されているようで、色の違う木材が入り交じっている。片側の支柱には亀裂が走り、荷車の車輪が通る場所だけが深くすり減っていた。
勘助は橋を一巡し、川岸の様子も確かめた。
「現状では、一度に多くの荷車を通すべきではありますまい。橋を渡る順番を守る必要がございます」
「じゃあ、俺が新しい橋を造ればいいじゃねえか」
「いずれは、それがよろしいでしょう。ただし、この橋は複数の村が使っております。新しい橋の位置や幅については、各村の意向も確かめねばなりませぬ」
「……なるほど。じゃあ、今日は場所だけ見とくか」
皇牙は橋を見つめ、少しだけ残念そうに息を吐いた。
自分なら、こんな古い橋など一瞬で立派な石橋に変えられる。それでも、村人たちが長年使ってきた道を、勝手に造り替えるつもりはなかった。
巴は橋の手前で周囲を見渡し、皇牙へ声をかけた。
「殿。荷車は一台ずつ渡しましょう。私が先に向こう岸を確認いたします」
「おう、頼んだ!」
巴が軽やかな足取りで橋を渡ると、皇牙たちも慎重に続いた。木材が軋む音に少しひやりとしたが、無事に向こう岸へ辿り着く。
その先の道を進むことしばらく。畑の向こうに、低い石垣で囲まれた集落が見えてきた。
村の入口では、ハロルドと一人の老人が待っていた。
「皇牙様! よくお越しくださいました!」
「おう、ハロルド! 約束どおり来たぜ!」
老人はミルデ村の村長ロベルトと名乗った。長年この土地で農業に携わってきた人物で、今回の水路修復を正式に依頼した本人だという。
「遠いところをありがとうございます。まずは、問題の場所へご案内しましょう」
ロベルトに連れられ、一行は村の外れへ向かった。
そこには、川から水を引くための古い石造りの水路があった。上流側にはまだ水が流れているが、途中で石積みが崩れ、周囲の土が湿っている。
さらに下流へ目を向けると、畑へ続く溝がほとんど乾いていた。
「……なるほどな。途中で水が逃げちまってるのか」
「はい。昔はもう少し先まで流れていたのですが、崩れたところを直しきれずにおりまして」
ロベルトは申し訳なさそうに笑った。
「石を運ぶにも人手が要りますし、畑仕事を休んで修理ばかりするわけにもいきませんから」
尊徳は水路の脇にしゃがみ込み、土の湿り具合を確かめた。フェリクスは持参した測量具で、崩れた場所の前後の高さを確認している。
「尊徳様。こちらをご覧ください」
フェリクスが地面に簡単な線を引いた。
「崩れる前の水路は、この高さを保っていたようです。今は途中が低くなりすぎて、水が横へ逃げています」
「ふむ。元の水路の高さを保ち、崩れた区間だけ造り直せば、流れを戻せそうですな」
尊徳は頷き、ロベルトへ尋ねた。
「こちらの水路は、下流のほかの村にもつながっておりますかな」
「いえ、この先はミルデ村の畑へ水を送る区間です。分水する場所は、もっと上流にあります」
「それなら、今回の修復で水の取り分を変えることにはなりますまい」
皇牙は二人の会話を聞き、にやりと笑った。
「つまり、直していいってことだな?」
「はい。お願いいたします」
ロベルトが深く頭を下げた。
「よっしゃ! 任せとけ!」
皇牙は水路の前へ立ち、《国家創造EX》を発動した。
次の瞬間、崩れていた石積みが静かに消え、そこへ新しい水路が姿を現す。両側の壁は滑らかな石造りで、フェリクスが確かめた高さに合わせて整えられていた。
水は元の流れを取り戻し、先ほどまで周囲の土へ染み込んでいた分が、細い水路を伝って下流へ向かっていく。
「……おおっ!」
見守っていた村人たちから歓声が上がった。
「直った! 本当に、一瞬で直っちまった!」
「こんなことができるなんて……!」
皇牙は得意げに胸を張った。
「ふっふっふ……。これぞ俺の《国家創造EX》だ!」
しかし、尊徳はすぐに立ち上がると、下流の畑へ歩き始めた。
「殿。水路が直ったことは確かに大きな成果です。ただ、実際に水が届くところまで確かめましょう」
「おう! そうだな!」
皇牙たちもその後へ続いた。
しばらく歩くと、畑の端にある水受けへ細い流れが入り始めた。乾いていた溝の底を水がゆっくりと進み、その先の土を湿らせていく。
ロベルトは思わず膝をつき、流れてきた水へ手を伸ばした。
「……戻ってきた」
その声は、かすかに震えていた。
「ここへ水が流れるのを見るのは、久しぶりだよ」
皇牙は少しだけ驚いた。
自分にとっては、水路を一本造り直しただけだ。建築なら何度もやってきたし、今回の工事もほんの一瞬で終わった。
けれど、ロベルトにとっては違うらしい。
老人は両手ですくった水を眺め、ゆっくりと顔を上げた。
「これで、また畑に水を引けます。ありがとうございます、皇牙様」
「……お、おう。そんな大したことしてねえって!」
皇牙は照れくさそうに頭をかいた。
その様子を見ていた巴が、柔らかく微笑んだ。
「殿のお力が、ここで暮らす方々のお役に立ったのですね」
「……まあ、そうみたいだな」
皇牙は水路の向こうに広がる畑を眺めた。
もちろん、流れる水が戻ったからといって、作物がすぐに育つわけではない。土の状態を確かめ、種をまき、世話を続ける必要がある。それでも、畑仕事を続けられる可能性が戻ってきたことは確かだった。
尊徳はフェリクスの測量結果を見ながら、今後の作業についてロベルトへ説明した。
「今回直したのは、村が管理する短い区間だけにございます。水の流れが戻ったとはいえ、乾いた季節にも足りるかどうかは、しばらく確かめねばなりませぬ」
「はい。水の量を毎日見て、記録を残すようにします」
「それがよろしいでしょう。もし途中で流れが弱くなる場所があれば、どこで減っているのか確かめる手がかりになります」
尊徳はさらに、畑ごとに使う水の量を見直すことも提案した。水路を直すだけでなく、限られた水をどう使うか考えることも大切なのだという。
皇牙は感心したように頷いた。
「……さすが金次郎。俺なら直った時点で大成功って言って帰ってたわ」
「殿のお力があってこその修復にございます。あとは、その成果を無駄にせぬよう努めるだけです」
「よし。そういう細かいことは頼んだぜ!」
皇牙が笑うと、尊徳も穏やかに微笑んだ。
昼食を挟んだあと、一行は村の周囲をもう少し見て回ることにした。
ロベルトの案内で下流の畑へ向かうと、そこでは水路が使えるようになった場所とは別の問題が見えてきた。
谷の平地は決して広くない。川の両側には畑が並んでいるが、その先はすぐに斜面が迫っている。新しく家を建てる場所も、耕地を増やす場所も限られていた。
「……こりゃ、水路だけ直しても土地は増えねえな」
皇牙が呟くと、ロベルトは静かに頷いた。
「そうなんです。村に残りたい者もおりますが、若い夫婦の中には、新しい土地で畑を始めたいという者もおりまして」
「だったら、その人たちにはアストレアを見てもらえばいいんじゃねえか?」
皇牙はあっさりと言った。
「俺なら家も農地も造れるし、道も整えられる。もちろん、農具や種、食料は別だけどな」
尊徳は頷いた。
「まずは移住を希望する世帯と、その方々が持っておられる道具や食料を確かめるのがよろしいでしょう。新しい土地へ移ったあと、すぐに収穫が得られるわけではございませぬから」
「だよな。そこはちゃんと準備しねえと」
皇牙は腕を組み、畑の向こうに広がる山肌を見つめた。
ロベルトはしばらく考え込んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「……皇牙様。もしよろしければ、移住を考えている家族を、今度そちらへ案内してもよろしいでしょうか」
「おう! 大歓迎だぜ!」
皇牙は即答した。
「ただし、引っ越すかどうかは本人たちに決めてもらうからな。俺は住む場所を見せるだけだ」
「それで十分です。実際に見てから考えられるなら、皆も安心するでしょう」
ロベルトは深く頭を下げた。
皇牙は少し照れくさくなり、慌てて話題を変えた。
「それより、あの橋だよ! 帰りにもう一回見ていこうぜ。あれ、絶対危ねえって!」
勘助が頷いた。
「左様にございます。今日の調査結果を持ち帰り、橋を利用する村々と相談するのがよろしいでしょう。通行する荷車の数や重さも分かれば、造り直す際の参考になります」
「じゃあ、それもハロルドに伝えといてくれ!」
皇牙は楽しそうに笑った。
新しい橋を造れると分かれば、少しは村々の役に立つかもしれない。何より、立派な石橋を造るのは皇牙自身も楽しみだった。
夕方、一行はアストレアへ戻った。
クラリスへ現地調査の結果を伝え、勘助が橋と道の状態を報告する。尊徳はミルデ村で確認した水路や畑の状況を整理し、移住希望者の受け入れについては、村々から正式な返事が届いてから考えることになった。
皇牙は一通り話を聞くと、満足そうに伸びをした。
「よし! 今日の仕事は終わりだな!」
「殿。まだガチャが残っておりますよ」
巴の言葉に、皇牙は目を輝かせた。
「そうだった! 今日の一番大事な仕事じゃねえか!」
皇牙は中庭へ向かい、いつもの無料ガチャを開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:109人】
【SR以上排出率:5%】
「さてと! 今日こそSR以上、頼むぜ!」
三回の召喚で現れたのは、N畑作業補助のトビアス、R木工職人のオルフェ、N倉庫整理補助のリンだった。皇牙は三人を歓迎し、仕事の配置についてはそれぞれの担当者へ任せることにした。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:112人】
【SR以上排出率:5%】
「百十二人か。少しずつだけど、ちゃんと増えてるな」
皇牙は画面を閉じ、夕暮れの城下を眺めた。
今日、リューデン谷で見たのは、特別な建物でも豪華な街でもない。ただの水路と、小さな畑だった。
それでも、あの老人が流れてきた水を見て喜んでいた顔は、不思議と印象に残っている。
「……なあ、巴」
「はい、殿」
「俺、建物を造るのは好きだけどさ。こういうのも、結構悪くねえな」
巴は穏やかに微笑んだ。
「はい。殿が楽しんでおられるなら、私も嬉しく思います」
「……ま、次はもっと格好いい橋でも造ってやるか!」
皇牙はにやりと笑った。
リューデン谷の問題は、まだすべて解決したわけではない。水路を直しても川の水量そのものは増えず、土地不足に悩む家族も残っている。
それでも、ミルデ村では一つの水路が再び使えるようになった。
そして今、故郷で暮らし続けたい者にも、新しい土地を求める者にも、それぞれの道が少しずつ開かれ始めていた。
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