第3章 第136話 俺の昼寝場所が、街一番の人気スポットになった件
異世界生活百五十八日目の朝。神城皇牙は寝室の窓から差し込む陽光を眺めながら、今日こそ何もしない一日を過ごそうと心に決めていた。
北西の高台に造ったアストレア展望台は、家具の搬入も庭園の整備も最終段階に入っている。売店の試験営業についてもコルベールが手配を進めており、皇牙が新たに決めることはほとんどない。つまり、ようやく待ち望んだ自由時間が訪れようとしているのだ。
「よし。今日はガチャを引いたら昼寝だ。誰が何と言おうと休むぞ」
意気揚々と執務室へ向かった皇牙だったが、扉の前で待っていた巴御前の姿を見た瞬間、嫌な予感がした。
「おはようございます、殿。コルベール殿より、展望台の一般開放についてご報告があるそうです」
「……俺が休もうとすると、必ず仕事が増えるのは何なんだ?」
「殿がお休みになりたいとおっしゃるのは、ほぼ毎日でございますから」
「正論で攻撃するのはやめてくれ」
巴が楽しそうに微笑むのを見て、皇牙は大げさに肩を落とした。とはいえ、展望台の完成は自分にとっても嬉しい知らせだ。報告くらいは聞いてやろうと気持ちを切り替え、執務室へ入る。
まずは毎朝の日課である無料ガチャだ。《国家管理EX》を開くと、人口は六百九十四人と表示されていた。昨日召喚した食器洗浄補助、荷物仕分け補助、店舗運営補助のフィンも、それぞれ担当する仕事に就いている。
「さあ、今日こそ歴史上の偉人を引くぞ! できれば俺の仕事を全部引き受けてくれる天才がいい!」
「そのような方が現れても、殿のお仕事がすべてなくなるとは限りませんよ」
「夢くらい見させてくれよ!」
皇牙は《英霊召喚ガチャEX》を起動した。
一回目はNの清掃補助を得意とする青年。二回目はNの荷車整備に詳しい男性。そして三回目には、接客指導を得意とするRの女性、エレナが召喚された。
「……また見事に実務的な三人だな。いや、ありがたいんだけどさ」
少し肩を落とした皇牙だったが、エレナの鑑定結果を見て表情を変えた。接客や新人指導に優れ、混雑時の案内や客同士の揉め事を収めることも得意らしい。
「おっ、ちょうどいいじゃねえか。エレナ、今度展望台で売店を始めるんだ。コルベールと相談して、客が気持ちよく買い物できるように手伝ってくれないか?」
「承知いたしました。現場を確認したうえで、必要なことを考えさせていただきます」
「頼んだぞ。あと、俺が買いに行っても特別扱いしなくていいからな。王様が来たってだけで商売が止まったら、ほかの客にも迷惑だろ」
エレナは少し驚いた様子を見せたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「かしこまりました。皆様に気持ちよくご利用いただけるよう努めます」
皇牙は三人を担当者へ引き継ぎ、人口が六百九十七人になったことを確認した。歴史上の偉人は現れなかったが、街の仕事を支える人材が増えたのだから悪くない。
そこへコルベールが訪れ、展望台の準備状況を報告した。
「陛下。家具の設置と庭園の整備が予定より順調に進んでおります。最終確認を終えれば、明日の朝から一般開放できる見込みでございます」
「おおっ、ついにか! 思ったより早かったな!」
「職人たちが力を尽くしてくれました。セシル殿の設計した長椅子も完成し、リーナ殿とエドガー殿が担当する植栽も、開放に支障のない状態まで整っております」
皇牙は嬉しそうに頷いた。数日前まで何もなかった高台に、自分が造った展望台が立ち、今では多くの人間が完成に向けて働いている。思いつきで始めた計画とはいえ、ここまで形になると達成感があった。
「で、売店はどうなった?」
「初日はパン屋と食堂の二店舗で試験営業を行います。販売台の位置は勘助殿と巴殿に確認していただき、搬入経路と来訪者の通路も分けております」
「おお、準備万端じゃねえか!」
「ただし、開放初日は混雑が予想されます。休憩所の利用についても、状況に応じて案内する予定です」
「……つまり、俺の昼寝場所がなくなる可能性があるってことか?」
「皆様に公平にご利用いただく施設でございますので」
「くそっ、正論すぎて何も言えねえ!」
皇牙が頭を抱えると、巴は口元を押さえて笑った。
その日の午後、皇牙は巴とともに展望台へ向かった。一般開放前の最終確認が行われており、休憩所では職人たちが長椅子の据え付け具合を確かめていた。
セシルが設計した長椅子は、背もたれの角度が緩やかで、長時間座っても疲れにくい造りになっていた。木材の表面は丁寧に磨かれ、角も丸く仕上げられている。
「おお、いいじゃねえか! これなら何時間でも座ってられるぞ!」
「ありがとうございます、陛下。年配の方や小さなお子様にも安心して使っていただけるよう、座面の高さも調整いたしました」
セシルは少し照れくさそうに答えた。
「なるほどな。俺が昼寝することしか考えてなかったのに、ちゃんとみんなのことまで考えてくれたわけか」
「いえ、陛下が多くの方に利用していただく施設として開放されると伺いましたので」
「いや、そこはお前の手柄だろ。いい仕事してくれたよ」
皇牙が素直に褒めると、セシルは嬉しそうに頭を下げた。
庭園ではリーナとエドガーが花木の配置を確認していた。背の高い植物は景色を遮らない位置に植えられ、歩道の脇には色とりどりの花が並んでいる。植えたばかりの場所には小さな案内板が設けられ、立ち入らないよう配慮されていた。
さらに、レオナルド・ダ・ヴィンチが設計に関わった屋根付きの休憩所は、風が通り抜けるよう開口部が工夫されている。皇牙が中に入ると、外よりも涼しい風が頬を撫でた。
「……これ、思った以上に快適だな」
「夏場でも風が抜けるよう、屋根の形状と柱の配置を調整したそうでございます」
巴の説明に、皇牙は感心したように頷いた。
「さすがダ・ヴィンチ。建物を造るだけなら俺にもできるけど、こういう細かい工夫は専門家に任せるのが一番だな」
その後、勘助と警備担当者による通路の最終確認も終わり、展望台は翌朝の一般開放を待つばかりとなった。
翌朝、異世界生活百五十九日目。皇牙はいつもより少し早く目を覚ました。
展望台の一般開放が楽しみだったこともあるが、それ以上に気になっていたのは売店の包み焼きだった。昨日の試食会で食べたあの料理を、今度は景色を眺めながら味わえるのだ。
「よし、今日は絶対あれを食うぞ!」
執務室へ向かった皇牙は、まず《国家管理EX》を確認した。人口は六百九十七人。続いて無料ガチャを三回引き、Nの庭園清掃補助、Nの厨房補助、Rの荷物運搬管理を得意とする男性を召喚した。
「……今日もSR以上はなしか。まあ、街の仕事が回るならいいけどさ」
皇牙は三人を担当者へ引き継ぎ、人口が七百人になったことを確認した。
「おっ、ちょうど七百人か! なんか区切りがいいな!」
「最初は殿を含めて四人でございましたのに、随分と賑やかになりましたね」
巴が微笑むと、皇牙も感慨深そうに頷いた。
「ほんとにな。最初は城を造ったところで、住む奴が三人しかいなかったんだよな」
「はい。食料も道具も足りず、何をするにも手探りでございました」
「しかも俺、城を造っただけで全部解決した気になってたしな」
皇牙が苦笑すると、巴も懐かしそうに笑った。
ガチャを終えた二人は、一般開放が始まった展望台へ向かった。
入口にはすでに多くの住民が集まっていた。子供連れの家族や年配の夫婦、仕事の合間に立ち寄った職人たちまで、さまざまな人々が列を作っている。
「……おいおい、こんなに来るのかよ。まだ朝だぞ?」
「皆、楽しみにしていたのでございましょう。城下町を一望できる場所は、これまでほとんどありませんでしたから」
皇牙は改めて展望台を見上げた。白い石造りの建物は朝日を浴びて輝き、周囲の庭園には色鮮やかな花々が咲いている。休憩所には長椅子が並び、遠くからでも人々が楽しそうに過ごしている様子が分かった。
入口では警備担当者が来訪者を案内し、通路の混雑を防いでいた。勘助が定めた動線のおかげで、人々は大きな混乱もなく展望台へ進んでいく。
「ちゃんと回ってるなあ。俺だったら、あの人数を相手にするだけで帰りたくなるぞ」
「殿はそのようなお仕事をなさらなくてもよいよう、皆が力を尽くしているのでございます」
「ありがたい話だよ、ほんと」
皇牙は心からそう思った。自分一人では、立派な建物を造ることはできても、その場所を人々が安心して利用できるようにすることは難しい。コルベールや勘助、職人たちがそれぞれの仕事を果たしているからこそ、今日という日を迎えられたのだ。
休憩所の前では、セシルが利用者の様子を見守っていた。年配の夫婦が長椅子に腰を下ろし、景色を眺めながら嬉しそうに話している。
「この椅子は座り心地がいいねえ。ここならゆっくり景色を楽しめそうだ」
「本当だね。年寄りにはありがたいよ」
その言葉を聞いたセシルは、思わず顔をほころばせた。皇牙は少し離れた場所からその様子を眺め、満足そうに頷いた。
「……いい仕事した奴が褒められるのって、見てて気分いいな」
「はい。セシル殿も嬉しそうでございます」
そのとき、広場の方から香ばしい匂いが漂ってきた。
「……ん?」
皇牙の表情が一変した。鼻をくすぐる肉の焼ける匂いに、昨日の試食会で食べた包み焼きを思い出したのだ。
「巴! あれ、売店じゃねえか!」
「はい。ちょうど試験営業が始まったようでございますね」
「よし、行こうぜ!」
皇牙は足早に広場へ向かった。
販売台の前にはすでに数人の客が並んでおり、食堂の主人が忙しそうに商品を手渡していた。隣ではフィンが販売数を記録し、エレナが客の案内を手伝っている。
ところが、皇牙が近づいたとき、列の後方で小さな騒ぎが起こった。
「えっ、もう売り切れなのかい?」
包み焼きを買おうとしていた男性が、残りの数が少ないと聞いて困ったような声を上げたのだ。
食堂の主人も申し訳なさそうに頭を下げていたが、そこへエレナが穏やかに声をかけた。
「申し訳ございません。本日は試験営業のため、用意できる数に限りがございます。ただ、隣のパン屋でも焼きたての商品をご用意しております。こちらも大変ご好評をいただいておりますので、よろしければご覧になってくださいませ」
男性は少し考えた後、隣の販売台へ視線を向けた。
「そうか。じゃあ、そっちも見てみようかな」
「ありがとうございます。包み焼きにつきましても、今後の販売数を検討しておりますので、ぜひまたお越しくださいませ」
エレナは丁寧に頭を下げ、自然な動作で客を案内した。男性も不満を残すことなくパン屋の方へ向かい、列の混雑はすぐに収まった。
「……おお、上手いな」
皇牙は感心したように呟いた。
「無理に謝り続けるんじゃなくて、別の選択肢を出したのか。あれなら客も嫌な気分になりにくいな」
「はい。エレナ殿は接客に慣れておられるようでございますね」
巴も感心した様子で頷いた。
皇牙が販売台へ近づくと、食堂の主人が驚いたように顔を上げた。
「陛下! いらっしゃいませ!」
「おう! 昨日の包み焼き、まだ残ってるか?」
「はい。あと少しでございますが、ございます!」
「じゃあ二つくれ! 俺と巴の分だ!」
皇牙が嬉しそうに注文すると、主人は包み焼きを二つ取り出した。紙で包まれたそれは、手に持っても熱すぎず、歩きながら食べるのにちょうどよい大きさだった。
「おお、ちゃんと食べやすくなってるじゃねえか!」
「フィン殿から、包み方を工夫した方がよいと助言をいただきまして」
主人の言葉に、皇牙はフィンへ視線を向けた。
「やるじゃねえか、フィン!」
「ありがとうございます。お客様が景色を眺めながら召し上がるのでしたら、手が汚れにくい方がよろしいかと思いまして」
「大正解だな。これなら安心して食える!」
皇牙は代金を支払い、巴とともに少し離れた場所へ移動した。
近くの長椅子は埋まっていたため、二人は手すりから少し離れた広場の端で景色を眺めることにした。
包み焼きにかじりつくと、香ばしい生地の中から肉の旨味が広がった。昨日と同じ味だが、外の空気の中で食べると、なぜか一段と美味しく感じられる。
「……うっま! やっぱりこれ最高だわ!」
「本当に美味しゅうございますね。景色を眺めながらいただくと、また違った味わいがございます」
巴も満足そうに微笑んだ。
皇牙は包み焼きを頬張りながら、眼下に広がるアストレアの街を見渡した。整然と並ぶ家々、商店の集まる通り、遠くに見える城壁。そのすべてが、何もなかった荒野から少しずつ築き上げられてきたものだった。
「……なあ、巴」
「はい、殿」
「最初は、俺とお前たち三人だけだったんだよな」
皇牙の言葉に、巴は静かに頷いた。
「はい。あの頃は、城の周りに家も畑もほとんどございませんでした」
「しかも俺、城を造っただけで全部解決した気になってたしな」
「ふふっ。立派なお城が完成したときは、殿も大変お喜びでございましたね」
「そりゃそうだろ。異世界に来て、いきなり自分の城ができたんだぞ? テンション上がるに決まってるじゃねえか!」
皇牙が笑うと、巴も懐かしそうに微笑んだ。
「ですが、食料も道具も足りず、農民殿や職人殿と相談しながら、少しずつ暮らしを整えてまいりました」
「そうそう。建物を造れば何とかなると思ってたけど、中身がなきゃ意味ねえんだよな。あの頃は毎日そんなことばっかりだった」
二人は顔を見合わせ、自然と笑い合った。
皇牙はもう一度街を見渡した。今では家々の間を人々が行き交い、商店からは活気のある声が聞こえてくる。自分が何となく始めた建国が、いつの間にか多くの人間の暮らしを支えるものになっていた。
「……まあ、悪くねえな。こういうのも」
「はい。私も、殿のお側でこの国の歩みを見てこられたことを嬉しく思います」
巴の言葉に、皇牙は少し照れくさそうに笑った。
「おいおい、そんな真面目に言うなよ。照れるだろ」
「本心でございます」
真っ直ぐに答える巴の表情を見て、皇牙は思わず視線を逸らした。普段は頼もしい女武者が、こうして穏やかに微笑むと、どうにも調子が狂ってしまう。
「……ま、これからも頼むぞ。俺一人じゃ絶対無理だからな」
「はい。どこまでもお供いたします、殿」
その言葉を聞いた皇牙は、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
しばらくして、二人は展望台の休憩所へ向かった。しかし、長椅子はどれも住民たちで埋まっており、皇牙が昼寝できそうな場所は見当たらなかった。
「……俺の昼寝計画、完全に失敗したな」
「殿。城には立派なお部屋がございますよ」
「それはそうなんだけどさ。せっかくなら、ここで寝たかったんだよ」
皇牙は残念そうに肩を落としたが、楽しそうに過ごす住民たちの姿を見ると、それ以上文句を言う気にはなれなかった。
「……まあ、いっか。みんなが楽しんでるなら、それで十分だろ」
巴は少し驚いたように皇牙を見つめた後、嬉しそうに微笑んだ。
「殿は、本当にお優しい方でございますね」
「いや、別にそんなんじゃねえよ。俺が寝る場所なんて、ほかにもあるしな」
皇牙は照れ隠しのように笑った。
その後、コルベールから売店の試験営業が順調に進んでいること、来訪者の数も想定の範囲内であることが報告された。皇牙は必要な確認だけ済ませると、細かな運営についてはすべて任せることにした。
展望台の一般開放は成功した。住民たちは新しい憩いの場を手に入れ、商人たちには新しい商売の機会が生まれた。そして皇牙は、昼寝場所を一つ失った代わりに、少しだけ誇らしい気持ちを手に入れた。
城へ戻る途中、巴がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば殿。勘助殿から、北方の森について新しい調査結果が届いているそうでございます」
「……北方の森?」
皇牙は足を止めた。以前、北方の高台付近で角狼と遭遇したことを思い出したのだ。
「はい。先日から調査を進めておられましたが、どうやら少し気になることがあるようでございます」
「……嫌な予感しかしねえんだけど」
皇牙は大きくため息をついた。
「せっかく展望台の仕事が終わったと思ったのに、今度は森かよ!」
巴は苦笑しながらも、真剣な表情で頷いた。
「詳しいことは、勘助殿から直接お聞きになるのがよろしいかと存じます」
「分かったよ。どうせ放っておけねえ話なんだろ? なら、さっさと聞いて片づけるか」
皇牙はそう言って歩き出した。
自分が望んでいるのは、毎日ガチャを引き、美味いものを食べ、好きなだけ昼寝をする生活だ。それなのに、街が発展するたび、新しい問題が次々と現れる。
どうやら、理想のスローライフを手に入れるまでの道のりは、まだまだ長そうだった。
お読みいただきありがとうございます。
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