第1章 第17話 金貨が欲しい
「……金貨百枚かあ」
神城皇牙は城の中庭に置かれた長椅子へ寝転がり、雲の流れる空を見上げていた。昼食を終えてからというもの、頭の中を占めているのは金貨のことばかりだ。
つい先ほどまで、行商人のベルントが見せてくれた商品や、この世界の町について興奮しながら話していた。しかし、思い出すのは結局、最後に聞いた金貨の価値だった。
「有料ガチャ一回で金貨百枚。十連なら千枚……。いくら何でも高すぎねえか?」
皇牙は空中に《英霊召喚ガチャEX》の画面を呼び出した。
【有料単発召喚:金貨100枚】
【有料10連召喚:金貨1,000枚】
【10連特典:SR以上1人確定】
「くそっ、このSR確定がまた魅力的なんだよなあ……」
初めての無料ガチャで巴御前を引き当てた興奮は、今でも鮮明に覚えている。あのときのように本物の偉人が現れるかもしれないと思うと、どうしても引きたくなってしまう。
「殿。先ほどから、ずいぶん難しいお顔をなさっておりますね」
声のする方へ顔を向けると、巴が微笑みながら立っていた。見慣れた女武者の姿に、皇牙は少しだけ機嫌を直す。
「いやさ、どうすれば金貨を山ほど稼げるか考えてたんだよ」
「金貨を、でございますか?」
「おう。できれば千枚くらい欲しい」
「……千枚」
巴は思わず言葉を止めた。
その反応を見て、皇牙は苦笑した。ベルントの話を聞く限り、千枚という金額は、普通の行商人が気軽に扱えるものではないらしい。
「まあ、今すぐじゃなくてもいいんだけどな。とりあえず、稼ぐ方法を見つけてえんだよ」
「でしたら、エドガー殿にご相談なさるのがよろしいかと。商いは、あの方の得意分野でございますから」
「……それだ!」
皇牙は勢いよく起き上がった。
「よし、早速呼んでこよう!」
そう言いかけてから、ふと手を止める。
「……いや、俺が行く必要なくね?」
皇牙は近くの回廊へ顔を向けた。ちょうど左腕に植物の紐を巻いた分身が、欠伸をしながら歩いている。
「おーい! エドガーを呼んできてくれ!」
「……お前、俺のこと見つけるとすぐ仕事頼むよな」
「短い伝言なら引き受けるって言っただろ。終わったら休んでていいからさ」
分身は少し考えたあと、面倒そうに片手を上げた。
「……しょうがねえな。ガチャのためなら協力してやるよ」
そんな返事まで自分らしくて、皇牙は思わず笑ってしまった。
ほどなくしてエドガーが中庭へ現れた。皇牙から金貨を稼ぎたいと聞かされても、驚いた様子は見せない。むしろ、予想していたと言わんばかりに穏やかな笑みを浮かべた。
「商いを始めたいということでございますね」
「そうそう! できるだけ楽に、できるだけたくさん稼ぎたい!」
「でしたら、まずは城で必要な物と、外へ売れる物を分けて考えましょう」
「……ん?」
エドガーは持ってきた木片を長椅子に置いた。そこには炭で簡単な文字が書かれている。
「ベルント殿の商品には、塩、保存食、布、針、金属製品がございました。私どもが購入したい物は多くありますが、現在は使える貨幣を持っておりません」
「そうなんだよな。何も買えねえのがつらい」
「一方で、食料や寝具に使う材料まで売ってしまえば、皆の生活が苦しくなります。ですので、まず余剰の材料から作れる品物を試してみたいのです」
皇牙は真面目な顔で頷いた。
自分が金貨を欲しがるせいで、仲間たちが食べるものに困るのは嫌だった。そもそも、そんな暮らしをするために城を建てたわけではない。
「よし。食料は売らねえ。生活に必要なものも残す。そのうえで作れる商品を考えようぜ」
「承知しました。では、ガルド殿たちに材料を確認していただきましょう」
話はすぐにまとまった。
エドガーがガルドとロイへ声をかけている間、皇牙は城の一角にある材料置き場へ向かった。そこには採集した枝や乾いた草が、用途ごとに分けて置かれている。
ロイが集め、ドランが運び、ガルドが仕分けたものだ。以前より量は増えたが、これらは燃料や寝具にも使う大事な材料だった。
「……思ったより、いろいろ使ってるんだな」
「そうですね。乾いた枝は厨房でも使いますし、草は寝床を整えるのにも必要です」
ロイは積まれた束を確認しながら答えた。
「ただ、こちらの長い草は、今すぐ使う予定がない分もあります。全部ではありませんが、試しに何か作るくらいなら大丈夫だと思います」
「なるほど。だったら、それを使おうぜ」
皇牙が頷くと、ガルドが束を手に取って長さを確かめた。
「編んで敷物にするなら、これくらい揃ってりゃ十分だな。問題は、誰が作るかだが……」
「それでしたら、私が試してみます」
声を上げたのはミアだった。
普段は城内の家事を担当しているが、草を編んで寝具を整えた経験もあるらしい。
「おっ、頼めるか?」
「はい。ただ、日々のお仕事もありますので、まずは小さいものを一つ作るところからでもよろしいでしょうか」
「もちろん! それで十分だ!」
皇牙は即答した。
商品が売れるかどうかも分からない段階で、大量生産を始めるつもりはない。まずは試作品を作り、価値があるか確かめればよいのだ。
それからミアは、長い草を選び、編みやすいように並べ始めた。
皇牙は興味津々で隣にしゃがみ込んだ。細い草が指先で交差し、少しずつ形を作っていく。最初はただの束だったものが、手を動かすたびに平らな面へ変わっていく様子は、見ているだけでも面白かった。
「……すげえな。俺には絶対できねえわ」
「皇牙様なら、一瞬で立派な建物をお造りになれるではありませんか」
「いや、あれはスキルだからな。こういう細かい作業は普通に無理だぞ」
皇牙が笑うと、ミアも楽しそうに微笑んだ。
しばらくして、手のひらをいくつか並べた程度の大きさの敷物ができあがった。まだ端の形は不揃いだが、思ったよりもしっかりしている。
「おおっ! ちゃんと敷物になってるじゃねえか!」
皇牙は受け取った試作品を眺め、何度か手で押してみた。編み目が崩れる様子はなく、乾いた草特有の柔らかな感触もある。
しかし、エドガーは喜ぶより先に、端の部分へ目を向けた。
「丁寧なお仕事ですね。ただ、この部分は少し緩んでいるようです。何度も使うのであれば、補強した方がよいかもしれません」
「そうですね。もう少し端を強く編めば、形も整うと思います」
ミアは自分の作ったものを確かめ、納得したように頷いた。
「……なあ、これって売れそうか?」
皇牙が尋ねると、エドガーは首を横へ振った。
「まだ分かりません。ベルント殿が必要としているか、ほかの町でどの程度の価格が付くかを確かめる必要がございます。それに、作業にかかる時間も考えなければなりません」
「……なるほどな。作れたから売れるってわけじゃねえのか」
「はい。まずは見本として残しておきましょう」
エドガーはそう言うと、試作品を傷めないよう、空いている棚へ置いた。
皇牙は少し残念だったが、すぐに気を取り直した。少なくとも、城にある材料から商品になりそうなものを一つ作れたのだ。それだけでも前進だろう。
「……よし。次は砥石だな!」
皇牙は勢いよく立ち上がった。
昨日、北側の岩場で見つけた細粒砂岩。あれが本当に砥石として使えるなら、もう一つの商品候補になるはずだ。
ただし、材料はまだ岩場にある。
「ガルド、あの石を少し持ってきたら試せるか?」
「ああ。現物があれば、ブラムと一緒に確かめられるぞ。ただ、使い物になるかは触ってみねえと分からん」
「分かった。じゃあ、ちょっくら取ってくる!」
皇牙がそう言うと、巴がすぐに立ち上がった。
「殿。私もお供いたします」
「おう、頼む。昨日行った場所だから、道は分かるしな」
カイルに目的の岩場と戻る予定を伝え、皇牙と巴は城門を出た。
北側の岩場には獣道があり、魔物が近づく可能性もある。そのため、皇牙は巴と離れず、周囲を警戒しながら進んだ。
幸い、道中で魔物に遭遇することはなかった。
昨日見つけた大きな岩を目印に進むと、目的の石はすぐに見つかった。皇牙は《万能鑑定EX》で種類を確認し、地面に転がっていた小さな石をいくつか拾い上げた。
「……よし。これくらいあれば十分だろ」
「はい。試すだけでしたら、量も足りるかと存じます」
皇牙は集めた石を《空間収納EX》へ収めた。
持ち帰る量を欲張らず、必要な分だけにしたのは正解だった。まだ商品になるかどうかも分からないのに、大量に集めても置き場所に困るだけだからだ。
帰り道では、巴が周囲の岩陰を確認しながら先導した。
「……なあ、巴。こんなことまで付き合わせて悪いな」
「お気になさらないでください。殿がお出かけになる以上、お守りするのが私の務めでございます」
「それはありがたいけどさ。毎回俺について回ってたら、お前も休めねえだろ?」
皇牙は少し申し訳なさそうに頭をかいた。
城には新しい仲間が増えているが、戦いを専門とする人間はまだ巴だけだ。外の探索も城の警戒も、すべて任せきりにはできない。
「……そのうち、護衛を任せられる奴もガチャで引きてえな」
「ふふ。殿のお気遣い、嬉しく存じます」
巴は柔らかく微笑んだ。
皇牙は照れくさくなり、少し早足で歩き始めた。
城へ戻ると、ガルドとブラムが早速石を調べ始めた。
二人は表面を触り、硬さを確かめ、石同士を軽く擦り合わせてみる。ブラムは手持ちの刃物を取り出し、慎重に刃の一部を研いだ。
「……ふむ。悪くねえな」
ブラムは刃を光へかざし、角度を変えて眺めた。
「細かい研ぎには使えそうだ。ただ、石によって硬さが違うし、割れやすいものもある。全部が同じ品質ってわけじゃねえな」
「じゃあ、商品にはできそうか?」
「形を整えりゃ使えるとは思う。だが、売り物にするなら、もう少し試す必要があるな」
皇牙は大きく頷いた。
万能鑑定EXで細粒砂岩だと分かっても、それだけで立派な砥石になるわけではない。実際に加工し、使いやすさを確かめる仕事は、職人であるガルドとブラムの役目だった。
「よし。じゃあ、それも無理のない範囲で頼む。今すぐ大量に作らなくていいからさ」
「任せとけ。まずは見本を一つ仕上げてみる」
ブラムが力強く答えた。
その日の夕方、皇牙は再びエドガーと顔を合わせた。
中庭の棚には草の敷物が一枚置かれ、その隣ではガルドとブラムが砥石の形を整えている。まだどちらも売り物と呼べる段階ではないが、朝までなかった商品候補が、こうして目に見える形になり始めていた。
「……なんか、商売っぽくなってきたな!」
「はい。ただし、今は試作品ができた段階でございます。ベルント殿が再び訪れた際に、買い取りの見込みを確かめましょう」
「おう。売れるかどうかは、そのときのお楽しみってことか!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
エドガーはさらに、商人と取引する場所について話し始めた。
「今後、行商人が訪れるようになれば、城門の外に荷車を停められる場所があると便利です。城内へ入れずに品物を確認できますし、警備もしやすくなります」
「……おっ! じゃあ、市場を作るか!」
皇牙の目が輝いた。
しかし、エドガーはすぐに首を横へ振った。
「最初は小さな取引広場で十分かと。まだ売り手も買い手も少ないのですから」
「……ええっ、でっけえ市場の方が格好いいだろ!」
「殿。今のところ、商いをなさるのはエドガー殿と、時折訪れる行商人だけでございますよ」
巴が穏やかに指摘した。
「……それもそうか」
皇牙は少し残念そうに肩を落とした。
だが、すぐに別の考えが浮かぶ。
「……じゃあ、最初は小さく作って、あとから超巨大市場に改築すればいいんじゃね?」
「それでしたら、必要になった際に改めてご相談いたしましょう」
「よし、決まりだ!」
皇牙は満足そうに頷いた。
まだ市場を造る必要はないが、最初の取引場所をどこに設けるかは考えておける。城門の外なら荷車も入りやすく、城の中を見せずに商売できるだろう。
そのとき、皇牙はふと頭上へ視線を向けた。
「……あ、そういや今日の無料ガチャ、まだ引いてねえな」
五日目の朝はベルントとの出会いに興奮し、その後は商売の相談をしていたため、すっかり後回しになっていた。
皇牙は《英霊召喚ガチャEX》を開き、残り回数を確認した。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:13人】
【SR以上排出率:5%】
「……よし。夕飯の前に引くか!」
その声を聞きつけたのか、城の回廊から分身が顔を出した。
「おい! ガチャ引くのか!? だったら俺も呼べよ!」
「分かってるって! お前、ほんとガチャの話になると元気だな!」
「俺はお前なんだから当然だろ!」
二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
皇牙は再び棚の上に置かれた敷物と、ガルドたちが加工を進めている石へ目を向けた。
金貨百枚には、まだ遠い。
それでも、朝はただ欲しがっていただけの金貨に、ほんの少しだけ近づいた気がした。
「……くくく。待ってろよ、有料ガチャ!」
皇牙は不敵な笑みを浮かべた。
まずは商品を作り、買い手を見つけ、銅貨を稼ぐ。面倒な仕事は得意な仲間に任せ、自分は必要な建物を造る。
そうして少しずつ金が増えていけば、いつかは金貨百枚にも届くかもしれない。
もっとも、皇牙の頭の中では、すでにその先の十連ガチャが輝いていた。
「……よし! 絶対にSR確定十連までたどり着いてやるぜ!」
「いや、まずは単発一回分だろ!」
分身の容赦ないツッコミに、皇牙は思わず顔をしかめた。
「夢くらい大きく持たせろよ!」
夕暮れの城に、二人の笑い声が響き渡った。
こうして、金貨が欲しいという皇牙の単純な願いから、アストレアの最初の商いに向けた準備が、確かに動き始めたのだった。
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