第1章 第24話 ここが俺たちの街
「……なあ、勘助。あの狼どもが通ってきた場所って、結局どうするのが一番いいんだ?」
黒牙狼の群れを撃退した日の午後。神城皇牙は西の城門の上に立ち、荒野へ向かって伸びる石壁を眺めていた。
朝の戦闘で傷んだ地面にはまだ焦げ跡が残り、氷魔法で濡れた砂が陽光を受けて鈍く光っている。魔物の死骸は片づけたものの、急ごしらえの防衛設備だけはそのままだ。岩場から取引所の裏へ回り込む道を塞いだ石壁は、狼を追い詰めるには役立ったが、このままでは商人の荷車まで通りにくくなってしまう。
「守りだけを考えれば、壁を残すのが確実にございます。しかし、それでは商いの邪魔になりますな」
山本勘助は城門の外を指し、街道から取引所へ向かう道を目で追った。隣にいた測量士のリヒトも、朝の戦闘を見ていたオスカーの説明をもとに、地面へ印を付けている。
「壁を全部なくす必要はありません。商人が通る道を一つ確保して、普段はそこだけ使わせればよいでしょう」
「なるほど。道を残して、ほかの入口を塞ぐわけか」
「ただし、殿。守りのための道と商人の道を同じにするなら、見張りから見える位置を選ぶべきです」
勘助の指摘に、皇牙は頷いた。
昨日までなら、立派な城門があるのだからそれだけで十分だと思っていただろう。だが、魔物の群れが本当に押し寄せてきた今は、道の一本にも意味があると分かる。
「よし。だったら今ある壁を使って、通りやすい道に造り直そうぜ!」
皇牙が《国家創造EX》を開くと、リヒトが慌てて声をかけた。
「皇牙様。荷車が曲がる場所も必要です。まずは、こちらの印まで幅を取っていただけますか」
「おっと、そうだった。危うく俺の好みで狭くするところだったぜ」
皇牙は笑い、示された位置を確認した。
既存の防衛用石壁を改修する設定を選ぶと、魔法陣が地面へ広がった。壁の一部が組み替えられ、街道から取引所へ緩やかに入れる通路が生まれる。建物の裏へ直接回り込めない配置は残したまま、荷車が停まれる空間だけを広げた。
「……くくく。これならいいだろ!」
「ええ。通る道が決まっていれば、見張りも楽になります」
勘助は満足そうに答えた。
皇牙は通路の先にある取引所を眺め、少しだけ胸を張った。朝には邪魔な壁だったものが、今は商売を守る設備に変わっている。やはり、専門家に考えてもらって、自分が造るのが一番楽しい。
「それにしても、勘助が来てくれて助かったな。俺一人だったら、壁をもっとでっかくして終わってたぞ」
「殿のお力を活かすのが、私の務めにございます」
「おう。これからも頼むぜ。なるべく俺が考えなくて済む方向で!」
勘助が苦笑し、巴は小さく肩を揺らした。
城門を抜けて中へ戻ると、いつもなら賑やかな石畳の道が、今日は妙に静かだった。
ダリオ一家の家では、母親のエルザが玄関先に立ち、城門の方を気にしている。娘のルカは家の中から顔を出しかけたが、遠くで荷箱が倒れる音がすると、びくりと肩を震わせて母親の後ろへ隠れた。
皇牙は足を止めた。
「……ルカ?」
声をかけると、少女はゆっくり顔を上げた。昨日までは城の中を物珍しそうに歩き回っていたのに、今は表情が硬い。
「お城のお兄ちゃん……狼、もう来ない?」
皇牙は返事に詰まった。
魔物の群れは全部倒した。けれど、この荒野に二度と魔物が現れないとは言えない。そんな約束をして、次に何か起きたらどうするのか。
「……今朝の奴らは、もういねえよ。もしまた来ても、俺たちがちゃんと守る」
そう言ってしゃがみ込むと、ルカは少しだけ安心したように頷いた。
エルザが申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません。皆さんが助けてくださったのに、この子、鐘の音が怖かったみたいで……」
「いや、そりゃ怖いだろ。俺だって、何が起きてるか分かんねえまま鐘が鳴ったら嫌だぞ」
皇牙はルカの頭へ手を伸ばしかけ、怖がらせないよう途中で止めた。
「なあ、エルザ。ほかにも困ってること、あるか?」
急な質問に、エルザは少し迷った。だが、皇牙が続きを待っていると、ゆっくり口を開いた。
「家はとても立派ですし、皆さんも親切にしてくださいます。ただ……今朝は、どこへ行けば安全なのか分からなくなってしまって。ダリオが戻ってきてくれたので助かりましたけれど」
皇牙は眉を寄せた。
警報が鳴れば城館へ避難する。それは皆で決めていたはずだ。しかし、移住してきたばかりの家族に、十分伝わっていたとは限らない。
「……なるほど。避難する場所があっても、道が分かんなきゃ意味ねえよな」
皇牙は振り返り、巴と勘助を見た。
「なあ。みんなが迷わず逃げられるようにするには、どうすりゃいい?」
勘助は住宅区画と城館をつなぐ道へ視線を向けた。
「まずは、避難する場所を一つに決めることですな。今回使った城館側の広間が適しておりましょう。次に、誰が見ても分かる目印を設ける。言葉だけでは、慌てたときに思い出せぬ者もおります」
「目印、か……」
皇牙の目が輝いた。
「だったら、道の途中にでっけえ像とか置くのはどうだ? 俺が剣を掲げてるやつ!」
「殿。避難のための目印に、殿のお姿が必要でございましょうか」
巴の冷静な問いに、皇牙は口を尖らせた。
「……格好いいじゃん」
「道を示すなら、もっと簡単な形の方が分かりやすいでしょうな」
勘助まで笑いながら言うものだから、皇牙は渋々頷いた。
結局、住宅地から城館へ続く道の脇に、同じ印を刻んだ低い石柱を設けることになった。矢印に似た形を連続して配置し、夜でも迷いにくいよう、通路の曲がり角には固定式の灯火台を造る。ただし、火を灯す油や燃料は別に必要なので、普段から全部を明るくしておくわけではない。
「じゃあ、印はこれでどうだ?」
皇牙が《国家創造EX》で最初の石柱を造ると、ルカが母親の後ろから顔を出した。
「……これ、あっちに行けばいいってこと?」
「おう。鐘が鳴ったら、この印の方へ進むんだ。途中で大人にも声をかけろよ」
少女は石柱と城館の方向を交互に見比べ、やがて小さく頷いた。
「……分かった!」
それだけのやり取りだったが、皇牙には大きな手応えがあった。
城を守るのは、強い壁や魔法だけではない。怖がっている子供が、自分で歩く道を見つけられることも大切なのだ。
そこへ、荷物を運び終えたダリオが戻ってきた。
「皇牙様。こんなものまで造っていただいて……」
「いいって。俺が好きでやってるだけだしな」
皇牙は照れ隠しに肩をすくめた。
ダリオは新しい石柱を眺め、少し考えてから口を開いた。
「でしたら、私からも一つお願いしてよろしいでしょうか。荷物を運んでいるとき、城館へ向かう道に木箱を置いてしまうことがあるんです。避難に使うなら、あそこは空けておいた方がいいと思いまして」
「……おお、それだ!」
皇牙は思わず手を打った。
道が立派でも、荷物で塞がっていたら意味がない。ダリオとドランに相談し、城館へ向かう通路には普段から物を置かないことにした。生活用品の倉庫から荷物を出し入れする場所も、リヒトの助言で道の脇へ寄せる。
エドガーとユリウスには、住民へ伝える決まりを短くまとめてもらうことにした。鐘が鳴ったら作業をやめること、決められた道で城館へ向かうこと、途中で見かけた子供や困っている人へ声をかけること。たったそれだけでも、次に慌てる人は減るだろう。
午後の日差しが傾き始めた頃、皇牙は城館前の広間に住民たちを集めた。
といっても、全員を長時間拘束するつもりはない。厨房や見張りに必要な者は交代で説明を聞き、ユリウスがあとから確認する。皇牙が説明役を頼まれることもなかった。
「……いやあ、エドガーがいてくれて助かるわ。こういう話を俺が三回もするなんて、絶対嫌だし」
「皇牙様は、皆が使いやすい場所を造ることに専念してください」
「おう! それなら大歓迎だ!」
石柱を見ながらエドガーの説明を聞く住民たちの表情は、朝よりもずっと明るかった。
その中で、マルクが少し離れたところから皇牙へ声をかけてきた。
「殿。畑の方も、作業の途中で逃げやすい道を確保しておきます。水を運ぶ場所と重ならないようにしたいので、リヒト殿へ相談してもよろしいでしょうか」
「もちろん。あとの配置は二人で考えてくれ。決まったら俺が造る!」
皇牙は迷わず答えた。
続いてガルドからは、工房の道具を通路へ広げないよう、作業場所を整理したいと相談された。エルザとミアは、ルカのような子供や新しく来た移住者へ、避難場所を最初に教える役目を引き受けてくれた。
誰かが命令したわけでもないのに、皆が少しずつ自分にできることを考えている。
皇牙はその光景を眺めながら、不思議な気分になった。
自分が造ったのは、城と道と石柱だけだ。暮らし方を考え、仕事を分け、困っている人を助けるのは、ここに住む仲間たちだった。
「……なあ、巴」
「はい、殿」
「俺さ、最初は自分の城があればそれでいいと思ってたんだよ。でも、今は家とか道とか、皆が使うものを造る方が面白いかもしれねえ」
巴は穏やかに微笑んだ。
「それは、皆が殿のお造りになった場所で暮らしているからでございましょう」
「……そうかもな」
皇牙は小さく笑った。
そのとき、広間の向こうからルカが駆けてきた。足元の石畳を軽やかに踏み、母親へ振り返ってから、皇牙を見上げる。
「お城のお兄ちゃん! あの印、全部覚えたよ!」
「おっ、すげえじゃん!」
「鐘が鳴ったら、こっちに来るんだよね!」
「そうそう。ちゃんと大人と一緒にな」
ルカは元気よく頷いた。
少し離れた場所では、エルザとダリオがその様子を見守っている。二人の表情には、昨日ここへ来たばかりの頃の緊張はもうほとんど残っていなかった。
「皇牙様」
ダリオが近づいてきて、丁寧に頭を下げた。
「私たちは、まだ何もお返しできていません。でも、ここで暮らしていけるよう、精いっぱい働きたいと思っています」
「……別に返さなくていいって。仕事して、飯食って、ちゃんと暮らしてくれりゃ十分だよ」
「ありがとうございます」
ダリオは深く頭を下げた。
エルザも微笑みながら言葉を添えた。
「ルカが安心して笑える場所を作ってくださって、本当にありがとうございます。ここへ来てよかったです」
その言葉に、皇牙は少しだけ照れくさくなった。
「……お、おう。まあ、俺の城だからな。住み心地が悪いって言われたら、格好つかねえだろ?」
慌ててそう返すと、周囲に小さな笑いが広がった。
夕暮れが近づく頃、皇牙は城壁の上から街を眺めていた。
城館へ向かう石畳の道には、新しい目印の石柱が並んでいる。ダリオ一家の家からは夕食の支度をする気配が漂い、工房の方ではガルドたちが道具を片づけていた。西の城門の外では、見張りのオスカーが改修された通路を確認している。
家はまだ少ない。商店も商品が揃っておらず、現地通貨の収入だってない。立派な都市には程遠い、小さな開拓拠点だ。
それでも、皇牙には十分だった。
「……ここ、ちゃんと俺たちの街になってきたな」
隣に立つ勘助が、静かに頷いた。
「城を造るだけなら、殿のお力で一瞬にございましょう。しかし、そこで人が安心して暮らせるようになるには、皆の働きが必要ですな」
「おう。だから、面倒な仕事はこれからも頼むぜ!」
「承知しております」
勘助が苦笑し、巴も楽しそうに目を細めた。
皇牙は二人の顔を見比べ、満足そうに笑った。これだけ頼れる仲間がいれば、自分が毎日昼寝できる未来も、そう遠くない気がする。
もっとも、その前に忘れてはならない楽しみがあった。
「……そうだ。今日はまだガチャ引いてなかったな!」
皇牙は勢いよく城壁を下り、中庭へ向かった。そこで分身を見つけると、待ってましたとばかりに手招きする。
「おい、ガチャやるぞ!」
「おっ、やっとか! 今日はもう偉人が一人くらい出てもいい頃だろ!」
「昨日出たばっかりだけど、何人来ても困らねえ!」
皇牙は笑いながら《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:31人】
【SR以上排出率:5%】
一回目に現れたのは、N井戸管理係のポールだった。井戸や水汲み場の清掃と日常点検を得意としており、皇牙はすぐにヘルダへ紹介することにした。
二回目では、R衛生管理人のアニエスが召喚された。施設の衛生状態を確認し、病気や汚れを防ぐための生活上の工夫を提案できるという。
「おおっ! 衛生管理の専門家か! ティナと一緒に働いてもらえば、城がもっと住みやすくなるな!」
三回目に現れたのは、N木工補助のフィンだった。ガルドやロマンの作業を手伝い、木材の加工や道具の準備を補助できるらしい。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:34人】
「……くくく。よし、三人とも歓迎するぜ!」
皇牙は新しく現れた仲間たちへ笑いかけた。
今日も歴史上の偉人は出なかったが、街の暮らしを支える人材が増えたことは間違いない。しかも、これで国家人口は三十四人。自分が目指す巨大な国にはまだ遠いが、一歩ずつ前へ進んでいる。
ふと顔を上げると、城の窓には夕食の灯りがともり始めていた。
皇牙はその暖かな光を眺め、満足そうに息を吐いた。
「……さて。新しい仲間も増えたし、明日は何を造ろうかな」
広場では住民たちが声をかけ合い、今日一日の仕事を終えようとしている。
灰の荒野に生まれた小さな街は、まだ始まったばかりだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




