第3章 第126話 俺の黒竜門が却下!? 最強建築スキルで避難路を造れ!
異世界生活百四十八日目。
「……やっぱり、竜は黒だよな」
城館の食堂で、神城皇牙は一枚の紙を眺めながら満足そうに頷いた。
紙に描かれているのは、翼を広げた巨大な黒竜。その足元には石造りの門があり、左右には鋭い塔がそびえている。城塞都市の入口と言われても違和感のない、実に壮大な建築物だった。
ただし、それを造ろうとしている場所は城門でも国境でもない。昨日の防災訓練で見つかった、市場の裏通りである。
「殿。そちらは何の設計図でございますか?」
向かいに座る巴御前が尋ねると、皇牙は待ってましたとばかりに紙を広げた。
「聞いて驚け! 名付けて《黒竜の守護門》! ここを通る者は竜の加護によって災厄から守られるという、最高に格好いい避難門だ!」
「……避難門、でございますか?」
「おう! 昨日、勘助が市場の裏に道を造りたいって言ってただろ。せっかくなら入口も豪華にしたいじゃん!」
巴は図面を覗き込んだ。巨大な竜の翼が通路へ突き出し、その下には人が通れるほどの隙間しかない。
「……殿。皆が急いで通るには、少々狭いのでは?」
「そこは魔法で何とかなる!」
「ふふ。まずは勘助殿にご相談なさってくださいませ」
皇牙は少し不満そうに唇を尖らせたが、すぐに笑った。
「まあな! 設計の専門家がいるんだから、意見を聞かねえと!」
そして、朝の日課を思い出して《英霊召喚ガチャEX》を開いた。
【国家人口:664人】
【無料召喚:3/3回】
【SR以上排出率:5%】
「今日こそ頼むぞ! 歴史に名を残す建築家でも来てくれ!」
一回目はNの瓦製作補助テオ。二回目はNの荷役補助ベルトだった。
「……おっ、今日は建築関係が多いな!」
三回目の光は青く染まり、石工用の道具を腰に下げた男性が現れた。
【R・エドガー】
【職業:石工棟梁】
「おおっ! Rの石工棟梁! これは当たりだ!」
皇牙は大喜びでエドガーへ駆け寄った。
エドガーは石材の加工や施工の指揮に経験があり、橋や石造りの建物にも携わってきたという。ただ、皇牙が黒竜門の図面を見せると、真面目な顔で首を傾げた。
「見事な意匠ですが、通路として使われるのであれば、まず人の通りやすさを確かめたいところです」
「……お前もか!」
皇牙が大げさに肩を落とすと、巴が笑いをこらえた。
三人には生活案内の担当者を紹介し、仕事の希望を確認してもらうことにした。エドガーの腕前には期待しているが、今日いきなり現場へ連れ出すつもりはない。
【国家人口:667人】
【無料召喚:0/3回】
「よし、六百六十七人! 今日も順調だな!」
皇牙は図面を丸め、勢いよく立ち上がった。
「さあ、巴! 俺の建築魂を勘助に見せつけてやるぜ!」
「……どうか、避難路を造ることをお忘れなく」
「分かってるって!」
◇
市場の南側では、山本勘助が二人の店主と話し合っていた。
建物の間にある細長い土地は、昨日の訓練で避難路の候補として挙げられた場所だ。反対側の通りへ抜けられるが、今は草が生え、片隅に木箱や車輪が置かれている。
「皇牙様。ちょうどよいところへ」
勘助は皇牙を迎えると、土地の中央へ視線を向けた。
「こちらを通路にすることは可能ですが、現在は隣の商店が荷下ろしの際に使用しております。先に荷物置き場の扱いを決めたいと考えております」
「なるほど。道を造ったら店が困るってことか」
布を扱う店主が、申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい。普段から荷物を置いているわけではないのですが、荷車が来たときには一時的にこちらを使わせていただいておりまして……」
皇牙は空き地を見渡した。
《国家創造EX》を使えば、今すぐでも石畳の道を造れる。しかし、そこにある荷物は消せないし、店主の商売が不便になる問題も解決しない。
「……じゃあ、荷下ろしできる別の場所を探せばいいんじゃね?」
「はい。裏手に候補がございます。ただ、荷車が入れるよう、少し整える必要がありそうです」
勘助が案内したのは、商店の裏側にある小さな空間だった。
店主はしばらく周囲を見回し、荷車を動かす順番や商品の運び方を考えているようだった。
「……ここなら使えるかもしれません。ただ、今のように雨を避ける場所がないのは困りますね」
「屋根か。だったら、ここに造ればよくね?」
皇牙が提案すると、店主は目を丸くした。
「よろしいのでしょうか?」
「そりゃ、必要なら造るよ。でも、荷車の邪魔にならねえ形にしないとな」
勘助は頷いた。
「まずは店主殿に必要な広さを決めていただきましょう。周囲の通行に支障がないか確認できれば、簡単な屋根付きの荷下ろし場として整備できるかと」
「おう。それで頼む!」
話はすぐにまとまったわけではなかった。
隣の店への出入りや荷車の向きを確かめる必要があり、実際に空の荷車を動かして通れるか試すことになった。皇牙も横から眺めながら、ときどき店主へ質問する。
やがて、双方の店主が納得できる配置が決まった。
「これなら、これまでと同じように荷下ろしができます」
「こちらの店の出入りにも支障はございません」
二人の言葉を聞いた皇牙は、満足そうに笑った。
「よし! じゃあ、荷下ろし場を先に造ろうぜ!」
◇
皇牙が《国家創造EX》を発動すると、店の裏手に石造りの簡単な荷下ろし場が現れた。
地面は荷車が動きやすいよう平らに整えられ、雨を避ける屋根も付いている。店主たちが試しに荷車を出し入れしてみると、問題なく使えることが確認できた。
「……す、素晴らしい!」
布屋の店主は何度も頭を下げた。
「これなら安心して荷物を運べます。本当にありがとうございます!」
「いやいや、俺も新しい道を造りたいからな。お互い助かるなら、それが一番だろ!」
皇牙は照れくさそうに笑った。
その後、店主と職人たちが元の空き地から木箱や車輪を移し、通路となる場所を空けた。
皇牙はすぐに道を造ろうとしたが、勘助が手を上げる。
「皇牙様。もう一つ確認していただきたいことがございます」
「……ん? まだ何かあるのか?」
「地面の傾きでございます。雨が降ったとき、通路に水がたまってしまっては困りますので」
「……ああ、排水か!」
皇牙は頭をかいた。
そこへ、図面の筒を抱えたレオナルド・ダ・ヴィンチが姿を現した。
「おや。もう建設の準備が進んでいるのですね」
「おっ、レオナルド! いいところに来た!」
皇牙は駆け寄り、避難路の計画を説明した。
レオナルドは興味深そうに地面を観察し、勘助が示した通路の位置を確認した。
「なるほど。こちら側が少し低くなっていますね。道の表面だけでなく、雨水の流れを考えておく必要があります」
「やっぱそうか。西門のときも排水が大事だったもんな」
「ええ。ただ、今回は短い通路です。周囲の排水路へ無理なく流れるよう、勾配を整える程度で十分でしょう」
レオナルドは細い棒で地面に線を引き、勘助と相談しながら道の形を決めていった。
皇牙は二人の様子を眺めていたが、やがて待ちきれなくなった。
「……なあ、そろそろ俺の案も見てくれねえ?」
「皇牙様の案、でございますか?」
勘助が顔を上げる。
「ふっふっふ……。これだ!」
皇牙は勢いよく黒竜門の図面を広げた。
◇
勘助とレオナルドは、しばらく無言で図面を眺めていた。
巨大な竜の翼が通路の上を覆い、両脇には鋭い塔がそびえている。見た目だけなら立派な城門だが、避難路としては明らかに大げさだった。
「……皇牙様」
勘助が慎重に口を開く。
「これは、通路の入口に建てるものでございますか?」
「おう! 名付けて《黒竜の守護門》! 災厄から住民を守る、アストレア最強の避難門だ!」
皇牙は自信満々に胸を張った。
しかし、勘助は図面の中央を指した。
「たいへん見事ではございますが、この形ですと門柱が通路を狭めてしまいます。人々が一斉に避難する際には、かえって危険かと」
「……うぐっ!」
皇牙の表情が固まる。
レオナルドも頷いた。
「それに、竜の翼が低く張り出しておりますね。煙や暗闇の中では、頭上の装飾が邪魔になる可能性もあります」
「……ぐはっ!」
皇牙は胸を押さえ、よろよろと後ずさった。
「俺の最高傑作が、実用性の前に敗れた……!」
巴が小さく笑った。
「殿。お城の庭園でしたら、もっと自由にお造りになれるのでは?」
「……そうだけどさあ!」
皇牙は未練たっぷりに図面を見つめた。
すると、レオナルドが何かを思いついたように目を細めた。
「ですが、竜を使うという発想そのものは悪くありませんよ」
「……へっ?」
「例えば、入口の両側へ小さな竜の印を付けるのはいかがでしょう。遠くからでも、ここが避難路だと分かる目印にできるかもしれません」
皇牙の目が輝いた。
「……おおっ! つまり、黒竜の紋章か!」
「はい。ただし、文字が読めない方にも伝わるよう、進む方向を示す印と組み合わせる必要がございます」
勘助も頷いた。
「道を塞がず、夜間でも位置を確かめられるものがよろしいでしょう」
皇牙はしばらく考え、にやりと笑った。
「……決めた! 門は諦める! その代わり、入口に黒竜の紋章を付けようぜ!」
「それでしたら、通行の妨げにはなりませんな」
「くくく……。俺の厨二心と実用性が、ついに手を組んだ!」
皇牙が満足そうに笑うと、巴まで声を立てて笑った。
◇
通路の形が決まったのは、午後になってからだった。
勘助が道幅と出入口の位置を確認し、レオナルドが排水の流れを整える。通路の両側にある店の主人にも完成図を見てもらい、普段の営業に支障がないことを確かめた。
「皇牙様。これで建設していただいて差し支えございません」
「……待ってました!」
皇牙は空き地の前へ進み、両手を広げた。
頭の中に完成図を思い浮かべる。
人々がすれ違える幅の石畳。雨水がたまりにくい緩やかな勾配。通路を塞ぐ荷車が入り込まないよう、入口には適切な間隔で低い石柱を置く。
そして、石柱の外側には小さな黒竜の紋章を刻む。
「……よし。いくぜ!」
【国家創造EX・発動】
地面に淡い光が走った。
土の表面が静かに形を変え、石畳が敷き詰められていく。わずかな時間で、草の生えていた空き地は二つの通りを結ぶ立派な通路へ生まれ変わった。
「……おおっ!」
見守っていた人々から歓声が上がる。
皇牙は腕を組み、満足そうに頷いた。
「へへっ! やっぱ建築は最高だな!」
勘助はすぐに通路を歩き、幅や出入口を確かめた。レオナルドも地面の傾きと排水の向きを見ながら、納得したように頷いている。
「見事でございます。ただし、実際に人々が通る様子を確認し、問題がないか確かめる必要はございますな」
「おう! そこは次の訓練で試せばいいだろ!」
皇牙は嬉しそうに答えた。
そのとき、一人の少年が母親とともに通路の入口へ近づいてきた。
「……あっ! 竜だ!」
少年は石柱に刻まれた黒竜の紋章を指差した。
「ねえ、お母さん! ここ、何の道?」
母親が答えるより早く、皇牙がしゃがみ込んだ。
「ここはな、火事とか危ないことがあったときに、みんなが安全な場所へ逃げるための道なんだ!」
「へえ! 竜が守ってくれるの?」
「おう! ……って言いたいところだけど、守ってくれるのはこの道を使うみんなと、助けてくれる人たちだな!」
少年は少し考えてから、元気よく頷いた。
「じゃあ、覚えとく!」
皇牙は思わず笑った。
「おう! でも、普段から勝手に走り回って怪我するんじゃねえぞ!」
母親は笑いながら礼を言い、少年の手を引いて歩き去った。
その背中を見送り、皇牙は石柱の黒竜を見つめた。
最初に考えた巨大な門とは、まるで違う。
それでも、あの少年が道のことを覚えてくれたなら、黒竜を付けた意味はあったのかもしれない。
「……へへっ。案外、悪くねえな」
皇牙は小さく呟いた。
◇
夕暮れの城館へ戻ると、皇牙は机の上へ黒竜門の図面を広げた。
「……なあ、巴。やっぱり、この巨大な門もいつか造りてえな」
「ふふ。今度はどちらへお造りになりますか?」
「城の庭! 絶対格好いいぞ!」
「それでしたら、庭園を管理する方々にもご相談なさってくださいませ」
「……ぐっ! また確認事項が増えた!」
皇牙が天井を仰ぐと、巴は楽しそうに笑った。
アストレアの人口は六百六十七人。
市場の南側には新しい避難路が完成し、荷下ろし場の移転も済んだ。黒竜の紋章は入口の目印となったが、矢印付きの案内板や住民への正式な周知は、これから担当者たちが進めていく。
ヴァルデン子爵領へ向かった使者はまだ旅の途中にあり、パン工房でも新しいパンの試作が続いていた。
皇牙が造れるのは、建物や道路といった形のあるものだ。
だが、そこを誰がどう使うのかは、暮らしている人々と一緒に考えなければならない。
「……ま、俺一人で考える必要はねえんだけどな!」
皇牙は満足そうに笑った。
勘助が道を考え、レオナルドが技術を支え、店主たちが使い方を相談する。そして、自分が最後に形にする。
これほど楽しい役割分担が、ほかにあるだろうか。
「……よし! 次は俺の城に、もっと格好いい門を造るぞ!」
「殿。まずは庭園の方々とお話しなさってからでございますよ」
「……はいはい、分かってます!」
皇牙は苦笑しながら図面を丸めた。
すると、廊下の向こうから伝令の声が聞こえた。
「皇牙様! 信長様からお伝えしたいことがあるそうです!」
「……ん?」
「新しい避難路が完成したと聞き、次の夜間訓練で使用したいとのことでございます!」
皇牙は数秒間、黙り込んだ。
「……あいつ、もう次の訓練を考えてんのかよ!」
その呆れ声に、巴は声を立てて笑った。
どうやら、仕事を減らすための国づくりは、今日も順調に仕事を増やしているらしい。
お読みいただきありがとうございます。
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