第3章 第137話 北の森で見つけたものが、想像以上だった件
異世界生活百六十日目の朝。神城皇牙は、朝食の皿を片づけてもらいながら、窓の外に広がる城下町を眺めていた。
昨日、アストレア展望台が一般開放された。北西の丘に建つ白亜の展望台は早速住民たちの人気を集め、売店では焼きたての包み焼きが飛ぶように売れたらしい。皇牙としては、自分が思いつきで造った施設が立派な観光名所になったことに満足していた。
だからこそ、今日は城でのんびり過ごすつもりだった。
「昨日は展望台で結構歩いたしな。今日は昼寝して、うまいもん食って、夕方にまた昼寝する。完璧な休日だ」
「殿。それでは一日中、ほとんどお休みになってしまいます」
隣に立つ巴御前が、呆れたように笑った。
「いいんだよ。国王が平和に昼寝できるってことは、国が平和な証拠だろ?」
「その理屈には、少々無理があるかと」
「細かいことは気にするな。さて、まずは朝の楽しみだ」
皇牙は《国家管理EX》を開いた。現在の人口は七百人。昨日の召喚でちょうど区切りのよい数字になったところだ。
続けて《英霊召喚ガチャEX》を起動する。人口一万人未満のため、SR以上の排出率はまだ五パーセント。それでも、毎日三回の無料ガチャは皇牙にとって何よりの楽しみだった。
「そろそろ歴史上の大物が来てもいい頃だろ。俺の代わりに全部働いてくれる、超優秀な偉人を頼む!」
「殿は本当に、働かずに済む方法を考えることに熱心でございますね」
「その努力だけは惜しまない男だからな」
胸を張る皇牙の前で、一回目の光が収束した。
現れたのは、木材加工の補助を得意とするNの青年。続く二回目では、薬草の乾燥作業に詳しいNの女性が召喚された。
「おっ、どっちも使い道がありそうだな。よし、最後の一回!」
三度目の光が消えると、緑がかった外套をまとった男性が姿を現した。年齢は三十代半ばほどだろうか。日に焼けた顔と、落ち着いた灰色の瞳が印象的だった。
『R 森林調査員 ノルド』
「森林調査員? へえ、珍しいな」
《万能鑑定EX》で確認すると、樹木の種類や生育状況、獣道、地形の変化などを観察する能力に優れているらしい。
「ノルド、だったな。森を調べる仕事が得意なのか?」
「はい。木々の生え方や土の状態を調べ、森の特徴を記録することを得意としております」
「そいつは助かる。ちょうど北の森を調査してるところなんだ。担当の勘助に紹介するから、まずは話を聞いてくれ」
「承知いたしました」
新たな三人を担当部署へ引き継ぐと、人口は七百三人になった。皇牙は満足して椅子に腰を下ろしたが、そこへ執務室の扉が叩かれた。
「殿。山本勘助殿がお見えです」
「……嫌な予感がする」
巴の案内で入ってきた勘助は、数枚の地図を抱えていた。
「殿。北方の森の調査について、ご報告がございます」
「やっぱり仕事の話かよ。俺の休日、開始前に終了したんだけど」
「お休みを妨げるつもりはございませぬ。ただ、殿にも興味を持っていただける内容かと」
勘助は地図を机に広げた。そこには城下町の北側に広がる森と、その奥に続く丘陵地帯が描かれていた。展望台のある北西の丘とは別方向だ。
「以前、角狼と遭遇した場所より北へ調査を進めたところ、谷へ続く古い獣道を発見いたしました。谷には水が流れ、周囲の樹木もよく育っております」
「へえ。そんな場所があったのか」
「さらに、谷の斜面には周囲と色の異なる岩が露出しております。鉱石の可能性もございますが、現時点では何とも申せませぬ」
皇牙は地図へ身を乗り出した。
「……鉱石?」
「はい。ただし、谷へ下る道は狭く、足場も不安定でございます。無理に調査を進めれば負傷者が出かねませぬ」
「なるほどな。だから一度引き返したわけか」
「左様でございます」
皇牙は腕を組んだ。知らない土地に、正体不明の鉱石らしきものがある。そんな話を聞かされて、黙っていられるはずがなかった。
「よし。見に行こうぜ!」
「殿。先ほどまで休日とおっしゃっていたのでは?」
「未知の土地を探索するのは仕事じゃねえ。冒険だ!」
巴は小さく笑い、勘助もどこか予想していたような表情を浮かべた。
皇牙は早速、先ほど召喚したノルドを呼び戻した。勘助が調査内容を説明すると、ノルドは地図を注意深く眺め、谷へ続く道の位置を確かめた。
「この辺りは、森の中でも地面が湿りやすい場所かもしれません。現地で樹木の状態を確認できれば、もう少し詳しく分かると思います」
「いいねえ。早速頼りになりそうだ」
こうして皇牙たちは、少数の護衛兵を伴って北方の森へ向かうことになった。
昼前、森の入口に到着した一行は、警備担当者から周辺の状況を確認した。角狼が出現して以来、この一帯では一般住民の立ち入りが制限されている。
勘助は地図を広げ、護衛兵たちに進路を説明した。
「谷へは東側の尾根を通る。獣道をそのまま進むと、足場の悪い斜面に出るためだ。退路は今通ってきた道を使う。何か異変があれば、無理に奥へ進まず引き返すこと」
兵士たちが頷くと、巴も周囲を見渡した。
「殿の護衛は私が務めます。皆は左右の警戒をお願いいたします。特に、見通しの悪い茂みにはお気をつけください」
「承知しました!」
皇牙はそのやり取りを眺めながら、感心したように呟いた。
「……やっぱり、こういうのは専門家に任せるのが一番だな」
「殿は、ご自身で何でもおできになりますのに」
「できることと、全部自分でやることは別だろ。俺が道に迷ったら格好悪いし」
「ふふっ。それは確かに困りますね」
森の中はひんやりとしていた。木々の枝が頭上を覆い、葉の隙間から差し込む日差しが地面にまだら模様を描いている。湿った土の匂いに混じって、遠くから水の流れる音が聞こえ始めた。
しばらく進んだところで、ノルドが足を止めた。
「勘助様。少し、こちらを確認してもよろしいでしょうか」
彼が指差した先には、斜面に沿って並ぶ数本の木があった。幹の根元には土が薄く積もり、ところどころ根が露出している。
「この辺りは雨が降ると、上から土が流れてくるようです。見た目より地盤が緩いかもしれません」
ノルドはしゃがみ込み、地面の状態を確かめた。
「獣道はこの先で斜面を横切っていますが、人が何人も通るには危険でしょう。もう少し尾根側を進んだ方が安全です」
「ふむ。わしも同じことを考えておった」
勘助は地図に目印を加え、進路を少し変更した。
「よく気づいたな、ノルド」
「森では、木の根や土の様子が道の状態を教えてくれますから」
皇牙は嬉しくなった。Rの人材であっても、得意分野では自分の知らないことを教えてくれる。だからこそ、ガチャはやめられないのだ。
やがて木々の向こうが明るくなり、一行の前に細長い谷が現れた。
「おお……!」
皇牙は思わず声を上げた。
谷底には澄んだ水が流れ、両側の斜面には背の高い木々が並んでいる。水辺には小さな白い花が咲き、風が吹くたびに草が波のように揺れた。灰の荒野から始まった国の近くに、これほど緑豊かな場所が隠れていたとは思わなかった。
「すげえな。ここ、景色もいいじゃねえか」
「水の流れがあるため、周辺の植物も育ちやすいのでしょう」
ノルドは谷底を眺めながら答えた。
「ただし、水量が一年を通して安定しているかは、今後の調査が必要です。雨の多い時期には増水する可能性もあります」
「なるほど。見た目が綺麗だからって、すぐに利用できるわけじゃねえんだな」
皇牙が頷いたとき、巴が静かに片手を上げた。
「殿。少々お待ちください」
その声に、全員が足を止めた。
巴の視線は、谷の奥にある茂みに向けられていた。
「何かおります」
次の瞬間、低い唸り声が聞こえた。木々の間から現れたのは、額に鋭い角を持つ一頭の角狼だった。
「……またお前かよ!」
皇牙が呟くより早く、巴が前へ出た。
「ノルド殿、勘助殿とともに後ろへ。兵たちは左右を警戒してください」
角狼は牙を剥き、地面を蹴った。狙いは一行の先頭に立つ巴だったが、その動きは彼女にとって遅すぎた。
巴は半歩だけ身体をずらし、飛び込んできた角狼を一閃で斬り伏せた。
魔物が地面に倒れると、巴はすぐに刀を構え直した。周囲にほかの魔物がいないことを確かめてから、ようやく刃を収める。
「周辺に新たな気配はございません。ただ、長居は避けた方がよろしいでしょう」
「了解。相変わらず見事なもんだな、巴」
「殿のお役に立てたのであれば、何よりでございます」
巴は凛とした表情のまま答えたが、皇牙に褒められたことが嬉しいのか、その頬はわずかに緩んでいた。
勘助は角狼が現れた方角を地図に記録し、調査範囲を谷の入口付近に限定することを決めた。
「魔物が出る以上、谷の奥へ進むのは控えるべきでしょう。まずは安全を確保できる範囲だけ調べます」
「そうだな。無理する必要はねえ」
皇牙も素直に頷いた。
目的の岩場は、谷の入口から少し下った斜面にあった。周囲の灰色の岩とは異なり、赤茶色の石がいくつも露出している。
だが、そこへ向かう途中の道は狭く、足元には細かな石が散らばっていた。
「このまま下りるのは危険でございますな」
勘助が斜面を見下ろすと、ノルドも同意した。
「特に、あの辺りは崩れやすそうです。調査員が何度も通れば、足場が傷むかもしれません」
「じゃあ、俺の出番だな」
皇牙は楽しそうに笑い、《国家創造EX》を発動した。
「勘助、安全な道を造るならどこがいい?」
「こちらの尾根から岩場の手前へ続く位置がよろしいかと。ただし、水の流れを塞がぬようお願いいたします」
「了解。幅は人がすれ違える程度でいいな」
皇牙が地形を確認して能力を使うと、斜面に沿って短い石造りの通路が現れた。谷の水路を避け、必要な場所には低い手すりも設けてある。
「よし、完成!」
「……相変わらず、驚くべきお力でございますな」
勘助が感心すると、皇牙は得意げに胸を張った。
「ふっ。これぞ我が国家創造の真髄! 地形すら従える絶対建築王の力よ!」
「殿。足元をお確かめになってから進んでくださいませ」
「……はい」
巴にたしなめられ、皇牙は素直に通路へ足を踏み出した。
岩場に到着すると、皇牙は赤茶色の石へ手を伸ばした。
「さて、正体を見せてもらおうか」
《万能鑑定EX》を発動すると、視界に半透明の文字が浮かび上がった。
『鉄鉱石』
「……おおっ!」
皇牙は思わず声を上げた。
「鉄だ! これ、鉄鉱石だぞ!」
「鉄鉱石でございますか」
勘助の表情が引き締まる。
「確かでございますか、殿?」
「ああ。鑑定結果にそう出てる。間違いねえ!」
皇牙は興奮しながら岩場を見渡した。鉄は武器や防具だけでなく、農具、工具、建築資材などにも欠かせない。これまでアストレアでは金属の多くを交易などに頼っていたが、もし国内で採掘できるなら大きな前進だ。
「こいつはすげえぞ。鉄を自前で用意できるようになったら、職人たちも喜ぶだろ!」
「確かに大きな発見でございます。しかし、どれほどの量が埋まっているかは、まだ分かりませぬ」
「分かってる。見つけたからって、いきなり鉄の剣が生えてくるわけじゃねえもんな」
皇牙は笑った。
「でも、調べる価値は十分あるだろ?」
「無論でございます」
勘助は頷き、周辺の地形を改めて確認した。
そのとき、ノルドが少し離れた場所から声を上げた。
「皇牙様。こちらもご覧いただけますか」
「ん? どうした?」
ノルドが示したのは、谷の反対側に広がる林だった。
「あちらには、まっすぐ育った木が多く見られます。種類や品質は詳しく調べる必要がありますが、建築用の木材として利用できる可能性があります」
「へえ、木材もか!」
「はい。それに、この谷には水が流れています。水量が安定していれば、将来的には作業場などの立地としても検討できるでしょう」
皇牙は谷全体を見渡した。
鉄鉱石らしき岩場だけではない。水があり、木々が育ち、周囲にはまだ調べていない土地が広がっている。
もちろん、現時点ではどれも可能性にすぎない。鉄鉱石の埋蔵量も、木材の品質も、水の利用条件も、詳しく調べなければ分からない。
それでも、皇牙の胸は高鳴った。
「……なあ、勘助」
「何でございましょう」
「ここ、ただの森じゃねえな」
勘助は静かに頷いた。
「左様でございます。今後の調査次第では、アストレアにとって重要な土地となるやもしれませぬ」
「だよな!」
皇牙は満面の笑みを浮かべた。
「鉄が採れて、木材もあって、水まである。もし全部うまく使えたら、ここに工房を集めることだってできるんじゃねえか?」
「可能性はございます。ただし、まずは安全な道と輸送手段を整える必要がございますな」
「そこは俺が造れるだろ。工房の建物だって任せろよ!」
「建物だけでは、働く者も道具も揃いませぬぞ」
「……分かってるって。そこはコルベールたちと相談してくれ」
勘助は苦笑したが、皇牙の言葉を否定しなかった。
帰還する前に、皇牙は《空間収納EX》へ少量の鉄鉱石を収めた。鍛冶職人たちに調べてもらうための試料だ。ノルドは周辺の樹木と地形を記録し、勘助は調査を継続する際の警備計画をまとめた。
谷の奥にはまだ未調査の場所が残っている。しかし、今日の成果だけでも十分だった。
城へ戻る頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。
執務室に入った皇牙は、机の上へ鉄鉱石を一つ取り出した。見た目はただの赤茶色の石だ。それでも、これが将来の農具や工具、あるいは新しい産業につながるかもしれない。
「……なんか、建国ゲームで新しい資源を見つけたときみたいだな」
皇牙は楽しそうに笑った。
最初は、ただ楽をして暮らすために国を造った。ところが、街が大きくなるにつれ、新しい建物を造ることも、知らない土地を調べることも、少しずつ楽しくなってきている。
「なあ、巴。もしあの谷に工房ができたら、どんな建物がいいと思う?」
「そうでございますね。働く方々が安全に過ごせる、丈夫な建物がよろしいかと」
「それは当然だな。よし、じゃあ外観は巨大な城塞みたいにして……」
「殿。工房でございますよ?」
「分かってるって! でも、格好いい方が職人たちもやる気出るだろ!」
巴は思わず笑った。
「ふふっ。殿らしいお考えでございます」
皇牙は机の上の鉄鉱石を指先で転がした。
北方の森で見つかったのは、単なる石ではない。まだ形になっていない、アストレアの新しい可能性だった。
「よし。まずは職人たちに調べてもらおう。採掘できるって分かったら、今度こそ俺が最高に格好いい工房を造ってやる!」
皇牙の目は、少年のように輝いていた。
その様子を見つめながら、巴は静かに微笑んだ。
働くことを嫌がりながらも、好きなことには誰よりも夢中になる。それが、自分の仕える主君なのだ。
夕暮れの執務室で、皇牙は早くも新しい建物の姿を思い描いていた。
北方の森の探索は、アストレアの未来を広げる第一歩となったのである。
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