第1章 第16話 初めての商人
「よっしゃあ! ようやくガチャの時間だ!」
四日目の夕方。神城皇牙は城の中庭で《英霊召喚ガチャEX》を開き、満面の笑みを浮かべていた。
今日は朝から分身を試し、昼前にはカイルたちと荒野を探索した。西側に人が通った形跡を見つけ、北側では新しい水源まで発見できたのだから、成果としては十分だろう。
だが、皇牙にとって一番のお楽しみはまだ残っていた。
【無料召喚:3/3回】
【国家人口:10人】
【SR以上排出率:5%】
「くくく……三回も引けるとか最高だよな!」
「分かる! しかも、当たれば本物の歴史上の偉人だろ? こんなの興奮するに決まってるじゃねえか!」
隣では、左腕に植物の紐を巻いた分身が自分のことのように騒いでいる。自分と同じ顔の相手が同じ趣味で盛り上がっているのは奇妙だったが、皇牙もすっかり慣れてしまった。
「よし、まずは一回目!」
皇牙が召喚を実行すると、青白い光が中庭に広がった。光の中から現れたのは、栗色の髪を後ろでまとめた若い女性だった。
【N:洗濯係 サラ】
サラは丁寧に頭を下げ、衣類の洗濯や手入れを得意としていると自己紹介した。
「おっ、ちょうどいいじゃねえか。洗濯場なら今日作ったばっかりだぞ!」
「それでしたら、早速お役に立てそうですね」
サラが嬉しそうに笑うと、近くにいたミアも歓迎の声をかけた。
二回目の召喚では、逞しい腕をした中年の男が現れた。
【R:鍛冶師 ブラム】
「鍛冶師か! しかもR!」
皇牙が喜んでいると、ブラムは自分の腕を軽く叩き、武具や農具の製作と修理が得意だと説明した。もっとも、技術があっても炉や金属がなければ仕事にならない。
その話を聞いたガルドが、早速身を乗り出した。
「そいつはありがてえ! 金属を扱える奴が欲しかったんだ。工房の設備はこれから相談させてくれ」
「おう。道具を作れる職人がいるなら、こっちも心強いぜ」
ブラムとガルドが意気投合するのを見て、皇牙は満足そうに頷いた。
最後の一回から現れたのは、穏やかな雰囲気の女性だった。
【N:縫製係 ニナ】
ニナは裁縫や衣類の仕立てが得意だという。今の城では布も針も不足しているが、必要な材料さえ揃えば、衣服や寝具を少しずつ整えられるだろう。
「……よし! 偉人はいなかったけど、全員役に立ちそうだな!」
「だな。こういう積み重ねも大事ってことか」
分身が頷く横で、皇牙は残り回数を確認した。
【無料召喚:0/3回】
【国家人口:13人】
人口は十三人。SR以上の排出率は、まだ五パーセントのままだ。
皇牙は少しだけ残念そうにしたものの、明日も無料で三回引けると思い直すと、すぐに機嫌を直した。
「ま、焦ることねえか。明日は明日のガチャがあるしな!」
新たな三人を仲間へ紹介し、仕事と寝る場所の相談を終える頃には、すっかり日が暮れていた。
そして翌朝。
朝食を終えた皇牙が中庭で伸びをしていると、西側の見張り塔から鐘の音が響いた。
ゴォン、ゴォン、ゴォン。
「……ん?」
昨日決めた警報の合図だった。
皇牙が顔を上げると、城門の方からカイルが駆け寄ってきた。
「皇牙様。西側の道に荷車が見えました。こちらへ向かっているようです」
「荷車だと?」
「はい。馬が二頭、荷車が一台。それから人影が三つ確認できます。今のところ、こちらへ武器を向ける様子はありません」
皇牙の脳裏に、昨日見つけた車輪の跡が浮かんだ。
「……マジか! あの道、本当に誰かが使ってたんだな!」
思わず声を弾ませた皇牙だったが、巴はすでに薙刀を手に取っていた。
「殿。まずは見張り塔から確かめましょう。相手が何者か分かるまでは、門を開けぬ方がよろしいかと」
「おう、そうだな。エドガーも呼んでくれ!」
城の防衛は巴、相手の見極めはカイル。そして商売の話なら、R商人のエドガーに任せるのが一番だ。
皇牙は三人を伴い、城門の上へ向かった。
見張り塔から西側を眺めると、一台の荷車がゆっくり進んでいた。荷台には大きな布が掛けられ、手綱を握る男の両側を、革鎧姿の二人が歩いている。
やがて一行は巨大な城に気づいたらしく、その場で足を止めた。手綱を握る男が口を開け、しきりに城壁を見上げている。
「……おお、すっげえ驚いてるな」
「無理もございません。以前からこの道を通っている者なら、突然これほどの城が現れれば驚くでしょう」
エドガーが落ち着いた口調で答えた。
男はしばらく同行者と話し合ったあと、荷車を城門から離れた場所に停めた。そして両手を見える位置へ上げ、大きな声で呼びかけてきた。
「突然の訪問、失礼いたします! 私は行商人のベルントと申します! こちらの城の方と、お話をさせていただけませんでしょうか!」
「……おっ、本当に商人だった!」
皇牙が興奮している間に、エドガーが城壁から声を返した。
「お声がけありがとうございます。私はこの城で商いを担当しております、エドガーと申します。どういったご用件でしょうか?」
「実は、いつもの道を進んでおりましたところ、見覚えのない立派な城が目に入りまして。もし新しく人が住まわれたのであれば、何かお売りできるものがあるかと思い、立ち寄らせていただきました!」
エドガーはその返答を聞き、皇牙へ小さく頷いた。
「行商人として自然な理由です。ですが、荷車の中身を確認するまでは警戒を続けましょう」
「了解。俺も巴も一緒に行くから、商売の話は任せたぞ」
「承知いたしました」
話し合った結果、ベルントだけに城門近くまで歩いてきてもらうことになった。荷車と護衛の二人には離れた場所で待機してもらい、城内には入れない。皇牙たちは門の外で話を聞くことにした。
近くで見るベルントは、四十歳ほどの小柄な男だった。日に焼けた顔には愛想のよい笑みが浮かび、旅装には荒野の砂埃がついている。
「改めまして、ベルントと申します。各地の町や村を回り、食料品や日用品を売り歩いております」
「俺は神城皇牙。この城の主だ。こっちは巴で、商売のことはエドガーに任せてる」
皇牙が紹介すると、ベルントは三人へ丁寧に頭を下げた。
巴は穏やかな表情をしているが、視線は時折、荷車の方へ向けられている。城門の内側にも人を待機させており、何かあればすぐ門を閉められるようにしてあった。
「いやはや、それにしても立派なお城ですな。以前この辺りを通ったときには、何もなかったはずですが……」
「最近、ここで暮らし始めたんだ。まだ開拓を始めたばっかりで、人手も物資も足りねえんだけどな」
皇牙が答えると、ベルントは興味深そうに頷いた。
「なるほど。では、これから開拓を進められるのでございますね」
「まあ、そんなところだ」
皇牙は笑ったが、住民の人数や警備体制については口にしなかった。いくら親切そうな相手でも、初対面で城の内情をすべて明かす必要はない。
エドガーはそんな皇牙の横で、話題を自然に切り替えた。
「ベルント殿。差し支えなければ、普段はどちらを回っておられるのか教えていただけますか?」
「西のラーデンという町を拠点に、周辺の村を回っております。今回は東側の集落へ向かう途中でございました」
「ラーデン……」
皇牙は思わず呟いた。
異世界へ来てから、初めて聞く町の名前だった。
「そこって、結構大きな町なのか?」
「王都ほどではございませんが、市場のある賑やかな町ですよ。食料や布、農具なども買えますし、周辺の村から商人が集まることもございます」
「へえ! それは行ってみてえな!」
皇牙は目を輝かせた。
今の城には立派な建物があるものの、食料や日用品は十分ではない。市場があるなら、欲しいものを買える可能性もある。
「ただ、道中は魔物も出ますので、ご自身で向かわれる際にはお気をつけください」
「やっぱり、この辺りの道も安全ってわけじゃねえんだな」
「はい。私も護衛を雇っておりますから」
ベルントは少し離れた場所に立つ二人の男へ視線を向けた。
皇牙は昨日、道筋の近くで見つけた灰牙狼の足跡を思い出した。荷車が通れる道だからといって、安心して歩けるわけではないらしい。
「ちなみに、この辺りってどこの国なんだ?」
皇牙が尋ねると、ベルントは意外そうな顔をした。
「ラーデンや、その周辺の町村はグランディア王国の領内でございます」
「グランディア王国か……。じゃあ、俺が城を建てたこの荒野も、そこが治めてるのか?」
「それにつきましては、私には何とも……。古い話では王国の辺境に含まれるとも聞きますが、ここまで役人が管理しに来るという話は聞いたことがございません」
ベルントは申し訳なさそうに首を振った。
皇牙は腕を組んだ。
前世で歴史を学んでいただけに、土地の領有権が曖昧なまま城を建てている状況は気になる。今は何も言われていなくても、後から別の国に土地を主張される可能性はあるだろう。
「……つまり、ここに城を建てたことで文句を言われる可能性もあるってことか」
「申し訳ございません。そこまでは分かりかねます。正式なことでしたら、町の役所などで確認なさるのがよろしいかと」
「そっか。ありがとな」
皇牙は素直に頷いた。
今すぐ結論を出す必要はない。少なくとも、外の世界について知らないことが山ほどあると分かっただけでも収穫だった。
その後、エドガーはベルントへ商品について尋ねた。
「もしよろしければ、お持ちの品を見せていただけませんか。こちらでも、今後必要になるものが多いもので」
「もちろんでございます!」
ベルントは嬉しそうに答え、荷車の方へ戻った。護衛の一人が布を持ち上げると、荷台には乾燥肉や豆、塩の袋、布の束、針や糸、小さな金属製品などが並んでいた。
「おおっ! めちゃくちゃいろいろあるじゃねえか!」
皇牙は思わず身を乗り出した。
今の城に必要なものばかりだった。サラやニナが使える布や糸もあれば、ガルドとブラムが欲しがりそうな金属製品もある。
「エドガー、これ全部欲しいんだけど!」
「皇牙様、まずは価格を確認いたしましょう」
エドガーは苦笑しつつも、商品を一つずつ確かめていった。
ベルントは小さな塩の袋を持ち上げ、値段を説明する。
「こちらは銅貨数枚でございます。布は質と長さによって変わりますが、一般的なものなら銀貨でお取引することもございます」
「……銅貨? 銀貨?」
皇牙が首を傾げると、ベルントは懐から革袋を取り出した。
手のひらに置かれたのは、赤みがかった小さな硬貨と、銀色の硬貨だった。
「こちらが銅貨と銀貨でございます。日用品の買い物では、こうした硬貨を使うことが多いですね」
「へえ……。じゃあ、金貨は?」
「金貨もございますよ。ただ、普段の買い物で使うには額が大きすぎますな」
ベルントが取り出した金色の硬貨を見て、皇牙は目を輝かせた。
「おおっ! 本物の金貨だ!」
前世で遊んだゲームでは、金貨は敵を倒せば簡単に手に入る通貨だった。しかし、目の前の硬貨にはきちんと模様が刻まれ、持ち主も大事そうに扱っている。
皇牙は何気なく尋ねた。
「……なあ、金貨百枚って、どのくらいの大金なんだ?」
「ひゃ、百枚でございますか?」
ベルントは目を丸くした。
「私のような行商人には、簡単に用意できる額ではございませんな。日用品を買うために持ち歩く金額ではありませんし、まとまった商品を仕入れるような大きな取引で扱う額でございます」
エドガーも静かに頷いた。
「皇牙様。一般的な買い物と、金貨百枚を必要とする取引では規模が大きく異なるようですね」
「……マジかよ」
皇牙の頭の中に、有料ガチャの画面が浮かんだ。
【有料単発召喚:金貨100枚】
【有料10連召喚:金貨1,000枚】
たった一回引くのに金貨百枚。十連なら千枚である。
これまで何となく高いとは思っていたが、実際に商人の話を聞くと、その金額がとんでもないものに感じられた。
「……くそっ、課金への道が遠すぎるだろ」
「かきん……でございますか?」
「いや、こっちの話!」
皇牙は慌てて手を振った。
ベルントは不思議そうにしながらも、それ以上は追及せず、商品を丁寧に並べ直した。
「ところで、エドガー殿。何かお買い求めになる品はございますか?」
「必要なものは多いのですが、まずは今後の取引についてご相談したく存じます」
エドガーは落ち着いた口調で答えた。
皇牙たちはまだ、この世界の通貨を持っていない。そのことをベルントへ詳しく説明する必要はないが、今すぐ大量の商品を買うこともできなかった。
「こちらで用意できる品物があれば、物々交換も可能でしょうか?」
「もちろんでございます。買い取れる品であれば、お受けいたしますよ。ただし、品質や量によって条件は変わります」
「承知しました。では、今後お見せできる品を用意してから、改めて相談させていただきたいと思います」
ベルントは満足そうに頷いた。
商人にとっても、新しい取引先が増えるのは悪い話ではないのだろう。
皇牙は二人のやり取りを聞きながら、改めてエドガーを召喚してよかったと思った。
自分だけだったら、欲しい商品を見つけた勢いで無茶な約束をしていたかもしれない。こういう交渉は、やはり得意な人間へ任せるに限る。
「……なあ、ベルント。またこの辺りを通ることってあるのか?」
「はい。決まった日程ではございませんが、東側の村へ向かう際には近くを通ります。こちらで商いができるのであれば、今後も立ち寄らせていただきたいですね」
「おおっ! それは助かる!」
皇牙は嬉しそうに笑った。
まだ売れる商品はほとんどない。だが、取引できる相手が見つかったのは大きな一歩だった。
しばらくして、ベルントは荷車へ商品を戻し、出発の準備を始めた。
「本日はありがとうございました。これほど立派なお城にお住まいの方とお話しできて、私もよい経験になりました」
「こっちこそ、いろいろ教えてくれてありがとな!」
皇牙が手を振ると、ベルントは深く頭を下げた。
荷車はゆっくりと東へ進み、護衛の二人もその後ろについて歩き始める。
三人の姿が十分に離れたところで、皇牙たちは城門の内側へ戻った。
「……いやあ、面白かったな!」
皇牙は満足そうに伸びをした。
「殿。お楽しみいただけたようで何よりでございます」
巴が微笑む。
「おう! 町もあるし、王国もあるし、ちゃんと金貨も流通してる。ようやく異世界らしくなってきたじゃねえか!」
皇牙は興奮した様子で話していたが、やがてエドガーへ視線を向けた。
「……で、実際どう思う? あの商人と取引できそうか?」
「はい。ベルント殿は新しい取引先に関心を持っておられるようでした。ただし、こちらにも継続して用意できる商品が必要です」
「……なるほどな。じゃあ、何を売るか考えなきゃいけねえのか」
「そのとおりでございます。まずはガルド殿やブラム殿と相談し、作れるものを確認するのがよろしいかと」
皇牙は腕を組んだ。
城や道路なら無料でいくらでも造れる。しかし、手で持ち運ぶ道具や食料、商人へ売る商品は、そう簡単には増やせない。
ガルドたちが物を作り、エドガーが売り先を考え、必要な材料を仕入れる。そうして少しずつ金を稼いでいく必要があるのだ。
「……ったく、金を稼ぐのって面倒くせえな」
皇牙はため息をついたが、すぐに口元を緩めた。
「でもまあ、金貨があれば有料ガチャを引けるんだよな……」
その言葉に、巴が小さく笑う。
「殿は、やはり召喚がお好きなのでございますね」
「当たり前だろ! 歴史上の偉人を引けるんだぞ? いくらあっても足りねえよ!」
皇牙は胸を張った。
すると、ちょうど城の奥から分身が姿を現した。
「おーい、皇牙! 商人が来たって聞いたけど、何か面白いものはあったか?」
「それがよ、金貨百枚ってめちゃくちゃ大金らしいぞ」
「……は?」
分身は一瞬固まり、すぐに嫌そうな顔をした。
「……おい。じゃあ、有料ガチャ一回引くだけでも大変ってことか?」
「そういうことだ」
「……マジかよ!」
二人は揃って頭を抱えた。
その様子を見ていた巴とエドガーは、顔を見合わせて笑っている。
皇牙はしばらく落ち込んでいたが、やがて勢いよく顔を上げた。
「……よし! こうなったら、金を稼ぐ方法を考えるしかねえ!」
「おっ、いいな! 商売ならエドガーに任せようぜ!」
「もちろんだ! 俺が毎日店番するなんて絶対嫌だからな!」
皇牙は楽しそうに笑い、エドガーの肩を軽く叩いた。
「エドガー、頼んだぞ! 俺が好きなだけガチャを引けるようにしてくれ!」
「……皇牙様。まずは皆の生活に必要な物資を確保することが先でございますよ」
「……あ」
エドガーの落ち着いた指摘に、皇牙は思わず言葉を詰まらせた。
分身が隣で吹き出し、巴も口元へ手を当てている。
「……分かってるって! ちゃんと生活を整えてからだろ!」
皇牙は少し照れくさそうに頭をかいた。
こうして、荒野に建てられた小さな城は、初めて外の世界の商人と接触した。
町の存在を知り、王国の名前を知り、金貨の価値を知ったことで、皇牙の前には新しい目標が生まれた。
まずは、売れるものを作ること。
そして、できるだけ多くの金貨を稼ぐこと。
もちろん、その先にあるのは、夢にまで見た有料ガチャである。
「……くくく。面白くなってきたじゃねえか!」
皇牙は不敵な笑みを浮かべ、これから始まる商売に期待を膨らませた。
お読みいただきありがとうございます。
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