第3章 第132話 俺専用の特等席が、街の名所になった件
異世界生活百五十四日目。神城皇牙は朝食を終えると、執務室の机に広げられた一枚の図面を眺めていた。
描かれているのは、城下町の北西にある高台へ建設する予定の展望施設だった。昨日、レオナルド・ダ・ヴィンチと木工設計士のセシルが話し合い、簡単な構想をまとめてくれたものである。石造りの柱に美しいアーチ、屋根付きの休憩所、そして街を一望できる広い展望部分。皇牙の希望が随所に盛り込まれており、見ているだけでも完成が楽しみになる設計だった。
もっとも、皇牙が一番気に入っているのは、建物の中央に設けられた休憩スペースである。そこに大きな椅子を置けば、城下町を眺めながら好きなだけ昼寝ができる。昨日の北の丘は魔物の調査が終わるまで立ち入りを控えることになっているが、これなら危険な林へ近づく必要もない。
「……いいなあ。これ、完成したら絶対に最高の昼寝スポットになるぞ」
皇牙が満足そうに頷いていると、扉が叩かれ、巴御前が入ってきた。いつもどおり凛とした姿で一礼した彼女は、机の上に広げられた図面を見ると、少し楽しそうに微笑んだ。
「殿。今朝も展望台の図面をご覧になっておられたのですか?」
「おう! 昨日からずっと考えてたんだけどさ、やっぱり屋根付きにして正解だったな。これなら日差しが強い日でも昼寝できるし、雨が降っても景色を楽しめるだろ?」
「はい。ですが、雨の日には足元も滑りやすくなります。完成したあとも、皆が安心して利用できるようにしたいものでございますね」
「分かってるって。そこは勘助たちに確認してもらうつもりだ。俺は格好いい建物を造る担当だからな!」
巴は小さく笑い、それ以上は何も言わなかった。皇牙が建築に夢中になると、普段の仕事嫌いが嘘のように積極的になることを、彼女はよく知っている。
しかし、建設の前に済ませなければならないことがあった。毎朝の無料ガチャである。
皇牙が《国家管理EX》を開くと、現在の人口は六百八十二人と表示された。昨日召喚した三人も無事に生活を始めており、特に大きな問題は報告されていない。続けて《英霊召喚ガチャEX》を起動すると、無料召喚の残り回数が三回と表示された。
「よし、今日こそ大当たりを頼むぜ! できれば建築関係の偉人がいいな。いや、ここは思い切ってSSR以上でもいいぞ!」
「殿。昨日も似たようなことをおっしゃっていたような気がいたします」
「昨日は昨日、今日は今日だ! ガチャってのは、毎日新しい夢を見せてくれるもんなんだよ!」
皇牙は自信満々に答えると、一回目の無料召喚を実行した。現れたのはNの石材加工補助を得意とする男性で、続く二回目ではNの庭園管理補助の女性が召喚された。そして最後の三回目、青い光とともに姿を現したのは、Rの測量士ロイスだった。
「おっ、測量士か! なんか今の俺にぴったりな人材が来たな!」
ロイスは三十代半ばほどの男性で、土地の高低差や距離を測り、道路や建物の配置を決めるための図面を作ることを得意としているという。皇牙が展望台の建設について話すと、彼は興味深そうに耳を傾けた。
「高台に施設を建てられるのでしたら、まずは地形を詳しく調べた方がよろしいでしょう。傾斜や周囲の土地との高さの違いが分かれば、建設に適した場所を選べるかと存じます」
「なるほどな。昨日、勘助にも同じようなことを言われたぜ。だったら、ちょうどいいじゃねえか!」
皇牙は嬉しそうに笑った。大当たりの偉人ではなかったものの、必要な専門知識を持つ人材が増えるのはありがたい。三人には生活案内を受けてもらい、今後の仕事については担当者と相談して決めるよう伝えた。
召喚を終えると、人口は六百八十五人になっていた。
「さて、ガチャも終わったし、展望台を造りに行くか!」
「殿。昨日は建設場所の確認が必要だと、勘助殿がおっしゃっておりましたが……」
「分かってるって。今日はその確認をしに行くんだよ。問題なければ、そのまま造っちまおうぜ!」
皇牙はそう言って立ち上がると、巴を連れて城館を出た。
北西の高台へ向かう途中、市場の近くを通りかかると、荷車を押す商人や買い物をする住民たちの姿が目に入った。以前は簡単な露店が並ぶ程度だった市場も、今では多くの人々が行き交う賑やかな場所になっている。皇牙はその光景を眺めながら、最初は四人しかいなかったアストレアが、随分と大きくなったものだと改めて感じた。
高台へ到着すると、山本勘助とダ・ヴィンチ、セシルがすでに集まっていた。昨日のうちに候補地の確認を進めていたらしく、地図には建設予定地と周囲の道が書き込まれている。
「おお、殿。ちょうどよいところにお越しくださいました」
「勘助、どうだ? ここに造っても問題なさそうか?」
「昨日の確認では、大きな支障は見つかっておりませぬ。ただし、雨水の流れについては少し気になる点がございます。高台の斜面をそのまま利用すると、強い雨が降った際に水が住宅側へ流れる可能性がございますので」
勘助は地図の一点を指差した。そこには雨水が流れた跡と思われる浅い溝があり、下の方には住宅が建っている。皇牙が見ても大したものには思えなかったが、建物を造ることで水の流れが変われば、住民の生活に影響が出るかもしれないという。
「……なるほどな。だったら、排水路も一緒に造ればいいんじゃねえか?」
「左様にございます。殿の《国家創造EX》であれば、必要な排水設備を整えることもできましょう。ただし、どこへ水を流すかについては、先に確認しておく必要がございます」
皇牙は納得して頷いた。建物を一瞬で造れるのは便利だが、周囲への影響まで無視していいわけではない。せっかく住民にも開放する施設なのだから、完成後に問題が起きるのは避けたかった。
そこで皇牙は、今朝召喚した測量士ロイスのことを伝えた。勘助もその専門知識に興味を示し、今後の調査に協力してもらうことになった。ただし、ロイスはまだ生活案内を受けている最中であり、今日すぐにすべてを任せるつもりはない。
その間、ダ・ヴィンチとセシルは図面を広げ、展望施設の構造について説明を始めた。高台の地形を利用して建物の高さを抑え、広い展望部分と屋根付きの休憩所を設ける。周囲には転落を防ぐ手すりを設置し、歩きやすい通路を整備するという案だった。
「へえ、いいじゃねえか! でもさ、せっかくならもう少し格好よくしたいんだよな。石造りの柱とか、アーチ状の屋根とかさ!」
皇牙が身振りを交えて説明すると、ダ・ヴィンチは楽しそうに笑った。皇牙の趣味をよく知っている彼は、最初からある程度の装飾を取り入れるつもりだったらしい。
「もちろん、そのあたりも考えているよ。ただし、景色を楽しむための施設なのだから、建物そのものが眺めを邪魔しては意味がないだろう?」
「……確かに。格好いい建物にしたいけど、景色が見えなくなったら本末転倒だもんな」
皇牙は腕を組み、改めて図面を眺めた。高台の中央に屋根付きの休憩所を置き、その前方に広い展望部分を設ける。石造りの柱や装飾によってアストレアらしい雰囲気を出しながらも、必要以上に大きくしないという設計だった。
セシルは木製の腰掛けや手すりについて説明し、実際に使える材料や加工方法については、街の職人たちと相談して決めることになった。皇牙の《国家創造EX》なら建物そのものは一瞬で造れるが、家具や日用品まで自動的に生み出せるわけではない。
「よし、これでいこうぜ! 建物は俺が造るから、椅子とか細かいところは任せた!」
皇牙が満足そうに頷くと、勘助が改めて周囲を見渡した。建設予定地は警備上の問題が少なく、住民が利用する道からも無理なく近づける場所だった。ただし、排水路の位置についてはもう少し確認が必要だという。
皇牙は少し残念そうにしたものの、ここで無理に建設を進めるつもりはなかった。せっかく専門家たちが集まっているのだから、彼らの意見を無視してまで急ぐ理由はない。
「……分かった。じゃあ、排水路の場所が決まったら教えてくれよ。俺はそのときに一気に造るからさ!」
「承知いたしました。できるだけ早く確認を進めましょう」
勘助が頷くと、皇牙はようやく肩の力を抜いた。建設は今日中に終わらなかったが、完成に向けて確実に進んでいる。何より、自分が細かいことを考えなくても、優秀な家臣たちが必要な準備を進めてくれるのはありがたかった。
ところが、そのとき高台の下から、数人の住民がこちらへ近づいてくるのが見えた。何事かと思っていると、先頭にいた年配の男性が皇牙に向かって頭を下げた。
「領主様、こちらに新しい建物を造られると聞いたのですが、本当でございますか?」
「おう、そうだぞ。街を見渡せる展望台を造ろうと思ってさ。みんなも自由に景色を楽しめる場所にするつもりなんだ」
皇牙がそう答えると、住民たちは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。高台からの景色がよいことは以前から知られていたものの、道が整っていないため、気軽に訪れる場所ではなかったらしい。
「それはありがたいことでございます。子どもたちも、きっと喜ぶでしょう」
「そうか? まあ、俺が昼寝するために造るんだけどな!」
皇牙が笑いながら答えると、住民たちもつられて笑った。彼らにとっては、領主が何のために造るのかよりも、新しい憩いの場所ができることの方が嬉しいらしい。
その様子を見ていた巴が、穏やかな表情で皇牙に声をかけた。
「殿。皆様も、完成を楽しみにしておられるようでございますね」
「だな。まあ、せっかく造るんだから、みんなが喜んでくれるなら俺も嬉しいぜ」
皇牙はそう答えながら、もう一度高台から城下町を眺めた。自分が昼寝をするために考えた施設が、住民たちの楽しみになる。そんな展開は予想していなかったが、悪い気分ではなかった。
ただし、一つだけ気になることがある。
「……なあ、巴。みんなが来るようになったら、俺が昼寝する場所なくならねえか?」
「ふふ。それほど賑やかな場所になれば、殿も嬉しいのではございませんか?」
「いや、嬉しいけどさ! 俺は静かな場所で昼寝したいんだよ!」
皇牙が困ったように頭を抱えると、巴は楽しそうに笑った。どうやら、自分専用の特等席を造るつもりが、いつの間にか街の新しい名所を造る話になってしまったらしい。
その日の夕方、城館へ戻った皇牙は、庭園の椅子に腰掛けながら、展望台の完成後について考えていた。住民たちが自由に利用できる場所にするのはいいが、自分がのんびり過ごせる場所も確保しておきたい。かといって、領主専用の部屋を造るのも何となく違う気がする。
しばらく悩んだ末、皇牙は一つの結論にたどり着いた。
「……そうだ! 展望台の近くに、もう一つ小さな休憩所を造ればいいんじゃねえか?」
隣に座っていた巴が、少し不思議そうに顔を向けた。
「もう一つ、でございますか?」
「おう! 展望台はみんなが使う場所にして、その近くに静かに休める場所を造るんだよ。別に俺専用じゃなくてもいいし、昼寝したい奴が使えるようにすればいいだろ?」
皇牙は満足そうに頷いた。これなら住民たちも景色を楽しめるし、自分ものんびり過ごせる。しかも、休憩所を増やす程度なら《国家創造EX》で簡単に造れるはずだ。
ところが、巴は笑みを浮かべたまま、少しだけ首を傾げた。
「殿。それでしたら、最初から展望台の休憩所を広くしておけばよろしいのではございませんか?」
「…………あっ」
皇牙はしばらく黙り込んだあと、勢いよく椅子から立ち上がった。
「それだ! 巴、お前天才じゃねえか!」
「ふふ。ありがとうございます、殿」
皇牙は早速ダ・ヴィンチへ伝えようとしたが、すでに夕方になっていることに気づき、足を止めた。急ぎの用事でもないのに、今から工房へ押しかける必要はないだろう。
「……まあ、明日でいいか。今日はもう休む!」
皇牙は再び椅子に腰掛け、満足そうに目を閉じた。新しい展望台が完成すれば、きっとアストレアでの暮らしがまた少し楽しくなるだろう。
もっとも、そのために今日も一日動き回っていたことについては、あまり考えないようにするのだった。
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