第1章 第15話 荒野の探索
「……くくく。さあ、今日の無料ガチャといくか!」
城の中庭で、神城皇牙は《英霊召喚ガチャEX》の画面を開いた。その隣では、左腕に植物の紐を巻いた分身が、まるで自分のことのように目を輝かせている。
「頼むぞ、皇牙! そろそろ新しい偉人を引き当てたいよな!」
「分かってるって。今日こそ歴史に名を残した大物を……」
「皇牙様、少々よろしいでしょうか」
最初の一回に指を伸ばしたところで、カイルが声をかけてきた。いつも落ち着いている狩人が、珍しく急いだ様子で城門の方を気にしている。
「……ん? 何かあったのか?」
「城の西側で、比較的新しい車輪の跡を見つけました。ほかにも気になる痕跡がありまして、できれば風に消される前に確認しておきたいのです」
「車輪の跡?」
皇牙は召喚画面から顔を上げた。
この辺りは魔物のいる荒野だ。城を建ててから、人が行き来するところはまだ見ていない。そんな場所に車輪の跡があるなら、誰かが近くを通った可能性がある。
「……それって、商人とかが通ったってことか?」
「まだ断定はできません。ただ、人の往来がある場所につながっているかもしれません」
皇牙は開いたままのガチャ画面を見つめた。
本音を言えば、今すぐ三回引いてしまいたい。だが、無料ガチャは今日のうちなら後からでも引ける。一方、地面に残った痕跡は風が吹けば消えてしまうかもしれない。
「……くそっ、気になるじゃねえか。じゃあ、そっちを先に調べるか!」
「ええっ! ガチャはどうすんだよ?」
分身が不満そうな声を上げた。
「帰ってから引く。別に今すぐ引かなきゃ消えるわけじゃねえだろ」
「……まあ、それはそうだけどよ」
「それに、人が通ってるなら金貨を手に入れるきっかけになるかもしれねえ。有料ガチャを引くには、どうせ金が必要なんだからな!」
そう説明すると、分身は途端に納得した顔になった。
「……なるほど。そう考えると探索も悪くねえな」
「だろ? お前は城で留守番しててくれ。結果を見るときは呼ぶからさ」
「分かった。ただし、絶対に俺がいないところで引くなよ!」
皇牙は笑って頷き、ガチャ画面を閉じた。
時刻はまだ昼前。日が暮れるまでには十分時間があるが、遠くまで足を延ばすつもりはない。今日は城から歩いて往復できる範囲を調べることにした。
中庭の一角では、巴が薙刀の状態を確かめていた。カイルから話を聞くと、彼女はすぐに周辺の地形について確認を始める。
「西側は低い丘が続いておりますね。あまり奥へ進みすぎると、城から姿が見えなくなります」
「そうなんだよな。とりあえず、危なそうならすぐ戻ろうぜ」
「承知いたしました。私が前方と周囲を警戒いたしますので、殿はカイル殿から離れませぬよう」
巴の言葉に、皇牙は素直に頷いた。
皇牙自身も強力な魔法を使えるが、魔物のいる荒野でわざわざ危険を冒すつもりはない。戦うことより、無事に戻って役立つ情報を持ち帰る方が大切だった。
出発前にはエドガーへ行き先と帰還予定を伝え、城の警報設備についても確認した。ロイは同行したそうだったが、今回はカイルが痕跡を調べるため、採集の仕事を続けてもらうことにする。
「何か面白い植物が見つかったら、帰ってから教えてください!」
「おう。そのときは頼むぜ!」
皇牙はロイへ手を振り、巴とカイルを連れて城門を出た。
灰の荒野には、相変わらず乾いた風が吹いていた。
城から西へ向かう道を進むと、足元の地面は次第に固くなり、ところどころに低い草が生え始める。遠くにはなだらかな丘が連なり、その間を抜けるように、細い道筋が続いていた。
「……こうして歩くと、結構広いんだな」
皇牙は周囲を見渡しながら呟いた。
城壁の上から眺めていると、それほど遠く感じなかった丘も、実際に歩けばそれなりに時間がかかる。これが毎日の仕事になったら、間違いなく誰かに任せたくなるだろう。
「殿、お疲れでしたら少しお休みになられますか?」
「いや、まだ大丈夫。知らねえ場所を歩くのは結構好きだしな。ゲームのマップを埋めてるみてえで面白いわ」
皇牙が笑うと、巴も柔らかな表情を浮かべた。
やがて、先頭を歩いていたカイルが足を止めた。
「……こちらです」
道路脇の固い地面には、二本の細長い溝が残っていた。その周囲には、人が歩いたような足跡もいくつか見える。
「おおっ、本当に車輪の跡じゃねえか!」
皇牙がしゃがみ込むと、カイルは地面を指さしながら説明した。
「こちらの深い溝は古いものですが、その上に浅い跡が重なっています。少なくとも、一度だけ通った道ではなさそうです」
「じゃあ、最近も誰かが通ったのか?」
「可能性はあります。ただ、正確にいつ通ったのかは分かりません。乾いた土地なので、跡が長く残ることもあります」
カイルは近くにあった蹄のような跡も確かめた。
馬車なのか荷車なのか、引いていた動物が何なのかまでは断定できない。それでも、同じ方向へ続く車輪の跡は、岩場を避けるように西の丘へ延びていた。
「……つまり、この先に人が通れる道があるかもしれねえってことか」
「はい。今後、周辺の街や交易路を探す手掛かりにはなるでしょう」
皇牙は満足そうに頷いた。
試しに《万能鑑定EX》を使ってみたが、地面に残った跡から過去の通行人が分かるわけではなかった。表示されるのは土や岩の性質ばかりで、誰が通ったのかを知るには、やはりカイルの経験が必要らしい。
「……万能鑑定って名前でも、何でも教えてくれるわけじゃねえんだな」
「殿の能力でも分からぬことがあるのでございますね」
「まあ、その方が面白いかもしれねえな。俺だけで全部分かったら、みんなを召喚した意味も薄くなるし」
皇牙が肩をすくめると、カイルは少し照れたように頭を下げた。
車輪の跡をもう少し追うと、丘の間に比較的平らな土地が続いていることが分かった。道として整備されているわけではないが、荷車なら通れそうな幅がある。
皇牙はその道筋を眺め、思わず目を輝かせた。
「……ここ、立派な街道にしたら格好よさそうだな!」
「殿。まだ、その先がどこへ続くのか分かっておりませぬ」
巴がすかさず指摘した。
「……ああ、そうだった。道を作ってから行き止まりだったら笑えねえもんな」
皇牙は苦笑した。
建物や道路を一瞬で作れるからこそ、つい先に造りたくなる。しかし、交易に使うなら、実際に人が通る場所を確かめてからの方がよい。
そのとき、カイルが少し離れた地面へしゃがみ込んだ。
「……皇牙様。こちらもご覧ください」
そこには、灰牙狼のものと思われる足跡が残っていた。
皇牙が近づこうとすると、巴が一歩前へ出る。
「殿、お待ちください。周囲を確かめます」
巴は岩陰と丘の向こうへ鋭い視線を向けた。風に混じる音へ耳を澄ませ、しばらく警戒していたが、近くに魔物の姿は見当たらない。
「……今のところ、気配はございませぬ」
「ありがとな、巴」
カイルは足跡を調べ、少し考え込んだ。
「古い跡のようです。ですが、この辺りも魔物の通り道になっている可能性があります」
「……なるほど。人が通る道でも、完全に安全ってわけじゃねえのか」
皇牙は西へ続く道筋を見つめた。
交易路が近くにあれば便利だが、魔物が出るなら対策も必要になる。将来ここへ道路を造るにしても、周囲の警戒や護衛を考えなければならないだろう。
「……ま、今は場所が分かっただけで十分だな。無理して先へ進むのはやめとこう」
巴もその判断に頷いた。
西側の調査を終えた三人は、城から見える範囲の道を戻り、今度は北側の岩場へ向かった。
カイルによれば、こちらでは複数の獣道を見つけたという。足跡の多くが同じ方向へ続いているため、水場がある可能性を考えたらしい。
岩場へ近づくにつれて地面の起伏が増え、足元には大小さまざまな石が転がるようになった。皇牙は歩きにくそうな場所を見つけるたび、思わず道路を造りたくなったが、巴に止められて何とか我慢した。
「……こういうところこそ、石畳の道が欲しくなるよな」
「まずは周囲の安全を確かめてからにいたしましょう」
「分かってるって。今日は探索、今日は探索……」
皇牙が自分に言い聞かせるように呟くと、巴は楽しそうに微笑んだ。
やがて、カイルが岩の隙間を指さした。
「……あちらです。足跡が集まっています」
三人は周囲に注意しながら進み、低い岩壁の陰へ回り込んだ。
すると、乾いた荒野では聞き慣れない水音が聞こえてきた。
「……おっ? もしかして!」
皇牙が身を乗り出すと、岩の割れ目から細い水が流れ出しているのが見えた。水は足元の小さなくぼみに溜まり、さらに低い場所へ向かってゆっくり流れている。
「おおっ! 本当に水があるじゃねえか!」
皇牙は思わず声を弾ませた。
城の近くには、すでに生活用水として利用している泉がある。しかし、今後開拓地が広がれば、ほかの水源も必要になるかもしれない。
皇牙は早速《万能鑑定EX》を使ってみた。
【名称:岩間の湧水】
【分類:天然水源】
【状態:清浄】
【特徴:岩盤の隙間から少量ずつ湧き出す地下水】
「……へえ。地下水なのか」
皇牙は興味深そうに表示を眺めた。
ただし、湧き出している量はそれほど多くない。現在の城や農地で使っている泉の代わりになるほどではなさそうだった。
「これ、畑に使えねえかな?」
「小さな畑であれば、利用できる可能性はございます。ただ、水の量が少ないようですので、大きな農地には向かないかもしれません」
カイルが慎重に答えた。
「……なるほどな。じゃあ、北の方を開拓するときに使えるかもしれねえって程度か」
「はい。どれほど安定して水が出るのかも、今後確かめる必要があるでしょう」
皇牙は頷いた。
今すぐ大きな成果になるわけではないが、水源の場所を知っておくだけでも価値はある。将来ここに農地や小さな集落を造ることになれば、役立つかもしれない。
さらに周囲を調べていると、岩陰にはほかの場所より多くの植物が生えていた。
「……へえ。水があると、やっぱり草も増えるんだな」
「はい。採集できる植物もあるかもしれません。ですが、種類によっては食用に向かないものもあります」
カイルの説明に、皇牙は頷いた。
いくつかの植物を鑑定してみたものの、名前が分かったからといって、すべての利用方法まで理解できるわけではない。
「……よし。これはロイに見てもらおう。あいつなら採集に使えるか判断してくれるだろ」
皇牙は特徴的な葉の形や生えている場所を覚え、帰還後にロイへ伝えることにした。
そのとき、カイルが別の岩を指さした。
「皇牙様。こちらの石も、少し気になります」
「ん? 何かあるのか?」
「表面が細かく、硬さもあります。刃物を研ぐ石として使えるかもしれません」
皇牙は興味を引かれ、《万能鑑定EX》を発動した。
【名称:細粒砂岩】
【分類:天然石材】
【特徴:粒子が細かく、加工や研磨に利用可能】
「……おっ! これ、砥石に使えるんじゃね?」
「可能性は高いと思います。ただ、実際に使えるかは職人に確かめてもらうのがよろしいでしょう」
カイルの言葉に、皇牙は満足そうに頷いた。
城や道路なら《国家創造EX》で一瞬で造れる。しかし、ガルドが道具を作ったり、刃物を手入れしたりするには、実際の材料が必要になる。
今回見つけた石なら、そうした仕事に役立つかもしれない。
「……よし。これもガルドに報告しよう。気に入ったら、あとで取りに来ればいいしな」
皇牙は周囲の地形を確認し、分かりやすい目印になる大きな岩の位置を覚えた。
探索を続けるうちに、太陽は少しずつ西へ傾き始めていた。
巴は空を見上げ、静かに声をかけた。
「殿。そろそろ戻られてはいかがでしょうか。帰り道を考えれば、今がよろしいかと存じます」
「……そうだな。今日は結構いろいろ見つかったし、十分だろ」
皇牙は素直に頷いた。
西側では人が通った可能性のある道筋を見つけ、北側では新しい湧水と利用できそうな石材を発見した。魔物の足跡も確認できたため、今後の警戒に役立つだろう。
帰り道では、巴が見晴らしのよい場所を選び、カイルが足元の痕跡を確認しながら先導した。皇牙も周囲へ気を配っていたが、幸い魔物と遭遇することはなかった。
「……いやあ、探索って結構面白えな!」
皇牙は満足そうに笑った。
「またお出かけになりますか?」
「たまにならな。でも、毎日これだけ歩くのは勘弁してほしいわ」
皇牙が肩をすくめると、巴も小さく笑った。
「殿には《空間転移EX》がございますが……」
「俺一人ならそれでいいんだけどさ。みんなが自由に移動できるようにするには、やっぱり道路とか荷車が必要だろ?」
皇牙は足元の荒れた道を眺めた。
自分だけが便利でも、国全体が快適になるわけではない。人が増えて交易が始まれば、もっと大きな道や橋も必要になるだろう。
「……くくく。そう考えると、これから造りたいものが山ほど出てくるな!」
皇牙は楽しそうに笑った。
城へ戻ったのは、夕方の少し前だった。
中庭ではエドガーが出迎え、ロイとガルドも探索の成果を聞きに集まってきた。皇牙は見つけた場所を順番に説明し、カイルが地形や距離について補足する。
「西側に車輪の跡があるのであれば、人の往来がある場所へつながっている可能性がございますね」
エドガーは興味深そうに頷いた。
「ただし、道の先に街があると決まったわけじゃねえからな。そこは今後確認しよう」
「承知いたしました。もし商人が通る道でしたら、交易を始める際に大いに役立つでしょう」
皇牙は嬉しそうに笑った。
ガルドも砥石に使えそうな石の話を聞き、目を輝かせている。
「そりゃありがてえ! 刃物の手入れにも使えるかもしれねえな。今度、少し持ち帰って試してみたいところだ」
「おう。カイルに場所を聞いてくれ。安全を確認してから行こうぜ」
ロイは岩陰に生えていた植物へ興味を示し、次に調べるときには自分も同行したいと申し出た。マルクも北側の湧水について話を聞き、将来農地を増やす際の候補として覚えておきたいと言っている。
それぞれが自分の専門分野で意見を出す様子を見て、皇牙は満足そうに頷いた。
「……やっぱり、こういうのはみんなで考えた方が早えな」
「殿がお見つけになられたものを、皆で活かしていけばよろしいのです」
巴が微笑む。
「おう。頼りにしてるぜ!」
皇牙はそう答え、エドガーへ向き直った。
「そうだ。場所を忘れねえように、簡単な記録を残しといてくれねえか?」
「かしこまりました。カイル殿にもご協力いただき、城からの道筋と目印を整理しておきます」
エドガーはガルドが用意していた薄い木片を使い、炭で簡単な図を描き始めた。正確な地図とは言えないが、城と丘、岩場の位置関係を残すだけでも、次に向かうときには役立つだろう。
皇牙はその様子を眺めながら、小さく笑った。
自分一人で何でも解決するより、こうして得意なことを任せ合う方がずっと楽だ。しかも、みんなの仕事も少しずつ便利になっていく。
まさに、自分が思い描いていた国づくりに近づいている気がした。
「……くくく。いい感じじゃねえか」
そのとき、城の方から聞き慣れた声が響いた。
「おーい、皇牙! そろそろ夕飯だぞ!」
左腕に植物の紐を巻いた分身が、城の入口から顔を出していた。
「おっ、もうそんな時間か!」
「それと、ガチャ! ちゃんと覚えてるだろうな?」
皇牙は思わず笑った。
「忘れてねえよ! 夕飯の前に引くって決めてんだろ!」
分身は満足そうに頷き、嬉しそうにこちらへ歩いてきた。
皇牙はそんなもう一人の自分を眺めながら、今日の探索を振り返った。
古い道筋、水源、石材。どれもすぐに国を大きくしてくれるものではないが、これからの開拓に必要な情報ばかりだった。
何もない荒野だと思っていた場所にも、探してみれば利用できるものが眠っている。
「……よし。探索も成功したことだし、次はガチャだな!」
皇牙は満足そうに笑い、仲間たちとともに城の中へ向かった。
西の丘へ延びる道が、いったいどこへ続いているのか。まだ誰にも分からない。
だが、その道を誰かが通っていたという事実は、城の外にも人の営みがあることを皇牙たちへ教えてくれた。
そして、それは小さな開拓拠点が外の世界とつながるための、最初の手掛かりになろうとしていた。
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