第3章 第133話 俺の昼寝スポットが、街の名所になった件
異世界生活百五十五日目。神城皇牙は、朝食を終えるなり執務室の窓を開け放った。雲一つない青空の下、城下町の屋根が朝日に照らされている。こんな日は景色のいい場所で昼寝をするに限る。もっとも、そのためには先に済ませなければならないことがあった。
北西の高台に建設する展望台である。
北の丘で角狼に遭遇してから三日。安全が確認されるまで丘への立ち入りは控えることになったが、皇牙は代わりに街を一望できる施設を造ることを思いついた。昨日までにダ・ヴィンチたちが設計をまとめ、測量士ロイスも現地の調査を始めている。
「今日こそ完成させるぞ。もう俺の頭の中じゃ、最高の昼寝スポットが出来上がってるんだからな!」
皇牙が窓の外へ拳を突き出すと、ちょうど入室してきた巴御前が足を止めた。彼女は机の上に広げられた図面と皇牙の顔を見比べ、事情を察したように口元を緩める。
「殿。随分と張り切っておられますね。昨日は、できることなら一日中寝ていたいとおっしゃっていたはずですが」
「だからこそだろ! 今日頑張れば、明日から好きなだけ昼寝できるかもしれねえんだぞ。未来の俺のために、今日の俺が働く。完璧な作戦じゃねえか!」
「そのようにお考えになるのでしたら、普段のお仕事にも少しは熱心になっていただきたいものです」
「断る! それじゃあ本末転倒だ!」
巴は呆れたように眉を下げたが、皇牙が楽しそうにしているのを見ると、それ以上は何も言わなかった。彼が好きなことに夢中になる姿は、最初に出会った頃から少しも変わっていない。
とはいえ、展望台へ向かう前に忘れてはならない日課がある。皇牙は椅子に腰を下ろし、《国家管理EX》を開いた。表示された人口は六百八十五人。昨日召喚した三人も、すでにそれぞれの担当者と仕事の相談を始めているようだった。
「さて、今日の運試しといきますか。そろそろ歴史の教科書に載ってるような大物が来てもいい頃だと思うんだけどな」
期待に胸を膨らませながら《英霊召喚ガチャEX》を起動する。無料召喚の残り回数は三回。皇牙は迷わず一回目を実行した。
淡い光の中から現れたのは、Nの清掃補助を得意とする女性だった。続く二回目では、Nの木材運搬補助の男性が召喚される。どちらも街の維持に必要な人材だが、皇牙が期待していた派手な演出とは程遠い。
「くそっ、まだだ! 最後の一回にすべてを賭ける!」
「殿、無料なのですから、そこまで気負われなくとも……」
「無料だからこそ夢があるんだよ!」
三回目の光が収まると、現れたのはRの園芸師だった。リーナと名乗った二十代後半ほどの女性は、植物の育成だけでなく、庭園や花壇の配置にも詳しいという。
「園芸師か。そういや、展望台の周りにも花壇を造る予定だったな」
「はい。建物の周囲を拝見できれば、土地に合った植物や配置をご提案できるかと存じます」
「いいねえ。じゃあ、庭園の担当者と相談してくれ。ただし、見た目だけじゃなくて、ちゃんと手入れできるものにしてくれよ。造ったはいいけど、誰も世話できませんじゃ困るからな」
リーナは真剣な表情で頷いた。皇牙は三人を生活案内の担当者に引き継ぐと、人口が六百八十八人になったことを確認し、満足そうに画面を閉じた。
その頃、北西の高台では測量を終えたロイスが、山本勘助とともに最終確認を進めていた。
皇牙と巴が到着すると、勘助は地面に広げた図面を示しながら、建設に支障がないことを報告した。雨水が住宅側へ流れ込まないよう排水路の位置を調整し、通路も緩やかな傾斜に沿って整備できるという。ロイスが示した数値をもとに、建物の配置はすでに決まっていた。
「つまり、もう造っていいんだな?」
「左様にございます。ただし、北の丘の角狼については引き続き調査中です。この一帯では新たな痕跡は確認されておりませぬが、北門の警備は当面維持いたします」
「それでいい。あっちの森を無理に調べて、誰かが怪我するのも嫌だしな。エリアスにも危ない場所へ入るなって伝えておいてくれ」
「承知しております。森林案内人の知識は、地形や獣道の確認に役立てておりますが、危険な探索には同行させておりませぬ」
勘助の返答に、皇牙は安心したように頷いた。角狼のことは気になるものの、調査を任せた以上、必要以上に口を出すつもりはない。今は自分ができることを済ませるべきだろう。
少し離れた場所では、ダ・ヴィンチと木工設計士セシルが完成図を広げていた。白い石造りの柱に緩やかなアーチを組み合わせ、展望広場の先端には街を見渡せる手すりを設ける。屋根付きの休憩所は広めに取られており、後から長椅子やテーブルを運び込める構造になっていた。
「おお、いいじゃねえか! この柱の感じ、最高だな。なんか古代の神殿みたいで格好いいぞ!」
「君なら気に入ると思っていたよ。ただ、最初に見せてくれた案のように巨大な塔にすると、せっかくの高台からの眺めが建物に遮られてしまうからね」
「分かってるって。今回は景色が主役だからな。俺の美的センスを全部ぶち込むのは、次に城を増築するときにしておくぜ!」
その言葉を聞いたセシルが、図面を持つ手を止めた。皇牙が城の増築を本気で考えているのか判断できなかったらしい。隣のダ・ヴィンチだけは面白そうに笑っていた。
セシルは休憩所に設置する木製家具の図面も用意していた。背もたれの角度を調整できる長椅子や、飲み物を置くための小さなテーブルなど、実用性を重視した設計になっている。ただし、家具の製作には職人の手が必要であり、完成まで数日かかる見込みだった。
「数日か。まあ、急がなくていいぞ。無理して夜遅くまで働かせるくらいなら、俺が庭で昼寝して待ってりゃいいんだからな」
「ありがとうございます。職人たちと相談し、無理のない日程で仕上げます」
セシルが頭を下げると、皇牙は軽く手を振った。自分が仕事を嫌うからこそ、家臣たちに余計な負担をかけるのは好きではない。建物が一瞬で造れるからといって、家具まで同じ速さで完成するわけではないのだ。
必要な確認を終えた皇牙は、建設予定地の中央へ進んだ。眼下には城下町が広がり、遠くの農地では人々が働いている。最初は城と数人の仲間しかいなかった土地に、今ではこれだけの暮らしが根付いているのだから、不思議なものだった。
「よし。それじゃあ、いっちょ派手にいきますか!」
皇牙が右手を掲げると、巴たちは少し離れた場所へ移動した。頭の中でダ・ヴィンチの設計図を思い浮かべ、建物の配置と構造を確認する。石造りの柱、アーチ状の屋根、広い展望部分、そして周囲の排水路。必要なものを一つずつ意識しながら、皇牙は能力を発動した。
「《国家創造EX》! 我が国の新たなる絶景の玉座よ、ここに顕現せよ!」
淡い光が地面を走り、何もなかった高台に白い石造りの建物が姿を現した。柱が並び、屋根が形を成し、広場の床が滑らかな石で覆われていく。通路と排水路も設計どおりに整備され、わずかな時間で展望施設が完成した。
「……よっしゃあ! どうだ、この完璧な仕上がり!」
皇牙が両手を広げると、ダ・ヴィンチは建物を見上げながら感心したように頷いた。設計したものが一瞬で形になる光景は、何度見ても興味深いらしい。勘助とロイスはすぐに通路や排水路の位置を確認し、セシルは休憩所の寸法を測り始めた。
一方、巴は展望広場の先端へ向かい、手すりの高さや周囲の見通しを確かめていた。建物の美しさに感心しながらも、護衛としての習慣が抜けないのだろう。
「殿、こちらからは北門へ続く道もよく見えます。街の様子を眺めるには素晴らしい場所ですが、警備の目が届くようにしておく必要もございますね」
「おう。その辺は勘助に任せようぜ。俺はまず、景色を楽しみたい!」
皇牙は巴の隣へ歩み寄り、展望広場から街を見下ろした。
そこには、想像していた以上の景色が広がっていた。
城を中心に住宅や商店が並び、整備された道路を荷車が行き交っている。市場の周辺には小さな人影が集まり、少し離れた農地では緑の畝が規則正しく続いていた。遠くには灰の荒野の名残を感じさせる大地と山々が見え、吹き抜ける風が頬を心地よく撫でていく。
「……すげえな。こんな景色、前世じゃ絶対に見られなかったぞ」
皇牙は思わず呟いた。最初に城を建てた頃は、周囲に何もなかった。農地を作っても働く人間が足りず、商店を作っても売る商品がなく、何をするにも人手不足だった。それが今では、住民たちがそれぞれの仕事を持ち、自分たちの暮らしを営んでいる。
「殿が築かれた国でございます」
隣に立つ巴が静かに告げた。
「いや、俺だけじゃねえよ。巴もいるし、勘助も張良も、コルベールもダ・ヴィンチもいる。みんなが勝手に……いや、頑張ってくれたおかげだろ」
「その皆を、この地に迎えられたのは殿でございますよ」
皇牙は照れくさそうに鼻を掻いた。普段なら自分の功績を大げさに語るところだが、こうして街を眺めていると、なぜか素直に威張る気にはなれなかった。
そんな二人の背後から、突然、賑やかな声が聞こえてきた。
「うわあ! すっげえ!」
振り返ると、通路の入口に数人の子どもたちが立っていた。どうやら城下町から建物が現れる瞬間を見て、興味を抑えきれずに駆け上がってきたらしい。その後ろには、慌てて追いかけてきた母親らしき女性の姿もある。
「こら、勝手に入っちゃ駄目でしょう! 申し訳ございません、領主様!」
女性が深々と頭を下げると、皇牙は慌てて手を振った。
「いや、別に怒ってねえよ。ただ、まだ開放前だからな。危ないところがないか確認してる最中なんだ」
子どもたちは残念そうな顔をしたが、巴が優しく声をかけると素直に頷いた。そのうちの一人が、展望広場を指差して皇牙を見上げる。
「領主様! ここ、いつから入れるの?」
「椅子とか花壇の準備が終わってからだな。何日かしたら、みんなも景色を見られるようにするつもりだぞ」
「本当!? じゃあ、友達も連れてきていい?」
「もちろん! ただし、走り回って落っこちたりするなよ。あと、手すりによじ登るのも禁止だ!」
皇牙が少し大げさに注意すると、子どもたちは元気よく返事をした。母親も何度も頭を下げながら、子どもたちを連れて坂道を下りていく。
その背中を見送っていた皇牙は、ふと気づいたように呟いた。
「……あれ? 俺、昼寝するために造ったんだよな、ここ」
「はい。最初はそのようにおっしゃっておりました」
「なのに、なんかすげえ人気スポットになりそうじゃねえか?」
巴は答える代わりに、城下町の方へ視線を向けた。高台の下では、完成した建物を見上げる住民たちが足を止め、何やら楽しそうに話している。
「殿。皆様にとっても、楽しみな場所になったのでしょう」
「まあ、喜んでくれるならいいけどさ。……昼寝してるところを子どもに囲まれるのは勘弁してほしいな」
「それでしたら、皆様の邪魔にならない時間にお越しになればよろしいのでは?」
「それだと俺の自由が減るだろ!」
皇牙が不満そうに唇を尖らせると、巴は声を上げて笑った。そんな彼女の笑顔を見ているうちに、皇牙も馬鹿らしくなって笑い出す。
やがて勘助たちによる確認が終わり、建物そのものに問題がないことが報告された。家具の設置や清掃、利用時間の取り決めなどは担当者に任せ、数日後の一般開放を目指すことになる。
「よし、じゃああとは任せた! 俺は城に戻って、今日の仕事は終了だ!」
皇牙が晴れ晴れとした顔で宣言したところへ、ダ・ヴィンチが一枚の紙を差し出した。
「そうだ、皇牙。施設の正式名称はどうするんだい? 案内板を作るなら、そろそろ決めておいた方がいいと思うんだけど」
「名前? そんなの決まってるだろ!」
皇牙は胸を張り、完成した展望台を振り返った。白い柱と優美なアーチが青空に映え、まるで古代の神殿のような雰囲気を漂わせている。
「名付けて、天空を統べる覇王の絶景神殿! どうだ、格好いいだろ!」
その場に、何とも言えない沈黙が落ちた。
勘助は咳払いをして視線を逸らし、セシルは図面を見つめたまま固まっている。ダ・ヴィンチだけは興味深そうに笑っていたが、巴は少し困ったように眉を下げていた。
「殿。大変立派なお名前ではございますが、子どもたちには少々覚えにくいかもしれませぬ」
「えっ、そうか? 俺は結構気に入ってるんだけどな」
「街の方々が親しみやすい名前の方が、よろしいのではないでしょうか」
皇牙は腕を組んで考え込んだ。確かに、先ほどの子どもたちが長い名前を叫びながら遊びに来る姿は、あまり想像できない。
「……じゃあ、アストレア展望台でいいか」
「ずいぶん思い切って簡単になったね」
ダ・ヴィンチが笑うと、皇牙は不満そうに肩をすくめた。
「うるせえな! 格好いい名前が駄目なら、分かりやすいのが一番だろ!」
結局、施設の名前は『アストレア展望台』に決まった。案内板の製作はセシルが担当し、周辺の花壇についてはリーナたちが整備を進めることになる。
城館へ戻る頃には、太陽が少し西へ傾き始めていた。皇牙は庭園の椅子に腰掛け、大きく伸びをする。朝から動き回ったせいか、心地よい疲れが身体に残っていた。
「いやあ、今日は働いたなあ。展望台も完成したし、これで俺のスローライフがまた一歩前進したぜ!」
隣に立つ巴が、静かに微笑んだ。
「殿。皆様も、完成を楽しみにしておられるようでございますね」
「だな。まあ、俺も楽しみだよ。椅子ができたら、今度こそ一緒に行こうぜ。今度は弁当でも持ってさ」
「はい。ぜひ、お供させてくださいませ」
巴の返事を聞いた皇牙は、満足そうに目を閉じた。展望台が完成すれば、いつでも好きな景色を眺められる。住民たちも喜んでくれるし、巴と過ごす時間も増える。考えてみれば、なかなか悪くない結果だった。
ところが、うとうとし始めたところで、皇牙はあることを思い出した。
「……あっ、そうだ。展望台の近くに売店とか造ったら、もっと便利じゃねえか? 飲み物とか軽食を売れば、俺もわざわざ城から持っていかなくて済むし!」
「殿。それは、また新しいお仕事が増えるのではございませんか?」
「……そうだった」
皇牙は一瞬だけ真顔になったが、すぐに開き直ったように笑った。
「まあ、いいか! 売店のことはコルベールに相談すりゃいいだろ。俺は建物を造るだけでいいんだからな!」
巴は何も言わず、ただ楽しそうに笑っていた。
皇牙が望むのは、好きなときにガチャを引き、美味しいものを食べ、気の向くままに昼寝をする生活である。そのために造った展望台が、いつの間にか街の名所となり、さらに新しい商売の話まで生まれようとしていた。
もっとも、皇牙本人はそんなことを深く考えることもなく、庭園の椅子に身体を預けたまま、幸せそうに眠り始めるのだった。
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