第2章 第35話 城はあるのに道具が足りない
「お兄ちゃん、これ、どこに置いたらいいと思う?」
異世界へ来て二十一日目の朝。神城皇牙は、新しく移住してきたヨハン一家の家で、トビアスから布袋を差し出されていた。
中には丸い小石や木の実、形の変わった枝が詰まっている。昨日、ルカと一緒に集めた宝物らしい。男の子は大切そうに袋を抱えていたが、置き場所が決まらず困っているようだった。
「棚に置いときゃいいんじゃねえの?」
「でも、もういっぱいなんだ」
指さされた壁の造り付け棚には、家族の衣服と小さな木箱、布に包まれた日用品が並んでいた。床にも旅の荷物がいくつか残り、寝室では持参した敷物と毛布を使っている。家そのものは新しく立派でも、暮らしに必要な道具までは揃っていなかった。
「……ああ、なるほどな」
皇牙は頭をかいた。
昨日、ヨハン一家を迎えるために平屋を造ったときは、住まいができたことだけで満足していた。もちろん家具が足りないのは分かっていたが、小さな子供の宝物をしまう場所にまで困るとは考えていなかった。
隣にいた巴が、部屋の中を見渡す。
「殿。暮らし始めて初めて分かることもございますね」
「だな。城を造るときは、もっと格好いい塔とか考えてたのに。まさか石ころの置き場所で悩むとは……」
「石ころじゃないよ、宝物だよ!」
トビアスが頬を膨らませた。
「おっと、悪い! 宝物だったな!」
皇牙が慌てて言い直すと、男の子は満足そうに頷いた。
その様子を見ていた母親のアリナが、申し訳なさそうに口を開いた。
「家は本当に快適なんです。ただ、衣服や針仕事の道具を入れる物がなくて。昨日から、どこへ何を置こうか考えていたところでして」
彼女の手元には、使い込まれた針入れがあった。旅の間も大切に持ち歩いていたもので、針や糸を失くさないよう、布で何重にも包んでいる。
「机や椅子は少しずつ揃えれば大丈夫です。でも、小さな籠が一つあるだけでも、ずいぶん片付くと思うんです」
「籠なら、昨日来たルッツが作れるんじゃねえか?」
「ええ。私も簡単な物なら編めますので、一度お話ししてみたいです」
皇牙はすぐに頷いた。
新しい家を造るのは自分の仕事だが、中で使う物は職人の出番だ。せっかく専門家がいるのだから、相談してもらえばいい。
「よし、工房へ行こうぜ! 俺も、籠がどうやってできるのか見てみてえ!」
巴が少し驚いたように笑う。
「殿。今日はご自分から仕事場へ向かわれるのですね」
「仕事じゃねえよ。見学だ、見学!」
皇牙はそう言い切り、上機嫌で家を出た。
工房では、ガルドが木材の寸法を確かめながら、職人たちへ仕事を割り振っていた。昨日召喚されたN籠細工職人ルッツは、作業台の端に細い枝を並べ、使えそうな材料を選んでいるところだった。
「おーい、ルッツ! 籠を作りたいんだけど、できそうか?」
「小さなものでしたら。ただ、材料が足りません」
ルッツは一本の枝を手に取り、ゆっくり曲げてみせた。柔らかそうに見えた枝は途中でぱきりと折れ、皇牙は思わず眉を上げる。
「……ありゃ。木の枝って、意外と簡単に折れるんだな」
「乾いた枝では編みにくいのです。しなやかな蔓や若い枝なら使えますが、種類によって丈夫さも違います」
アリナも作業台へ近づき、残った材料を確かめた。
「昔、村では蔓を使って小物入れを編んでいました。まだ柔らかいものを選んで、乾きかけたら少し湿らせると扱いやすかったんです」
ルッツは興味深そうに頷いた。
「それなら、材料を確かめるところからご一緒していただけませんか。編み方にも違いがありそうです」
「はい、ぜひ」
二人はすぐに話し始めた。
皇牙は少し離れた場所でその様子を眺め、満足そうに笑った。昨日会ったばかりの二人が、もう互いの経験を頼りに仕事を進めようとしている。
「いいねえ。俺、何にもしてねえのに話が進んでる!」
「殿。それをお望みだったのでございましょう?」
「そうだけどさ、実際に見ると最高だな!」
材料を集めるため、採集担当のロイとカナにも話を聞くことになった。
二人によれば、城壁の外にある低木の茂みに、細い蔓が絡んでいる場所があるらしい。ただし、籠に使えるかまでは分からない。無駄に大量採集するのではなく、まず少量を持ち帰って試すことになった。
巴は周辺の警戒を引き受け、採集の二人に同行した。皇牙も行こうとしたが、彼女から安全を確かめるだけなら自分たちで十分だと言われ、素直に工房へ残る。
「殿はルッツ殿と相談を続けていてくだされ。何かあれば、すぐにお知らせいたします」
「おう、頼んだ! 危なかったら無理すんなよ!」
巴は頷き、ロイたちと出発した。
その間、ガルドが皇牙へ別の話を持ちかけた。昨日のガチャで召喚されたN石工補助のバルドが、ロマンの仕事を手伝い始めたという。石材の運搬や工具の手入れを任せられるため、ロマンが加工に集中しやすくなったらしい。
「そういや、昨日はNが三人だったな」
「はい。どなたも派手な仕事ではありませんが、手が増えるのは助かります」
「だよな。俺はSRも欲しいけど、普通の仕事をしてくれる奴がいねえと困るもんな」
皇牙は納得して頷いた。
ガチャを引くときは、どうしても歴史上の偉人を期待してしまう。だが、偉人一人で畑を耕し、家具を作り、倉庫を整理するわけにはいかない。目の前で働く職人たちを見ていると、Nの人材が増える意味もよく分かった。
昼前、巴たちが工房へ戻ってきた。
ロイとカナの手には、しなやかな蔓が少量だけ束ねられている。採集場所は城壁から近く、魔物の姿は見かけなかったという。ただし、巴は草むらに古い獣の足跡があったことも伝え、今後も採集時の警戒を怠らないよう注意した。
「ありがとな、巴。危ない目には遭わなかったか?」
「問題ございませぬ。ですが、材料を集めるためだけに遠くへ出る必要はないでしょう」
「そうだな。足りねえからって無茶することはねえよ」
皇牙は頷き、採ってきた蔓をルッツへ渡した。
ルッツは一本ずつ曲げ、折れやすい部分を除いた。今回使うのは採集したばかりで柔らかい蔓が中心だが、少し乾きかけたものは水で湿らせてから扱うことにする。長さと太さを揃えるために余分な部分を切り、作業台へ並べた。
皇牙はその手際を感心して眺めていたが、やがて我慢できずに口を開いた。
「なあ、俺にも一本やらせてくれよ!」
「よろしいですが、無理に曲げると折れますので、お気をつけください」
ルッツから渡された蔓を、皇牙は指先でゆっくり曲げた。意外なほど柔らかく、思わず笑みがこぼれる。
「おお、すげえ! これなら俺でも編めそうじゃね?」
試しに二本を交差させてみたが、片方がするりと抜け、もう片方は変な方向へ曲がってしまった。
「……あれ?」
「最初は底を固定しないと、形が崩れてしまいます」
ルッツが穏やかに説明する。
皇牙はしばらく格闘したものの、どうにも思いどおりにならず、結局二本の蔓を作業台へ戻した。
「……よし、俺には向いてねえ! あとは任せた!」
「ずいぶん早い諦めでございますな」
戻ってきた巴が笑うと、皇牙は胸を張った。
「適材適所ってやつだよ! 俺には城を造る大事な仕事があるんだ!」
そんなやり取りを横目に、ルッツとアリナは試作品を編み始めた。
ルッツが底の骨組みを作り、アリナが蔓を交互に通していく。最初は順調だったが、途中で籠の片側が持ち上がり、底が少し歪んでしまった。
「あら……。このままだと、置いたときに傾きますね」
アリナが手を止める。
「底の端を強く締めすぎたようです。少し戻しましょう」
ルッツは慌てず、編んだ部分を数段ほど解いた。アリナは骨組みの間隔を確かめながら、昔の村で使っていた方法を提案する。
「最初の一周だけ、細い蔓を二本重ねて通してみませんか。底が広がりにくくなると思います」
「なるほど。それなら外側も安定しそうです」
二人は相談して編み直した。
今度は底が平らになり、縁の高さも揃ってきた。アリナが細かな部分を整え、ルッツが最後の端を編み込む。完成したのは両手に収まるほどの、小さな籠だった。
「おおっ! できたじゃねえか!」
皇牙は嬉しそうに身を乗り出した。
しかし、ルッツはすぐには渡さなかった。底を軽く押して形を確かめ、布の端切れを入れて持ち上げてみる。アリナも実際に使うときのように何度か置き直し、傾かないことを確認した。
「小物を入れる分には問題なさそうです。ただ、まだ重い物を運ぶのには向きません」
「じゃあ、服とか針仕事の道具用だな。最初から何でも運べる籠にしようとしなくていいだろ」
皇牙が頷くと、ルッツも同意した。
材料の残りは少なく、同じものを何個も作れるほどではない。これから少しずつ試して使いやすい形を見つける必要があるだろう。
「せっかくだし、最初の一つはアリナに使ってもらおうぜ。ヘルダに確認して、ほかに急ぎで必要な場所がなければさ」
皇牙の提案に、ガルドが頷いた。
物資管理を担当するヘルダへ事情を伝えると、今回の試作品はヨハン一家へ渡してよいとの返事があった。アリナ自身が製作に関わっており、使い心地を確かめてもらう意味もある。
午後、皇牙は巴とともにヨハン一家の家を訪ねた。
アリナは完成した籠を造り付けの棚へ置き、針入れと糸を包んだ布袋を中へ収めた。これまで床に広げていた小物が一か所にまとまり、必要なときにも取り出しやすくなったようだ。
「ありがとうございます。これなら針を失くす心配も減ります」
「俺はほとんど見てただけだぜ。作ったのはルッツとアリナだろ?」
皇牙が笑うと、アリナも嬉しそうに頷いた。
ヨハンはマルクと畑を見て回ったあとで、今後の仕事について話してくれた。まだ覚えることは多いが、以前の村で培った経験も役立ちそうだという。
その奥では、トビアスとルカが床へ座り、小石を並べて遊んでいた。
「お兄ちゃん、見て! これ、お城!」
トビアスが指さしたのは、小石を積み上げた小さな城だった。入口らしい隙間があり、横には丸い石を並べた道まで作られている。
「おっ、いいじゃねえか! ちゃんと城門まである!」
皇牙はしゃがみ込み、しげしげと眺めた。
「でも、俺ならここにでっかい塔を付けるな!」
「殿。子供たちのお城に張り合わなくてもよろしいのでは?」
巴が呆れたように言うと、アリナまで笑い出した。
皇牙は照れくさそうに鼻を鳴らし、立ち上がった。住民の暮らしが少し便利になり、子供たちは楽しそうに遊んでいる。立派な城を造ったときとは違うが、こういう光景を見るのも悪くない。
城館へ戻る途中、ガルドが皇牙を呼び止めた。
「皇牙様。生活家具の製作について、少しご相談がございます」
ヨハン一家だけでなく、ほかの住民からも机や椅子、収納箱について希望が出ているという。ガルドは工房全体の仕事を見ながら、修理や道具の製作も担当しているため、家具ばかりに時間を使うのは難しかった。
「……そういや、家具を専門に作る奴も欲しいな」
皇牙が考え込むと、ガルドは笑った。
「そういう方が加われば助かりますが、今は私たちで優先順位を決めて進めましょう。材料も無限にあるわけではありませんからな」
「分かった。無理に全部作らなくていいから、急ぎで必要な物から頼む!」
その日の夕方。皇牙は中庭で無料ガチャを開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:67人】
【SR以上排出率:5%】
「さあて……今日はどんな奴が来るかな」
一回目に現れたのは、N織物補助のマルタだった。エルザやニナたちの作業を手伝える人材で、衣服や布製品を扱う人手がまた一人増えた。
二回目の召喚陣は淡い青色に輝き、落ち着いた雰囲気の男性が姿を現した。
【R:木工家具職人 フリード】
「おおっ、家具職人! まさに今欲しかった奴じゃねえか!」
皇牙は思わず声を上げた。
《万能鑑定EX》で確かめると、フリードは机や椅子、収納箱などの木製家具を作ることに長けていた。ガルドとは専門が重なる部分もあるが、家具の設計と製作を中心に任せれば、工房全体の負担も軽くできそうだ。
「よし、ガルドに紹介する! ただし、材料が足りねえなら無理して作らなくていいからな!」
「承知いたしました。まずは工房の状況を確かめ、必要な家具を相談させていただきます」
フリードは丁寧に一礼した。
最後の三回目に現れたのは、N荷物整理係のオットーだった。倉庫の物資を種類ごとに分けたり、必要な荷物を取り出す手伝いができるという。
「おっ、いいじゃねえか。倉庫も人が増えてきたし、ヘルダたちに頼んでおこう!」
皇牙は満足そうに頷いた。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:70人】
「七十人か! 百人まで、あと三十人だな!」
人口表示を見ながら笑う皇牙の隣で、巴も穏やかに頷いた。
SR以上の排出率はまだ五パーセント。それでも、毎日少しずつ新しい仲間が増えていくことには変わりない。今日はRの家具職人が加わったが、Nの二人にもそれぞれ必要な仕事がある。
三人の住まいや仕事の案内をクラリスへ任せると、皇牙は再び工房へ向かった。
ガルドへフリードを紹介すると、二人は早速、現在の仕事と材料の在庫について話し始めた。ガルドが工房全体の調整と幅広い修理を受け持ち、フリードは家具の設計と製作を中心にする。互いの仕事を奪うのではなく、得意なところを分担する形だった。
皇牙はその様子を眺め、満足そうに笑った。
朝、トビアスが困っていたのは宝物の置き場所だった。そこから籠を一つ作ることになり、今度は家具作りまで少しずつ進み始めている。
巨大な城を一瞬で造るのとは違い、人が暮らすための道具は、一つずつ揃えていくしかない。だが、その仕事を自分一人で抱えなくていいのは、実にありがたかった。
「……よし。家具のことは任せた! 俺は夕飯食ってくる!」
工房を出ようとした皇牙へ、ガルドが笑いながら声をかけた。
「皇牙様。必要な物ができましたら、またご相談いたします」
「おう! ただし、俺に籠を編ませるのだけは勘弁な!」
その返事に、工房の中から笑い声が上がった。
皇牙は手を振り、夕食の匂いが漂い始めた城館へ向かった。背後ではルッツが残った蔓を確かめ、フリードはガルドから家具の希望を聞いている。
何もなかった荒野に造った城の中へ、人の手で作られた道具が少しずつ増えていく。
その歩みは、皇牙の魔法ほど派手ではない。けれど、住民たちにとっては、確かに毎日の暮らしを変えていくものだった。
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