第2章 第41話 SSR二宮金次郎、畑を見て何を思う
異世界へ来て二十七日目の朝、神城皇牙は城館の食堂で、いつもより少し遅い朝食を楽しんでいた。
焼きたてのパンをちぎり、温かい野菜のスープへ浸す。窓の外では住民たちが仕事を始めていたが、皇牙には今すぐ加わるつもりなどなかった。何しろ昨夜、初めてのSSRを引き当てたばかりなのだ。今日はその幸運を噛みしめながら、のんびり過ごす日にしたかった。
「くくく……。農業SS+、内政SS、財務S+。何度思い返しても、とんでもねえステータスだよなあ」
皇牙はパンを口に運びながら、昨夜の召喚画面を思い浮かべた。
二宮尊徳。二宮金次郎の名でも知られる、農村の復興に尽くした偉人だ。その固有スキル《報徳仕法》は、農業・内政・財務に関する情報を分析し、土地の復興や生産性向上に有効な施策を導き出すというものだった。
どれほど優秀な人物でも、作物を一瞬で育てられるわけではない。それでも、面倒な計画や管理を任せられる相手が増えたのは、皇牙にとって何より嬉しいことだった。
「これで農業のことは金次郎に任せられるし、俺は安心して昼寝を……」
「殿。尊徳殿でしたら、すでに畑へ向かわれましたよ」
向かいに座る巴が、涼しい顔で言った。
「……は?」
「朝食を済まされてから、マルク殿に案内をお願いしておられました。昨日のお約束どおり、農地を見て回られるそうです」
「早っ! あの人、昨日来たばっかりだろ!?」
皇牙は思わずパンを持った手を止めた。自分が二度寝するか朝食を食べるかで迷っている間に、召喚したばかりのSSRはもう働いていたらしい。
その勤勉さには感心するが、同じように働くことを求められたら困る。とはいえ、初めて引いたSSRがどんな仕事をするのか、見てみたい気持ちもあった。
「……仕方ねえ。飯を食ったら、ちょっと覗きに行くか」
「ふふ。殿も随分と熱心でございますね」
「勘違いすんなよ。仕事じゃなくて、ガチャの大当たりを見に行くんだからな!」
皇牙はそう言い返し、残りのパンを口へ放り込んだ。
城館から畑へ続く道を歩くと、朝の乾いた風が頬を撫でた。灰色の荒野の中に広がる農地では、若い葉が陽光を受けて揺れている。最初にこの土地へ来た頃は、見渡す限り何もなかった。それが今では、作業道や水路が整い、人々が農作業に励む場所になっていた。
畑の端では、尊徳がマルクと話し込んでいた。二人の前には籠が置かれ、その中には収穫した豆の鞘や、選別の途中らしい作物が入っている。
「おーい、金次郎! 朝っぱらから精が出るな!」
皇牙が手を振ると、尊徳は穏やかな笑みを浮かべて振り返った。
「おはようございます、殿。実によい土地を整えられましたな。これほどの畑を短い間に造られたとは、驚くばかりです」
「だろ? 《国家創造EX》があれば、畑を造るくらい一瞬だからな!」
皇牙は得意げに胸を張った。しかし、尊徳の視線は、すぐに足元の籠へ戻った。
「ところで殿。この豆をご覧ください」
「ん? 普通の豆じゃねえか」
尊徳が差し出したのは、よく乾いた豆の入った小さな器だった。食堂で出される料理にも使われているもので、皇牙には特別なところがあるようには見えない。
「こちらは食用に回せる分の一部。そして、こちらは次にまくために残しておきたい分にございます」
尊徳は別の器を並べた。そこには形の揃った豆が入っている。マルクによれば、収穫した中から種に適したものを選び、次の栽培に使うつもりだったという。
「なるほど。種を残しておくのは分かるけど、それがどうかしたのか?」
「今はそれぞれの畑で必要な分を考えておられるそうです。ただ、拠点全体で次の作付けにどれほど必要なのか、まだ十分には整理されておりませぬ」
皇牙は首を傾げた。
畑ごとに種を残しているなら、それで問題ないように思える。だが、尊徳はマルクから聞いた話をもとに、もう一つの点を指摘した。
現在のアストレアでは、食堂で使う食材と次の栽培に必要な種を、それぞれ別の担当者が考えている。どちらも仕事を怠っているわけではない。しかし、住民が増えて食料の消費が多くなったとき、食用に回せる量だけを見てしまうと、次に使う種まで減らしてしまうおそれがあった。
「……待てよ。それって、今たくさん食ったせいで、次の収穫が減るかもしれねえってことか?」
「左様にございます。反対に、種を残しすぎて人々の食事が不足しても困ります。今の暮らしと、その先の暮らしを一緒に考える必要があるのです」
尊徳の説明を聞き、皇牙は昨日の共同食堂での騒ぎを思い出した。
あのときは必要な食事の数が分からず、リーナたちが困っていた。人数を事前に知らせる仕組みは作ったが、そもそも食材がなくなれば、どれだけ正確に人数を数えても料理は出せない。
皇牙は籠の中の豆を見下ろした。今までなら、食べ物が増えたと喜んでいただろう。しかし、尊徳はその豆を見て、次の収穫まで考えているのだ。
「……すげえな。俺なんか、豆が採れたら何人分の煮込みが作れるかしか考えねえぞ」
「殿らしいお考えですね」
巴が微笑むと、皇牙はむっとした顔になった。
「いいだろ、別に! 俺は美味い飯を食う係なんだから!」
尊徳も小さく笑ったが、すぐにマルクへ向き直り、これまでの作付けについていくつか質問した。
どの畑で何を育てているのか。次に種をまく予定はいつなのか。収穫した作物のうち、保存しておけるものはどれほどあるのか。尊徳は一つずつ確かめ、分からないことについては無理に答えを出そうとしなかった。
やがて話がまとまったところで、皇牙の目の前に半透明の表示が浮かんだ。
【固有スキル《報徳仕法》】
【現状分析:農業生産・食料消費・次期作付け】
【改善候補:種子の必要量を先に確保し、食用分と区別して管理する】
【不足情報:作物別の収穫見込み・保存可能量・今後の消費量】
「……おおっ!」
皇牙は思わず声を上げた。
昨日確認した固有スキルが、実際に働いているらしい。表示されているのは、未来の収穫量を言い当てるような万能の答えではない。それでも、何を優先すべきか、どんな情報が足りていないのかが整理されている。
「金次郎! 今、《報徳仕法》の表示が出たぞ! 種を確保して、食う分と分けろって!」
尊徳は驚くことなく頷いた。
「それがよろしいと存じます。ただ、必要な量は畑を知る方々と相談して決めねばなりませぬ。私一人では、この土地の収穫を言い当てることはできませんからな」
皇牙は改めて画面を眺めた。
農業SS+という能力は、何でも一人で解決できるという意味ではない。現場の情報を集め、何が問題なのかを見抜き、改善のために必要なことを考えられる。それこそが尊徳の強みなのだろう。
「……なるほどな。だったら、種の管理方法は金次郎に考えてもらって、畑の仕事は今までどおりマルクたちに任せればいいわけだ」
「はい。それがよろしいかと」
「よし! じゃあ頼んだ!」
皇牙が満面の笑みを浮かべると、巴は呆れたように笑った。
しかし、尊徳はすぐに別の提案をした。
「殿。もう一つ、お願いしたいことがございます」
「……ん? 何だ?」
「畑の場所によって、作物の育ち方に違いがあるようです。小さな場所で条件を比べ、どのように育てるのがよいか確かめたいのですが」
マルクの話では、水を運ぶ距離や土の状態によって、同じ作物でも成長に差が出ていた。皇牙が《万能鑑定EX》でいくつかの土を調べると、保水性などにも違いがあることが分かった。
尊徳はその情報をもとに、まずは同じ種類の豆を、小さく区切った畑で育て比べることを提案した。最初から多くの条件を変えると何が原因か分かりにくくなるため、種の種類と植える時期を揃え、水の与え方による違いを確かめるという。
「へえ……。同じ豆でも、育て方を変えて比べるわけか」
「はい。よい結果が得られれば、その方法をほかの畑にも生かせましょう。うまくいかなかったとしても、小さな試みなら損失を抑えられます」
その説明を聞いた皇牙は、思わずにやりと笑った。
話を聞くだけなら退屈になりそうだったが、実験と聞くと少し面白そうだ。しかも、必要なのは小さな試験農地。畑を造ることなら、皇牙の得意分野である。
「いいじゃねえか! そういうの、ゲームの研究施設みたいで面白そうだな!」
尊徳とマルクに場所を選んでもらうと、皇牙は《国家創造EX》を発動した。既存の畑から少し離れた場所に、小さな区画がいくつか並ぶ試験農地が生まれる。区画の間には歩きやすい通路を設け、水を運ぶ際にも邪魔にならないよう整えた。
もちろん、種も農具も勝手には現れない。試験に必要な種をどれほど使えるかは、現在の備蓄を確かめてから決めることになる。
「ふっふっふ……。完成だ! 名付けて、アストレア王立農業研究所!」
「殿。まだ国王にはなられておりませんし、研究所というには少々小さいのでは?」
巴が楽しそうに指摘した。
「細けえことはいいんだよ! こういうのは名前から入るのが大事なんだって!」
「では、名に恥じぬ成果を出せるよう努めねばなりませぬな」
尊徳まで穏やかにそう言うので、皇牙は思わず天を仰いだ。
「……金次郎までそっち側かよ!」
畑に笑い声が広がった。
その後、尊徳はマルクと試験の進め方を確認し、クラリスやヘルダから食料の記録についても話を聞くことになった。今ある仕事を急に増やすのではなく、すでに集め始めた情報を活用する方針だという。
皇牙はそれを聞いて安心した。SSRが来たからといって、住民たちが朝から晩まで働かされるようでは困る。自分が面倒な仕事を嫌うからこそ、皆にも無駄な苦労はしてほしくなかった。
昼過ぎ、ひととおりの話が終わったところで、皇牙は尊徳へ声をかけた。
「なあ、金次郎。ほかに俺が造った方がいいもんはあるか?」
「今すぐ必要なものは、ひとまずございませぬ。ただ、今後はこの土地で育てやすい作物を、もう少し調べてみたいと考えております」
「ふーん。今ある作物だけじゃ駄目なのか?」
「駄目ということではございませぬ。ですが、異なる土地では異なる作物が育つこともあります。商人の方などから、近隣で何を育てているか聞ければ参考になりましょう」
皇牙はその言葉に目を輝かせた。
「商人……そういや、ベルンがいたな! あいつなら種とか持ってるんじゃねえか?」
「扱っておられるかは分かりませぬが、お話を伺うだけでも意味はございましょう」
「よし! 次に来たら聞いてみようぜ!」
皇牙は満足そうに頷いた。
農業のことを考えていたはずなのに、いつの間にか商人との取引の話になっている。畑と商売がつながるとは、以前の自分なら考えもしなかっただろう。
もっとも、ベルンがいつ来るかは分からない。種の購入に使える金があるかどうかも、確認する必要がある。皇牙はそのあたりの相談をクラリスたちに任せ、ようやく城館へ戻ることにした。
午後は念願の昼寝を楽しみ、夕方になると、いつものように中庭へ向かった。
「さあて! 今日も無料ガチャ三回、きっちり引かせてもらうぜ!」
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:85人】
【SR以上排出率:5%】
昨日は初めてのSSRを引いたばかりだ。さすがに二日続けて同じような大当たりが出るとは思っていないが、それでも画面を開くと期待せずにはいられなかった。
「くくく……。またSSRが出たらどうしような。今度は誰が来るんだろうなあ!」
「殿。まだ召喚も始まっておりませんよ」
「夢くらい見させてくれよ!」
皇牙は笑いながら、三回の無料ガチャを回した。
召喚されたのは、N石材運搬補助のユル、R染色職人のヴィオラ、N皮革加工補助のペトルだった。歴史上の偉人こそ現れなかったものの、三人とも仕事に役立つ技能を持っている。皇牙は歓迎の言葉をかけ、それぞれの配置は担当者たちに相談してもらうことにした。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:88人】
【SR以上排出率:5%】
「八十八人か。あと十二人で百人じゃねえか!」
皇牙は画面の数字を見て、嬉しそうに笑った。
最初は自分を含めて四人しかいなかったアストレアに、今では八十八人が暮らしている。城の周囲には住宅や工房が増え、畑では作物が育ち始めた。そして今日、新たに小さな試験農地まで生まれた。
ただし、これからも人口が増え続けるなら、今のままでよいわけではない。食料を増やす方法も、住民が安心して暮らす仕組みも、少しずつ整える必要がある。
「……なあ、巴。俺、金次郎を引いてよかったわ」
「はい。私も、心強い方が加わってくださったと思います」
「だろ? あの人、畑だけじゃなくて、その先の暮らしまで考えてるんだぜ。俺だったら、畑を増やして終わりにしてたかもしれねえ」
巴は穏やかに微笑んだ。
「殿には殿のお力がございます。尊徳殿には、尊徳殿のお知恵がございます。互いに力を合わせれば、きっとよい土地になりますよ」
皇牙は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
自分が造った場所で人々が暮らし、その暮らしをよくするために、歴史上の偉人たちが知恵を絞っている。最初は楽をするためだけに始めた国づくりだったが、こうして変わっていく様子を見るのは、案外悪くなかった。
城館へ戻る途中、皇牙はもう一度畑の方を振り返った。夕日に照らされた試験農地では、尊徳がマルクと何かを話している。まだ何も植えられていない小さな区画だが、あそこから新しい農業のやり方が見つかるかもしれない。
「……次にベルンが来たら、面白いことになりそうだな」
皇牙はそう呟き、期待を込めて笑った。
アストレアの農業改革は、まだ始まったばかりである。
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