第1章 第21話 巴の仕事
「……そろそろ軍師とか将軍とか、そういう大物を引かせてくれてもよくねえか?」
八日目の夕暮れ。神城皇牙は中庭の長椅子に腰掛け、《英霊召喚ガチャEX》の画面を睨んでいた。西の空は茜色に染まり、城門の向こうには昼間に整えた取引広場の屋根が見える。
今日は城壁の内側に道路を通し、生活用品を置く小さな倉庫まで建てた。城門の外には商店も一軒増え、少しずつではあるが、城下町らしい景色になってきている。皇牙としては大満足の一日だったが、最後にもう一つ、どうしても欲しいものがあった。
「諸葛亮でも信長でもいい。いや、できれば両方欲しい! 政治と戦争を全部任せて、俺は昼寝するんだ!」
「欲張りすぎだろ。まあ、気持ちは分かるけどな」
隣から口を挟んだのは、左手首に植物の紐を巻いた分身だった。皇牙が城下町の整備に夢中になっている間、こいつは日陰で昼寝をしていたらしい。
「お前、今日も何もしてねえだろ」
「お前がやりたくて建物を造ってたんだろ? 俺まで働く理由なくね?」
「……くそっ。言い返せねえ」
皇牙は舌打ちしながら召喚画面へ目を戻した。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:25人】
【SR以上排出率:5%】
「よし、まずは一回目!」
光の中から現れたのは、がっしりした腕を持つ青年だった。N縄職人のフェルと名乗り、草や植物の繊維を撚って縄を作る仕事に慣れているという。
二回目では、背筋の伸びた壮年の男が姿を現した。
【R:見張り役 オスカー】
「おっ、Rだ! しかも見張り役か!」
皇牙が声を弾ませると、オスカーは落ち着いた様子で頭を下げた。遠方の人影や獣の動きを見つけ、異変を知らせる仕事を得意としているらしい。ただし、兵士として戦う訓練は受けていないという。
「つまり、敵を見つけるのは得意だけど、倒すのは専門外ってことか」
「はい。私にできるのは、危険を早く発見し、適切に知らせることでございます」
「十分だろ。うちは今、それも足りてねえんだから」
三回目に現れたのは、N荷車整備係のナディアだった。車輪や木製部品の修理に詳しく、ガルドやダリオと相談しながら、今後の運搬に必要な道具を整えてもらうことになった。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:28人】
今回も歴史上の偉人は現れなかった。それでも皇牙は、三人を迎え入れながら不思議と悪い気がしなかった。国を大きくするには、派手な天才だけでなく、こういう仕事を支える人材も必要なのだろう。
ただ、オスカーを巴へ紹介したとき、彼女が見せた表情だけは少し気になった。
「見張りを任せられる方が増えたのですね。それは心強うございます」
巴はいつものように微笑んでいた。だが、皇牙はその言葉を聞いて、ふと思った。
そういえば、こいつが最後に何もせず休んでいたところを、見たことがあっただろうか。
翌朝。九日目の城は、まだ日が高くならないうちから動き始めていた。
皇牙が珍しく早起きして中庭へ出ると、厨房から薪の燃える匂いが漂ってきた。マルクたちは畑へ向かう準備をし、ドランとダリオは倉庫から荷物を運び出している。
そして巴は、すでに城門の前にいた。
カイルから周辺の様子を聞き、城壁の上を確認すると、今度は見張り塔へ向かおうとしている。薙刀を持つ姿はいつもと変わらず凜々しいが、その働きぶりを眺めていた皇牙の胸には、昨日からの疑問が残った。
「なあ、巴。お前、今朝は何時から起きてんだ?」
「殿? 夜明け前には起きておりましたが……」
「昨日はいつ寝た?」
「城門の確認を終え、夜の報告を受けてからでございます」
「……それ、毎日やってんの?」
巴は少し考え、特に不思議そうな顔もせず頷いた。
「殿と皆をお守りするのが私の務めでございますゆえ」
「いや、務めなのは分かるけどさ。休む時間、足りてんのか?」
「問題ございませぬ。まだ十分に動けます」
その返事に、皇牙は思わず眉を寄せた。
「できるかどうかじゃねえんだよ。ずっとそれを続けていいのかって話。お前がぶっ倒れたら、俺が困るだろ」
巴は驚いたように瞬きをした。
皇牙はもともと、仕事なんて全部人に任せたいと思っている。しかし、自分が嫌いな仕事を誰か一人へ延々と押しつけるのも、どうにも気分が悪かった。
「……よし。今日は巴の仕事を整理するぞ」
「私の仕事を、でございますか?」
「おう。せっかく見張り役も来たんだし、できることは分けちまおうぜ」
朝食後、皇牙は巴、エドガー、オスカー、カイルを城門脇の詰所へ集めた。ユリウスには決まった内容を記録してもらうことにする。
詰所の窓からは、城門の外にある取引広場と、西へ続く道筋が見えた。城壁の上には以前造った見張り塔があり、異変を知らせる鐘も取り付けられている。
「……考えてみりゃ、塔も鐘も造ったのに、見張る人間は全然増えてなかったんだよな」
皇牙は窓の外を眺めながら呟いた。
以前、巴一人では城全体を警戒できないと気づき、設備を整えた。だが、建物を造るだけで働く人間まで生まれるわけではない。その当たり前のことを、また忘れかけていた。
「今、巴がやってる仕事って、どれくらいあるんだ?」
「殿の護衛、城門の警戒、周辺の巡回、見張りからの報告確認、それに魔物への対応でございます」
「……多すぎだろ」
皇牙が呆れると、巴は少し困ったように笑った。
「ただ、今の人員では、私が担うのが最も確実でございます」
「だから、それをどうにかしようって話だろ」
ここでオスカーが口を開いた。
「でしたら、まず城壁の上からの見張りを私へお任せください。遠くの動きを見つける仕事でしたら、巴様より長く観察を続けられると思います」
「お前がずっと塔に立ってたら、今度はお前が休めなくなるだろ?」
皇牙の指摘に、オスカーは頷いた。
「おっしゃるとおりです。ですので、日中は私が中心となり、食事や休憩の間だけ交代できる方にお願いしたいと考えております。ただし、まずは見張り方を教える必要がございます」
カイルが腕を組んだ。
「俺も朝夕に城の近くを確認することはできる。だが、狩りに出る日は長く留守にするし、毎日塔に立つのは無理だな」
「それでいいんじゃねえか? カイルは狩りが本業だし」
皇牙が答えると、エドガーも賛成した。
食料の確保がまだ安定していない以上、カイルを警備に専念させるわけにはいかない。農作業員や運搬係も同じだ。全員に本来の仕事があるのだから、無理な交代表を組んでも長続きしないだろう。
「当面、オスカー殿には日中の見張りを中心にお願いいたしましょう。休憩中の短い交代は、手が空いている者へ基本的な確認方法を教えたうえで頼む形がよろしいかと。夜間については、今の人数では十分な交代体制を組めません」
「……つまり、夜の問題はまだ残るってことか」
「はい。専門の人材がさらに必要でございます」
皇牙は少し考え、巴へ顔を向けた。
「だったら、夜は無理に見張りを増やさなくていい。門を閉めて、鐘と城壁を使って備える。何かあったら俺も起きるからさ」
「殿にまでご負担をおかけするわけには……」
「いや、俺が造った城だろ。住んでる奴を守るくらい、やるって」
皇牙は肩をすくめた。
「それに、俺は魔法が使える。巴が休んでる間に魔物が来たら、俺がぶっ飛ばせば済む話だしな」
巴はしばらく皇牙を見つめ、やがて静かに頷いた。
「……承知いたしました。ですが、殿が危険な場所へ向かわれる際は、必ずお知らせくださいませ」
「分かってるって。勝手に飛び出したりしねえよ」
そう答えると、エドガーがすかさず口を挟んだ。
「皇牙様。以前は、よく突然外へ出かけておられましたが」
「……うっ」
詰所に小さな笑いが広がった。
話し合いを終えると、五人は実際に見張り塔へ上がった。
塔の上では、乾いた風が強く吹いていた。西の街道は遠くまで見渡せるが、途中には大小の岩が散らばり、ところどころ視界を遮っている。
オスカーはしばらく周囲を観察したあと、岩場の一つを指した。
「あの辺りは、ここからだと低い場所が見えません。近くまで来た獣が、岩陰に入れば姿を見失うでしょう」
巴もその場所を見つめた。
「そこは私も気にしておりました。以前、周辺を確認した際にも、足跡が残っていた場所でございます」
「なら、近づいてから気づくんじゃ遅いってことか」
「はい。大切なのは、遠くにいる間の動きをよく見ることでございます」
オスカーはそう言い、見張りの判断方法を説明し始めた。
街道を通り過ぎる旅人や、城とは反対方向へ移動する獣は、まず報告するだけでよい。ただし、魔物らしいものが城へ向かって進んでいる場合や、城壁の近くで姿を消して位置が分からなくなった場合には、すぐに鐘を鳴らす。
「もちろん、見張りの者が外へ確かめに行く必要はありません。危険を知らせるのが役目ですから」
「……いいな、それ。分かりやすい」
皇牙は満足そうに頷いた。
巴はさらに、鐘が鳴った場合の対応を確認した。
「住民には、城壁の外へ出ず、城内の安全な場所へ戻るよう伝えましょう。取引所に人がいる場合は、まず門の内側へ避難させる必要がございます」
「おう。俺も鐘が鳴ったらすぐ動けるようにしとく」
皇牙は頷き、オスカーにもそう伝えた。
見張り塔から下りたあと、オスカーは実際に鐘の位置を確かめ、ユリウスへ報告の流れを説明した。カイルも狩りへ出る前に立ち寄り、周辺で見つけた魔物の痕跡を伝えることにする。
やがて昼近くになった頃、オスカーが見張り塔から声を上げた。
「西の岩場に動きがあります! 獣らしい影が二つ、北へ移動中です!」
皇牙と巴はすぐに塔へ上がった。
遠くの岩場を目で追うと、灰色の影が二つ、草の少ない斜面を横切っていた。以前戦った灰牙狼に似ているが、距離があるため断定はできない。
「……こっち来てんのか?」
「いいえ。今のところ、城から離れる方向へ進んでおります」
オスカーは落ち着いて答えた。
巴も動きを確認し、薙刀を持ち直しかけた手を止めた。
「確かに、追いかける必要はなさそうですね。城へ向きを変えた場合は、すぐに知らせてください」
「承知しました」
しばらく観察していると、二つの影はそのまま北の岩陰へ消えた。城へ近づく様子はなく、鐘が鳴ることもなかった。
皇牙は胸の内で、少し感心していた。
以前なら、巴が直接外へ出て確かめていたかもしれない。しかし今回は、オスカーの観察だけで状況を判断できた。新しい人材が加わった意味を、初めて実感した気がする。
「……なるほどな。こういうのが仕事を分けるってことか」
皇牙は小さく呟いた。
その日の午後、オスカーは昼の見張りを続け、カイルは予定どおり狩りへ向かった。城門の開閉は普段どおり必要なときだけ行い、取引所も商人が訪れない間は閉めてある。
皇牙は巴と一緒に中庭へ戻ると、長椅子を指さした。
「……よし。巴、今日はもう休んでこいよ」
「殿。しかし、まだ夕刻の確認が……」
「それはあとで俺とオスカーが見る。お前は昼の間、ちゃんと休め」
巴が何か言いかけたので、皇牙は先に続けた。
「俺は今日は城から出ねえ。何かあったら、俺が対応する。だから安心して休めって」
巴はしばらく迷っているようだったが、やがて静かに頭を下げた。
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
「おう。ゆっくりしてこい!」
巴が城館へ戻るのを見送り、皇牙は長椅子へ腰を下ろした。
すると、隣の日陰から分身の声がした。
「……お前、巴を休ませるために、今日は城から出ねえのか?」
「そうだけど?」
「へえ。珍しく働く気になってんじゃねえか」
「うるせえ。別に好きで働くわけじゃねえよ」
皇牙はそう答え、分身をじっと見た。
「……そうだ。お前も何か手伝え」
「は?」
「鐘が鳴ったら、城館の中にいる奴らへ知らせに行け。走って伝えるだけなら、お前にもできるだろ」
分身は露骨に嫌そうな顔をした。
「……面倒くせえなあ」
「俺だって面倒くせえよ! でも、巴を休ませるためだろ!」
二人はしばらく睨み合っていたが、結局分身が折れた。
「……分かったよ。鐘が鳴ったときだけな」
「おう。それ以外は好きに昼寝してろ」
「……それならいい」
分身は再び長椅子へ寝転がった。
皇牙も隣に腰を下ろし、空を見上げる。
中庭には午後の柔らかな日差しが差し込み、遠くからはドランたちが荷物を運ぶ音が聞こえていた。新しく整えた石畳の道では、ダリオ一家の娘ルカが母親と一緒に歩いている。
城の暮らしは、巴がいなくても変わらず続いていた。
もちろん、すべての仕事を任せられるほど人が揃ったわけではない。夜の見張りもまだ十分とは言えず、魔物と戦える者は巴以外にいない。それでも、少しずつ役割を分ければ、一人へ負担を集中させずに済むのだ。
「……なんだ。こういうのでいいんじゃねえか」
皇牙は小さく笑った。
夕方、巴が中庭へ戻ってきたとき、皇牙はちょうどエドガーから報告を受けていた。
オスカーは日中の見張りを予定どおり終え、カイルも無事に帰ってきたという。狼らしい影が再び城へ近づくことはなく、警報を鳴らす場面もなかった。
「殿。本日はお気遣いいただき、ありがとうございました」
巴が頭を下げると、皇牙は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「……別に礼なんかいいって。それより、ちゃんと休めたのか?」
「はい。久しぶりに落ち着いて過ごすことができました」
その言葉を聞き、皇牙はほっとした。
巴は自分が召喚した、最初の歴史上の偉人だ。強くて頼りになり、これまで何度も危険から守ってくれた。だからこそ、何でもできるからといって無理をさせたくはなかった。
「……これからも、全部一人でやろうとすんなよ。お前が倒れたら、俺が困るんだからな」
「ふふ。殿は、本当にお優しいのですね」
「……いや、そういうんじゃねえって! 俺が面倒なことしたくねえだけだよ!」
皇牙が慌てて言い返すと、巴は声を立てて笑った。
夕暮れの城壁には、今日も見張りの影が伸びている。明日になれば、また新しい仕事が増えるかもしれない。魔物が現れれば、巴と皇牙が戦う必要もあるだろう。
それでも、見張りを任せられる人間ができたことで、巴は少しだけ自分の時間を持てるようになった。
皇牙はその事実が、思っていた以上に嬉しかった。
「……よし。次はちゃんと戦える奴をガチャで引きてえな!」
「殿。またガチャのお話でございますか?」
「当たり前だろ! 強い奴が増えれば巴も楽になるし、俺ももっと昼寝できる!」
皇牙が胸を張ると、巴は楽しそうに目を細めた。
「それは、なかなかよい理由でございますね」
「だろ? くくく、俺って天才かもしれねえ!」
夕焼けに染まる城の中庭へ、二人の笑い声が広がっていく。
悠々自適な生活を手に入れるために、皇牙がやるべきことはまだ山ほどある。だが、仲間が増え、それぞれの仕事を任せられるようになれば、いつか本当に、何もしなくても国が回る日が来るかもしれない。
皇牙はその未来を思い描きながら、満足そうに笑った。
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