第2章 第27話 住民台帳を作ろう
「……お前、昨日来たばっかりなのに、もう俺よりこの城のこと詳しくなってねえか?」
異世界に来て十三日目の朝。神城皇牙は食堂の椅子に深く腰掛け、目の前に広げられた紙を眺めていた。
向かいに座るのは、昨夜の無料ガチャで召喚されたR事務管理人のクラリスだ。きちんとまとめた髪に落ち着いた物腰。朝食を終えた彼女は、皇牙が食べ終わるのを待ってから、エドガーとユリウスを伴って相談に来た。
「まだ分からないことばかりでございます。ですから、皆様に教えていただこうと思いまして」
「いや、十分すげえよ。俺なんか、誰がどの部屋で寝てるか全然知らねえぞ」
「……殿。それはあまり自慢なさることでは」
隣に立つ巴が苦笑する。皇牙は悪びれずに肩をすくめ、クラリスの紙へ視線を戻した。
そこにはマルクやガルドをはじめ、現在の住民の名前が書き並べられていた。仕事についてはある程度分かるものの、住まいの欄には空白が目立つ。
「昨日までなら、ミアさんに尋ねれば城館の部屋割りが分かりました。ですが、共同住居へ移った方もおられますし、お仕事についても、担当者によって把握している内容が異なります」
クラリスは紙の端を指で押さえた。
「そこで、名前と住まい、普段のお仕事、連絡を取る相手を一緒に確認できるものを作りたいのです」
「……つまり、住民台帳ってやつか」
歴史を学んでいた皇牙には、聞き覚えのある考え方だった。もちろん、四十人の開拓拠点で本格的な戸籍制度を作るつもりはない。それでも、誰がどこにいるのか分からない状態では、人が増えたときに困るのは想像できる。
「いいぜ。でも、俺に全員の名前を書かせるのは勘弁な」
「ご安心ください。作業は私たちで分担いたします」
その即答ぶりに、皇牙は思わず感動した。
「……クラリス。お前、最高だな!」
エドガーは商人らしい柔らかな笑みを浮かべながら、確認する場所の分担を説明した。
城館の部屋割りと生活場所はミアとエドガーが調べ、厨房や農地はユリウスが各担当者へ尋ねる。クラリスは工房と共同住居を回り、最後に情報を突き合わせる。見張りや探索を担当する者については、巴とオスカーにも協力してもらう予定だという。
「おっ、巴も参加するのか?」
「はい、殿。見張りの交代や城外へ出る者については、私も把握しておきたいのでございます」
「なるほどな。だったら任せた!」
皇牙は満足そうに頷いた。自分が全員を集めて長々と話す必要はない。好きなことをしている間に仕事が進むなら、それに越したことはなかった。
ところが昼前、庭でくつろいでいた皇牙のもとへ、クラリスが再び姿を現した。
「皇牙様。少し、お時間をいただけますか」
「……もう終わったのか?」
「まだでございます。ただ、実際に住まいを確認しているうちに、気になることが見つかりまして」
彼女が差し出した紙には、仕立てを担当するニナの名前が書かれていた。
ニナは城館の一室で暮らしながら、衣服の繕いや簡単な縫製をしている。しかし、仕事に使う布や糸は工房側にあり、必要になるたびに取りに行っているらしい。
「それくらいなら、工房で仕事すりゃいいんじゃねえの?」
「私もそう思ったのですが、工房にはガルドさんやブラムさんたちの仕事がございます。布を広げて縫う場所を、十分に確保できないそうです」
「……ああ、そういうことか」
皇牙は椅子から立ち上がった。
仕事と住まいを記録しただけで、そんな問題まで分かるとは思わなかった。しかも、布を広げる場所が足りないのなら、自分の得意分野で解決できそうだ。
「よし。ニナのところ行こうぜ!」
城館の一室では、ニナが衣服のほつれを直していた。
窓から差し込む光を頼りに針を動かし、膝の上には布が重ねられている。部屋の隅には糸や布の端切れが置かれ、寝起きする場所と仕事をする場所がほとんど一緒になっていた。
「皇牙様! どうかなさいましたか?」
「いや、仕事する場所が足りねえって聞いてさ。だったら造っちまえばいいと思ったんだよ」
ニナは驚いたように目を瞬かせた。
「ですが、私一人のために建物を造っていただくのは……」
「何言ってんだ。建物なら無料で造れるんだぞ。俺が楽しいし、お前も働きやすくなるなら最高じゃねえか!」
皇牙が笑うと、ニナは少し困ったように頬を緩めた。
そこへガルドもやって来た。話を聞いた彼は、工房の近くに小さな作業室を設ければ、道具や布を運ぶ手間が減るだろうと助言する。ただし、鍛冶場から離し、火の粉が飛ばない位置を選ぶ必要があるという。
「布は燃えやすいからな。そこだけは気をつけてもらいたい」
「なるほど。じゃあ、リヒトにも見てもらおうぜ!」
皇牙はすぐに測量士を呼び、工房周辺の空き地を確かめた。
リヒトが選んだのは、鍛冶場から距離があり、通路を塞がない一角だった。日中の光が入りやすく、ニナが布を広げて仕事をするにも都合がよい。
皇牙は《国家創造EX》を開き、壁と屋根、固定式の大きな作業台を備えた小さな作業室を造った。布や糸、針といった仕事道具は生み出されないため、ニナが今あるものを持ち込むことになる。
「……くくく。どうだ! 俺の仕立て工房!」
「す、すごい……! こんなに広いところで仕事ができるなんて!」
ニナは目を輝かせ、作業台の周囲を歩いた。これなら布を広げたまま縫うことができ、仕掛かりの品を寝台の上へ置かずに済む。
皇牙はその様子を見て、満足そうに胸を張った。
「よし! じゃあ、ここはニナの仕事場な。使い方はガルドと相談してくれ!」
「ありがとうございます、皇牙様! 大切に使わせていただきます!」
深く頭を下げるニナを見て、皇牙は少し照れくさくなった。自分としては、好きな建築をしただけのつもりだった。けれど、誰かの仕事が楽になるのを見るのは、悪くない気分だった。
クラリスは新しい作業室を眺めながら、静かに頷いた。
「……なるほど。住まいと仕事を一緒に確かめると、こういう問題にも気づけるのですね」
「おう。台帳って、ただ名前を書くためのものじゃねえんだな」
皇牙も少し感心した。
工房に作業場所が足りないことは、ガルドもニナも分かっていた。だが、日々の仕事に追われているうちに、後回しになっていたらしい。
それをクラリスが聞き取りで拾い上げ、皇牙が建物を造った。
誰か一人では気づかなかったことが、皆で動いたおかげで解決したのだ。
午後になると、確認を終えた者たちが仮の事務室へ集まり始めた。
ユリウスは農地や厨房で働く者の名前をまとめ、エドガーは城館と共同住居の部屋割りを整理している。クラリスは工房の聞き取り結果を加え、同じ人物が複数の仕事を手伝っている場合には、普段の担当者を一人決めて記録することにした。
「……これ、仕事を一つに決めなきゃ駄目なのか?」
皇牙が尋ねると、クラリスは首を横に振った。
「いえ。あくまでも連絡先を分かりやすくするためです。必要に応じてほかの仕事を手伝うことまで制限するつもりはございません」
「だよな。今は人手が足りねえんだし、みんなで助け合ってもらわなきゃ困るぜ」
皇牙は納得した。
名前と住まい、主な仕事、普段の連絡先。その四つが分かれば、今の拠点では十分だろう。子供のルカには仕事を割り当てず、保護者であるダリオとエルザを記すことになった。
やがて、クラリスは記録を持ってダリオ一家の家を訪ねた。
「ダリオさん。ご家族の情報を確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんです」
ダリオは快く応じた。
家族の名前と住まい、ダリオの荷運びの仕事、エルザの織物の仕事。クラリスが一つずつ確認していると、家の中からルカが顔を覗かせた。
「お姉ちゃん、何してるの?」
「この街に住んでいる皆さんのお名前を書いているのよ」
「……ルカの名前もある?」
「もちろん。ちゃんと書いてあるわ」
クラリスが紙を見せると、ルカは目を丸くした。
「じゃあ、ルカもこの街の人なんだね!」
その言葉を聞いて、クラリスは一瞬手を止めた。
自分にとっては、仕事に必要な記録でしかなかった。けれど、この子にとっては、自分がここで暮らしていることを確かめられる、大切なものなのかもしれない。
「ええ。あなたも、ここで暮らす大切な住民の一人よ」
そう答えると、ルカは嬉しそうに笑った。
夕方、仮の事務室では、四十人分の住民台帳がひとまず完成していた。
エドガーとユリウスが各担当者から集めた情報を突き合わせ、クラリスが最後に確認する。城館で暮らす者、共同住居へ移った者、ダリオ一家のように自分たちの家を持つ者。それぞれの住まいと仕事が、ようやく一つの記録へまとまった。
「……おお。ちゃんと全員いるじゃねえか!」
皇牙は机に並んだ紙を見て、感心したように声を上げた。
「今後、新しく人が増えた場合は、まず私が名前と得意な仕事を確認いたします。住む場所はエドガーさんとミアさん、実際の仕事は各担当者と相談して決め、その結果をユリウスさんと一緒に記録する予定です」
「いいねえ! それなら俺が一人ずつ部屋を決めなくて済むな!」
クラリスは微笑んだ。
「ただし、殿のお力が必要な建物がございましたら、ご相談いたします」
「建物なら任せろ! いくらでも造ってやる!」
皇牙が得意げに笑うと、事務室に穏やかな笑いが広がった。
その後、皇牙は中庭へ出て、十三日目の無料ガチャを引くことにした。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:40人】
【SR以上排出率:5%】
「……くくく。さあて、今日こそ内政の偉人を頼むぞ!」
隣では左手首に紐を巻いた分身が、同じように期待に満ちた顔で召喚陣を見つめている。
一回目に現れたのは、N配達係のエリオだった。小さな荷物や書き付けを届ける仕事を得意としており、ノアと協力して連絡を回せそうだという。
二回目には、N農業補助のミルダが現れた。マルクたちの畑仕事を手伝える人材だった。
「……いいねえ! 二人とも今の街に必要な仕事だ!」
皇牙は上機嫌で最後の召喚ボタンを押した。
赤みを帯びた光が中庭に広がり、がっしりした体格の男が姿を現す。
【R:倉庫管理補助 ローディン】
「おおっ! またRか!」
皇牙は思わず拳を握った。
ローディンは荷物の整理や数量の確認を得意としており、ヘルダたちの倉庫管理を支えられる人材だった。今日整えた住民台帳と、昨日から試している物資管理の仕組みを考えれば、ちょうどよい補強だろう。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:43人】
「……よし! これで四十三人だな!」
皇牙は新しく現れた三人へ笑いかけた。
その後ろでは、エドガーとクラリスがすでに動き始めていた。
「まずはお名前と、得意なお仕事を教えていただけますか?」
「生活するお部屋は、ミアさんと相談してご案内いたします。お仕事についても、担当の方へお引き合わせしますので」
クラリスは穏やかに説明しながら、三人の名前を記録していく。エドガーは城館と共同住居の空きを確かめ、ユリウスが必要な情報をまとめた。
新しく召喚された三人は戸惑うことなく案内され、それぞれの仕事を教えてくれる相手について説明を受けた。皇牙が一人ずつ指示しなくても、住まいと仕事が決まっていく。
「……おお。すげえ。本当に俺の出番ねえじゃん!」
皇牙は心の底から嬉しそうに笑った。
それを見ていた巴が、穏やかに目を細める。
「殿が皆を信じてお任せになったからこそ、こうして少しずつ整っていくのでございましょう」
「おう! その調子で、どんどん俺の仕事を減らしてくれ!」
まったく遠慮のない返事に、巴は声を立てて笑った。
夕食の灯りがともり始めた頃、皇牙は城館の窓から街を眺めていた。
工房の近くには、今日造った仕立て用の作業室がある。ニナはすでに使う布を運び込み、明日からの仕事の準備を始めているらしい。城内の道には住民たちが行き交い、仮の事務室ではクラリスたちが新しい三人の情報を整理していた。
たった四十三人の小さな拠点だ。それでも、人が増えるたびに皇牙がすべてを決めなくてもよい仕組みが、少しずつ形になっている。
「……くくく。いいぞ、俺の国。もっと優秀な奴らが増えれば、俺はますます楽できるな!」
皇牙は満足そうに笑い、夕食の待つ食堂へ向かった。
その頃、仮の事務室では、クラリスが新しい台帳へ三人分の名前を書き加えていた。
作業を終えた彼女は、四十三人分の記録を改めて見渡す。今の人数なら、これで十分に管理できるだろう。けれど、住民が百人、千人と増えれば、また別の工夫が必要になるはずだ。
「……まずは、今いる皆さんが安心して暮らせるようにしなければなりませんね」
クラリスは小さく呟き、台帳を閉じた。
城館の外では、夕闇の中に暖かな灯りが増え始めていた。
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