第1章 第3話 本物の巴御前
乾いた風が吹き抜ける荒野を、神城皇牙は三人の召喚者とともに歩いていた。
先頭を進むのは、赤い鎧を身につけた女武者、巴御前。その少し後ろに皇牙が続き、農民のマルクと職人のガルドが並んで歩いている。
もっとも、皇牙の視線は先ほどから巴の背中にばかり向けられていた。
長い黒髪を後ろで束ね、薙刀を携えて歩く姿は、まるで歴史画から抜け出してきたようだった。何度見ても、あの巴御前が目の前にいるという事実には興奮してしまう。
「……なあ、巴。一つ聞いてもいいか?」
「はい。何でございましょう、殿」
「巴って、昔のことはどれくらい覚えてるんだ?」
皇牙の質問に、巴は少し意外そうな表情を浮かべた。
「昔のことでございますか?」
「ああ。俺のいた世界じゃ、巴は歴史上の人物として知られてるんだ。だから、どんな人生を送ってきたのか気になってさ」
巴はすぐには答えなかった。歩く速度を緩め、遠くの岩山を眺めながら、何かを思い出そうとするように目を細める。
「……不思議なことに、昔のことはあまり鮮明ではございません」
「そうなのか?」
「はい。武芸を学び、戦場に立っていたことは覚えております。木曾殿にお仕えしていたことも……。ですが、いつ、どこで、何があったのかと尋ねられますと、思い出せぬことが多いのです」
巴は少し困ったように微笑んだ。
その表情に悲しみや動揺はなく、単に思い出せないことを不思議に感じているようだった。
「なるほどな。記憶が全部残ってるわけじゃないのか」
「申し訳ございません」
「いやいや、謝ることじゃないって。別に歴史の試験をするつもりじゃないし」
皇牙は慌てて手を振った。
歴史好きとしては、本人から源平合戦の話を聞いてみたかったのも事実だ。しかし、覚えていないことを無理に思い出させるつもりはない。
それに、目の前にいる巴が本物の武人であることに変わりはなかった。
「じゃあ、槍とか薙刀の使い方は覚えてるんだよな?」
「無論にございます。身体に染みついた武芸を忘れることはございません」
巴はそう答え、手にした薙刀を軽く持ち直した。その動作は驚くほど滑らかで、長い得物を扱っているとは思えないほど自然だった。
「おお、頼もしいな」
皇牙は満足そうに頷いた。
歴史上の細かな出来事を覚えていなくても、戦闘技術や経験が残っているなら問題ない。むしろ、異世界で新しい人生を送るうえでは、その方が気楽なのかもしれなかった。
もっとも、皇牙にとって本当に気になっていたのは、彼女の戦闘能力だった。
「そういえば、まだ巴のステータスをちゃんと見てなかったな」
皇牙は立ち止まり、万能鑑定EXを発動した。
すると、目の前に半透明の青い画面が現れる。
【人物ステータス】
名前:巴御前
レアリティ:SR
分類:武将
所属:神城皇牙
【能力評価】
総合:B+(A-)
統率:B
武勇:A+(S-)
知略:C+
財務:D
内政:D+
外交:C-
忠義:S
農業:D
工芸:E+
商業:D-
【固有スキル】
《忠義の武者》
「……おおっ! 武勇A+!?」
皇牙は思わず目を見開いた。
能力評価は全部で十一項目。その中でも、巴の武勇は飛び抜けていた。統率もBと高く、単に個人で戦うだけでなく、兵を率いる能力も十分に備わっているらしい。
一方、財務や農業、商業などはそれほど高くない。
もっとも、皇牙にとってはむしろ好都合だった。
「やっぱり巴は戦闘特化だな。内政とか農業まで得意だったら、それこそ何でもありになっちまう」
「殿?」
巴が不思議そうに振り返った。
「ああ、悪い。今、万能鑑定で巴の能力を確認してたんだ」
「私の力量を、でございますか?」
「そう。俺には人の能力を調べられるスキルがあるんだよ」
皇牙が簡単に説明すると、巴は感心したように頷いた。
「人の得手不得手を知ることができるとは、便利な術にございますね」
「だろ? これなら仕事を任せるときにも役立ちそうだ」
皇牙は嬉しそうに笑った。
優秀な人物を召喚できたとしても、その才能を活かせなければ意味がない。軍事が得意な者には軍事を、農業が得意な者には農業を任せればいい。
何でも自分でやるより、専門家に任せた方が効率的だ。
それに、皇牙自身が楽をできる。
「しかし、忠義がSっていうのもすげえな」
皇牙が画面を眺めていると、巴は真剣な表情で口を開いた。
「殿にお仕えすると決めた以上、武人として恥じぬ働きをする所存にございます」
「お、おう。期待してるぞ」
真っ直ぐな眼差しを向けられ、皇牙は少し照れくさくなった。
召喚されたばかりなのに、ここまで忠義を示してくれるとは思っていなかった。ただし、巴には自分の考えもあるのだろう。先ほどから皇牙の安全を気にかけ、必要なことは遠慮せずに進言している。
何でも言いなりになる家臣より、そういう人物の方が頼りになる。
そこで皇牙は、武勇の評価に括弧付きの数字が表示されていることに気づいた。
「……ん? このA+の横にあるS-って何だ?」
詳しく調べると、固有スキルによる能力上昇を示した参考値らしい。現在の能力が上昇しているわけではなく、条件を満たした際の評価が括弧内に表示されているようだった。
皇牙は固有スキルの詳細を開いた。
【固有スキル《忠義の武者》】
主君から半径30メートル以内で戦闘している場合、筋力・敏捷性・耐久力・反応速度が1.5倍になります。
発動条件を満たすと自動的に発動します。
主君が危険にさらされている必要はありません。
「……身体能力一・五倍?」
皇牙は画面を二度見した。
もともと武勇A+という高い能力を持っているのに、条件を満たせばさらに強くなるらしい。しかも、皇牙から三十メートル以内で戦っていれば自動的に発動するという。
「これ、めちゃくちゃ強いじゃねえか!」
「殿、どうかなさいましたか?」
「巴、お前、俺の近くで戦うと身体能力が一・五倍になるらしいぞ」
「私が、でございますか?」
巴は驚いたように自分の手を見つめた。
「そのような力があるとは、存じませんでした」
「まあ、今は戦ってないから発動してないみたいだけどな。実際に戦うときは相当強くなるはずだ」
「なるほど……」
巴はしばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷いた。
「ありがたい力にございます。しかし、いかに優れた力を授かろうとも、油断してはなりませんね」
「さすが本物の武将だな」
「戦場では、一瞬の油断が命取りになりますゆえ」
その言葉には、実際に戦場を経験した者ならではの重みがあった。
皇牙も素直に頷いた。
自分には全属性魔法EXという規格外の能力がある。しかし、強い魔法を使えることと、実際の戦闘で適切に行動できることは別だ。
その点、巴がそばにいてくれるのは心強かった。
「まあ、戦闘になったら頼むわ。俺も魔法は使えるけど、実戦経験なんてないからな」
「承知いたしました。殿は私がお守りいたします」
巴は迷いなく答え、周囲へ鋭い視線を向けた。
皇牙はその横顔を眺めながら、改めて初回ガチャの結果に満足した。
SRというレアリティだけでも十分に当たりだが、初めての偉人が巴御前だったのは、歴史好きとして本当に嬉しい。
すると、少し離れた場所で二人の会話を聞いていたガルドが口を開いた。
「なあ、皇牙。その鑑定ってやつ、俺たちにも使えるのか?」
「ああ、もちろん。ちょっと待ってくれ」
皇牙はガルドへ視線を向け、万能鑑定EXを発動した。
目の前に表示された情報には、名前やレアリティとともに、十一項目の能力評価が並んでいた。
さすがに巴ほど高い評価はなかったが、工芸が他の能力より優れている。続いてマルクを調べると、こちらは農業の評価が最も高かった。
「なるほどな。やっぱり専門分野に強いんだな」
「そりゃそうだ。俺に畑仕事を任されても、いい出来になる保証はねえぞ」
ガルドが肩をすくめると、マルクも穏やかに頷いた。
「私も家具や道具を作るのは専門外でございます。それぞれが得意な仕事を担当するのがよろしいでしょう」
「だよな。やっぱり適材適所が一番だ」
皇牙は満足そうに笑った。
一般人材も単なる人数合わせではない。専門分野の知識や経験を持ち、自分の判断で行動できる。これなら、今後人材が増えたときにも仕事を任せやすいだろう。
もっとも、現時点では四人しかいない。
農民が一人、職人が一人、武将が一人。そして、できるだけ働きたくない大学生が一人。
改めて考えると、随分と心許ない集団だった。
「……とりあえず、今は生活を何とかしないとな」
皇牙は近くに建つ石造りの小屋へ視線を向けた。
国家創造EXで作った小屋は頑丈そうだが、中には家具も寝具もない。雨風をしのぐには十分でも、四人が快適に暮らすには足りないものだらけだった。
それに、もっと大きな問題がある。
食料と飲み水だ。
「そういや、水ってどうするんだ?」
皇牙の問いかけに、マルクが周囲を見渡した。
「近くに川か泉があればよいのですが……この辺りには見当たりませんな」
「うーん。水源を探すにしても、どこにあるか分からないしな」
皇牙は腕を組んで考え込んだ。
そこで、ふと思いついた。
「……あれ? 俺、水魔法が使えるじゃん」
国家創造EXやガチャのことばかり考えていたが、自分には全属性魔法EXがある。
転生直後に小さな水球を作ることにも成功していた。あの水を飲み水として利用できるなら、当面の問題は解決するはずだ。
「ちょっと試してみるか」
皇牙は小屋の前に戻り、右手を差し出した。
頭の中で透明な水を思い浮かべると、手のひらの上に小さな水球が現れた。水球は空中に浮かんだまま形を保ち、日の光を受けてきらきらと輝いている。
「おおっ、やっぱり出せた!」
マルクとガルドが驚いたように目を見開いた。
「皇牙様、今のは魔法でございますか?」
「ああ。水魔法ってやつだな」
「へえ、便利なもんだな。これなら水を運ぶ必要もねえじゃねえか」
ガルドは感心したように言ったが、皇牙はすぐには水を飲まなかった。
見た目が綺麗だからといって、安全とは限らない。魔法で作った水が飲めるものなのか、確認しておいた方がいいだろう。
「よし、こういうときこそ万能鑑定だな」
皇牙が水球へ鑑定を使用すると、小さな画面が現れた。
【鑑定結果:魔法生成水】
水属性魔法によって生成された水。
有害な不純物は含まれておらず、飲用可能。
「……おお! 飲めるじゃん!」
皇牙は思わず笑顔になった。
これなら少なくとも、飲み水がなくて困ることはなさそうだった。
ただし、目の前にあるのは空中に浮かぶ水球だ。このままでは飲みにくい。
「……入れ物が欲しいな」
皇牙がそう呟くと、ガルドが自分の腰に下げた道具を見下ろした。
「俺の工具じゃ水は入れられねえぞ。容器を作るにしても材料が必要だ」
「だよなあ」
皇牙は少し考えたあと、国家創造EXの画面を開いた。
建物は無料で作れるのだから、簡単な設備なら作れるはずだ。
そう考えて小屋の横に小さな石造りの水槽を設定すると、建設可能という表示が現れた。
「おっ、これならいけるな」
皇牙が創造を実行すると、小屋の隣に腰ほどの高さの石造りの水槽が完成した。内側は滑らかに仕上げられており、水を溜められる構造になっている。
「おいおい、また一瞬で作りやがった!」
ガルドが呆れたように笑った。
皇牙は得意げに頷き、水球を水槽の中へ移動させた。
そのまま水魔法を使い続けると、透明な水が少しずつ溜まっていく。やがて水槽の半分ほどまで満たされたところで、皇牙は魔法を止めた。
「よし。これで当面の飲み水は確保できたな」
マルクは水槽を覗き込みながら、感心したように頷いた。
「これはありがたいことでございます。水を確保するだけでも、大きな労力が必要になりますので」
「まあ、俺の魔力は無限らしいしな。水くらいならいくらでも作れるぞ」
皇牙はそう言って笑った。
ただし、魔法で水を作れるからといって、川や井戸が不要になるわけではない。今は四人しかいないが、将来何百人、何千人と住民が増えれば、毎日の水を皇牙一人が用意するわけにもいかない。
何より、そんな仕事を毎日続けるのは絶対に嫌だった。
「……やっぱり、城を建てる場所は水源の近くがいいな」
「はい。長く人が暮らすのであれば、安定して水を得られる場所が望ましいでしょう」
マルクの言葉に、皇牙は素直に頷いた。
国家創造EXと無限魔力EXがあれば、当面の生活は何とかなりそうだ。しかし、国として発展させるなら、自分が何もしなくても生活できる仕組みが必要になる。
そう考えると、優秀な家臣を集めるだけでなく、住みやすい土地を選ぶことも重要だった。
「よし。水は何とかなったし、次は食料だな」
皇牙は改めて周囲を見渡した。
小屋の近くには雑草がまばらに生えているだけで、食べられそうな植物は見当たらない。遠くには岩山があり、その手前には背の低い木々が集まっている場所もある。
しかし、何が食べられるのかも分からない状態で、適当に植物を口にするわけにはいかなかった。
「食料については、周辺を調べる必要がありそうだな」
「そうでございますね。ですが、むやみに遠くへ向かうのは危険かと存じます」
巴がそう言って、薙刀を持ち直した。
皇牙は彼女の視線を追い、遠くの岩山を眺めた。
この荒野には魔物が生息しているらしい。今のところ姿は見えないが、どこに潜んでいるか分からない以上、慎重に行動した方がいいだろう。
「じゃあ、まずは小屋の近くを調べる程度にしておくか」
「はい。それがよろしいかと」
巴は頷き、皇牙たちの前へ出た。
その姿を見て、皇牙は少しだけ安心した。
自分には圧倒的な魔法があるとはいえ、実際の戦闘経験はない。何かあったときに頼れる武人がいるだけでも、心強さがまるで違う。
皇牙は小屋の方を振り返った。
石造りの建物が一つと、その隣に新しく作った水槽があるだけの小さな拠点。立派な城もなければ、街道や農地もない。
それでも、少しずつ生活に必要なものが揃い始めていた。
「……何か、建国ゲームの序盤みたいで楽しくなってきたな」
「殿?」
「いや、こっちの話。とりあえず今日は、この辺りで生活できるようにしようぜ」
皇牙がそう言うと、マルクとガルドも頷いた。
マルクは食べられる植物や農業に使えそうな土地を探し、ガルドは木材などの材料を確認したいらしい。巴は周囲の警戒を担当し、皇牙は必要に応じて魔法や国家創造EXを使う。
自然と役割が分かれていく様子を見て、皇牙は満足そうに笑った。
やはり、自分一人で何もかも考えるより、専門家に任せた方が効率的だ。
しかも、これから毎日三回ずつ無料ガチャを引ける。人材が増えれば、もっと多くの仕事を任せられるようになるだろう。
もっとも、今すぐ次のガチャを引きたいところだが、残念ながら今日はもう三回とも使い切っている。
「……次は料理人とか欲しいな」
皇牙が小さく呟くと、ガルドが振り返った。
「何だ? 腹でも減ったのか?」
「いや、まあ、それもあるけどさ。料理が得意な奴がいれば、毎日美味いものを食えるだろ?」
「まずは食材を確保しねえと、料理人がいたって何も作れねえぞ」
「……それもそうか」
皇牙は苦笑した。
どれほど優秀な人材を召喚しても、必要な材料や設備がなければ仕事はできない。農業も料理も建築も、その点では同じだった。
それでも、何もない場所から少しずつ生活を整えていくのは、思っていた以上に面白い。
「よし。まずは食料探しだな。城を建てる場所については、ちゃんと周辺を調べてから決めよう」
「承知いたしました、殿」
巴は力強く頷き、周囲に視線を走らせた。
皇牙は彼女の隣へ並び、マルクとガルドにも声をかける。
「それじゃあ、行くか。あんまり遠くまで行かないようにな」
「お前さんがそんなこと言うとはな」
ガルドがからかうように笑った。
「当たり前だろ。こんな何もない場所で迷子になったら面倒じゃねえか」
皇牙が真顔で答えると、マルクも思わず笑みを浮かべた。
巴だけは周囲への警戒を続けていたが、その表情は先ほどよりも少し柔らかくなっていた。
四人は小屋を目印にしながら、近くの岩場へ向かって歩き始めた。
皇牙の頭の中では、すでに巨大な城の構想が膨らんでいた。黒い城壁に高くそびえる尖塔、広い庭園に温泉施設。考えるだけで楽しくなってくる。
しかし、今はまだ小さな石造りの小屋が一つあるだけだ。
豪華な城で悠々自適に暮らすという夢を実現するには、まず安全に生活できる場所を確保しなければならない。
「……早く城を建ててえな」
皇牙がぽつりと呟くと、巴が隣で微笑んだ。
「殿のお望みの城を築けるよう、私もお力添えいたします」
「おう、頼りにしてるぞ」
皇牙は嬉しそうに笑い、再び荒野へ視線を向けた。
どこに城を建て、どんな国を作るのか。まだ何も決まっていないが、考えるだけで胸が躍る。
もっとも、彼が思い描いているのは壮大な国家の未来ではなく、豪華な城で昼寝をしながら毎日ガチャを引く生活だった。
その理想を実現するためなら、最初の少しくらいは頑張ってもいい。
ただし、面倒な仕事をいつまでも続けるつもりはない。
「……やっぱり、次は内政に強い偉人が欲しいな」
皇牙はそう呟きながら、巴たちとともに荒野を歩き続けた。
夢のスローライフへの道のりは、まだ始まったばかりだった。
お読みいただきありがとうございます。
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よろしくお願いいたします。




