第1章 第13話 分身の使い道
異世界で迎える四日目の朝。神城皇牙は、寝台に敷かれた草の敷物の上で目を覚ますと、窓の外に広がる荒野を眺めながら、何とも楽しそうな笑みを浮かべた。
「……くくく。ついに俺の時代が来たかもしれねえ」
城を建て、農地を整え、仲間も十人に増えた。食料や生活道具はまだ不足しているものの、最初の夜と比べれば暮らしは随分と快適になっている。昨日は見張り塔と警報設備まで完成し、ようやく拠点らしい形になってきた。
ただし、皇牙には大きな不満があった。
何かを決めるたびに相談され、建物が必要になれば自分が作らなければならない。好きで始めた国づくりとはいえ、このままでは毎日働く羽目になってしまう。
「城まで建てたのに、俺が忙しいっておかしくねえか?」
誰もいない寝室でそんな文句を口にした皇牙だったが、すぐに表情を変えた。昨夜、素晴らしいことを思いついたのだ。
《分身EX》。
自分と同じ姿の分身を生み出せるという、いかにも便利そうなスキルである。
説明によれば、分身は国家創造や魔法などの特殊スキルを使用できず、身体能力も普通の成人男性程度らしい。それでも、連絡や簡単な確認作業なら任せられるかもしれない。
「俺が二人になれば、仕事だって半分で済むはずだ。いや、半分どころか、面倒な方を全部任せれば……」
皇牙はそこで一度言葉を止め、満足そうに頷いた。
「……完璧じゃねえか!」
自分の考えにすっかり気をよくした皇牙は、寝台から勢いよく起き上がった。
中庭へ出ると、すでに仲間たちは朝の仕事を始めていた。マルクは農地へ持っていく道具を確かめ、ガルドとドランは集めた枝を仕分けている。厨房の方からはリーナとミアの話し声が聞こえ、ロイとカイルは採集に出る前の打ち合わせをしていた。
城門の近くには巴が立っていた。昨夜は決めた手順どおり城門を閉じ、必要な確認を終えてから休息を取ったらしく、表情に疲れた様子は見えない。
「おはようございます、殿。今朝は随分とお早いお目覚めでございますね」
「おう! 今日はちょっと面白いことを試そうと思ってな」
「面白いこと、でございますか?」
「分身だよ、分身! 自分をもう一人作れるスキルがあっただろ?」
皇牙が胸を張ると、巴は興味深そうに目を細めた。
「確か、殿と同じ姿の者を生み出す能力でございましたね」
「そうそう。実際に使うのは初めてだから、巴にも見ててもらおうと思ってさ」
「承知いたしました。ただ、どのような存在が現れるのか分かりませぬ。念のため、少し離れておきましょう」
巴は周囲で作業していた仲間たちに声をかけ、中庭の中央を空けてもらった。皇牙はその慎重さに苦笑したものの、初めて使う能力なのだから用心するに越したことはない。
「よし。それじゃ、いくぞ!」
皇牙は意識を集中させ、《分身EX》を発動した。
次の瞬間、目の前に淡い光が集まり始める。空中に浮かんだ光は徐々に人の形を取り、髪や顔、手足の輪郭をはっきりさせていった。
そして光が消えると、そこには一人の青年が立っていた。
「……うわ」
皇牙は思わず目を見開いた。
相手は自分とまったく同じ顔をしていた。髪形も身長も体格も、身につけている服まで同じである。まるで鏡の中から自分自身が抜け出してきたような光景だった。
向こうも同じように驚いた顔でこちらを見ている。
「……マジかよ。俺がいる」
「そりゃいるだろ。お前が作ったんだから」
返ってきた声まで自分と同じだった。
皇牙がゆっくり右手を上げると、分身は呆れたように眉を寄せた。
「……何だよ、その手」
「いや、同じ動きするのかなと思って」
「俺は鏡じゃねえぞ」
「……おお、ちゃんと別々に動けるんだな!」
皇牙は興奮しながら分身の周囲を一回りした。後ろ姿まで見慣れた自分のものなのだから、何とも不思議な気分である。
そんな二人を見ていた巴は、珍しく困惑した表情を浮かべていた。
「……殿が、お二人いらっしゃる……」
「すげえだろ?」
「はい。ですが、これでは遠目にどちらが殿なのか分かりませぬ」
巴は二人を交互に見つめ、真剣な顔で続けた。
「護衛としては少々困ります。もし離れた場所におられた場合、見間違えてしまうかもしれませぬので」
「……ああ、そりゃそうか」
皇牙は自分と同じ顔をした青年へ視線を戻した。確かに、このまま二人が城の中を歩き回ったら、ほかの仲間たちも混乱するだろう。
「じゃあ、見分けがつくようにするか。何か目印になるもの……」
皇牙が周囲を見回すと、ガルドが作業場から細く編んだ植物の紐を持ってきてくれた。寝具作りで余った材料だという。
「これを片方の腕に結んでおけばいいんじゃねえか?」
「おっ、いいな。それ借りるわ」
皇牙は紐を受け取り、分身へ差し出した。
「ほら、お前の腕に巻いとけ。これなら俺と区別できるだろ」
「……何で俺が目印を付ける側なんだよ」
「後から出てきたのお前だろ?」
「まあ、それはそうだけどよ」
分身は少し不満そうにしながらも、左腕へ紐を結んだ。
巴はその目印を確かめると、安心したように頷いた。
「これなら間違えずに済みそうです。ありがとうございます、殿」
「おう。まあ、俺が二人いるのも今日が初めてだしな」
皇牙は笑いながら答えた。
もっとも、見た目が同じだけでは本当に自分と同じ記憶を持っているのか分からない。そこで、まずは簡単な質問をしてみることにした。
「なあ、お前。俺がこの世界に来る前、何やってたか覚えてるか?」
「大学生。歴史を勉強して、ゲームやって、できれば就職せずに暮らしたいと思ってた」
「……うわ、完全に俺だ」
「だからそう言ってんだろ」
分身は面倒そうに肩をすくめた。
皇牙はさらに、城を作ったときのことや、最初に召喚した三人のことを尋ねた。分身はすべて当然のように答え、巴御前を引き当てたときの興奮まで、まるで自分の経験として語った。
「いやあ、あれは最高だったよな。本物の巴御前が目の前に現れるとか、歴史好きにはたまらねえだろ」
「分かる! あのときはマジで興奮した!」
二人が盛り上がり始めると、巴は少し照れたように視線を逸らした。
「……お二人とも、そこまで喜んでいただけていたとは」
「そりゃそうだろ。巴御前だぞ?」
本体がそう答えると、分身も大きく頷いた。
その様子を見た巴は、思わず小さく笑った。
どうやら記憶は本当に共有されているらしい。ただし、分身が生まれたあとに経験したことまで自動的に伝わるのかは、まだ分からない。
「……なるほどな。見た目だけじゃなく、中身も俺ってわけか」
「そういうことだ。ちなみに、俺もさっきから自分の顔を見て変な気分なんだけどな」
「……それは俺もだわ」
二人は顔を見合わせ、同時に苦笑した。
ひとしきり驚いたところで、皇牙は肝心の能力を確かめることにした。
「よし。次はスキルだ。ちょっと国家創造EXを使ってみてくれ」
「分かった。……って、あれ?」
分身は手をかざしたまま、眉をひそめた。
「どうした?」
「建設画面が出ねえ。そもそもスキルを使う感覚がないぞ」
「……マジか。じゃあ、魔法は?」
分身は水魔法を使おうとしたが、こちらも何も起こらなかった。念のため火魔法も試してみたものの、指先から火花一つ出てこない。
「……おい、俺より弱くね?」
「当たり前だろ。こっちは特殊スキルが使えねえんだから」
「いや、分かってたけどさ。実際に見ると、ちょっと残念だな」
皇牙は苦笑しながら《万能鑑定EX》を発動した。
【名称:神城皇牙の分身】
【本体:神城皇牙】
【身体能力:一般成人男性相当】
【特殊スキル:使用不可】
表示された内容は、事前に確認していた説明と一致していた。
分身は見た目と記憶こそ同じだが、国家創造も魔法も、ガチャも空間転移も使えない。戦闘能力も普通の成人男性程度なら、危険な魔物を相手にさせるわけにはいかなかった。
「……まあ、そこは仕方ねえか。でも普通に歩けるし、会話もできるんだよな?」
「見りゃ分かるだろ」
「確かに」
皇牙は頷き、今度は《国家管理EX》を開いた。
【国家人口:10人】
分身が一人増えたにもかかわらず、人口は変わっていなかった。
「……あれ? 分身は人数に入らねえのか」
「召喚された住民とは違うからでしょうか」
巴が不思議そうに尋ねる。
「たぶんな。まあ、分身を作るだけで人口が増えたら、ガチャの排出率を上げ放題になっちまうし」
皇牙は少し残念そうに笑った。
もっとも、人口ボーナスを得られないからといって、分身の価値がなくなるわけではない。もう一人の自分が動けるというだけでも、使い道はいくらでも思いつきそうだった。
「そういや、お前っていつまでここにいられるんだ?」
「知らねえ。俺も生まれたばっかりだしな」
「……それもそうか」
皇牙は改めて分身の状態を確認したが、持続時間や生成可能数については、今のところ詳しい数値が分からなかった。
無理に試す必要はないだろう。まずは一人でどの程度のことができるか確かめ、それから使い方を考えればいい。
「……よし。じゃあ、簡単なことから試してみるか」
皇牙は城門の方へ視線を向けた。
昨日は見張り塔と警報用の鐘を整備したばかりだ。分身が城内を歩いて連絡を伝えられるなら、皇牙自身が毎回移動する必要はなくなるかもしれない。
ただし、まだ仕事を任せて大丈夫なのか分からない。そこで、まずは安全な中庭の中だけで試すことにした。
「ちょっとあそこまで歩いて、ガルドに『後で話がある』って伝えてきてくれ」
「……え?」
分身の表情が変わった。
先ほどまで興味深そうに周囲を眺めていたのに、急に面倒そうな顔になったのである。
「何で俺が行かなきゃならねえんだよ。お前が行けばいいだろ」
「いや、分身がちゃんと動けるか試すためだって!」
「歩けるのはもう見ただろ。だったら、わざわざ試す必要なくね?」
「……それは、まあ」
皇牙は言葉に詰まった。
自分が同じ立場だったら、まったく同じことを言いそうだったからだ。
分身は腕を組み、近くの石柱にもたれかかった。
「それに、朝からこんな面白いことが起きたんだぞ? もうちょっとゆっくり話そうぜ。城の中も見たいし」
「……あー、確かにそれは分かる」
皇牙は思わず頷いた。
分身の考えは、驚くほど自分に近かった。面白そうなことには積極的なのに、単純な雑用となると途端に腰が重くなる。
能力の説明に同じ性格と書かれていた意味を、ようやく実感した気がした。
「……これ、思ったより扱いが難しいかもしれねえな」
「扱いって何だよ。俺を道具みたいに言うなって」
「いや、お前は俺の分身だろ?」
「そうだけど、面倒なことを嫌がるのもお前と同じなんだよ」
分身は悪びれもせずに笑った。
皇牙はしばらく相手を見つめていたが、やがて額を押さえてため息をついた。
「……くそっ。俺ってこんなに面倒くさい奴だったのかよ」
その呟きを聞いた巴が、慌てて口元を押さえた。
「……巴? 今、笑っただろ」
「い、いえ。決してそのような……」
「絶対笑ったって!」
皇牙が抗議すると、分身まで楽しそうに笑い始めた。
そこへ、材料の整理を終えたガルドが近づいてきた。
「おい、皇牙。さっきから何を騒いで……って、何だこれ!?」
ガルドは二人を見比べ、目を丸くした。
「お前、いつの間に双子の兄弟なんかできたんだよ!」
「違う違う。こいつは俺の分身だ」
皇牙が説明すると、ガルドは分身の左腕に巻かれた紐へ目を向けた。
「……なるほど。それで片方だけ目印を付けてんのか」
「そういうこと。巴が見分けられねえと困るって言うからさ」
「そりゃ困るだろうな。俺だって、顔だけじゃ分からねえぞ」
ガルドは二人の周りを歩きながら、興味深そうに観察した。
やがて、分身の肩を軽く叩く。
「しかし、面白え能力だな。見た目も声もそっくりじゃねえか」
「だろ? 我ながらすげえと思うわ」
分身が得意げに答えたため、ガルドはますます可笑しそうな顔になった。
「……性格まで同じなのかよ」
「残念ながらな」
本体の皇牙が答えると、ガルドは声を上げて笑った。
皇牙は少し不満だったが、確かに他人から見れば面白い光景なのだろう。自分と同じ顔の人間が二人並び、同じ口調で話しているのだから無理もない。
ひとしきり笑ったあと、ガルドはふと思いついたように口を開いた。
「だったら、人手が一人増えたってことだよな。今、ドランと材料を運んでるんだけど、どっちか手伝ってくれねえか?」
その瞬間、皇牙と分身の表情が同時に固まった。
本体は何とか言い訳を考えようとし、分身はさりげなく視線を逸らす。
そんな二人を見たガルドは、呆れたように眉を上げた。
「……おい。何で二人とも黙るんだよ」
「いや、俺はこれから分身の能力を調べる予定があってさ」
「そうそう。俺は調べられる側だから忙しいんだよ」
分身がすかさず話を合わせる。
皇牙は思わず相手を見た。
仕事を避けたいときだけ息が合うあたり、本当に自分そっくりだった。
ガルドは二人を交互に見つめ、深いため息をつく。
「……なるほどな。人数が増えたところで、働く奴が増えるとは限らねえわけか」
その言葉に、巴がとうとう小さく吹き出した。
皇牙は頭をかきながら、苦笑するしかなかった。
分身を生み出すこと自体は大成功だった。見た目も記憶も同じで、会話や行動も普通にできる。特殊スキルを使えないという制約はあるものの、安全な場所での連絡や簡単な確認作業なら役立つ可能性もある。
ただし、一つだけ大きな誤算があった。
もう一人の自分は、仕事を喜んで引き受ける便利な召使いなどではなかったのだ。
「……まあ、いいか。とりあえず今日は分身が作れるって分かっただけでも収穫だな」
皇牙がそう言うと、分身も満足そうに頷いた。
「そうだな。せっかくだし、城でも見て回ろうぜ。俺も実際に歩いてみたいし」
「おっ、それはいいな。案内してやるよ」
二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
しかし、その様子を見ていたガルドが、何とも言えない顔で口を開いた。
「……お前ら、俺の手伝いはどうなったんだ?」
皇牙と分身は同時に足を止めた。
しばらく沈黙が続いたあと、本体の皇牙がゆっくりと分身へ顔を向ける。
「……なあ、お前」
「……何だよ」
「ちょっと相談なんだけどさ」
「……嫌な予感しかしねえな」
分身が警戒するように目を細めた。
皇牙はそんなもう一人の自分を見つめながら、悪そうな笑みを浮かべた。
分身の能力は確認できた。あとは、どうすればこいつに気持ちよく働いてもらえるかを考えるだけだ。
もっとも、相手は自分と同じ性格である。
簡単に話がまとまるとは、皇牙自身も思っていなかった。
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