第1章 第22話 魔物の群れ
「……頼む。そろそろ二人目の歴史上の偉人を引かせてくれ!」
九日目の夕暮れ。神城皇牙は城の中庭で《英霊召喚ガチャEX》を開き、祈るように両手を合わせていた。
今日も朝から忙しかった。巴に集中していた仕事を見直し、新しく加わったオスカーへ見張りの一部を任せられるようにしたのだ。おかげで巴は久しぶりにまとまった休息を取れたが、戦闘を任せられる人間が増えたわけではない。
皇牙自身は規格外の魔法を使える。それでも、できれば軍事に詳しい人間へ面倒な判断を任せたい。何より、歴史好きとしては本物の武将や軍師をもっと見てみたかった。
「軍師でも将軍でもいいぞ! いや、できれば政治も軍事も丸投げできる奴がいい!」
「欲張りすぎだろ。そんな都合のいい奴、そうそう出ねえって」
隣で呆れた声を出したのは、左手首に植物の紐を巻いた分身だった。今日も仕事の話になると姿を消していたくせに、ガチャの時間だけはきっちり現れる。
「お前が代わりに働かねえから、俺がこうして祈ってんだよ!」
「俺だって働きたくねえんだから仕方ねえだろ!」
まったく同じ顔の二人が睨み合う横で、巴が笑いをこらえている。皇牙は気を取り直し、画面に表示された数字を確かめた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:28人】
【SR以上排出率:5%】
「よし! まずは一回目だ!」
淡い光の中から現れたのは、身軽そうな青年だった。N伝令係のノアと名乗り、知らせを正確に届ける仕事を得意としているらしい。昨日決めた警報時の連絡方法を思い出した皇牙は、なかなか悪くないと頷いた。
二回目はN革職人のベルト。獣皮をなめし、革紐や革製品を作ることに慣れた壮年の男だった。カイルが狩りで持ち帰った皮を活用できそうだが、加工用の道具や材料まで現れるわけではないため、仕事はガルドと相談して始めてもらう。
「……あと一回か。頼むぞ、マジで!」
皇牙は最後の召喚ボタンへ指を伸ばした。
次の瞬間、足元の召喚陣が金色に輝いた。
「……お?」
いつもとは明らかに違う光が中庭を満たし、幾重もの紋様が宙へ浮かび上がる。皇牙が目を細める中、眩い光の中心に人影が現れた。
【SR:山本勘助】
「…………は?」
皇牙は息を止めた。
召喚陣の中央に立っていたのは、鋭い眼差しをした壮年の武士だった。片目の周りには古傷があり、旅装めいた衣服の上からも、隙のない身のこなしがうかがえる。男は周囲を静かに見渡すと、皇牙の前で膝をついた。
「山本勘助晴幸と申す。お召しに応じ、参上いたしました」
「や……山本勘助?」
戦国時代の武将、武田信玄に仕えたと伝わる軍師。軍略や築城に通じた人物として数々の物語に登場する名だ。史実として確かめきれない逸話も多いが、そんな細かいことは今の皇牙の興奮を少しも冷まさなかった。
「うおおおおっ! 本物の山本勘助じゃねえかあああ!」
皇牙は勢いよく拳を突き上げた。分身まで飛び上がり、二人で歓声を上げるものだから、厨房の方からリーナが何事かと顔を出したほどだった。
「やったな! ついに二人目だ!」
「しかも軍師だぞ! これで俺の面倒な仕事が一気に減るかもしれねえ!」
「殿。勘助殿が驚いておられます」
巴に声をかけられ、皇牙はようやく我に返った。
勘助は巴の姿を見ると、わずかに目を見開いた。
「そちらは……巴御前殿か」
「いかにも。こちらでは巴とお呼びくだされ」
時代を隔てた二人の武人が、互いに礼を交わす。その光景を目にした皇牙は再び騒ぎ出しかけたが、今度はどうにか踏みとどまった。
「勘助、うちはまだ小さな拠点なんだ。城は立派だけど、兵士なんて一人もいねえ。戦える専門家は今のところ巴だけだ」
「ふむ。まずは人員と周囲の地形を知る必要がありそうですな」
「それと、俺は建物や道路を一瞬で造れる。魔法も使えるし、魔力も尽きねえ。詳しくは飯でも食いながら教えるから、防衛のことを相談させてくれ」
勘助は初めて大きく表情を動かした。
「建物を、一瞬で……それが真なら、戦の常識そのものが変わりましょう」
「くくく。だろ? ただし、兵士や武器や食い物が勝手に増えるわけじゃねえからな」
「心得ました。その力があれば何を守れ、何を守れぬのか。まずはそこから見極めましょう」
浮かれるばかりの皇牙と違い、勘助は落ち着いていた。その頼もしさに、皇牙の期待はますます膨らんだ。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:31人】
九日目の無料ガチャは終了。ようやく二人目のSRが加わり、国家人口は三十一人となった。
その夜、勘助は巴とオスカーから、これまでに確認された魔物や街道の位置、城壁の外にある取引広場について説明を受けた。皇牙も《国家創造EX》で造れるものと造れないものを実演を交えて伝えたが、話が防衛設備から城の装飾へ脱線するたび、エドガーに軌道修正された。
翌朝、十日目。
勘助は夜明けから巴たちと見張り塔へ上がり、城の西側を見渡していた。皇牙が朝食を終えて合流すると、三人はすでに地形について話し合っている。
「おっ、仕事が早いな! もう作戦会議か?」
「まだ周囲を確かめているだけにございます。昨夜伺った話と、実際に見える土地を照らし合わせておりました」
勘助が示した先には、西へ続く街道と、その両側に点在する岩場があった。城門の外には取引所と小さな商店が並んでいる。建物の位置関係を確かめた勘助は、街道の北側にある岩陰を指した。
「あの岩場は、城から死角になりやすいようですな。獣が身を隠して近づくなら、あの辺りでしょう」
「昨日も似た場所で狼らしい影を見ました」
オスカーが答える。
「そのときは城から離れる方向へ進んでいたので、鐘は鳴らしませんでした」
「よき判断にございます。見つけたものを何でも追えば、こちらが疲れ果てましょう」
勘助は満足そうに頷いた。
その言葉を聞いて、皇牙は思わず笑った。働かなくて済む方法を考えるという点では、この軍師と自分は意外に気が合うかもしれない。
だが、次の瞬間、オスカーの表情が変わった。
「……西の岩場に動きがあります」
皇牙が視線を向けると、岩陰から灰色の影が一つ飛び出した。続いて二つ、三つ。地面を低く駆ける姿には、見覚えがあった。
「……灰牙狼か?」
「そのようです。ですが、数が多い」
オスカーは目を細めて数え始めた。
五頭、七頭、九頭。さらに後方からも影が現れ、群れは岩場の間を縫うように進んでいる。先頭の数頭が立ち止まるたび、後ろの狼たちも動きを変えていた。
「十二頭は見えます。まだ奥にいるかもしれません」
「……おいおい。ずいぶん団体で来やがったな」
皇牙が呟いたとき、先頭の狼たちが一斉に城の方へ向きを変えた。
「こちらへ向かっています!」
「鐘を!」
巴の声とほぼ同時に、オスカーが警報を打ち鳴らした。
鋭い鐘の音が城壁を越えて響き渡る。城門脇で待機していたノアは合図を聞くと走り出し、まず城館へ、続いて農地と作業場へ知らせを届けた。
皇牙が城壁の下へ目を向けると、荷物を運んでいたドランとダリオが作業を中断していた。近くの者にも声をかけ、二人は城館へ続く石畳の道を戻っていく。
ダリオ一家の家からはエルザがルカの手を引いて出てきた。少女は鐘の音に驚いているようだったが、母親に促され、ほかの住民と一緒に城館へ向かっている。
「よし、みんな動いてるな」
「殿。城門は閉じられました。取引所にも人はおりませぬ」
巴が報告した。
城壁の内側にある畑や住居は、外の魔物から直接襲われる位置にはない。それでも、万一に備えて屋外の住民は城館へ集まることになっていた。
ユリウスとヘルダが作業場ごとの人数を確認し、まだ戻っていない者がいないか照らし合わせる。全員の安全が確かめられるまでは、皇牙も不用意に戦闘を始めるつもりはなかった。
「殿。敵はこのまま正面へ来るようですな」
勘助が低い声で告げた。
皇牙が見下ろすと、狼の群れは街道を外れ、城へ向かう斜面を駆け上がっている。城門前の広い空き地へ抜ける道と、北側の岩場を回り込む道に分かれそうだった。
「どうする、勘助? 俺の魔法なら、まとめて吹っ飛ばせると思うけど」
「それも一手。ただ、あちらには取引所がございます。まずは群れを建物から遠ざけ、見通しの利く場所へ寄せるのがよろしいかと」
「……なるほど。だったら、道を塞げばいいんだな」
皇牙は《国家創造EX》を開いた。
取引所のある城門西側には手を付けず、北の岩場から商店の裏へ回り込める通路を塞ぐように、短い石壁を造る。さらに、街道から城門へ斜めに進める場所にも壁を一つ設け、狼たちが建物の陰へ入り込まないようにした。
残したのは、城門より西側に広がる、見通しのよい荒野だった。そこなら取引所との間にも距離があり、塔から群れの動きを確かめられる。
黄金色の光が荒野を走り、石壁が次々と立ち上がった。
「……くくく。どうだ、これ!」
「見事。あとは敵がどう動くかでございますな」
勘助の声は冷静だった。
突然目の前に現れた石壁に、先頭の狼が急停止する。後続がぶつかりかけ、群れが一瞬乱れた。壁を飛び越えようとした一頭も、思いのほか高さがあることに気づいたのか、すぐに引き返していく。
やがて狼たちは、壁の途切れる広い空き地へ回り込み始めた。
「おお、ちゃんと移動してるじゃねえか!」
「獣は、通れぬ場所を避けます。もっとも、すべて思いどおりに動くとは限りませぬが」
勘助はそう言って、群れの後方へ視線を向けた。
皇牙もその方向を見たが、岩場の陰は暗く、まだ何も見えなかった。
そのとき、一頭の灰牙狼がほかの狼から離れ、城壁の低く見える場所へ走り出した。
「殿、あちらを!」
巴が鋭く告げる。
狼は勢いをつけて跳び上がり、石壁の上へ前脚をかけた。皇牙が魔法を使おうとした瞬間、巴が先に動いた。
「ここから先へは通さぬ!」
薙刀が風を切った。
城壁の内側に立つ巴は、身を乗り出しすぎることなく、壁へ取りついた狼の前脚を鋭く払った。狼は悲鳴を上げて体勢を崩し、壁の外へ転がり落ちる。
巴は追撃のために外へ出ようとはしなかった。
敵を倒すより先に、住民が暮らす城内へ入れない。その判断には迷いがなかった。
「……おおっ! さすが巴!」
「殿。まだほかにもおります。油断なされませぬよう」
巴の視線はすでに群れへ戻っていた。
皇牙は思わず口元を緩めた。やはり、頼れる武将がいるというのは心強い。しかも今は、巴が戦い、勘助が敵の動きを読み、オスカーが数を確かめている。それぞれが自分の仕事をしているのだ。
城館の方からノアが戻ってきたのは、その直後だった。
「皇牙様! 屋外の作業を中断した者は全員、城館側へ戻りました! ユリウス様が人数を確認し、行方の分からない者はいないとのことです!」
「よし、分かった! ありがとな!」
皇牙の胸から、最後の引っかかりが消えた。
住民は無事に避難した。城門も閉じている。これなら、遠慮なく魔物へ向き合える。
「……さて。ここからは俺たちの仕事だな」
皇牙がそう呟いたとき、群れの奥で低い唸り声が響いた。
それまで騒がしく動いていた狼たちが、一斉に足を止める。
岩場の陰から、ひときわ大きな影が姿を現した。
「……おい。あれ、普通の灰牙狼じゃねえだろ」
黒ずんだ毛並みに覆われた巨大な狼だった。ほかの個体より二回りは大きく、太い前脚が地面を踏むたび、砂が小さく跳ねる。口元から覗く牙は異様に長く、群れの狼たちはその進路を空けるように左右へ退いていった。
皇牙は思わず《万能鑑定EX》を使った。
【黒牙狼】
【灰牙狼の上位個体】
【群れを統率する性質を持つ魔物】
「……なるほど。あいつが親玉か」
黒牙狼は低く唸り、城門の方へゆっくりと歩き始めた。すると、さっきまで動きを乱していた灰牙狼たちが、再びまとまって進み出す。
「群れの動きが変わりましたな」
勘助が目を細めた。
「むやみに城門へ突っ込むのではなく、壁を探るように進んでおります。あの大きな個体が指示を出しているのでしょう」
「だったら、親玉を倒せば終わるかもしれねえな」
「その可能性はございます。しかし、群れが散れば追いづらくなります。まずは城へ近づけぬことを優先いたしましょう」
「おう。そこは任せろ!」
皇牙は城壁の上へ一歩進み、黒牙狼を見下ろした。
ここまでの間、勘助は状況を整理し、巴は壁へ取りついた狼を退け、オスカーは群れを見失わずに追ってくれた。自分が動くべき場面まで、仲間たちがしっかり支えてくれたのだ。
だからこそ、次は自分の番だった。
「……くくく。俺の城に手を出そうってんなら、相手が悪かったな」
皇牙の指先に、淡い魔力の光が灯る。
黒牙狼が牙を剥き、荒野へ咆哮を轟かせた。呼応するように灰牙狼たちが唸り声を上げ、城壁へ向かって駆け始める。
巴は薙刀を構え、勘助は群れの動きを見据えたまま、静かに口を開いた。
「殿。住民の退避は完了しております。どうぞ、存分に」
「……おう。じゃあ、ちょっとばかし派手にいくか!」
皇牙は不敵に笑い、魔力を高めた。
灰の荒野の空気が震え、城壁の上に眩い光が広がっていく。
その光景を見た勘助の眼差しが、初めて驚きに揺れた。
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