第1章 第18話 商売を始めよう
「頼む! 今度こそ歴史上の偉人を引かせてくれえええ!」
五日目の夕暮れ。神城皇牙の叫びが城の中庭に響き渡り、近くで片づけをしていたミアが思わず振り返った。皇牙はそんなことにも気づかず、目の前に浮かぶ《英霊召喚ガチャEX》の画面を食い入るように見つめている。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:13人】
【SR以上排出率:5%】
昼間は金貨を稼ぐ方法を考え、ガルドたちと商品の試作まで始めた。おかげで充実した一日にはなったが、肝心の有料ガチャは相変わらず手の届かない存在である。
「無料ガチャで大当たりを引ければ、金貨を集める苦労もちょっとは忘れられるんだけどな……」
「分かるぜ、その気持ち!」
隣では、左手首に植物の紐を巻いた分身が拳を握っていた。本人はガチャを使えないくせに、引く瞬間になると皇牙以上に騒がしい。
「よし、一回目!」
召喚陣から現れたのは、日に焼けた大柄な男だった。
【N:木こり オルフ】
オルフは木材の伐採や乾燥、簡単な木の加工に慣れているという。城の周辺に大きな森はないものの、今後使える木材を探す際には頼りになりそうだった。
二回目には、几帳面そうな女性が現れた。
【N:倉庫係 ヘルダ】
ヘルダは物資の分類や数量の管理を得意としているらしい。ガルドが整理している材料置き場を見せると、早速、用途ごとに保管場所を分けたいと申し出た。
「おお、いいじゃねえか。売り物と飯の材料がごちゃ混ぜになったら困るしな」
皇牙が歓迎すると、ヘルダは嬉しそうに頭を下げた。
最後の一回で現れたのは、落ち着いた雰囲気の青年だった。
【R:薬草師 セヴラン】
「おっ、Rだ!」
セヴランは薬草の見分けや乾燥、保存方法に詳しいという。ただし、この土地の植物については実物を調べなければ判断できないらしく、早速ロイと話し始めていた。
結局、歴史上の偉人は現れなかった。それでも、今の城に必要な仕事を任せられる者が増えたのは確かだった。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:16人】
「……まあ、悪くねえな。明日こそSR以上を頼むぜ!」
「おう! いつか十連も引いてみてえよな!」
分身と顔を見合わせた皇牙は、満足そうに召喚画面を閉じた。
翌朝、皇牙は城門の外に立っていた。
目の前には乾いた荒野が広がり、昨日ベルントが去っていった東側の道筋も遠くへ続いている。朝の風は涼しかったが、日が高くなれば石の多い地面はすぐに熱を持ちそうだった。
「で、エドガー。ここに市場を造るんだよな?」
「はい。ただ、最初は小さな取引広場で十分かと存じます」
エドガーは足元の地面を指しながら、荷車の通り道と城門の位置を説明した。隣では巴が周辺を見渡し、城壁から見えにくい場所がないか確かめている。
「商人が荷車を停め、商品を見せられる場所があれば、まずは商いを始められます。立派な市場を造るのは、人が増えてからでも遅くありません」
「……ええっ、屋台とか噴水とかあった方が格好よくね?」
「殿。噴水より先に、商人の荷車が通れる道を確保する方がよろしいかと」
巴が微笑みながら口を挟む。
「……分かってるって。でも、ちょっとくらい格好よくしたいじゃねえか」
皇牙は不満そうに口を尖らせたが、二人の説明が正しいことも理解していた。
今の城で商売を担当できるのは、エドガーを中心としたごく少人数だ。誰も使わない巨大市場を建てたところで、管理する仕事ばかり増えてしまう。
「それと、もう一つお願いがございます」
巴が城門の外側を指さした。
「取引の場所は、門から少し離していただけますか。荷車がそのまま城門へ近づける造りでは、いざというとき危険でございます」
「……なるほどな。じゃあ、人が入ってくる方向も考えた方がいいわけか」
「はい。商人の方には西側から広場へ入っていただき、城門の正面には荷車を停められないようにするのがよろしいでしょう」
皇牙は素直に頷いた。
戦うことになれば自分と巴で対処できるだろうが、危険を避けられるならその方がいい。何より、城の住民を無駄な危険へさらすつもりはなかった。
「よし、決まりだ。ちょっと待ってろ!」
皇牙は《国家創造EX》を開き、目の前の土地に取引広場を設計した。
城門から少し西へずらした位置に、荷車が方向を変えられる石畳の広場を造る。通路は西側の道筋へつなぎ、城門へ向かう部分には低い石垣を設けて、荷車が直接進めないようにした。
広場の端には屋根付きの取引所を配置し、品物を並べる石造りの台と、鍵を取り付けられる保管室を併設する。どちらも建物に固定された設備であり、売り物や道具が勝手に生まれるわけではない。
「……くくく。こんな感じでどうだ?」
皇牙が完成予想を見せると、エドガーは配置を確かめ、巴も満足そうに頷いた。
「よろしいかと存じます。これなら商人を城内へ入れずに対応できますね」
「はい。取引の際には私が外で警戒いたします。普段は保管室を閉め、商人が訪れたときだけ開ける形がよろしいでしょう」
「おう、それでいこう!」
皇牙は建設を実行した。
黄金色の光が地面を走り、乾いた土の上に石畳が広がっていく。続いて、白い石柱に支えられた屋根付きの取引所が姿を現し、保管室と低い石垣が次々と形を作った。
ほんの一瞬で、何もなかった荒野に小さな商業施設が完成した。
「おおおっ! 我ながらいい出来じゃねえか!」
皇牙は満足そうに声を上げた。
屋根には少しだけ凝った装飾を施し、入口の石柱にも細かな模様を刻んである。巨大市場は我慢したが、建築好きとして譲れない部分はしっかり残したのだ。
「殿らしい、美しい建物でございますね」
「だろ? そのうちもっとでっけえ市場にしてやるからな!」
巴の言葉に皇牙が胸を張ると、エドガーは苦笑しながらも、すぐに実務の確認を始めた。
「では、保管する品物を運びましょう。ヘルダ殿にもお願いしてございます」
ほどなくして、ドランが小さな木箱を抱えてやってきた。その後ろを歩くヘルダは、箱に入っている品物を一つずつ確認している。
中に収められていたのは、ミアが編んだ草の敷物と、ガルドとブラムが試作した砥石だった。
「おっ、昨日のやつか!」
「はい。こちらは売り物の見本として預かっております」
ヘルダは敷物を取り出し、石造りの台へ丁寧に広げた。端の編み目は補強されており、小さいながらも形が整っている。
砥石の方も、ブラムが実際に刃物を研いで使い心地を確かめたものだった。
「これなら売れそうじゃね?」
皇牙が期待を込めて尋ねると、エドガーはすぐには頷かなかった。
「品質は悪くないと思います。ただ、周辺の町で同じような品がどのくらいの値段で売られているか分かりません。まずは買い手の反応を確かめたいところです」
「……そっか。作れたからって、売れるとは限らねえもんな」
「はい。それに、暮らしに必要な材料まで商品へ回すわけにはまいりません。こちらは今のところ見本として扱います」
ヘルダは説明を受け、売り物の見本と城内で使う物資を別々に記録した。
その仕事ぶりを見て、皇牙は感心した。
「……お前、結構几帳面なんだな」
「数が合わなくなると、あとで困りますから」
ヘルダは控えめに笑った。
売る商品が増えれば、材料の残量や保管場所を把握することも大切になる。今は小さな取引所だが、仕事を分担できる人材がいるのはありがたかった。
その頃、ガルドは入口に設置する木の看板を仕上げていた。
エドガーが文字を下書きし、ガルドがその線に沿って彫り込んでいる。皇牙にはまだこの世界の文字を十分に読めないが、商人との取引を受け付けていることを知らせる内容らしい。
「おおっ、看板までできたのか!」
「雨で文字が消えちゃ困るからな。屋根の下へ付けておけば、しばらくは使えるだろ」
ガルドは完成した木板を入口へ取り付けた。
皇牙はその文字を眺め、少しだけ得意になった。
「……くくく。こうして見ると、ちゃんと店っぽいな!」
エドガーは笑いながら頷いたが、まだ仕事は残っていた。
商人が訪れたときだけ取引所を開き、普段は商品を保管室へ戻すこと。城門の内側には勝手に入れないこと。商談中は巴が安全を確認し、エドガーが値段や交換条件を決めること。
皇牙は細かな話を聞いているうちに、だんだん面倒になってきた。
「……よし、分かった! その辺は全部エドガーに任せる!」
「承知いたしました。ただし、大きな取引については皇牙様にもご相談いたします」
「必要なときだけならいいぞ!」
皇牙は即答し、ようやく仕事から解放された気分で伸びをした。
そのとき、城門の方からカイルが近づいてきた。
「皇牙様。西側の道に人影が見えます。荷車はありませんが、こちらを見ているようです」
「……おっ! もしかして最初の客か!?」
皇牙は思わず身を乗り出した。
カイルが示した先には、二人の旅人が立っていた。大きな荷物を背負った男女で、遠くから取引所を眺めている。
巴が周囲を確認したあと、エドガーが入口へ進んだ。
「何かお探しでしょうか。こちらでは商人の方との取引を受け付けております」
声をかけられた二人は、少し驚いた様子で顔を見合わせた。
「……ああ、やっぱり店なのか。こんな場所に新しい建物があるから、何かと思ってな」
男の方が答えた。
その服装は旅慣れているように見えたが、商人というよりは、荷物を持って移動している普通の旅人らしい。
「ここで物を買えるのか?」
「今はまだ品数が少なく、取引の準備を始めたばかりでございます。よろしければ見本をご覧ください」
エドガーがそう答えると、二人は興味深そうに取引所へ近づいてきた。
皇牙は少し離れた場所で様子を見守った。巴が護衛として立ち、カイルも周囲へ注意を向けている。
旅人たちは石造りの台に並べられた敷物と砥石を見比べた。
「へえ、砥石があるのか」
男は小さな石を手に取り、表面を確かめた。
「これ、ちゃんと刃物が研げるのか?」
「試作品ではございますが、職人が使用を確認しております。ただし、まだ販売価格を決めておりませんので、本日はご覧いただくだけになります」
エドガーの説明に、男は納得したように頷いた。
「そうか。旅をしてると刃物を研ぐ道具は欲しくなるんだよな。売るようになったら、また寄ってみてもいいか?」
「もちろんでございます。ご興味をお持ちいただき、ありがとうございます」
エドガーは丁寧に頭を下げた。
隣にいた女性も敷物を眺め、手で軽く触れている。
「こっちも悪くないね。もう少し大きいものなら、荷物を置くのに使えそうだよ」
「……なるほど。大きさも考えた方がいいってことか」
皇牙は思わず呟いた。
商品が売れたわけではない。それでも、初めて外部の人間から感想を聞けたのは大きな収穫だった。
その後、エドガーは二人に周辺の道について簡単に尋ねた。
旅人たちは西側の道を通ってきたらしく、数日前に大きな城があるという話を耳にしていたという。ただし、誰が建てたのかまでは知らなかったそうだ。
「……そういや、この城の周りって人が住んでるのか?」
皇牙が興味本位で尋ねると、男は少し考えたあと首を傾げた。
「この辺りは荒野だし、定住してる人は少ないと思うぞ。ただ、仕事を探して町から町へ移る奴ならいるだろうな」
「仕事を探して、か……」
皇牙はその言葉を頭に残した。
今の城は人手が足りない。もし仕事や住む場所を探している人間がいるなら、将来仲間になってもらうこともできるかもしれない。
しかし、初対面の相手にいきなり移住を勧めるのも妙な話だ。
皇牙は余計なことを言わず、二人が出発するのを見送った。
「……いやあ、面白かったな!」
旅人の姿が道の向こうへ消えると、皇牙は満足そうに笑った。
「売れたわけじゃねえけど、商品に興味を持ってくれたんだろ?」
「はい。砥石には需要がありそうですし、敷物についても大きさを工夫する余地があると分かりました」
エドガーは落ち着いた口調で答えた。
「実際の販売価格は、次に商人が訪れた際に確認いたしましょう。今日は十分な収穫でございます」
「……なるほどな。こうやって少しずつ商売を覚えていくわけか」
皇牙は腕を組み、取引所を振り返った。
何もなかった荒野に小さな広場ができ、初めて旅人が商品を見てくれた。金貨どころか銅貨すら手に入っていないが、それでも一歩前へ進んだことは間違いない。
そこへ、左手首に植物の紐を巻いた分身がやってきた。
「おーい! さっき客が来てたって聞いたぞ! 金貨は稼げたか?」
「……まだ一枚もねえよ」
「……えっ、客が来たのに?」
「売り物の値段も決まってねえんだから、当たり前だろ!」
皇牙がそう答えると、分身は残念そうに肩を落とした。
「……なんだよ。てっきり十連ガチャに一歩近づいたのかと思ったぜ」
「一歩は近づいたって! ちゃんと商品を見てもらったんだからな!」
皇牙は胸を張った。
分身は少し考えたあと、にやりと笑う。
「じゃあ、次は銅貨一枚でも稼ぐのが目標だな」
「おう! そこから金貨百枚、千枚って増やしていくんだ!」
「……道のり長すぎねえか?」
「うるせえ! 夢はでっかく持つもんだろ!」
二人の声が響くと、近くにいた巴とエドガーも楽しそうに笑った。
夕方になり、取引所は閉められた。
ヘルダは見本を保管室へ戻し、エドガーが戸締まりを確認する。周囲の警戒を終えた巴も城内へ戻り、城門がゆっくり閉じられた。
皇牙はその様子を眺めながら、大きく伸びをした。
今日一日で、建物が一つ増えた。商品を見てくれる人も現れた。そして、これからの商売に必要なことが少しだけ分かった。
まだ誰も住んでいない荒野に、こうして人の往来が生まれていく。
「……くくく。やっぱり国づくりって面白えな」
皇牙は満足そうに呟いた。
もっとも、明日も自分が取引所で働くつもりはない。
商売はエドガーに任せ、商品作りは職人たちに頼み、自分は好きな建物を造って、毎日ガチャを引く。
それが皇牙の理想だった。
「……よし。明日も無料ガチャ三回あるし、今度こそ大物を引いてやるぜ!」
皇牙は楽しそうに笑い、仲間たちとともに城の中へ戻っていった。
その頃、城から少し離れた街道では、先ほどの旅人たちが新しい取引所の話をしていた。
荒野の真ん中に、突然現れた立派な城。
そして、その城の外で始まった小さな商い。
その話は、道を行き交う人々の間へ、少しずつ広がっていくことになる。
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