第3章 第127話 黒竜の地図を作れ! 子どもたちの発見が街を変える
異世界生活百四十九日目。
「……なあ、巴。俺の黒竜、結構人気あるんじゃね?」
城館の食堂で、神城皇牙は昨日描いた図面を眺めながら、得意げに口元を緩めていた。
紙に描かれているのは、市場の南側に完成した新しい避難路である。入口の石柱には黒竜の紋章が刻まれ、今後は進む方向を示す矢印と組み合わせた案内板も設置される予定だった。
巨大な《黒竜の守護門》こそ却下されたものの、自分の考えた意匠が街の設備に採用されたのだから、皇牙としては大満足である。
「昨日、あの道を通りかかった子どもも、竜の紋章を気に入ってくれたみたいだしな!」
「ふふ。喜んでおられましたね。ただ、殿。竜が好きなことと、避難路の使い方を理解していることは別でございますよ」
「……分かってるって! だから案内板も作るんだろ?」
皇牙はパンをちぎりながら、少し考えた。
ダ・ヴィンチが提案した黒竜の紋章と矢印の組み合わせは、確かに分かりやすい。だが、実際に使う人間がどう感じるのか、まだ確かめていなかった。
「そうだ。子どもにも見てもらった方がよくね?」
「学び舎の皆さんに、でございますか?」
「おう! ゲームの地図だって、初めて見る奴が迷わず使えるかどうかが大事だろ。作った本人だけが分かってても意味ねえしな」
皇牙は得意げに頷いた。前世では地図を眺めながら、城や街の配置を考えるゲームにも夢中になったものだ。
もちろん、今回の目的はゲームではない。それでも、自分が造った道を誰かが迷わず使えるか試すのは、少し面白そうだった。
「……よし。今日の予定は決まった!」
「殿。その前に、いつもの召喚がございますよ」
「おっと、忘れるところだった!」
皇牙は慌てて《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【国家人口:667人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「今日こそ大物を頼むぜ! 歴史上の天才教師とか来てもいいんだぞ!」
一回目はNの染色補助エルマー。二回目はNの木工補助サラ。そして三回目、召喚の光が青く輝いた。
【R・フェリクス】
【職業:帳簿整理係】
「おっ、Rだ! ……帳簿整理? 俺が一番嫌いな仕事じゃねえか!」
皇牙は思わず笑った。
フェリクスは商家で取引記録の照合や帳簿の整理を任されていたという。最近のアストレアでは交易関係の書類も増えており、そうした経験を持つ人材はありがたい。
「いいねえ。こういう仕事が得意な奴が増えれば、俺のところに来る書類も減るかもしれねえ!」
「殿。まずは本人の希望を伺ってから、お仕事を決めましょう」
「もちろん! 嫌いな仕事を無理やり押しつける気はねえよ!」
三人を歓迎して生活案内の担当者へ引き継ぐと、人口表示が更新された。
【国家人口:670人】
【無料召喚:0/3回】
「六百七十人か。いい感じだな!」
皇牙は満足そうに画面を閉じた。
「じゃあ、学び舎に行ってみるか!」
◇
アストレア学び舎では、正式開校に向けた準備が続いていた。
教室には新しい机が並び、窓から差し込む朝日が木目を明るく照らしている。まだ毎日すべての子どもが通う学校ではないが、教師たちは少人数を招いて、授業の進め方や教材を試していた。
皇牙が訪ねると、教師のエレナが笑顔で迎えた。
「皇牙様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「実は、子どもたちに相談したいことがあってさ。授業の邪魔にならねえかな?」
皇牙が事情を話すと、エレナは少し考えてから頷いた。
「今日は街の地図を使った試験授業を予定しておりました。ちょうどよい教材になると思います。ただし、皆を外へ連れていく場合は、安全を確かめてからにいたしましょう」
「おう、もちろん!」
教室には、以前の特別授業にも参加していたミア、トビアス、ニルたちの姿があった。
「皇牙様! 今日は歴史のお話ですか?」
真っ先に声を上げたのはミアだった。好奇心旺盛な彼女は、皇牙が何か面白いことを持ってきたと期待しているらしい。
「今日は歴史じゃねえぞ。みんなに、俺が造った道のことを教えてほしいんだ!」
皇牙は机の上に地図を広げた。
市場の建物、井戸、広場、そして新しく完成した避難路。入口には黒竜の紋章が描かれ、矢印によって通路の方向が示されている。
「わあ! 竜だ!」
ミアが目を輝かせた。
「格好いいだろ? この黒竜は俺が考えたんだぜ!」
皇牙が胸を張ると、トビアスが地図を覗き込んだ。
「これ、新しくできた道ですよね? 父さんの工房の近くです!」
「おっ、よく分かったな!」
トビアスは普段から工房へ顔を出しているため、街の道や建物の位置には詳しいようだった。
一方、ニルは紙の端に描かれた矢印をじっと見つめていた。
「……皇牙様。この矢印って、いつでもこっちへ行けばいいって意味ですか?」
「いや、そうじゃねえ。ここに道があるって知らせるための印だ。火事の場所によっては、別の方へ逃げなきゃいけねえからな」
「……だったら、間違えて進む人もいるかもしれませんね」
皇牙は思わず口を閉じた。
勘助も同じ心配をしていたが、子どもの口から聞くと、また違う重みがあった。
そこで、教室の後方で見学していた二宮尊徳が静かに声をかけた。
「皇牙様。せっかくですから、すぐに答えを示さず、子どもたち自身に考えてもらってはいかがでしょう」
「……おっ、そうだな!」
尊徳は子どもたちへ向き直った。
「地図に描かれているものと、実際の街で見えるものは、必ずしも同じではありません。では、どうすれば確かめられるでしょうか?」
ミアが勢いよく手を上げた。
「本当に見に行けばいいと思います!」
尊徳は満足そうに微笑んだ。
「そのとおりです。実際に見て、考えて、もう一度確かめる。それも大切な学びになります」
エレナは子どもたちの顔を見渡し、文字を読むのが苦手な子には絵を、地図を読むのが得意な子には道順の説明を任せることにした。
皇牙が連れていく人数を増やそうとすると、エレナは穏やかに首を振った。
「今回は少人数で確かめましょう。ほかの子どもたちには、後日改めて授業に取り入れます」
「了解! 先生の指示に従います!」
皇牙の妙に素直な返事に、子どもたちが笑った。
◇
市場へ向かう道すがら、ミアは店先の品物に目を輝かせ、トビアスは荷車の車輪や石畳の違いを説明していた。
ニルはあまり口数が多くなかったが、曲がり角へ来るたびに立ち止まり、周囲の景色を確かめている。
巴は皇牙のそばを歩きながら、通りの人の動きにも注意を払っていた。
「皆さん、荷車が来ます。こちらで少し待ちましょう」
子どもたちが安全な場所へ寄ると、荷車がゆっくり通り過ぎていった。
皇牙はその様子を見て、感心したように頷く。
「……やっぱ巴はこういうの慣れてるな」
「戦場でも、人の動きと周囲の状況を見失わぬことが大切でございますから」
巴は静かに答えた。
やがて一行は、新しく完成した避難路の入口へ到着した。
石柱には黒竜の紋章が刻まれている。通路そのものはすでに使える状態だが、正式な案内板はまだ設置されておらず、仮の目印が置かれていた。
「ほら、これが黒竜の道だ!」
皇牙が得意げに紹介すると、ミアが石柱へ駆け寄りかけた。
「わあ! 近くで見るともっと格好いい!」
「おっと、走るなよ!」
皇牙が声をかけると、ミアは慌てて足を止めた。
エレナは子どもたちに、入口の印と周囲の建物を見比べるよう促した。
「では、皆さん。地図を見ないで、この道がどこへ続いているか分かりますか?」
トビアスはすぐに答えた。
「裏通りです! ここを抜けたら、井戸の近くへ出ます!」
「よく知ってるな!」
「父さんの工房へ行くときに、いつも近くを通りますから!」
皇牙が笑うと、ニルが首を傾げた。
「……でも、あっちから来た人には、この黒竜が見えないかもしれません」
「……ん?」
ニルが指したのは、通りの向こうにある店の角だった。
そこから歩いてくる人には、石柱が建物の陰に隠れてしまう。入口の近くまで来なければ、黒竜の印に気づきにくいのだ。
「……あっ、ほんとだ!」
皇牙は実際に通りを戻り、ニルが指した位置から入口を見た。
確かに、石柱はほとんど見えなかった。
「……これは気づかなかったな」
さらに、ミアが別のことを言い出した。
「皇牙様。私たちくらいの背だと、あそこに大きな看板があっても見えにくいかもしれません」
ミアは通りの向こうに立つ大人たちを指した。
市場は人の出入りが多い。大人が並んで歩いていると、背の低い子どもからは前方の景色が隠れてしまう。
「……なるほど。大人の目線だけで考えてたら、分かんねえこともあるんだな」
皇牙はしゃがみ込み、ミアと同じ高さから通りを眺めた。
普段なら何でもない道なのに、視線が低くなると景色がずいぶん違って見える。
そして、トビアスが一つの提案をした。
「だったら、道の入口だけじゃなくて、曲がり角にも小さな印を付けたらどうですか?」
「……おっ!」
「それなら、入口が見えないところからでも、こっちに道があるって分かると思います」
皇牙はしばらく考え、にやりと笑った。
「……いいじゃねえか、それ!」
ミアも嬉しそうに頷いた。
「それに、子どもが見える高さにも付けてほしいです!」
ニルは少し考えてから、静かに付け加えた。
「……でも、火事のときに必ずそこへ行けるって思われたら困るから、何の印なのかも教えないといけませんね」
皇牙は三人を見渡した。
入口の見えにくさ、子どもの目線、印の意味の誤解。
どれも地図を眺めているだけでは、なかなか気づけなかったことだった。
「……お前ら、すげえな」
皇牙が呟くと、子どもたちは顔を見合わせた。
「えっ?」
「いや、マジで。俺たち大人が見落としてたこと、ちゃんと見つけてんじゃん!」
ミアは嬉しそうに笑い、トビアスは照れくさそうに頬をかいた。ニルも小さく笑った。
巴はその様子を見守りながら、穏やかに頷いた。
「殿。皆が自分の目で確かめたからこそ、見つけられたのでございましょう」
「……だな!」
皇牙は満足そうに笑った。
◇
午後、皇牙は子どもたちが描き直した地図を持って、勘助のもとを訪ねた。
地図には、避難路の入口だけでなく、曲がり角から見たときに分かりにくい場所や、子どもの目線では看板が隠れやすい場所が描き込まれていた。
「……ほう。これは興味深いですな」
勘助は地図を広げ、印の位置を一つずつ確認した。
「入口の近くまで来なければ見えない、というのは確かに問題です。普段からこの道を知っていただくためにも、手前の曲がり角に目印を置くのはよいでしょう」
「だろ!? 子どもたちが見つけてくれたんだ!」
皇牙は得意げに胸を張った。
勘助は微笑み、さらに地図の一角を指した。
「ただし、印が多すぎると、かえって分かりにくくなる場合もございます。設置する場所は、実際の人の流れを見ながら絞り込みましょう」
「おう。そこは任せた!」
皇牙は頷いた。
「それと、ニルが言ってたんだけどさ。黒竜の印があるからって、どんな火事でもそこへ逃げりゃいいわけじゃねえだろ?」
「そのとおりでございます。避難する方向は、火災の場所によって変わりますからな」
「じゃあ、黒竜は『道がある場所』を知らせる印にして、火事のときは見張りや誘導役の指示を聞くように教えた方がいいな」
勘助は深く頷いた。
「よいお考えです。それなら、誤解を減らせましょう」
こうして、案内板は入口だけでなく、必要な曲がり角にも設置する方針となった。
子どもからも見やすい高さを考慮し、文字だけでなく黒竜の紋章と道の方向を示す絵を組み合わせる。ただし、危険なときに必ずその方向へ逃げるという意味ではないことも、住民へ説明する。
製作と設置は、木工担当の職人たちに依頼することになった。
「……よし! これで昨日より、ちょっといい道になりそうだな!」
皇牙は地図を眺め、嬉しそうに笑った。
◇
夕方、城館へ戻った皇牙は、机の上に子どもたちの地図を広げていた。
線は曲がっているし、建物の形も正確とは言い難い。けれど、ミアが描いた市場の店や、トビアスが記した工房、ニルが付けた小さな注意書きには、それぞれの目線から見た街の姿が表れていた。
「……なあ、巴」
「はい、殿」
「俺さ、最初は偉人さえいっぱい召喚できりゃ、完璧な国を造れると思ってたんだよ」
皇牙は椅子に背を預け、窓の外へ目を向けた。
遠くには、夕日に染まった城下町の屋根が並んでいる。
「でも、今日の地図を見てたらさ。普通の人たちも、俺たちが知らねえことをいっぱい知ってるんだなって思った」
巴は静かに頷いた。
「皆、それぞれ違う場所で暮らし、違うものを見ておりますから」
「……だよな。俺が道を造って、勘助が使い方を考えて、子どもたちが見落としを教えてくれる。何か、いい感じじゃね?」
「はい。皆でアストレアを育てているのでございますね」
皇牙は少し照れくさそうに笑った。
「……まあ、俺としては仕事を増やしたくねえんだけどな!」
「ふふ。存じております」
その返事に、二人は笑い合った。
アストレアの人口は六百七十人。
市場南側の避難路は完成しており、黒竜の紋章と矢印を使った案内板は、子どもたちの意見を取り入れて設置場所を見直すことになった。
学び舎では、正式開校へ向けた準備が続いている。今回の街歩きも、エレナと二宮尊徳が今後の授業に活かす予定だった。
皇牙は机の上の地図をもう一度眺め、ふと思いついた。
「……これ、壁に飾っとこうかな」
「地図を、でございますか?」
「おう。俺の国が、ちゃんとみんなの国になってきた気がするしさ」
巴は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……それは、とてもよいお考えだと思います」
皇牙は照れ隠しのように笑い、地図を丁寧に丸めた。
「ま、俺の黒竜が描いてあるってのも、重要な理由だけどな!」
「ふふ。やはり、そうでございましたか」
巴の笑い声が、静かな部屋に響いた。
皇牙は地図を見つめながら、明日もまた、何か面白いことが見つかるかもしれないと考えていた。
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