第2章 第34話 新しい住民がやって来た
「なあ、巴。俺の国、そろそろ百人くらいにならねえかな」
異世界へ来て二十日目の朝。神城皇牙は城館の食堂で朝食を取りながら、窓の外に広がる住宅区画を眺めていた。
灰色の荒野に造った最初の城は、今では六十一人が暮らす拠点になっている。畑には農作業に励む人々の姿があり、工房からは木を削る音が聞こえる。城壁の外には商店と休憩所までできた。まだ町と呼ぶには小さいものの、最初に自分と三人の召喚者しかいなかった頃を思えば大きな進歩だ。
「毎日三人ずつ召喚されておりますから、遠からず百人に達するでしょう」
隣の巴が穏やかに答えた。
「いや、もっとドカンと増えてもいいだろ。千人くらい住んでくれたら、めちゃくちゃ賑やかになるじゃん!」
「殿。千人もの方々を迎えるとなれば、お食事の用意だけでも大仕事になりますぞ」
「……あー、それは困るな」
皇牙はパンを齧りながら考え直した。住宅ならいくらでも造れるが、食料はそうはいかない。マルクたちが畑を耕し、リーナたちが食事を用意しているからこそ、今の暮らしが成り立っている。
千人を一度に迎えても、空腹にさせるだけでは意味がない。
「じゃあ、少しずつ増えてもらうか。俺はその間、優雅に昼寝でも――」
最後まで言い終える前に、食堂の扉が開いた。
「皇牙様。西門からお知らせです」
入ってきたノアは、少し興奮した様子だった。見張り役のオスカーから伝言を預かってきたらしい。
「ご家族三人で、こちらに住めないかと相談に来られたそうです」
「……おっ、移住希望者!?」
皇牙は椅子から身を乗り出した。先ほど人口を増やしたいと話していたばかりだが、これは都合がいい。もっとも、本当に住むかどうかは相手の希望とこちらの事情を確かめてからだ。
「よし、会いに行こうぜ!」
立ち上がった皇牙の後ろを、巴が微笑みながらついていった。
西門の外では、商店の脇に一台の手押し車が止められていた。荷台には古い毛布と丸めた敷物、紐で縛った木箱が積まれている。車輪の周囲に乾いた泥がこびりついているところを見ると、かなりの距離を進んできたらしい。
その傍らに立っていたのは、日に焼けた男性と頭に布を巻いた女性、それに小柄な男の子だった。
オスカーが人数と来訪目的を確認したあと、三人を商店の前で待たせていた。城門は閉じられており、まだ居住区へは入っていない。
「おう、いらっしゃい! 俺が神城皇牙だ」
皇牙が声をかけると、男性は慌てて頭を下げた。
「突然お訪ねして申し訳ありません。ヨハンと申します。こちらは妻のアリナと、息子のトビアスです」
「そんなに緊張しなくていいって。それで、ここに住みたいんだって?」
「はい。もし働ける場所があるなら、お願いできないかと思いまして」
ヨハンは慎重に言葉を選んでいた。
以前は別の村で畑を借りていたが、その土地を返すことになり、新しい働き口を探していたという。家族でラーデン方面へ向かう途中、荒野に立つ城を見つけた。最初は近寄ることさえ迷ったものの、街道脇の道標に商店の印があったので、ひとまず立ち寄ったのだそうだ。
「店の方に話を伺ったら、こちらでは移り住んだ人もいると聞きまして」
ヨハンの言葉に、エドガーが頷いた。
「以前、別のご家族をお迎えしたことはお伝えしました。ただ、新しく住んでいただけるかどうかは、こちらの生活状況も確認する必要がございます」
「そうだな。まずは何ができるか教えてくれよ」
皇牙が尋ねると、ヨハンは手のひらを見せた。硬くなった指先には、長く農作業をしてきたことがうかがえる。
「畑仕事なら一通りできます。種を蒔くのも、畑の手入れも。ただ、荷運び以外に特別な技術があるわけではありません」
「俺も農業は詳しくねえし、十分ありがたいぜ」
アリナも控えめに手を挙げた。
「私は畑仕事のほか、衣服を繕ったり、蔓で籠を編んだりできます。大したものではありませんが、使い慣れた針だけは手放せなくて」
彼女は腰の小袋を押さえた。旅の途中でも大切に持ち歩いていたらしい。
「いいじゃん。うちには仕立てをやってるニナもいるし、話が合うかもな!」
皇牙は歓迎したい気持ちになったが、すぐに決めるのはやめた。
「ただ、ここに住んでもらうなら、食い物とか寝る場所のことも確認しねえとな。ちょっと待っててくれ」
クラリスへ事情を伝え、まずはヘルダに食料の在庫を確認してもらうことにした。三人増えるだけで食事が足りなくなるとは思わないが、勝手に約束するわけにもいかない。
待っている間、巴は旅人たちの疲れた様子に気づき、城門外の休憩所へ案内した。ヨハンたちは屋根の下へ手押し車を寄せ、ほっとした様子で長椅子に腰掛ける。
「ここは立派ですね。街道を歩いていて、こんな場所で休めるとは思いませんでした」
「くくく。俺が造ったんだぜ! 昨日、雨が吹き込まねえように改良もした!」
皇牙が得意げに説明すると、トビアスが柱に刻まれた鳥の彫刻を見上げた。
「……これも、お兄ちゃんが作ったの?」
「お兄ちゃん!?」
思いがけない呼び方に、皇牙は目を輝かせた。
「そうだぞ! 分かってるじゃねえか、トビアス!」
「殿。ずいぶん嬉しそうでございますね」
巴の言葉に、皇牙はわざとらしく咳払いした。
しばらくしてクラリスが戻り、ヘルダからの報告を伝えた。現在の保存食と食材の割り当てを確認したところ、三人分を加えても当面の食事には対応できる。ただし、余裕が無制限にあるわけではないため、今後も農業と仕入れの状況に合わせて受け入れを判断する必要があるという。
「よし。飯はひとまず大丈夫そうだな!」
「はい。あとは仕事と住まいについて、ご本人たちに説明してから判断していただければと思います」
クラリスの提案に皇牙も賛成した。
案内役として呼ばれたのは、以前家族で移住してきたダリオだった。
「俺たちと同じような境遇の人が来たんですか。それなら、できることは手伝いますよ」
ダリオは快く引き受け、ヨハン一家へ声をかけた。最初はお互いに少し緊張していたが、畑仕事や旅の話をするうちに、すぐに打ち解けていった。
クラリスから仮の立ち入り許可を受け、ヨハン一家はダリオと皇牙たちに付き添われて西門を通った。城内の居住区に足を踏み入れると、トビアスが目を丸くする。
「お父さん、道が全部石だよ!」
「本当だな。こんなにきれいに整っているとは……」
「そりゃそうだ! この石畳、俺が造ったんだからな!」
皇牙は胸を張った。
住宅区画まで歩く間、ダリオは自分たちが最初に来た頃の話をしてくれた。住む家が用意されていたこと、荷運びの仕事を任されるようになったこと、妻のエルザが織物に関わっていること。特に役立ったのは、住んでみなければ分からない日常の話だった。
「ここはまだ小さな集落ですから、欲しいものが何でも買えるわけじゃありません。道具が足りなければ相談しないといけませんし、仕事も皆で助け合っています」
「それでも、家族で暮らせる家があって、働けるなら十分ありがたいです」
ヨハンは真剣な顔で答えた。
アリナは道の脇に広がる畑へ目を向け、土の色を確かめていた。
「荒野だと聞いていましたけど、きちんと耕されているんですね」
「農地は皇牙様が用意してくださったんです。実際の手入れはマルクたちがやっていますよ」
「あとで畑も見せてもらえるでしょうか。どんな土なのか、気になってしまって」
その言葉を聞いた皇牙は、思わず笑った。
「いいぜ! 俺にはさっぱり分かんねえけど、マルクなら喜んで話してくれると思う!」
住民の誰もが特別な能力を持っているわけではない。それでも、長く続けてきた仕事には、それぞれの経験があるのだと皇牙は感じていた。
住宅区画へ着くと、ちょうどエルザが洗い終えた布を抱えて家から出てきた。ダリオが事情を説明すると、彼女はすぐにアリナへ声をかけた。
「旅の途中で大変だったでしょう。私たちもここへ来たときは、何から始めたらいいのか分からなくて」
「ありがとうございます。実は、息子が新しい場所に慣れるか心配で……」
「うちにも娘がいるんです。よかったら会ってみませんか?」
エルザが家の方へ声をかけると、元気な足音とともにルカが顔を出した。
見知らぬ男の子を見つけた彼女は、興味津々といった様子で近づいてくる。
「わたし、ルカ。あなたは?」
「……トビアス」
「ねえ、あっちの木のところに、小さい虫がいるんだよ。見に行く?」
トビアスはすぐには答えなかった。母親の顔を見上げ、次に父親を見てから、ようやく小さく頷く。
ルカは嬉しそうに笑ったが、エルザに声の届く場所で遊ぶよう言われると、素直に二人の近くへ向かった。最初はぎこちなかったトビアスの表情も、虫の話を始める頃には少し柔らかくなっていた。
アリナはその様子を見つめ、長く息を吐いた。
「……よかった。ここへ来てから、あの子が初めて笑いました」
皇牙は何も言わずに二人の後ろ姿を眺めた。
住宅を増やすのも、人口の数字が伸びるのも嬉しい。しかし、目の前で子供が安心して笑う姿には、それとは違う喜びがあった。
やがてクラリスとユリウスが、ヨハン夫妻へ改めて生活の仕組みを説明した。食事は共同で用意し、必要な物資は管理担当へ相談すること。仕事はそれぞれの経験を聞いて決めるが、まだ外の町のような賃金制度が整っているわけではないこと。分からないことは無理をせず尋ねてほしいこと。
説明を聞き終えたヨハンは、妻と顔を見合わせた。
「それでも、こちらで暮らしたいと思います。俺たちにできる仕事をさせてください」
「私も同じ気持ちです。家族で落ち着いて暮らせるなら、十分です」
アリナの声は、最初に会ったときよりずっとはっきりしていた。
「よし、決まりだな! じゃあ、家を用意しようぜ!」
皇牙は勢いよく立ち上がったが、クラリスに呼び止められた。
「皇牙様。住宅区画の空き地を確認してからお願いいたします」
「分かってるって! さすがに道路の真ん中へ家を造ったりしねえよ!」
皇牙が笑うと、ダリオまで楽しそうに笑った。
測量士のリヒトに相談し、東側の住宅区画にある空き地を選んだ。ダリオたちの住まいから遠くなく、石畳へも出やすい場所だ。今後ほかの家が増えても通行を妨げないよう、建物の向きと間隔を確かめてから建設する。
皇牙は腕を組み、しばらく真剣な顔で敷地を眺めた。
「……よし。屋根に竜の飾りを付けて、玄関は二階まで吹き抜けに――」
「殿。三人で暮らすお家にございますぞ」
巴が穏やかに指摘する。
「分かってるよ! ちょっと夢が膨らんだだけだ!」
結局、建設したのは落ち着いた外観の平屋だった。居間と寝室を備え、採光と風通しを考えて窓を配置している。壁には造り付けの棚を設けたが、寝台や机、椅子などの家具は生み出していない。暮らしに必要な道具は、これから用意しなければならないからだ。
皇牙は《国家創造EX》を解除し、完成した家を指さした。
「どうだ! 今日からここを使ってくれ!」
ヨハンは呆然と建物を眺め、何度も目を瞬かせていた。
「……本当に、俺たちのために?」
「当たり前だろ。住むところがねえと困るじゃん」
アリナも扉の前で立ち尽くしていたが、やがて目元を押さえ、深く頭を下げた。
皇牙は少し照れくさくなり、視線を逸らした。
「ま、まあ、まだ中身は空っぽだからな。持ってきた敷物とか使ってくれ。家具は必要な物から相談して用意しようぜ」
ヨハン一家が持参した毛布と敷物は、寝室の床へ敷くことになった。手押し車の荷物もその日のうちに運び込み、すぐに必要な器や水についてはクラリスがヘルダへ確認する。住民用の備品を勝手に持ち出すのではなく、今ある物を確かめてから渡すことにした。
ダリオも運搬を手伝い、エルザはアリナへ洗濯場の場所を教えてくれた。
「家具は、うちも最初から全部揃っていたわけじゃありませんよ。少しずつで大丈夫です」
エルザがそう言うと、アリナは安心したように頷いた。
午後にはマルクがヨハンと顔を合わせ、畑仕事について話した。ヨハンは作物の種類や土の状態を熱心に尋ね、マルクも嬉しそうに答える。まずは一緒に畑を見て回り、できる仕事から任せることになった。
アリナはニナとエルザに持参した針仕事の道具を見せ、布の繕いを手伝う約束をした。トビアスは無理に働かせず、新しい暮らしに慣れることを優先する。
誰かが一からすべて教えなくても、住民同士で話し、できる仕事を見つけていく。皇牙はその様子を見て、思わず頬を緩めた。
「……いいな。俺が何もしなくても、ちゃんと話が進んでる」
「殿。何もしておられぬわけではございませぬ。新しい住まいをお造りになりました」
「そうだった! じゃあ、今日の仕事は十分だな!」
巴が笑い、皇牙も満足そうに頷いた。
夕方、クラリスがヨハン一家の居住意思と生活の準備を確認し、三人を正式な住民として登録した。
皇牙が《国家管理EX》を開くと、人口の数字が変わっていた。
【国家人口:64人】
「おおっ、六十四人! ガチャ以外でもちゃんと増えると嬉しいな!」
皇牙はしばらく表示を眺めていた。旅人が立ち寄るだけでは人口は増えない。ここで暮らそうと決め、住民として迎えた人たちが加わって、初めて数字が変わるのだ。
そのあと皇牙は中庭へ移動し、今日の無料ガチャを開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:64人】
【SR以上排出率:5%】
「よーし! そろそろ伝説級の偉人でも来てくれねえかな!」
最初の召喚陣から現れたのは、N農作業補助のパウルだった。畑の手入れや収穫時の運搬を手伝えるという。農作業に関わる住民が増えたばかりだが、マルクにとって人手が増えるのはありがたいはずだ。
二回目はN籠細工職人のルッツ。蔓や細い枝を編み、収穫物や日用品を入れる籠を作るのが得意らしい。ただし材料は自分で集めたり、採集担当者から分けてもらったりする必要がある。
「おっ、籠か! 畑でも倉庫でも使えそうじゃねえか!」
皇牙は喜びながら、最後の一回に期待を込めた。
「さあ来い! SRでもSSRでも、遠慮せず出てこい!」
召喚陣はいつもどおりの光を放ち、一人の若い男性が姿を現した。
【N:石工補助 バルド】
「……Nか!」
皇牙は一瞬だけ肩を落とした。
しかし、《万能鑑定EX》で確認すると、バルドは石材の運搬や石工道具の手入れ、簡単な加工補助を経験しているらしい。すでにいる石工のロマンや、職人のガルドを支えられそうだった。
「まあ、いいか! SRは次の楽しみに取っとくぜ!」
皇牙はすぐに笑顔を取り戻した。
偉人が来なかったのは少し残念だが、今日の三人もそれぞれ仕事を持っている。石を運び、籠を編み、畑を手伝う。派手ではなくても、今の拠点には必要な役割ばかりだ。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:67人】
「よし、六十七人! 今日は六人増えたわけだな!」
皇牙は新しく召喚された三人を歓迎し、住居と仕事の案内をクラリスたちへ任せた。SR以上の排出率は相変わらず五パーセントだが、毎日無料で三回引けるのだから焦る必要はない。
夕食前、皇牙は巴と一緒に住宅区画を通りかかった。
新しい平屋の前では、トビアスとルカがしゃがみ込み、石畳の脇にいた小さな虫を眺めていた。二人の近くではアリナとエルザが話をしており、少し離れた場所でヨハンとダリオが手押し車を片付けている。
皇牙が近づくと、トビアスが顔を上げた。
「あっ、お兄ちゃん!」
「おう! 新しい家、どうだ?」
「うん! ルカがね、こっちの道も教えてくれた!」
嬉しそうに話す男の子の背後には、つい数時間前まで何もなかった家が建っていた。寝室には持参した敷物があり、台所にはまだ揃えていない道具も多い。それでも、そこにはもう家族の暮らしが始まっている。
皇牙は少しだけ胸を張り、トビアスの頭を軽く撫でた。
「そっか。よかったな!」
そのまま城館へ戻ろうとしたところで、ヨハンが呼び止めた。
「皇牙様。本当にありがとうございました。明日から、できることを一つずつやっていきます」
「おう。でも、無理すんなよ。困ったことがあったら、ダリオたちにも相談してくれ」
ヨハンは力強く頷いた。
皇牙が歩き出すと、巴が隣へ並んだ。
「殿。今日はよい日になりましたね」
「だな。家を造っただけで、あんなに喜んでもらえるとは思わなかったぜ」
皇牙は夕日に照らされた住宅をもう一度振り返った。
人口六十七人。数字だけを見れば、まだ小さな集落にすぎない。
けれど、その一人ひとりに仕事があり、暮らしがあり、大切な人がいる。自分が造った城と住宅は、いつの間にかそんな人々の居場所になり始めていた。
「……ま、俺はこれからも昼寝優先だけどな!」
「ふふ。それは存じております」
巴の笑い声を聞きながら、皇牙は夕食の待つ城館へ歩いていった。
背後では、ルカとトビアスの楽しそうな声が、夕暮れの住宅区画にいつまでも響いていた。
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