第2章 第31話 街道の先にあるもの
「……なあ、巴。俺たちの城って、初めて来る奴にもちゃんと見つけられるのか?」
異世界へ来て十七日目の朝。神城皇牙は城館の食堂で焼きたてのパンを頬張りながら、窓の向こうに見える西の城壁を指さした。
城そのものは遠くからでも目立つ。灰色の荒野にそびえる巨大な建物なのだから、見失う方が難しいだろう。しかし、昨日訪れた行商人ベルンは、城へ続く道を何度も通ったことがある人物だった。初めて来る商人も迷わず商店へたどり着けるのかと考えると、皇牙には少し自信がなかった。
「城は見えるでしょうが、どの道から向かえばよいかは、初めての方には分かりにくいかもしれませぬ」
「だよな。せっかく商店を造ったのに、客が入口を見つけられなかったら意味ねえじゃん」
皇牙は残りのパンを口へ押し込み、椅子から立ち上がった。昨日、商品を改良したばかりだ。次に来る商人には、できればあの木箱も見てもらいたい。ならば、まずは店まで来てもらいやすくする必要がある。
「よし! 今日は街道を見に行こうぜ。ついでに、どんな景色があるかも知りてえし!」
仕事というより遠足のつもりで言うと、向かいのエドガーが顔を上げた。
「でしたら、フィオナさんにもご同行いただいてはいかがでしょう。道順を調べるのは、あの方の専門です」
「おお、そうだった! 昨日来たばっかりの旅路案内人だもんな!」
皇牙はすっかり乗り気になった。
ほどなくして西門の前へ集まったのは、皇牙と巴、R旅路案内人フィオナ、それに山本勘助の四人だった。勘助も城の周辺地形を調べていたため、街道を見るなら同行したいと申し出たのだ。
フィオナは旅慣れた装いで、腰には小さな水筒を下げている。勘助は周囲の丘を眺め、すでに地形の確認を始めていた。
「殿。まずは西門から街道へ出る道をたどり、その先の分かれ道まで確かめてはいかがでしょう。遠くまで進むより、初めての旅人が迷いそうな場所を知る方がよいかと」
「いいねえ。最初から何十キロも歩くつもりはねえしな」
皇牙が笑うと、巴は少し安心した表情を見せた。
出発前にはオスカーへ行き先を伝えた。彼は民間の見張り役として西門の警戒を続けるため、同行しない。城門外の商店も、城内の居住区とは分けられている。商人や旅人が立ち寄れる場所を増やすとしても、勝手に城の中へ通すつもりはなかった。
四人は門の外へ出て、皇牙が整えた石畳を西へ歩いた。
しばらく進むと、滑らかな石の道が終わり、踏み固められた土の街道へつながる。そこは城へ向かう枝道と、ラーデン方面へ続く既存の街道が接する場所だった。
皇牙は立ち止まり、後ろを振り返った。城壁はよく見えるが、街道から枝道へ曲がる場所には目印がない。道幅も極端には変わらず、荷馬車の轍が複数の方向へ伸びている。
「……ああ、なるほど。城は見えても、どこで曲がればいいか分かんねえな」
「はい。初めて通る方は、街道をそのまま進んでしまうかもしれません」
フィオナは地面の轍を見ながら答えた。
彼女は来た方向と城壁の位置を確かめ、道端にある特徴的な岩や、遠くに見える二つ並んだ丘にも目を向けていた。ただ道を覚えるだけではない。初めて通る人が、何を目印にすれば迷わず歩けるのかを考えているらしい。
「フィオナって、道を一回歩いただけで覚えられるのか?」
「得意ではありますが、すべてを覚えられるわけではありません。特に、似た景色が続く場所では、分かりやすい目印を確かめるようにしております」
「へえ。てっきり頭の中に地図でも入ってんのかと思ったぜ」
皇牙が感心すると、フィオナは少し照れくさそうに笑った。
四人はそこから街道を西へ進んだ。
城を離れるにつれ、道の両側には背の低い草が増え、乾いた風が細かな砂を巻き上げる。土には荷馬車の車輪が残した二本の跡が続いていたが、場所によっては石が突き出し、轍が不自然に曲がっていた。
巴は皇牙の少し前を歩き、見通しの悪い場所へ近づくたびに足を止めた。腰の刀へ手を添え、周囲の草むらや丘の陰を確かめてから、皇牙たちを進ませる。
以前、魔物の群れが城へ押し寄せたことを思えば、用心に越したことはない。
「巴、そんなに警戒しなくても、俺が魔法で何とかするぜ?」
「殿のお力は存じております。ですが、危険を早く見つけるのも護衛の務めにございます」
「……そりゃそうか。じゃあ、頼んだ!」
皇牙が素直に任せると、巴は小さく頷いた。
やがて街道は、低い丘の手前で二つに分かれた。一方は斜面に沿って大きく回り込み、もう一方は丘の間の窪地をまっすぐ横切っている。二つの道は、少し先で再び合流していた。
「おっ、こっちの近道の方が早そうじゃね?」
皇牙は窪地へ向かう道を指さした。
しかし、フィオナはすぐに頷かなかった。道の中央へしゃがみ込み、乾いた土に残る深い轍を指でなぞる。割れた泥の塊がいくつも残り、窪地の低い部分へ向かって浅い水筋が伸びていた。
「雨の日には、こちらへ水が集まるのかもしれません。今は乾いていますが、荷馬車で通るには注意が必要そうです」
「なるほどな。近道だからって、いつでも楽とは限らねえのか」
勘助も地形を眺め、静かに口を開いた。
「それだけではございませぬ。窪地の両側は小高くなっており、道からは丘の向こうが見えにくい。魔物が潜んでおれば、発見が遅れるおそれもありますな」
言われてみれば、窪地へ降りるほど左右の斜面が高く見える。馬車が狭い場所で襲われたら、簡単には向きを変えられないだろう。
「……じゃあ、ここに見張り台でも造っとくか?」
「今すぐ必要とは限りませぬ。まずは危険になりそうな場所として把握しておけば十分でしょう。まだ、この道を通る者がどれほどいるかも分かっておりませんからな」
勘助の答えに、皇牙は納得した。
好きなだけ建物を造れるからといって、使う人もいない見張り台を増やしては意味がない。城の警備ですら人数が限られているのだ。管理する者がいない施設を造っても、ただの飾りになってしまう。
「分かった。じゃあ、その辺は勘助に任せるわ。必要になったら、どでかい塔でも造ってやる!」
「その際は、必要な大きさをご相談させていただきます」
「……ちぇっ。絶対また小さくしろって言うだろ」
皇牙のぼやきに、フィオナが笑いをこらえた。
今回の目的は、城へ向かう道を初めての旅人にも分かりやすくすることだ。四人は丘の上から城への枝道をもう一度確かめ、来た道を戻ることにした。
道中、フィオナは目印となる岩や丘の形を何度も確認していた。皇牙が理由を尋ねると、彼女は帰還後に簡単な道順の記録を作りたいのだと説明した。
「旅人へ説明するとき、覚えているだけでは伝わりにくいこともあります。道の分かれ方を絵にしておけば、ほかの方にも役立つでしょう」
「なるほど。そういうの、いいじゃねえか。俺だって地図を見るの好きだし!」
皇牙はすっかり感心していた。
前世ではゲームの地図を開けば、行きたい場所が簡単に分かった。しかし、この世界では誰かが実際に歩き、調べた情報を残さなければならない。便利な地図にも、それを作る人の仕事があるのだと改めて気づかされる。
昼過ぎ、四人が城へ戻ると、皇牙は早速エドガーへ街道の様子を話した。
商店の前には、昨日改良した木箱と残りの縄が並んでいる。まだ新しい客は来ていないが、エドガーは売り場をきれいに整え、次の来訪者に備えていた。
「城は遠くから見えるけど、街道から曲がる場所が分かりにくいんだよ。だから、そこに目印を造ろうと思ってさ」
「それは助かります。初めてこちらへ来る商人にも、店の場所を説明しやすくなりますね」
エドガーの賛成を得た皇牙は、フィオナたちと一緒に街道との接続地点へ向かった。
目印を造るなら、通行の邪魔になってはいけない。勘助とフィオナが周囲を確かめ、石畳の脇に少し余裕のある場所を選んだ。
「……よし! せっかくだし、三階建てくらいの超豪華な案内塔にしようぜ!」
「殿。それでは道標ではなく、建物になってしまいます」
巴が即座に突っ込んだ。
「だって、格好いい方が目立つだろ?」
「確かに目立ちはしますが、旅人に必要なのは道の案内でございます」
フィオナもやんわりと指摘する。勘助からは、荷馬車の通行を妨げない位置と大きさにすべきだと言われ、皇牙は渋々案内塔の構想を引っ込めた。
「分かったよ。じゃあ、せめて見た目だけでも格好よくする!」
皇牙は《国家創造EX》を発動した。
石畳の脇から、背丈ほどの石柱が現れる。上部には城の方角を示す矢印を彫り、その下には小さな店を表す絵柄を刻んだ。文字は、エドガーに確認したこの地域で使われる表記に合わせている。
示しているのは、城門外にすでにある商店だけだ。旅人向けの休憩所はまだ設けていないため、存在しない施設を案内に載せることもしなかった。
「……どうだ! これぞ我が国の第一号、超絶格好いい道標!」
「名前はともかく、よい仕上がりにございます」
巴の返事に、皇牙は少し口を尖らせた。
それでも、完成した石柱を眺めると満足そうに笑った。白い石肌には簡単な装飾も彫り込まれており、ただの目印にしては少し豪華だ。これくらいの趣味は許してもらいたい。
フィオナは一度街道側へ戻り、初めて来た旅人のつもりで歩いてみた。離れた場所からでも矢印の向きは分かり、石畳へ入る場所を迷わず見つけられる。
「これなら、城の商店へ向かう道を見つけやすいと思います」
「よっしゃ! 成功だな!」
皇牙は拳を握った。
もちろん、道標を一つ造っただけで商人が大勢押し寄せるわけではない。商品が売れるかどうかも分からない。それでも、立ち寄ろうと思った者が迷いにくくなるなら、十分意味のある設備だろう。
その後、フィオナは工房でガルドに頼み、道順を記録するための木板を一枚用意してもらった。紙はほかの仕事でも使うため、まずは木板へ簡単な道の形を描くことにしたのだ。
城から街道へ出る枝道、丘の前で分かれる二本の道、雨でぬかるむ可能性のある窪地。リヒトにも位置関係を確かめてもらい、目印になる岩や丘の形を書き添えていく。
皇牙は完成した木板を覗き込み、目を輝かせた。
「おおっ! ちゃんと地図っぽくなってるじゃねえか!」
「今は周辺の道だけです。これから少しずつ確かめて、使いやすくしていきたいと思います」
「いいねえ。いつか大陸全部の地図を作ってくれよ!」
「それは、かなり長い旅になりそうですね」
フィオナが微笑むと、皇牙も楽しそうに笑った。
城を造り、住民を増やし、商売を始める。やることはまだ山ほどあるが、その先には知らない世界が広がっている。いつか自分の国の仕事を優秀な仲間たちへ任せ、大陸中の美味い料理や温泉を探しに行くのだ。
夕方、皇牙は中庭で十七日目の無料ガチャを開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:52人】
【SR以上排出率:5%】
「……さあて、今日は誰が来るかな!」
一回目と二回目に現れたのは、N薪割り補助のトルクと、N裁縫補助のリゼだった。トルクはオルフの木材加工や薪の準備を、リゼはニナの仕立てや衣服の繕いを手伝えるという。
そして最後の召喚陣が淡い青色に輝き、背筋の伸びた壮年の男性が姿を現した。
【R:帳簿管理人 セドリック】
「おっ、Rだ! 帳簿管理人か!」
皇牙が《万能鑑定EX》で確認すると、セドリックは金銭や物資の出入りを記録し、帳簿を整理することを得意としていた。初めて売上が出たばかりの拠点には、心強い人材だろう。
「よし! エドガーとユリウスたちに紹介してやる。帳簿のことは、詳しい奴らに任せるのが一番だ!」
皇牙は上機嫌で三人を歓迎した。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:55人】
人口表示が五十五人に変わる。今日も三人増えたが、SR以上の排出率はまだ五パーセントのままだ。
皇牙は三人の案内をクラリスへ任せると、先ほど作った木板の地図をもう一度眺めた。
まだ小さな範囲しか描かれていない。けれど、その先にどんな道があり、どんな町があるのかと思うと、胸が躍った。
「……くくく。いつかこの地図を、もっとでっかくしてやるからな!」
皇牙は楽しそうに笑った。
その隣では、フィオナが今日歩いた道の特徴を改めて確認していた。勘助も窪地の地形についてリヒトと話し合っている。皇牙が指示を出さなくても、二人はそれぞれの専門を活かし、次に必要なことを考えていた。
その光景を見て、皇牙は満足そうに頷いた。
「……よし。あとの仕事は任せた! 俺は夕飯まで昼寝する!」
「殿。もう夕暮れにございますよ」
「だったら夕寝だ!」
巴が笑いをこらえる中、皇牙は城館へ向かって歩き出した。
西門の外では、真新しい石の道標が夕日を浴びていた。まだ誰も案内したことのない小さな目印だが、いつか旅人たちがそこを曲がり、城門脇の商店へ立ち寄る日が来るだろう。
そして、その道は皇牙自身が夢見る、まだ見ぬ世界への旅にもつながっていた。
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