第1章 第14話 もう一人の俺
「……なあ、お前。ちょっと相談があるんだけどさ」
神城皇牙がそう切り出すと、目の前に立つもう一人の皇牙は、露骨に嫌そうな顔をした。左腕に植物の紐を巻いていることを除けば、顔も声も体格も本体とまったく同じ。そんな相手に警戒されるのは、なかなか複雑な気分だった。
「先に言っとくけど、面倒な仕事を全部押しつけるつもりなら断るぞ。俺だって、せっかく生まれたんだから楽しく暮らしてえし」
「……まだ何も言ってねえだろ。まあ、ガルドの手伝いを頼もうとは思ってたけど」
「ほらな。考えることまで一緒じゃねえか」
分身は勝ち誇ったように笑い、近くの石柱へ背中を預けた。
皇牙は反論しかけたものの、途中で諦めた。相手は自分と同じ記憶と性格を持っている。嫌な仕事を押しつけられそうになれば、どうやって逃れるか考えるのも当然だった。
そんな二人を見ていたガルドが、乾いた枝の束を地面へ置いた。
「お前らなあ。俺は材料を運ぶのを少し手伝ってくれって言っただけだぞ。そんなに嫌なら、別に無理してくれなくてもいいんだが」
「いや、そういうわけにもいかねえだろ。せっかく分身を作ったんだから、何か役に立つところを見せたいんだよ」
「だったら、お前が手伝うことはねえじゃねえか」
分身が当然のように口を挟んだため、皇牙は思わず相手を指さした。
「だから、それをお前に頼んでるんだって!」
「俺は今、仕事の相談に付き合ってやってるだろ。これも立派な仕事じゃねえか」
「……くそっ。妙に口が達者なのが腹立つ!」
ガルドの隣で枝を仕分けていたドランが、とうとう笑いをこらえきれなくなった。
「ははっ! 皇牙様が二人いると、賑やかですねえ。どちらかお一人でも手伝ってくだされば、助かるんですが」
「分かった。じゃあ、じゃんけんで決めようぜ」
本体の皇牙は右手を差し出した。
分身も面白そうに身を起こし、同じように拳を握る。ところが、二人が同時に手を出すと、そろってグーだった。次はチョキ、その次はパーと、あいこが三度続いてしまう。
「……おい。何で全部一緒なんだよ」
「知らねえよ。お前が俺の考えを読んでるんじゃねえのか?」
「読めるわけねえだろ。そもそも、そんな能力ねえし」
互いに相手の表情をうかがっているうちに、皇牙は急に馬鹿らしくなった。別々に動ける以上、いつまでもあいこになるとは限らないが、こんなことで朝の時間を使い続けるのは本末転倒だ。
「……もういい。別の方法を考えよう」
「賛成。勝負するのも面倒になってきた」
分身があっさり頷くと、ガルドは深いため息をついた。
「仕事を避けるためなら、妙に息が合うんだな……」
その言葉に、二人とも返す言葉がなかった。
皇牙は改めて材料の山へ目を向けた。ガルドが用途ごとに分けた枝や草を、ドランが厨房脇の保管場所まで運んでいる。距離はそれほど遠くないものの、量があるので何度も往復しなければならないらしい。
「……あれ? これ、俺が空間収納で運べば早くね?」
皇牙が呟くと、ガルドは目を瞬かせた。
「そういや、そんな便利な能力があったな。だが、どの束をどこへ持っていくかは分かるのか?」
「……分かんねえ。そこは教えてくれ」
皇牙が即答すると、ガルドは呆れたように笑い、薪に使う枝と寝具用の草を指し示した。
仕分けの済んだ材料だけを《空間収納EX》へ収め、指定された場所へ移動して取り出す。ドランが何度も往復するはずだった仕事は、わずかな時間で片づいてしまった。
「おおっ! 皇牙様、すごいですね!」
「くくく。こういうことなら俺に任せろって!」
皇牙は得意げに胸を張った。
しかし、分身が面白そうに口元を緩めた。
「……結局、俺を働かせるつもりだったのに、自分で全部やってんじゃねえか」
「……あ」
確かにそのとおりだった。
だが、考えてみれば悪い結果ではない。特殊スキルを使えるのは本体だけなのだから、こうした仕事を無理に分身へ任せる理由はなかった。
「……まあ、いいか。一瞬で終わる仕事なら俺がやった方が早えしな」
「そういうことだろ。だったら、俺には普通の人間でもできる仕事を頼めばいいんだよ」
分身が何気なく口にした言葉に、皇牙は目を丸くした。
「……お前、たまにはいいこと言うじゃねえか」
「俺はお前なんだから、お前も思いつけたはずだけどな」
「余計な一言が多いんだよ!」
そんなやり取りを聞いていた巴が、穏やかに微笑んだ。
「殿。でしたら、分身の方には連絡や確認をお願いするのはいかがでしょう。そうした仕事なら、特殊スキルも必要ございませぬ」
「おっ、確かにな。しかも城の中なら魔物と戦う心配もねえし」
皇牙は早速、使い道を考え始めた。
昨日は見張り塔と警報設備を整えたばかりだ。エドガーが外出者の行き先を把握することになっているが、城の中は広い。各所へ連絡を伝えるだけでも、意外と歩く距離が長くなる。
分身が短い伝言や確認を引き受けてくれるなら、その手間を少し減らせるだろう。
「なあ、お前。エドガーに、今日の農地の作業予定を確認してきてくれねえか? 聞いた内容を俺に伝えるだけでいい」
「……それだけか?」
「ああ。何か決める必要があったら俺に回せ。お前には建物も作れねえし、勝手に話を決められたら困るからな」
分身は少し考えたあと、あっさり頷いた。
「それくらいならいいぜ。終わったら休んでいいんだろ?」
「もちろん。俺だって長々と働きたくねえし」
分身は満足そうに笑い、城の中へ向かった。
左腕の紐が揺れる背中を見送りながら、皇牙はようやく一つ仕事を任せられたことに満足した。
「……よし。意外と使えるかもしれねえぞ、これ」
「はい。ですが、殿と分身の方を取り違えぬよう、皆にも役割を伝えておいた方がよろしいでしょう」
「そうだな。あとで全員に説明するか」
巴の意見はもっともだった。
分身は皇牙と同じ姿をしている。左腕の紐で見分けられるとはいえ、遠くからでは分からないこともあるだろう。何より、分身が本体の代わりに勝手な約束をすれば、あとで面倒なことになりかねない。
皇牙は、分身には伝言や確認を頼むだけで、建設や重要な判断は自分が行うことに決めた。
その後、皇牙が巴と中庭の見張り設備を確認していると、厨房の方からミアがやってきた。
「皇牙様。少々ご相談がございます」
「おう、何だ?」
「洗濯をする場所についてなのですが、今は水を運んで使っておりますので、洗い場と干す場所がまとまっていると助かります」
「……なるほどな。じゃあ、城の裏手に洗濯場を作るか」
皇牙は《国家創造EX》を開き、ミアと一緒に設置場所を確認した。
洗濯場には石造りの洗い桶を固定し、排水路を設ける。さらに屋根付きの物干し場も作れば、雨が降った場合でも作業できるだろう。ただし、洗濯道具や布そのものが自動的に増えるわけではないので、その辺りは今後揃える必要がある。
「……よし、こんな感じでどうだ?」
「ありがとうございます。これなら作業がしやすくなります!」
ミアが嬉しそうに頷いたため、皇牙は建設を実行した。
黄金色の光が広がり、城の裏手に立派な洗濯場が完成する。
「おおっ! なかなかいいじゃねえか!」
皇牙は満足そうに笑った。
こうして自分の好きな建築を楽しみながら、仲間の生活を便利にできるのは悪くない。むしろ、こういう仕事なら毎日でもやりたいくらいだった。
ところが、その直後、城の廊下から足音が聞こえてきた。
「おーい、皇牙!」
振り返ると、左腕に紐を巻いた分身が戻ってきていた。その後ろにはエドガーもついている。
「おう、もう終わったのか?」
「ああ。エドガーから話を聞いてきた。農地の作業はマルクが進める予定だけど、今朝は道具の数を確認してから始めたいらしい」
「なるほど。じゃあ、そのまま進めてもらえばいいんじゃね?」
皇牙が答えると、エドガーは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。ただ、もう一つ確認していただきたいことがございます」
「……ん? 何だ?」
「分身の方が、マルク殿へ『今日中に必要なものは全部用意する』とお伝えになったそうで……」
「……は?」
皇牙は分身へ目を向けた。
分身は少し気まずそうに頬をかいた。
「いや、そんな大したことじゃねえよ。マルクが農具を増やしたいって言ってたから、どうせお前なら作れるだろうと思ってさ」
「……おいおい、待て待て!」
皇牙は慌てて額を押さえた。
国家創造EXで作れるのは建物や道路などの設備であり、持ち運べる農具を直接生み出せるわけではない。ガルドが作るにしても、材料や作業時間が必要になる。
「俺が何でも作れるわけじゃねえって! 農具は建物じゃないんだぞ!」
「……あ、そうだった」
分身はようやく思い出したように目を丸くした。
「いや、俺も記憶は同じなんだけど、つい便利な方ばっかり考えちまったわ」
「……それ、俺もやりそうだから余計に嫌なんだけど」
皇牙は深いため息をついた。
エドガーは困ったように微笑んでいたが、責める様子はなかった。
「まだマルク殿も作業に取りかかっておりませんので、今のうちに説明すれば問題ございません」
「分かった。俺から話してくる」
皇牙はそう答え、分身へ顔を向けた。
「お前も一緒に来い。自分で言ったことなんだから、ちゃんと訂正しろよ」
「……ええっ、俺も?」
「当たり前だろ!」
分身は露骨に嫌そうな顔をしたが、今回は言い返さなかった。
結局、二人はエドガーとともにマルクのところへ向かい、農具はすぐには用意できないことを説明した。マルクは事情を聞いて納得し、今ある道具でできる範囲の作業を進めることになった。
大きな問題にはならなかったものの、皇牙は少し考え込んだ。
分身は自分と同じ記憶を持っている。それでも、目の前で起きた出来事を別々に経験する以上、考え違いや勘違いは起こり得るのだ。
しかも、性格まで同じなのだから、面倒な確認を省きたくなるところも似ている。
「……こりゃ、ちゃんと使い方を決めねえと駄目だな」
皇牙が呟くと、巴も静かに頷いた。
「はい。分身の方へお願いするのは、内容を聞いて伝えるところまでにしておくのがよろしいかと存じます」
「だな。勝手に約束するのは禁止。何か決めるときは必ず俺に確認してもらおう」
皇牙は分身にも同じことを伝えた。
分身は少し不満そうだったが、今回の件については自分にも原因があると分かっているらしい。
「……まあ、それならいいか。俺だって面倒な責任を背負いたいわけじゃねえし」
「そこは本当に俺と一緒だな……」
皇牙が苦笑すると、分身も同じように肩をすくめた。
その後、二人は城の休憩室へ向かった。
窓の外には黒い城壁と広い荒野が見え、遠くではドランがガルドの作業を手伝っている。ミアは新しい洗濯場を確かめに行き、エドガーは今日の予定を整理していた。
皇牙は石の寝台に腰を下ろし、大きく伸びをした。
「……いやあ、思ったより大変だったな」
「まったくだ。もうちょっと楽できると思ってたんだけどな」
分身も隣へ腰を下ろした。
二人はしばらく黙っていたが、やがて本体の皇牙が小さく笑った。
「……でもまあ、使い道は分かったな。短い連絡なら任せられるし、俺にしかできねえ仕事は俺がやればいい」
「その代わり、俺ばっかり働かせるなよ」
「分かってるって。お前も俺なんだから、無茶なこと頼んでも嫌がるだけだろ」
皇牙は苦笑した。
分身を作れば仕事が半分になると思っていたが、現実はそう簡単ではなかった。それでも、うまく役割を分ければ、少しずつ楽になれる可能性はある。
何より、もう一人の自分と話すのは、思っていた以上に面白かった。
「……くくく。まあ、これからじっくり使いこなしてやるさ」
「おう。その代わり、俺にもちゃんと休みをくれよ」
「分かってるって!」
二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
そのとき、皇牙はふと思い出したように目を見開いた。
「……あっ!」
「何だよ、急に」
「今日の無料ガチャ、まだ引いてねえじゃん!」
分身も一瞬驚いたあと、すぐに笑みを浮かべた。
「おおっ、そういやそうだったな! 早く引こうぜ!」
「いや、お前は引けねえだろ!」
「見るくらいいいだろ。俺だってガチャ好きなんだから!」
皇牙は思わず笑った。
分身も自分と同じなら、ガチャの結果が気になるのは当然だろう。むしろ、二人で結果を楽しむのも悪くないかもしれない。
「……よし。じゃあ、後で一緒に引くか!」
「おう!」
二人は満足そうに頷いた。
仕事を押しつけるために生み出した分身だったが、どうやら思っていた以上に賑やかな相棒になりそうだった。
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