第1章 第20話 城下町の第一歩
「……なあ、巴。ここに家がずらっと並んだら、結構すごくねえか?」
七日目の午後。神城皇牙は城壁の内側に建てた一軒家を眺めながら、まだ何もない周囲の土地へ視線を巡らせていた。昨日まで空き地だった場所には、ラーデンから移住してきたダリオ一家の新居が建っている。窓辺では母親のエルザが荷物を整理し、玄関の前では小さなルカが父親と一緒に集めた小石を並べて遊んでいた。
城の敷地は、今の住民が暮らすには広すぎるほどだった。巨大な城館と城壁を建てたときは、その立派さだけで満足していた皇牙だが、こうして人が住む家が一軒増えると、空いている土地まで気になってくる。
「殿のお力でしたら、家を増やすこと自体は容易でございましょう。ただ、住む方がいなければ、お手入れする建物ばかり増えてしまいますね」
「……そうなんだよな。俺としては、屋根の色が違う家を並べたり、でっけえ広場を造ったりしたいんだけど」
皇牙が指で空中に街並みを描くと、巴は楽しそうに笑った。
「ふふ。それは、いずれ人が増えてからのお楽しみにしてはいかがでしょう」
「よし、決めた。明日はちゃんと街づくりを考えるぞ。使う人がいる建物からな!」
珍しく仕事に前向きな発言をした皇牙だったが、その理由は単純だった。政治の話し合いは嫌いでも、街の形を考えるのは大好きなのだ。
もっとも、七日目にはまだ大切な予定が残っていた。
夕食前の中庭で召喚画面を開くと、左手首に植物の紐を結んだ分身が、どこからともなく現れた。面倒な用事を頼んだときにはなかなか来ないくせに、ガチャの気配だけは見逃さないらしい。
「おい、皇牙! 俺を呼ばずに引こうとしてただろ!」
「まだ一回も引いてねえよ! お前は俺の財布でも管理してんのか!」
笑いながら画面を確かめると、七日目の無料召喚は三回とも残っていた。国家人口は二十二人。SR以上の排出率は、まだ五パーセントである。
「さあ来い! 俺の悠々自適な生活を支えてくれる天才たちよ!」
一回目で現れたのは、日に焼けた腕を持つN石工のロマンだった。続く二回目の光からは、R測量士のリヒトが姿を現す。土地の高低差や距離を測り、道路や建物の配置を考える仕事が得意だと聞いて、皇牙は思わず歓声を上げた。
「測量士! 明日ちょうど街を造ろうと思ってたんだよ! これは神引きだろ!」
「歴史上の偉人じゃねえけど、今のお前にはぴったりだな」
分身が感心する横で、三回目の召喚が始まった。最後に現れたのは、施設の掃除と衛生管理を得意とするN清掃係のティナだった。
皇牙は少しだけ肩を落としたものの、三人の顔を見回すうちに機嫌を直した。石工も測量士も清掃係も、今後人が増えるなら必要になる仕事ばかりだ。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:25人】
「……よし! 偉人は次に期待するとして、明日の街づくりは楽しみになってきたな!」
リヒトには翌朝、ガルドや巴と一緒に城壁内の空き地を見てもらうことにした。ロマンには石造りの設備についてガルドと相談してもらい、ティナにはミアやサラと、どこまで清掃の手が回っているか確認してもらう。新しい三人をそれぞれの仕事へ案内すると、城はいつもより賑やかな夜を迎えた。
翌朝、八日目。
皇牙が朝食を終えて城の東側へ向かうと、リヒトはすでに地面を調べていた。細い木の棒と紐を使い、ロマンと一緒に距離を測っている。足元には目印の小石が並べられ、空き地の端にはガルドが用意した木片が置かれていた。
「おっ、もう始めてんのか。仕事が早いな!」
「おはようございます、皇牙様。まだ城壁の内側を簡単に確認しているところですが、いくつか気になる点がございました」
リヒトは地面の緩い傾斜を示した。ダリオ一家の家がある東側は比較的平らだが、城館へ近づくにつれてわずかに高くなっている。また、普段ドランたちが荷物を運ぶ経路には、小さな起伏が残っていた。
「こちらに道を通せば、城の生活用の施設と住居をつなげられます。ただ、荷物を運ぶなら、できるだけ緩やかな傾斜に整えたいところです」
「なるほどな。俺なら適当に真っすぐ造るところだったぜ」
「真っすぐでも通れますが、荷車を使うことを考えますと、こちらの方が扱いやすいかと」
皇牙は感心しながら頷いた。前世で歴史を学んでいたので、道路が国家の発展を支えることくらいは知っている。しかし、実際にどこへ道を通せば便利なのかまでは、専門家の方が頼りになる。
そこへエドガーと巴が合流した。エドガーは城門外の取引広場との位置関係を確認し、巴は住宅へ向かう道が城門から見通せるかを確かめている。
「殿。まず一つ、はっきりさせておきたいことがございます」
巴は城壁へ目を向けた。
「ダリオ一家の家は、今ある城壁の内側にございます。新しい住居も、当面はこちらの空き地へまとめて建てるのがよろしいかと。外へ広げれば、その分だけ警戒する場所も増えますので」
「おう。まだ中に土地が余ってるもんな。わざわざ外まで広げる必要はねえか」
「はい。今は新しい防壁を増やすより、現在の守りを活かす方が安全でございます」
皇牙は城壁の上にある見張り塔を見上げた。狼の群れに襲われたあとに整備した設備が、今も周囲を見渡している。もっと大きな街を造りたい気持ちはあるが、巴一人へ警備の負担を押しつけるつもりはなかった。
「じゃあ、住宅地は城壁の内側。西の取引所は城門の外で、商人が来たときだけ使う。まずはそれで決まりだな」
「よろしいかと存じます」
エドガーも賛成した。
話がまとまると、皇牙は早速《国家創造EX》を開いた。城館から東側の住居へ通じる石畳の道を整え、途中には人と荷車がすれ違える程度の幅を確保する。新しい道路はあくまで既存の城壁内を通るもので、外部の街道へ直接つながる門を増やすことはしなかった。
「……くくく。どうせ造るなら、中央に噴水がある大広場とかも欲しいんだけどな」
「皇牙様。まずは普段使う道だけで十分かと」
「分かってるよ、エドガー。でも、将来の計画くらい夢を見させてくれ!」
皇牙は苦笑しながら、必要な範囲に設計を絞った。
建設を実行すると、黄金色の光が地面を走った。砂混じりの土が均され、規則正しく石畳が並んでいく。城館からダリオ一家の家まで続く道が完成すると、足元にあった小さな段差もなくなり、歩きやすい通路が姿を現した。
「おおっ! いいじゃねえか! やっぱり街づくりはこうでなくちゃな!」
皇牙は嬉しくなって、完成した道を何度か往復した。自分で一歩ずつ石を並べる必要もなく、思い描いた景色が目の前に現れる。これほど楽しい能力を与えられたのだから、使わない方がもったいない。
しばらくすると、荷物を運んでいたドランとダリオが新しい道へ入ってきた。二人が運んでいるのは、生活用品の整理に使う木箱だ。
「おっ、ちょうどいい。歩きやすくなっただろ?」
「はい! 前は石を避けながら運んでいたので、かなり楽になりました」
ダリオは嬉しそうに答え、ドランも何度か足元を確かめた。
「これなら荷物を落とす心配も減りそうです。運ぶ回数が増えても助かりますね」
「……よし、ちゃんと役に立ってるな!」
皇牙は満足した。見栄えだけでなく、実際に暮らす人間の仕事が楽になるのなら、道路を造った意味もあるというものだ。
次に考えたのは、生活用品を保管するための場所だった。
城にはすでに材料置き場があり、取引所にも商品用の保管室がある。しかし、ダリオ一家の家からは離れており、日常的に使う物を取りに行くには不便だった。
「ここに、小さい倉庫を造るのはどうだ?」
皇牙が提案すると、ヘルダが首を傾げた。
「生活用品を置くためでしたら、助かります。ただ、今は保管する物がそれほど多くありませんので、大きな建物は必要ございません」
「じゃあ、小さめでいいな。売り物は西の取引所、材料は今の置き場、ここは住民が使う物だけにしようぜ」
ヘルダはすぐに賛成した。
皇牙は住宅区画の端に、屋根の低い小さな倉庫を建てた。中には壁へ固定された収納棚と、湿気を避けるための床を設ける。ただし、棚に収める食器や寝具、道具は増えない。必要なものは、ヘルダが今ある物資を確認して運び入れることになった。
新しい倉庫を眺めていたロマンが、入口の段差を指さした。
「皇牙様。ここは荷物を持って出入りするでしょうから、足元が平らな方がよさそうです」
「おっ、確かに。じゃあ、そこも直しとくか!」
皇牙は倉庫の入口を道路と同じ高さになるよう調整した。こういう細かな使い勝手は、実際に物を扱う職人たちの意見を聞いた方が早い。
その日の昼過ぎには、ティナも新しい住宅区画へやってきた。ミアと一緒に生活用の施設を見て回り、掃除する場所と順番を相談しているらしい。
「ここも、毎日全部掃除するのか?」
皇牙が尋ねると、ティナは少し困った顔になった。
「必要な場所は毎日確認いたしますが、人が使っていない所まで同じように掃除していては、手が足りなくなります」
「……だよな。俺が建物を造りすぎると、みんなの仕事が増えるわけか」
皇牙は苦笑した。
自分の能力では、建物を造るだけなら一瞬だ。けれど、維持する人間の時間までは増やせない。あれもこれも建てたがる癖は、少し気をつけた方がよさそうだった。
「よし。使わねえ建物は、当分増やさないことにする!」
そう宣言した直後、皇牙の視線は西側の取引広場へ向いていた。
「……ただ、商店なら一軒くらい欲しいよな?」
「殿」
巴に名前を呼ばれ、皇牙は慌てて言い訳を始めた。
「いや、ちゃんと理由があるんだって! 取引所だけじゃ、エドガーが商品を見せたり整理したりするのも大変だろ? 店っぽい建物があれば便利じゃねえかなって!」
エドガーは少し考えてから答えた。
「建物を増やすのであれば、まずは用途を限定するのがよろしいでしょう。普段は閉めておき、商人が訪れた際だけ見本を並べる小さな商店なら、今の人数でも管理できるかと存じます」
「……おお! それなら造っていいってことか!」
「必要な範囲であれば、でございます」
皇牙は満面の笑みを浮かべた。
西側の取引広場へ向かうと、エドガーは既存の建物の隣にある空き地を指し示した。商人が来たときだけ商品を広げられ、雨風を避けて見本を確認できる場所があればよいという。
「……よし。じゃあ、ここに最初の商店を造ろう!」
皇牙は《国家創造EX》を開き、小さな石造りの店舗を設計した。
広い販売台と屋根付きの入口を持つ、簡素な一軒家ほどの大きさの建物だ。外から荷車を停められるよう通路を確保し、城門へ直接近づけない配置も維持する。
建設を実行すると、石畳の上に黄金色の光が走り、屋根と壁が瞬く間に組み上がった。最後に入口の石柱へ小さな装飾が浮かび上がると、皇牙は満足そうに頷いた。
「……くくく。いいじゃねえか! これぞ俺の最初の商店だ!」
「立派でございます。ただし、今は商品も少ないので、商人が来たときだけ使うことにいたしましょう」
エドガーはそう言いながら、店の中を一通り確認した。
売り物はまだ敷物と砥石の試作品が中心で、現地通貨も手に入っていない。店が完成したからといって、商売が急に大きくなるわけではなかった。
「……分かってるって。俺は店を造る係で、商売はエドガーの仕事。これで完璧だな!」
「皇牙様。大きな取引については、ご相談いたしますよ」
「……そこは必要なときだけにしてくれ!」
皇牙が顔をしかめると、エドガーは小さく笑った。
夕方になり、皇牙は再び城の東側へ戻った。
新しい石畳の道では、ダリオとドランが最後の荷物を運び終えたところだった。エルザはミアと一緒に敷物を編み、ルカは母親の近くで小石を並べて遊んでいる。城の周囲には、少しずつ人の暮らしが生まれていた。
「……なんか、いいな」
皇牙は思わず呟いた。
ただ建物を並べるだけなら、今すぐ何十軒でも造れる。しかし、そこに住む人間がいて、仕事をして、笑い合う姿を見るのは、建物が完成する瞬間とは違った面白さがあった。
ルカが皇牙に気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お城のお兄ちゃん! 道がきれいになったね!」
「おう! これで転びにくくなっただろ?」
「うん! お父さんも荷物を運びやすいって!」
少女の笑顔を見て、皇牙は少し照れくさくなった。
自分が楽をするために始めた国づくりだったが、こうして誰かの暮らしが便利になるのも悪くない。
「……くくく。やっぱり、もっと街を大きくしたくなるな」
「殿。それには、まだ人手も物資も必要でございますよ」
隣に立つ巴が、穏やかに笑った。
「分かってるって。今はまだ二十五人だしな。でも、そのうち人が増えたら、家も道もどんどん広げられるだろ?」
「はい。その際は、防衛についても一緒に考えてまいりましょう」
「おう。そこは巴に頼む!」
皇牙は満足そうに頷いた。
街が大きくなれば、仕事も増える。しかし、優秀な仲間たちへ任せられる仕事が増えれば、自分の自由時間だって増えるはずだ。
そして何より、国が豊かになれば金貨も稼げるようになり、いつかは有料ガチャを引けるかもしれない。
「……よし! 俺が何もしなくても回る街を作ってやるぜ!」
「ふふ。殿らしい夢でございますね」
巴が微笑むと、皇牙は不敵な笑みを浮かべた。
そのとき、城の中庭から分身の声が聞こえてきた。
「おーい、皇牙! 今日の無料ガチャ、まだ引いてねえだろ!」
「……あっ!」
皇牙は思わず顔を上げた。
八日目の無料ガチャは、まだ三回とも残っている。街づくりに夢中になっていたせいで、すっかり後回しになっていたのだ。
「……くそっ! ガチャを忘れるなんて、俺としたことが!」
皇牙は慌てて城の方へ歩き出した。
「巴! 戻ろうぜ! 今日はSR以上が引ける気がする!」
「はい。ですが、走って転ばぬようお気をつけくださいませ」
巴は楽しそうに笑い、その後を追った。
城壁の内側には、ダリオ一家の家を起点に石畳の道が伸び、小さな生活用品の倉庫が建った。城門の外では、取引所の隣に最初の商店が姿を現している。
まだ家は少なく、商売も始まったばかり。それでも、建物だけだった場所に、人が歩く道と、生活を支える仕事が生まれ始めていた。
灰の荒野に築かれた巨大な城は、ようやく小さな城下町へ向けて、最初の一歩を踏み出したのだった。
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