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建国スキルがぶっ壊れている件。歴史の偉人をガチャ召喚して、俺は悠々自適に暮らしたい  作者: 阿鼻恭介
第三章

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第3章 第128話 同じ一升なのに量が違う!? 異世界の商売がややこしすぎる!

! 異世界生活百五十日目。


 神城皇牙は、目の前に置かれたパンを一口かじると、思わず頬を緩めた。数日前から試作を続けている柔らかいパンは、以前のものより随分と食べやすくなっている。まだ焼き上がりにばらつきがあるらしく、毎朝食卓へ並ぶわけではないが、それでも異世界で暮らし始めた頃を思えば贅沢な朝食だった。


「……うめえ。やっぱ朝はこういうパンがいいよな。あとは目玉焼きとベーコンがあれば完璧なんだけど」


「ふふ。殿のお望みは尽きませんね」


 向かいに座る巴御前が微笑む。皇牙は残ったパンを口へ放り込み、窓の外へ目を向けた。城下町には朝から人の往来があり、街道を通ってきたらしい荷車が市場へ向かっている。最近は外から訪れる商人も増え、以前なら見かけなかった食材や品物が並ぶようになっていた。


「そうだ、今日は市場に行こうぜ。何か珍しい食い物が入ってるかもしれねえし!」


「お買い物でございますか?」


「おう! 国を造ったんだから、その国で売ってる美味いもんを楽しむのは国主の特権だろ!」


 実に都合のよい理屈だったが、巴は呆れることなく笑った。皇牙が自分の作った街を楽しそうに歩く姿は、彼女にとっても嬉しいものだった。


 もっとも、出かける前に忘れてはならない日課がある。皇牙は《英霊召喚ガチャEX》を開き、表示された数字を確認した。


【国家人口:670人】

【無料召喚:3/3回】

【SR以上排出率:5%】


「よっしゃ! 今日こそ歴史の大物、来い!」


 期待を込めて三回引いた結果、現れたのはNの乾物加工補助リゼ、Rの秤職人ハインツ、そしてNの馬具修理補助オットーだった。歴史上の偉人こそ出なかったものの、青い光から現れたハインツの職業を見て、皇牙は興味深そうに身を乗り出した。


「秤職人って、重さを量る道具を作る職人か?」


「はい。秤や分銅の製作、調整などに携わっておりました。正しく量れない道具では、商人同士の信用にも関わりますので」


「へえ、そういう専門家も出るんだな。うちのガチャ、相変わらず守備範囲が広すぎるぜ!」


 皇牙は三人を歓迎し、生活案内の担当者へ引き継いだ。仕事については本人たちの希望や経験を確かめてから決めてもらう。召喚した途端に働かせるつもりはないし、何より皇牙自身が、そんな扱いをされたら絶対に嫌だと思っていた。


【国家人口:673人】

【無料召喚:0/3回】


「よし、六百七十三人! じゃあ巴、美味いもん探しに行くぞ!」


「はい。ですが、買いすぎにはお気をつけくださいませ」


「分かってるって。……たぶん!」


 頼りない返事に巴が笑い、二人は賑わい始めた市場へ向かった。


     ◇


 市場へ入ると、焼きたてのパンと乾燥させた香草の匂いが入り交じっていた。石畳の通りには布を積んだ荷車が停まり、店先では陶器の皿を手に取った客が職人と話し込んでいる。外から来た行商人も、旅の途中で仕入れた品物を並べていた。


 皇牙は見慣れない干し果物を一つ買い、甘酸っぱい味に感心しながら次の店へ向かった。ところが、穀物を扱う店の前まで来たところで、少し離れた場所から言い争う声が聞こえてきた。


「同じ一升なのに、どうしてそちらは銅貨八枚なんですか? 隣のお店では六枚ですよ!」


「ですから、私の故郷ではこの升を使っておりまして……。決して高く売りつけようとしているわけではないのです!」


 声の主は、買い物籠を抱えた女性と旅装姿の行商人だった。二人とも困り果てた様子で、周囲には事情を知らない買い物客まで集まり始めている。


「……何だ? 同じ一升で値段が違うって?」


 皇牙が足を止めると、巴は彼のそばに立ったまま通りの様子を確かめた。荷車が通りかかっていることに気づくと、集まった人々へ穏やかに声をかけ、道を空けてもらう。


「まずは落ち着いてお話を伺いましょう。言い争っていては、何が違うのか分かりません」


 凛とした声に女性も行商人も口を閉じた。皇牙は二つの店先に置かれた木製の升を見比べ、思わず眉を上げる。同じ一升という札が付いているのに、片方の升は明らかに底が深かったのだ。


「……なあ、それって本当に同じ量なのか?」


 女性が不思議そうに首を傾げた。


「えっ? 一升は一升ではないのですか?」


「いや、名前が同じでも、土地によって大きさが違うことはあるだろ。昔の日本でもそういう話があったはずだし……」


 前世で歴史を学んでいた皇牙の頭に、度量衡という言葉が浮かんだ。国や時代によって異なる長さ、容量、重さの基準を揃えることは、税や交易を管理するうえで重要だった。教科書の中でしか考えたことのなかった問題が、今、自分の街で起きているらしい。


 そこへ、騒ぎを聞きつけたコルベールとイブン・バットゥータが市場の担当者を伴ってやってきた。


「皇牙様。こちらにいらっしゃいましたか」


「おう、ちょうどよかった! この二つの升、同じ名前なのに大きさが違うみたいなんだよ」


 事情を聞いたコルベールは、すぐに結論を出そうとはしなかった。まず双方の説明を聞き、売られている小麦の種類と値段を確認する。一方、イブンは行商人がどの地方から来たのかを尋ね、升を借りて丁寧に眺めていた。


「なるほど。この形の升は、南の交易路で見かけたものに似ています。同じ呼び名でも土地によって容量が違うことは、旅商人の間では珍しくありません」


「つまり、銅貨六枚と八枚をそのまま比べても意味がないわけか」


「ええ。まずは量を揃えて比べるべきでしょう」


 コルベールは市場の担当者に頼み、小さな計量容器を用意させた。どちらの升にも同じ小麦をすり切りまで入れ、それを共通の容器へ移して量り比べる。慎重に作業を進める間、周囲の人々も固唾をのんで見守っていた。


 地元の店が使う一升は、小容器でちょうど三杯。ところが行商人の一升は、同じ容器で五杯分もあった。


「……マジかよ! 同じ一升って呼んでるのに、そんなに違うのか!」


 皇牙が目を丸くすると、コルベールは帳面へ数字を書き込み、すぐに計算を始めた。


「地元の店は三杯分で銅貨六枚。一杯あたり銅貨二枚です。対して行商人の方は五杯分で銅貨八枚ですから、一杯あたり銅貨一枚と五分の三枚。単純に数量で比べれば、行商人の方が二割安いことになります」


「……えっ?」


 女性が声を漏らした。値段が高いと思っていた店の方が、同じ量で比べると安かったのである。


 ただし、コルベールは小麦の品質や輸送費にも違いがあると付け加えた。価格だけでどちらが優れていると決めつけることはできない。今回確かになったのは、二人が異なる量を同じ一升という名前で呼んでいた事実だった。


「それなら、最初からそう説明してくれれば……」


 女性が申し訳なさそうに呟くと、行商人も肩を落とした。


「私も、ここで使われている升が故郷のものと違うとは知らなかったのです。まさか、こんなことになるとは……」


 その表情には、怒りよりも信用を失いかけたことへの不安が浮かんでいた。行商人にとって、初めて訪れた土地で悪評が広がるのは大きな痛手だろう。


 イブンは行商人の了承を得て取引帳面を確認し、以前から同じ升を使っていたことを確かめた。同行していた荷運びの男性の話とも食い違いはなく、今回の販売で意図的に量をごまかしたと疑う材料は見つからなかった。


「少なくとも、こちらの商人が今回だけ量を変えたわけではなさそうです」


「よかったな。じゃあ、今回はお互い勘違いしてたってことだろ」


 皇牙がそう言うと、女性は行商人へ頭を下げた。行商人も説明が足りなかったことを詫び、二人の間にあった険しい空気はようやく和らいだ。


 しかし、コルベールだけは帳面を閉じようとしなかった。


「皇牙様。今回はこれで済みましたが、同じ問題はまた起こるでしょう。外から訪れる商人が増える以上、基準を整える必要があります」


「……ああ、そうだよな。でも、みんなに新しい升を買わせるのは面倒じゃね?」


 皇牙が尋ねると、イブンは笑みを浮かべた。


「その点は私も気になります。旅商人は土地ごとに商売道具を替えていては困りますから」


「ですので、まずは市場で比較に使う共通の基準を用意したいと考えております」


 コルベールは、机に置かれた小さな容器を指した。商人たちに使い慣れた道具を捨てさせるのではなく、アストレアで一般的な量へ換算し、その数量も表示してもらう方法だという。


「……おお、それなら分かりやすいじゃん!」


 皇牙は嬉しそうに頷いた。自分が難しい数字を管理する必要もなさそうだ。


     ◇


 昼過ぎ、市場の事務室には二種類の升と取引帳面が並べられていた。


 コルベールは基準となる容器の管理方法を検討し、イブンは旅商人でも理解しやすい表示の仕方を提案している。両者の考え方は少し違っていたが、正確な取引と商売のしやすさを両立させたいという目的は同じだった。


「ところで、その基準になる升って、誰が作るんだ?」


 皇牙が何気なく尋ねた瞬間、今朝のガチャが頭に浮かんだ。


「……あっ! 俺、今日ちょうど秤職人を召喚したんだった!」


 コルベールが顔を上げる。


「秤職人、でございますか?」


「おう! Rのハインツって奴だ! 秤や分銅の調整ができるって言ってたぞ!」


 イブンは興味深そうに頷いた。


「それは心強いですね。ぜひ一度、道具を見ていただきたいものです」


「じゃあ、本人がよければ見学してもらおうぜ。今朝来たばっかりだから、無理に働かせるつもりはねえけどな」


 午後の生活案内を終えたハインツに事情を伝えると、本人は喜んで市場へ足を運んできた。


 ハインツは二つの升を丁寧に観察し、縁の傷や底の状態を確かめると、古い升の一つを指した。


「こちらは長く使われているようですね。木の縁が少し削れております。基準となる器を作るのであれば、誰が量っても同じ量になるよう、形と状態を揃えなければなりません」


「……そこまで考えるのか!」


 皇牙が感心すると、ハインツは穏やかに微笑んだ。


「売る人も買う人も、道具を信用できなければ困りますから」


 その言葉に、コルベールは深く頷いた。正式な制度を定めるには、基準そのものだけでなく、道具を定期的に点検する仕組みも必要になるらしい。


 皇牙は少し考え、それから満足そうに笑った。


「……よし! そういう細かい仕事は、得意な奴に任せるのが一番だな!」


「皇牙様。制度の案がまとまりましたら、ご確認をお願いいたします」


「おう。必要なところはちゃんと見るから、あとは頼んだ!」


 皇牙が即答すると、コルベールとイブンは顔を見合わせ、苦笑した。


 もっとも、皇牙は本当に何もしないつもりではない。人々が安心して商売できるようにすることは、国主として必要な仕事だと理解していた。ただ、細かな計算や規則作りは、自分より優秀な者に任せた方がよいと考えているだけだった。


     ◇


 夕方、皇牙は巴とともに再び市場を歩いていた。


 先ほど騒ぎになった行商人の店には、地元で使われている升に換算した数量が新たに書き加えられている。市場の担当者が手伝ったらしく、初めて見る者にも分かりやすい札になっていた。


「……おっ、もう直してるじゃん!」


 皇牙が声をかけると、行商人は嬉しそうに頭を下げた。


「はい。おかげさまで、これなら安心して買っていただけそうです」


「いいねえ。じゃあ、俺もちょっと買っていくか!」


 皇牙は表示を確かめ、行商人が持ってきた珍しい麦を少量購入した。話を聞くと、故郷では肉や野菜と一緒に煮込んで食べることが多いらしい。


「……それ、絶対美味いやつじゃん! 帰ったら厨房で試してもらおうぜ!」


「ふふ。結局、お食事のお話になるのでございますね」


「当たり前だろ! 交易が盛んになったら、もっといろんな料理が食えるんだぞ!」


 上機嫌な皇牙を見て、巴も楽しそうに笑った。


 城館へ戻る頃には、夕日が屋根の向こうへ沈みかけていた。皇牙は自室へ入ると、机に置かれていた一通の書類に気づく。


「……げっ。また仕事かよ」


 差出人は張良だった。


 書類には、ヴァルデン子爵領との今後の交易について、確認しておきたい事項がまとめられている。アストレアから派遣した使者はまだ戻っておらず、相手からの正式な返答も届いていない。それでも、交渉を始める前にこちらの方針を整えておく必要があるのだろう。


 皇牙は何気なく書類を読み進め、ある項目で手を止めた。


「……特定の商人に、優先的な買い付け権を認めるかどうか?」


 以前、商人から自分たちだけを優遇してほしいという趣旨の申し出があったことを思い出す。もし一部の商人にだけ有利な条件を与えれば、ほかの商人たちはどうなるのか。今日の市場で起きた小さな行き違いを見たばかりの皇牙には、簡単に決めてよい話とは思えなかった。


「……なあ、巴。これって俺が適当に決めたら、後で面倒なことになるよな」


「はい。多くの商人や住民に関わることでございますから」


「だよなあ……。よし、明日、張良とコルベールに説明してもらおう。俺にも分かるように、短くまとめてな!」


 巴は穏やかに微笑んだ。


「それがよろしいかと存じます」


 皇牙は書類を机へ戻し、窓の外に広がる城下町を眺めた。最初は城と数人の仲間しかいなかった場所に、今では市場があり、工房があり、遠くから商人までやって来る。


 自分の知らないところで国が大きくなっていくのは、少し不思議で、何より面白かった。


「……ま、商売が増えりゃ美味いもんも増えるだろ。俺の理想のスローライフのためにも、頑張ってもらわねえとな!」


「殿も、必要なときにはお力をお貸しくださいませ」


「……うぐっ。そこは聞こえなかったことにしてくれ!」


 皇牙が顔をしかめると、巴は声を立てて笑った。


 アストレアの人口は六百七十三人。市場では共通の計量基準を整えるための検討が始まり、商人たちが安心して取引できる仕組みへ、また一歩近づいた。


 皇牙は買ってきた麦の袋を手に取り、明日の料理を想像して笑みを浮かべる。


 面倒な仕事は優秀な家臣に任せ、美味いものは自分が楽しむ。


 そんな理想の生活へ向けて、アストレアは今日も少しずつ発展しているのだった。

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