第2章 第30話 売れる商品を作ろう
「……銀貨七枚か。金貨百枚への道のり、果てしなく遠くね?」
異世界へ来て十六日目の朝。神城皇牙は城館の食堂で朝食を取りながら、昨日の売上を思い返していた。
行商人ベルンに縄三本と木箱二つを買ってもらい、初めて手にした売上は銀貨十四枚。そこから保存食を銀貨七枚分購入したため、商売用に保管している現金は銀貨七枚だ。
金貨一枚が銀貨百枚。有料ガチャ一回に必要なのは金貨百枚だから、今の稼ぎではまるで足りない。
「建物ならいくらでも造れるのになあ。宝物庫を造っても、中身が空っぽじゃ意味ねえし」
「皇牙様。昨日の売上は、十分喜ばしい成果でございますよ」
向かいに座るエドガーが苦笑した。机には食事の邪魔にならないよう小さな紙が伏せられており、商店に残っている品物の数が記されている。
「分かってるって。でも、どうせ売るならもっと高く売れそうな物を作りたいだろ?」
「それでしたら、昨日ベルンさんから伺ったご意見を、ガルドさんたちと確かめてみるのはいかがでしょう」
木箱の蓋に留め具があれば、馬車でも扱いやすくなる。ベルンは確かにそう言っていた。
皇牙は残りのパンを口へ運び、勢いよく立ち上がった。
「よし、工房へ行こうぜ! 商品開発って、なんか面白そうじゃねえか!」
隣で食事を終えていた巴が、穏やかに微笑む。
「殿。朝の無料ガチャは、まだでございますね」
「おっと、危ねえ! 先にそっちだ!」
皇牙は中庭へ飛び出した。
涼しい朝風の中で《英霊召喚ガチャEX》を開くと、見慣れた文字が浮かび上がる。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:49人】
【SR以上排出率:5%】
「今日は商売に役立つ偉人……いや、俺の旅行に付き合ってくれる奴でもいいな!」
最初に現れたのは、N採集補助のカナだった。野草や木の実を見つけるのが得意で、ロイの手伝いができるという。二人目はN工房補助のセル。道具の手入れや簡単な木工を経験しており、ガルドの仕事を支えられそうだった。
そして最後の召喚陣から現れたのは、旅装束をまとった一人の女性だった。
【R:旅路案内人 フィオナ】
「おおっ、旅路案内人! これ、俺のための人材じゃねえか!」
皇牙が《万能鑑定EX》で確かめると、フィオナは道順を覚えることや地形を見分けることに長けていた。剣を振るう専門家ではないが、旅の計画には心強い。
「いつか大陸中を旅行するつもりなんだ。美味い飯と温泉を探す旅、楽しみにしててくれ!」
「光栄です。まずは周辺の道から覚えさせていただきます」
落ち着いた返答に、皇牙はすっかり上機嫌になった。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:52人】
「おっ、五十人超えたじゃん!」
最初は自分を含めて四人だった。それが、わずか十六日で五十二人。ガチャの人口ボーナスは一万人まで上がらないものの、ここで暮らす仲間が増えている事実は素直に嬉しい。
「くくく。いいぞ、俺の国! 次は百人だな!」
新しい三人の案内はエドガーとクラリスに任せ、皇牙は巴を連れて工房へ向かった。
工房には木を削る音と鉄を打つ響きが混じり、朝から活気があった。ガルドは木箱を作業台へ置き、その横で商品鑑定人のレオンが蓋の合わせ目を確認している。ブラムも金具を手に、二人の話を聞いていた。
「おーい! 売れる木箱、作れそうか?」
「皇牙様。ちょうど試しているところです」
ガルドが示したのは、昨日の商人が指摘した留め具のない木箱だった。棚には販売用の木箱が一つ残っているが、今作業台にあるのは、仕上げを確認するための別の試作品だという。
ブラムは小さな金具を並べ、難しい顔をしていた。
「金属の留め具なら確実ですが、今ある金属は農具や工具の修理にも使います。売れるか分からない商品に、何個も回すのは惜しいですね」
「だったら木で作ればよくね?」
皇牙が口にすると、ガルドは頷いた。
「私も考えておりました。蓋の縁に小さな木片を取り付け、回して引っかければ固定できるかもしれません。ただ、使い勝手は試してみねば分かりませんな」
「おっ、いいねえ! やってみようぜ!」
木片を回して蓋を押さえる仕組みなら、金属を使わずに済む。ガルドは手元の端材を削り、回転する部分が外れないよう、木製の軸を使って留め具を取り付けた。セルが道具を渡し、レオンは仕上がりを待ちながら箱の角や蓋の厚みを確かめている。
皇牙は作業を覗き込み、何度も口を挟みかけた。しかし、ガルドが手を動かす速さについていけず、結局は大人しく見守ることにした。
「……俺も何かやりてえ」
「でしたら、使い勝手の確認をお願いできますか」
レオンが試作品を差し出すと、皇牙は待ってましたとばかりに受け取った。
「任せろ!」
留め具を回すと、蓋がぴたりと押さえられた。箱を軽く振っても外れない。もう少し強く振ってみても、留め具はしっかり噛み合っていた。
「おおっ! これ、いけるんじゃねえか?」
「では、今度は開けてみてください」
レオンに促され、皇牙は留め具へ指をかけた。
ところが、動かない。
「……ん? おい、これ固くねえか?」
力を込めると、木片がようやく回った。その拍子に勢い余って箱が傾き、皇牙は慌てて抱え直す。
「うおっ! 危ねえ! これじゃ開けるたびに戦闘開始だろ!」
巴が思わず手を伸ばし、箱の底を支えた。工房に笑い声が広がる中、レオンは留め具を確かめ、真面目な顔で頷いた。
「外れにくいのは長所ですが、これでは使うたびに苦労します。商品としては、少し固すぎますね」
ガルドは留め具の当たる部分を削り直した。厚みをほんの少し変えただけで、木片は滑らかに回るようになる。皇牙が何度も開閉を試し、レオンも手に取って確かめたところ、今度は無理な力をかけずに扱えた。
「よし! これなら売れるだろ!」
「まだ分かりません。馬車に載せて運んだ場合も確かめたいですね」
レオンの言葉に、皇牙は目を丸くした。
「……あっ。そういやベルンも、馬車で使うって言ってたな」
完成したように見えても、実際に使えば欠点が見つかるかもしれない。皇牙はその考えに納得し、ドランのところへ行くことにした。
昼前、工房の近くではドランが小型の手押し荷車を整えていた。昨日、運搬に使う道が改良され、工房脇には荷捌き場もできている。荷車はまだ一台だけなので、試験に使う時間はヴァルターと相談して空けてもらった。
「木箱を運ぶ試験ですか? それなら、軽い荷物を入れて走らせてみましょう」
ドランは快く応じた。
ガルドが箱の中へ手元の木片を数個入れ、皇牙が留め具を回す。箱を荷車の上へ載せ、落ちないように縄で固定したあと、ドランが石畳の道をゆっくり押し始めた。
工房から倉庫の前まで進み、少し荒れた道を通って戻る。車輪が継ぎ目を越えるたび、箱が小さく揺れたが、蓋は外れなかった。
「……おお! ちゃんと閉まってる!」
皇牙は荷車から箱を下ろし、留め具を回して開けてみた。中の木片は無事で、蓋にも目立った傷はない。
ガルドは満足そうに頷いたが、レオンはすぐに合格とは言わなかった。
「今の試験では問題ありません。ただ、もっと長い距離や雨の日まで確かめたわけではありません。まずはこの形でベルンさんに見ていただくのがよいでしょう」
「……なるほど。売れるかどうかは、最後は客が決めるってわけだな」
皇牙は箱を手に取り、少し誇らしげに笑った。
魔法で立派な城を造るときとは違う面白さがあった。小さな木箱一つでも、作って終わりではない。使う人がどんな場面で困るのかを考え、何度も確かめる必要があるのだ。
工房へ戻る途中、ニナとすれ違った。
彼女は共同住居で使っている戸棚の扉を抱えており、表情には少し困った色が浮かんでいる。
「ガルドさんに修理をお願いしようと思いまして。閉めても勝手に開いてしまうそうなんです」
見せてもらうと、扉の縁が擦り減り、留める部分が緩くなっていた。壊れた戸棚は入居者が布をしまうために使っているものらしい。
皇牙は手元の木箱と扉を見比べた。
「……なあ、これにもさっきの留め具を付けられねえか?」
ガルドは扉を確かめ、少し考えてから頷いた。
「形を変えれば使えるかもしれません。ただし、先に傷んだ部分を直した方がよいですな」
「よし、そっちを先にやろうぜ。売り物の箱は明日でも困らねえし」
ガルドとセルが協力し、戸棚の縁を補修した。続いて、少し大きめの木製回転留め具を取り付ける。ニナが実際に開け閉めしてみると、今度は扉がきちんと閉まり、扱うのにも力はいらなかった。
「ありがとうございます! これなら皆も安心して使えます!」
ニナは嬉しそうに頭を下げた。
皇牙は照れくさそうに笑い、戻っていく彼女を見送った。
「……商売のために考えたもんが、こういうところでも使えるんだな」
「そうですね。暮らしの中で必要とされる工夫は、ほかの品物にも役立つのかもしれません」
レオンは木箱の留め具を眺めながら、静かに頷いた。
皇牙はガルドへ向き直った。
「でも、毎回俺に言われるまで修理を待つ必要はねえからな。住民が困ってたら、売り物より先に直してやってくれ。そういう判断は任せる」
「承知しました。必要な道具や材料が足りなくなれば、そのときは相談いたします」
その返事を聞き、皇牙は満足した。
商売は大切だ。金貨も欲しい。だが、自分たちの暮らしを不便にしてまで商品を増やすつもりはない。どうせなら、皆が気持ちよく働けて、そのうえで売れる品を作れた方がいい。
午後、エドガーが工房を訪れた。
ガルドから改良内容を聞き、レオンから運搬試験の結果を教わると、彼は木箱の蓋を何度か開け閉めした。
「よい仕上がりですね。これなら、昨日ベルンさんがおっしゃっていた点にも応えられそうです」
「じゃあ、大量生産だな!」
皇牙が勢い込むと、エドガーは苦笑して首を横に振った。
「まずは、店に残っている一つへ同じ留め具を取り付けてみましょう。実際に買っていただけるかは、次の機会に確かめればよいのです」
「……ああ、そっか。売れなかったら材料も時間ももったいねえしな」
商店には縄二本と木箱一つが残っている。改良するのは、その木箱だけで十分だった。
ガルドは試作品で確かめた寸法をもとに、販売用の木箱へ木製の回転留め具を取り付けた。レオンが最後に開閉を確認し、エドガーが店へ運ぶ。値段は客の反応を見てから考えることになり、今の段階で新しい売上は発生していない。
皇牙は売り場に並んだ木箱を眺め、にやりと笑った。
「……くくく。これなら、昨日よりちょっと強そうに見えるな」
「殿。木箱に強そうという表現は、いかがなものでしょう」
「格好いいだろ? こういうのは見た目も大事なんだよ!」
巴の指摘に胸を張ったものの、皇牙自身も分かっていた。立派に見えるだけでは売れない。実際に使いやすいかどうかが大切なのだ。
夕方、商店をあとにした皇牙は、城館の庭へ向かった。
遠くには工房の煙が上がり、共同住居へ戻る人々の姿が見える。今日、商品が売れたわけではない。現金も銀貨七枚のままだ。それでも、次に売るための準備は進み、壊れていた戸棚も直せた。
何より、ガルドやレオンたちが自分で考え、仕事を進めている。
「……いいねえ。俺がずっと工房に張り付いてなくても、商品が良くなってくんだな」
皇牙は長椅子に腰掛け、満足そうに伸びをした。
城を造るのは自分の仕事。商品を作るのは職人の仕事。売るのは商人の仕事。それぞれが得意なことをすれば、自分も少しずつ楽になれるはずだ。
「殿。今日はずいぶん楽しそうでございましたね」
巴が穏やかに声をかける。
「おう! ガチャも面白かったし、箱の実験も楽しかった。ああいう仕事なら、たまには付き合ってもいいぜ」
「それを聞けば、ガルド殿たちもお喜びになりましょう」
「……いや、毎日呼ばれるのは嫌だからな!」
皇牙は慌てて付け加えた。
巴が楽しそうに笑う。その声を聞きながら、皇牙は長椅子へ深く身体を預けた。
昼寝には少し遅い時間だったが、夕食までならまだ余裕がある。
今日も働いた仲間たちへ感謝しつつ、皇牙は目を閉じた。木箱一つの改良から始まった小さな工夫が、これからどんな商品につながっていくのか。それを考えるのは、明日でも遅くない。
今はただ、心地よい風の中で休むことにした。
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そして本日はここまで明日も10話投稿します。
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