第3章 第139話 初めての国産鉄で、俺の昼寝道具が進化した件
異世界生活百六十二日目。神城皇牙が目を覚ましたとき、窓の外には気持ちのいい青空が広がっていた。
昨日は北方の森に新しい調査拠点を整え、レオナルド・ダ・ヴィンチたちが鉄鉱石の試験製錬に成功した。もっとも、取り出せたのは不純物の多い黒ずんだ金属の塊で、そのまま道具に使えるような代物ではないらしい。
それでも、皇牙にとっては十分すぎる成果だった。
「……ついに国産の鉄か。いいねえ。こういうの、建国ゲームをやってるみたいで最高だわ」
寝台に腰掛けたまま、皇牙は昨日見せてもらった金属の塊を思い出す。
鉄製の農具が普及すれば、畑仕事が楽になるかもしれない。工具が充実すれば、職人たちの仕事も広がる。いずれは機械仕掛けの設備だって作れるようになるだろう。
そして何より、巨大な鉄の城門である。
「城門を開けるときに、歯車がガラガラ回ってさ……。左右から巨大な扉が開いて、奥には俺の城がそびえ立ってるわけだ。くぅーっ、格好よすぎるだろ!」
「殿。朝から随分と楽しそうでございますね」
いつの間にか扉の前に立っていた巴御前が、呆れ半分、微笑み半分の表情で皇牙を見ていた。
「おう、巴! ちょうど今、将来の城門について考えてたんだ」
「昨日、鉄を取り出せる可能性が確認されたばかりではございませんか?」
「夢を見るのは自由だろ?」
「それはそうでございますが、まずは農具や工具を優先なさるのでは?」
「……分かってるって。巨大な城門は、そのうちな」
皇牙が肩をすくめると、巴は小さく笑った。
朝食を済ませた皇牙は、いつものように《国家管理EX》を開いた。
人口は七百六人。昨日の無料ガチャでは、荷車整備補助、木炭運搬補助、そしてRの鍛冶工房管理者グレンが加わっている。新しい人材を迎えたばかりとはいえ、国の仕事は増える一方だった。
「よし、今日も無料ガチャといきますか!」
皇牙は《英霊召喚ガチャEX》を起動した。
一回目に現れたのは、Nの鉱石選別補助を得意とする青年。二回目は、Nの炭焼き補助を得意とする壮年の男性だった。
「おっ、いいじゃねえか! 鉱石と木炭、どっちも今必要な仕事だ」
「殿。偶然とはいえ、頼もしい方々でございますね」
「だろ? こうなると三回目にも期待しちまうな!」
最後の光が収束すると、革の前掛けを身につけた、四十歳ほどの男性が姿を現した。短く整えた髪と日に焼けた顔が印象的で、手には小さな金属製の道具を持っている。
『R 鉱石選別技師 ハルトマン』
「おおっ! 鉱石選別技師!」
皇牙は思わず拳を握った。
《万能鑑定EX》によれば、ハルトマンは鉱石の品質を見極め、採掘した石を用途に応じて選別することを得意としている。採掘場所の状態を調べる経験も豊富らしい。
「ハルトマン、ちょうど鉄鉱石を見つけたところなんだ。力を貸してくれるか?」
「もちろんでございます。ただ、鉱石は見た目が似ていても性質が異なります。まずは採取した場所と試験結果を確認させてください」
「了解! そういう話は、うちの研究工房に行けば分かるぜ」
新たに召喚された三人を担当者へ引き継ぎ、皇牙は人口が七百九人になったことを確認した。
その後、巴とハルトマンを連れてレオナルドの研究工房へ向かった。
工房では朝から槌の音が響いていた。窓際の作業台には鉄鉱石の破片が並び、壁には炉の断面図や送風装置の構想が描かれた紙が貼られている。
「レオナルド! 面白い人材が来たぞ!」
「おや、陛下。今度はどなたですかな?」
「鉱石選別技師のハルトマンだ。昨日の鉄鉱石を調べてもらおうと思ってな」
「それはありがたい。ちょうど、鉱石の状態を詳しく調べたいと思っていたところです」
レオナルドが嬉しそうに手を差し出すと、ハルトマンも丁寧に挨拶した。
そこへ、鍛冶工房管理者のグレンが奥から現れた。
「陛下。昨日の試験で得られた鉄を、もう一度調べておりました。少々、気になることがございます」
「気になること?」
グレンは作業台の上に置かれた黒ずんだ塊を示した。
「鉄を含む部分は確かに得られました。しかし、不純物が多く、このまま叩いても均一に伸びません。無理に加工すれば、途中で割れるおそれがあります」
「……つまり、まだ道具にはできないってことか?」
「現状では、そう申し上げるしかございません」
皇牙は塊を覗き込んだ。
昨日は鉄が取り出せたことに大喜びしていたが、実際に使える鉄にするには、さらに手間がかかるらしい。
「なるほどな。じゃあ、どうすりゃいい?」
その問いに、レオナルドが図面を広げた。
「まずは鉱石の選別を改善し、炉に入れる材料の質を揃えたいところですな。そのうえで、昨日の金属から使える部分を取り出せるか、鍛冶職人たちと試してみましょう」
「鉱石の選別でしたら、私がお手伝いできます」
ハルトマンが作業台に並ぶ石を手に取り、表面や割れ目を確認した。
「こちらは比較的状態がよさそうですが、こちらには余分な石が多く混じっています。採掘の段階で分けられれば、運搬の負担も減らせるでしょう」
「ほう。では、選別の手順をまとめていただけますかな?」
「承知しました。現場で働く者にも分かるよう、簡単な基準を作りましょう」
レオナルドとハルトマンが相談を始める一方、グレンは鍛冶職人たちを呼び、昨日の金属を再加熱して確かめる準備を進めた。
皇牙は三人のやり取りを聞きながら、満足そうに頷いた。
「いいねえ。こういうのが見たかったんだよ。専門家が集まって、少しずつ問題を解決していく感じ!」
「殿もご一緒に作業なさいますか?」
巴が尋ねると、皇牙は即座に首を振った。
「いや、俺は専門家の邪魔をしないという重要な役目があるからな」
「……便利なお役目でございますね」
「適材適所って言うだろ?」
巴が笑うと、工房の職人たちもつられて笑った。
午前中、グレンたちは昨日得られた金属の塊を少量ずつ再加熱し、槌で叩いて状態を確かめた。
最初の塊は、何度か叩いたところで端に亀裂が入った。
「……あれ、割れちまったぞ」
皇牙が思わず声を上げると、グレンは落ち着いた様子で頷いた。
「やはり、この部分は加工に向きません。無理に使っても、丈夫な製品にはならないでしょう」
「せっかく取り出した鉄なのになあ」
「すべてが無駄になるわけではございません。失敗した部分を調べれば、次に何を改善すべきか分かります」
その言葉に、レオナルドも頷いた。
「失敗は研究の大切な成果ですぞ。むしろ、最初から何も問題が起こらないほうが珍しい」
「……なるほど。そう考えると、ちょっと面白いな」
皇牙は割れた金属を眺めた。
自分の《国家創造EX》なら、建物は一瞬で完成する。だが、鉄の加工は違う。試して、失敗して、原因を考え、また試す。その積み重ねが必要だった。
だからこそ、うまくいったときの喜びも大きいのかもしれない。
その後、グレンは比較的状態のよい部分を選び、再び炉へ入れた。職人たちは熱した金属を丁寧に叩き、不純物を取り除きながら少しずつ形を整えていく。
工房に響く槌の音を聞きながら、皇牙はふと呟いた。
「……これ、結構時間かかるんだな」
「殿。職人の技とは、そういうものでございましょう」
「だよな。俺、建物を一瞬で造れるから、感覚がおかしくなってたかもしれねえ」
巴は静かに頷いた。
「殿のお力は素晴らしいものです。しかし、皆が自らの技を磨き、国を支えていることも、同じくらい大切なのだと思います」
「……ああ。そうだな」
皇牙は職人たちの背中を見つめた。
この国がここまで大きくなったのは、自分の能力だけのおかげではない。農民が畑を耕し、職人が道具を作り、商人が物を売り、兵士が街を守っている。
そして、その一人一人が自分の役割を果たしているからこそ、皇牙は好きなことをして暮らせるのだ。
「よし。今日の昼飯は、工房の連中にちょっといいものを用意してもらおう」
「殿?」
「こういう仕事をしてる連中には、ちゃんと美味い飯を食ってもらわねえとな。休憩も必要だろ?」
巴は一瞬驚いたあと、柔らかく微笑んだ。
「承知いたしました。厨房へ伝えてまいります」
「頼んだ!」
昼過ぎ、皇牙は山本勘助、ロイス、ノルド、ハルトマンを伴い、北方の森にある調査拠点へ向かった。
昨日建設した石造りの建物は、すでに調査員たちの集合場所として使われていた。倉庫には測量道具が運び込まれ、護衛兵の詰所にも必要な備品が揃い始めている。
「おお、ちゃんと使われてるじゃねえか」
「殿のお力で建物を整えていただいたおかげで、調査が進めやすくなりました」
勘助は地図を広げ、森の奥へ続く道を指さした。
「ただし、鉱石のある谷まで荷車を通すには、まだ危険な箇所がございます。道の拡張は、地盤の確認が終わってからにしたいと考えております」
「了解。急いで崩れたりしたら意味ねえもんな」
皇牙は周囲を見渡した。
森の入口には、昨日造った休憩所と倉庫、護衛兵の詰所が並んでいる。今のところ、それらを増やす必要はなさそうだった。
「じゃあ、今日は鉱石を選別する場所だけ造るか。ハルトマン、どんな場所がいい?」
「屋根があり、石を広げて確認できる場所が必要です。砕いた鉱石を一時的に分けて置けるよう、作業区域も分けていただけると助かります」
「分かった。ロイス、場所はどこがいい?」
ロイスが地図と地面を確認し、拠点の横にある平坦な場所を示した。
「こちらなら、既存の倉庫にも近く、荷車の動きを妨げません」
「よし、決まりだな!」
皇牙は指定された場所へ手を向け、《国家創造EX》を発動した。
次の瞬間、石造りの低い壁と屋根を備えた選別場が姿を現した。内部には作業区域を分けるための仕切りが設けられ、外には鉱石を一時的に置ける場所も用意されている。
ただし、作業台や選別用の道具は自動的には生まれない。それらは職人たちが別に用意する必要があった。
「よし、完成!」
皇牙が満足そうに胸を張ると、ハルトマンは建物の中を歩き、作業の流れを確かめた。
「素晴らしい。これなら、鉱石を種類ごとに分けながら作業できます」
「必要な道具は、グレンたちと相談してくれ。作るのが難しいものがあれば、レオナルドにも頼めばいい」
「承知しました」
そのとき、森の奥を見張っていた兵士の一人が駆け寄ってきた。
「勘助様! 谷へ続く道の近くで、角狼と思われる足跡を確認しました!」
周囲の空気が少しだけ引き締まった。
勘助は報告を受けると、すぐに兵士たちへ指示を出した。
「谷への立ち入りは一時中止。調査員は拠点まで戻すのだ。護衛は二人一組とし、単独行動を禁ずる」
「はっ!」
巴も静かに立ち上がった。
「殿。私も周囲を確認してまいります」
「おう。無理はするなよ」
「ご安心ください。必要以上に奥へは進みませぬ」
巴は護衛兵を伴い、森の入口付近へ向かった。
皇牙はその後ろ姿を見送りながら、勘助に尋ねた。
「……やっぱり、あの辺にはまだ角狼がいるんだな」
「そのようです。鉱石の採掘を始める前に、周辺の安全を十分に確認する必要がございます」
「分かった。調査員に怪我をさせるくらいなら、少しくらい遅れても構わねえよ」
勘助は深く頭を下げた。
「ありがたきお言葉」
しばらくして、巴が戻ってきた。
「殿。足跡は確認できましたが、近くに魔物の姿はございませんでした。勘助殿の判断どおり、しばらくは警戒を強めるのがよろしいかと存じます」
「了解。じゃあ、今日はここまでだな」
皇牙は新しい選別場を見上げた。
鉄を作るためには、鉱石を掘るだけでは足りない。道を整え、作業員を守り、燃料を確保し、職人たちが技術を磨く必要がある。
面倒なことは山ほどあるが、その一つ一つを優秀な人材たちが進めてくれている。
「……よし。あとは任せた!」
「殿。随分と嬉しそうでございますね」
「そりゃそうだろ。俺が全部やらなくても、国がちゃんと前に進んでるんだからな!」
巴はその言葉に微笑んだ。
夕方、城へ戻った皇牙のもとに、グレンから知らせが届いた。
試験製錬で得られた鉄のうち、比較的状態のよい部分を使い、小さな金具を一つ作ることができたという。
「おおっ! ついにできたのか!」
皇牙は大喜びで鍛冶工房へ向かった。
作業台の上には、小さな鉄製の留め金が置かれていた。表面はまだ粗く、店で売られている金具ほど綺麗ではない。それでも、確かに人の手で加工された鉄製品だった。
「陛下。まだ試作品でございます。強度や耐久性はこれから確認しなければなりません」
「分かってる。でも、すげえじゃねえか! 昨日まではただの石だったんだぞ!」
皇牙は留め金を手に取り、何度も角度を変えて眺めた。
グレンは少し照れたように笑った。
「職人たちが粘り強く作業してくれたおかげです。最初はうまく伸びず、使える部分もわずかでしたが、何とか形にできました」
「よくやってくれた。みんなにも礼を伝えてくれよ」
「ありがたきお言葉」
皇牙は留め金を見つめながら、ふと一つの考えを思いついた。
「……なあ、これって何かに使えないかな?」
「陛下。重要な設備には、まだ使わないほうがよろしいかと」
「いや、もっと気楽なものだよ」
皇牙は工房の隅に置かれた木製の折り畳み椅子を指さした。
「俺の昼寝椅子なんだけどさ。前から、開いたときにちょっとガタつくんだよ。こいつを改良できないかな?」
グレンは椅子を調べ、少し考えてから頷いた。
「金具の形を調整すれば、開閉部分の動きを改善できるかもしれません。ただし、試作品ですから、荷重を支える主要な箇所には使わないほうがよいでしょう」
「了解。じゃあ、補助的な部分だけで試してみてくれ!」
「承知しました」
皇牙は椅子を預け、完成を楽しみに待つことにした。
その日の夕食後、グレンから改良した椅子が届けられた。
試作品の留め金は補助的な部分に使われ、主要な金具は従来のものが残されている。職人たちは何度か開閉して状態を確かめ、問題がないことを確認したという。
「おお、いいじゃねえか!」
皇牙は城の中庭で椅子を広げ、慎重に腰を下ろした。
以前よりも動きが滑らかで、気になっていたガタつきも小さくなっている。
「……最高だな、これ」
「殿。随分とお気に召したようでございますね」
「当たり前だろ! アストレア産の鉄が、俺の昼寝道具を進化させたんだぞ。これは歴史的快挙だ!」
「歴史的快挙、でございますか」
「そうだ。後世の歴史書には、こう記されるに違いない。『この日、偉大なる皇牙王の昼寝椅子は新たな時代を迎えた』ってな!」
巴はとうとう声を上げて笑った。
「それでは、鉄を作った職人たちの功績が残りません」
「……たしかに。じゃあ、職人たちの名前もちゃんと残しておこう」
皇牙があっさり言い直すと、巴は優しく微笑んだ。
「それがよろしいかと存じます」
皇牙は椅子に深く腰掛け、夕暮れの空を見上げた。
今日できたのは、たった一つの小さな留め金だ。けれど、いつかは丈夫な農具が作られ、荷車が改良され、街の暮らしがもっと便利になる日が来るだろう。
その未来を、自分一人で作る必要はない。
レオナルドが研究し、グレンが職人たちをまとめ、ハルトマンが鉱石を見極める。勘助が安全を守り、コルベールが必要な人員と費用を管理する。
そして、自分は彼らが力を発揮できる場所を用意する。
それこそが、皇牙の理想とする国の形だった。
「なあ、巴」
「はい、殿」
「俺、やっぱりこの国を作ってよかったわ」
何気なく口にした言葉に、巴が一瞬だけ目を見開いた。
「……私も、殿にお仕えできて幸せでございます」
「お、おう。そう言われると、なんか照れるな」
皇牙は誤魔化すように椅子へ深く座り直した。
「よし! 今日はもう働かねえ。俺はこのまま夕飯まで寝る!」
「殿。夕食は、先ほどお召し上がりになったばかりでございますよ」
「……あれ?」
皇牙が真顔で首をかしげると、巴はまた笑った。
「では、明日の朝までお休みになりますか?」
「いや、それはさすがに寒いだろ。もう少ししたら部屋に戻るわ」
「かしこまりました。では、それまでお側におります」
巴は近くの椅子に腰を下ろした。
夕焼けに染まった空の下、二人の間を穏やかな風が通り抜ける。遠くでは城下町の人々の声が聞こえ、今日もアストレアの一日が静かに終わろうとしていた。
皇牙は目を閉じながら、今日の出来事を思い返した。
鉄鉱石から生まれた、小さな留め金。今はまだ、それだけだ。
だが、この国の未来を想像するには十分だった。
「……次は、もっとすげえ椅子を作ってもらおうかな」
「殿。お休みになるのでは?」
「寝ながら考えるんだよ」
巴の笑い声を聞きながら、皇牙はようやく念願の昼寝を始めた。
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